2:とある悪役令嬢について
ここはトロピカル王国
人口は決して多い国では無いが国土はとても広く、また作物を栽培するのにとても適した環境を持つ国であった為、王国では多くの品種の作物が栽培されていた。
中でもフルーツの栽培量とその味については周辺諸国がこぞって貿易取引を希望する程のレベルであり、国を守る軍事力は低いが、良き取引関係を結んでいるお陰で周辺諸国から攻められる事もなく、王国内の人々は日々平和な毎日を過ごしていた。
そんなトロピカル王国内で『侯爵』の爵位を賜っているマスクメロン侯爵家。
領内ではマスクメロンの栽培が盛んであり、マスクメロンは御祝い等あらゆるイベントに重宝され、且つ果物単体の物価も高い事から莫大な財産を築いていた。
その侯爵家に生まれた長女、リネット=マスクメロン侯爵令嬢。
シャーベットカラーの明るいグリーン系の髪は腰までの長さがあり、その瞳はマスクメロンの果皮のように淡い色合いをしている。
身長も高くすらりとしており、性格もとても明るく、社交界では圧倒的なカリスマ的存在として人々に知られていた。
階級が低い貴族も平民も分け隔てなく接する事が出来る事から周囲の信頼も厚かったが、彼女には唯一と言える欠点があった。
それは愛に溺れやすい性格であるという事。
リネットはあまり両親に我儘を言った事が無かったが、幼い頃たった一度だけ両親の前で大暴れしたことがある。
その内容はトロピカル王国の第一王子であり、後の王太子であるキース=ドラゴンフルーツ王子と結婚したいという内容だった。
王子達の婚約者候補を見つける為に、伯爵以上の同い年くらいの令嬢を集めたお茶会。
リネットが初めてキース王子と出会ったのはその場所だった。
まるでドラゴンフルーツの果皮のようなビビットピンクカラーの髪。
鱗片のような黄緑色の宝石眼。
まだ幼いながらもキリッとした端正な顔立ち。
ガツンと誰かに殴られたような衝撃を受けた。
誰かを見てここまで圧倒されたのは初めてだった。
一目見た瞬間に王子に心を囚われてしまったリネットは、家に帰るや否や両親に彼の婚約者になりたいとせがんだ。
あまり我儘を言わない可愛い娘の頼み。
リネットの両親はあの手この手を使って王子とリネットを引き合わせ、リネットはキース王子の婚約者という立場を手に入れた。
そこからのリネットは凄かった。
舞踏会ではキースの傍を片時も離れようとせず、近寄る令嬢を牽制した。
キースが王太子へと擁立されてからは更に執着が激しくなり、少々行き過ぎでは?と思われるような立ち振る舞いも行うようになった。
そんな行き過ぎな行動をしてもリネットが王族に次期王妃となるべく重宝されたのは、彼女がとても努力家だったからだ。
16歳の時に王都の貴族が通う学園に入学したリネットだったが、学園で行われるテストの結果は、常にキースに次いで2位だった。
授業は真面目に受け空き時間には身を守るための護身術の訓練を行い、放課後は王城で妃教育を週に5日受けた。
両親は彼女の身を案じたが、リネットは全てはキース様のお力になる為と努力し続けた。
一見順風満帆に見えた彼女に影が射したのは、転入生が現れてからだった。
彼女の名前はアリア=ストロベリー
ストロベリー男爵家の令嬢であり、この国の聖女だった。
薄ピンク色のセミロングの髪に赤い瞳。
身長も低く、所謂『愛され容姿』の彼女はその心も美しく、直ぐに多くの男性が彼女の虜となった。
それはキースも同様だった。
リネットのような激情化がそばにいたからか、誰もが安心する雰囲気を醸し出すアリアに、次第にキースの心は惹かれていった。
その様子を見てリネットが黙っている筈がない。
最初は口頭での注意程度で終わったが、次第にその行動は虐めへとエスカレートしていった。
幸い大怪我に発展する事は無かったが、中には彼女を階段近くで突き飛ばすといった内容まであった。
流石にそこまでするとその行動はキースの耳にまで入る。
そのような下劣な行為を行う人を、自身の妻として次期王妃にする事は出来ないとし、キースはリネットを捨てる事を決断する。
それが今回の婚約破棄事件までの経緯。
そしてその当事者である、所謂『悪役令嬢』と言われるのがこの私であり、その前世は乙女ゲームが大好きで、仕事帰りに交通事故で亡くなった、ただのOLだった。
*****
(ちょっと待ってちょっと待ってちょっと待って・・・!これってもしかしなくても、乙女ゲームの世界だよね!!?)
