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その命ある限り  作者: 宮田カヨ
2/7

その1

初めに(https://ncode.syosetu.com/n7843hb/1/)をお読みください。

また、今回男×女の描写があります。苦手な人は見ないでください。

※タイトルをAmorからその命ある限りに変更しました(2021/7/12)

 春風こはくは一つ息を吐く。そして、力を入れるために声を出すと、水が入った桶を持ち上げた。そのまま村まで続く道を歩く。いくら整備されているとはいえ、水が入った桶二つを持って歩くのは少し難しかったし、何よりこはくの貧相な腕では桶二つはあまりに重かった。

 こはくは一度、桶を下ろす。そして解けかかっていた黒髪を結い直し、再度桶を持ち直す。

「こはく!」

 こはくは男の声を聞いた。それは昔馴染みであり、自身の婚約者でもある男の声だ。こはくは男の名前を呼ぶ。

「つむじ、どうしたんです? 畑仕事は?」

「抜けてきた。俺、それ持つよ」

 つむじと呼ばれた男(体格は大してこはくと変わらない。だがこはくはつむじが自身よりも大きく感じてしまうことがあった)は、こはくが持っている水桶二つを持つ。

「わ、わたし、持ちます!」

「いいんだよ、ほら、行こうぜ」

 つむじはそう言って道を歩く。少し足速で、けれどこはくがついてくるのが分かったら速度を緩めて。

「そうだ。なあ、こはく」

「はい?」

「今日さ、お前の家行ってもいいか? 婚儀のことを相談したい」

 婚儀、その言葉を聞いてこはくはわかりやすく頬を赤く染めた。

「だ、大丈夫ですけど……」

 こはくとつむじが住んでいる村は、都市からも離れていて、近代文明から切り離されているような、世間の常識から少しばかりズレていて、浮世離れしているような空間だった。自給自足を軸として、資材が足りなくなったら村の男衆が都市へと赴き、必要な資材を最低限購入する。

 この村では、女は十六に、男は十八を過ぎたら結婚をし、家族を作ることが暗黙の了解であった。だが、お互いが好意を持ったもの同士である、それが前提であった。相手の年齢を待ってから結婚をする、これもまた村の暗黙の了解だった。

 こはくは明日、十六の誕生日を迎える。つむじは十九になっていた。

「……つむじ、わたし、あなたの伴侶となるにふさわしい人間ですか?」

 こはくが問う。

「なんだ、急に?」

 こはくが立ち止まったのを察して、つむじも立ち止まり、そばへと足を運んだ。

「わたし、自信ないです。あなたの伴侶となるに」

「なぜだ?」

「……母親がいないわたしが、妻として母として、なることができますか?」

 こはくには母親がいない。そして、こはくの父親は村では珍しい余所者であった。

 こはくがまだ赤ん坊だった頃、父親はこの村へとやってきた。命に関わる怪我をしながら。村の人間は親切で、怪我をしたこはくの父親、そして赤ん坊のこはくを受け入れ、この村に住めばいい、と言ってくれた。

 つむじは大丈夫、と笑って言った。

「大丈夫だよ、それに、実際なってみなきゃわかんねえだろ?」

 俺だって、わかんねえしな。

「夫となって親となって、家長になって。俺だってわかんねえことだらけだ。だから、一緒に頑張ろうぜ」

 つむじはこはくが歩き出すのを待つ。

「……本当に、いいんです?」

「ああ」

 こはくはつむじの顔を見つめた。そして、目を細めて笑う。つむじも笑って、再び村へと続く道を歩き始めた。何気ない話をして、笑い合って。

 女の声が聞こえた。やまぶき、耳元でそう呼ぶ声が。こはくは後ろを振り返る。

「どうした?」

「今、声聞こえませんでしたか? 山吹って言ってました」

「ん? なんも聞こえねえぞ? どこから聞こえた?」

「後ろです、すぐ後ろ!」

 だが誰もいない。つむじはこはくを庇うようにして、周りを警戒する。

「……早く戻ろうぜ」

「……はい」

 つむじには第六感に相当するものがない。村の者にも。こはくは幼い頃からそう言ったものを察知しやすかった。予知夢を見たり、人ならざるものを見たり。役に立ったこともあるが、だいたい役に立たないことの方が多い。そして、それは父親の遺伝だった。

 こはくはつむじとともに村へと戻る。

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