目の前に広がるスチルで見た光景に混乱する。
『どきどきっ⭐︎トロピカル王国で私が聖女!?貴女のダーリンはどのフルーツ?』
それが舞台となっている乙女ゲームのタイトルであり、タイトルから嫌な予感がぷんぷんするように、内容もありきたりなテンプレシナリオだった事から、発売前からクソゲーのレッテルが貼られていた。
しかしこのゲーム、実は乙女ゲーム史上の中で記録的な大ヒットとなる。
その理由が登場人物だ。
制作会社さんよ、アンタら登場人物にダイスの数値全振りしただろ?と言われてもおかしく無いくらい、その見た目は主要キャラクターもモブも問わず容姿端麗であり、声優も超がつく人気どころがあてられた。
その為女性だけではなく男性もキャラクター目当てでゲームを購入し、キャラクターを用いた二次創作が多く出回るようになった。
リネットは周囲を見渡す。
美男、美女、美魔女、そしてイケおじ!!!!!!!
眼福だ・・・っ!!こんな幸せな事あって良いのかって思うくらい目の保養だ!!!!神様ありがとうございます!!!!!!!
けれど、けれども。一つ言いたい事があります。
なんで、どうして、
(どうしてよりによって断罪中に前世の記憶を取り戻すのよぉーー!!!!!?????)
置かれた状況に、リネットは脳内で頭を掻きむしる。
(せめてもっと早く取り戻していれば、虐めなんかしなかったのに!あぁアリア可愛い!!!キースイケメン!!!!!婚約破棄されて虐めまでして、このままじゃ私原作通り実家から追い出されるじゃん追放ルートじゃんどうすんのよもぉーーー!!!!!このままじゃ彼に・・・)
そこまで考えて、ぴたりと動きを止めた。
彼、そうだ彼に会うためにはこのままで良いんだ。
私は、私の推しは、アリアが王太子ルートに入った後に現れるのだから。
リネットは伏せてた視線をキースとアリアに戻すと、ドレスの裾を持ち上げて優雅に一礼した。
「・・・キース殿下、アリアさん」
突然変わった口調に驚いているのだろうか?
2人は口を開いたまま固まっている。
邪魔されないなら結構。それならば私は原作通り、この場で表舞台から撤退させて頂きますわ。
「この度は多大なるご迷惑をお掛けし申し訳ございませんでした・・・殿下の婚約者としてあるまじき行為を行なったこと、嫉妬に苛まれアリアさんを傷付けた事、今更遅いでしょうがこれまでの私の愚行を酷く反省しております。」
リネットは背筋を伸ばすと、周囲に向けて、大袈裟に、まるで前世でいう選手宣誓をするかのように高らかに叫んだ。
「私のような愚か者に殿下の婚約者など務まる筈がございません!全ては殿下を愛するが故の行動でしたが、私は婚約破棄を受け入れ、またあわせて上位貴族らしからぬ行動を行なったと反省し、マスクメロン侯爵家からも出ていく事をここで皆様にお伝え致します!!!」
黙ってリネットの話を聞いていた貴族達が騒ぎ出す。
それもそうだ。あの愛に狂った侯爵令嬢が婚約破棄を受け入れ、更に侯爵家からも出ていくと宣誓したのだから。
「えっ、ちょっ、待ってリネット!!!!」
我を取り戻したのだろうか?固まっていたキースが慌てたようにリネットを呼び止める。
しかしリネットは伸ばされたキースの手をかわすと、転移の魔法陣を発動させた。
なぜならばやる事はやった以上、この場に留まる必要など無いのだから。
「ご機嫌ようキース殿下!アリアさんとお幸せに!!!」
そう告げて姿を消したリネットの顔は、婚約破棄されたとは思えないくらい、清々しい良い笑顔だったらしい。
侯爵家へと転移したリネットは、今まで自分が行った行為と卒業パーティでの出来事を全て両親に伝えた。
とても優しかった両親の事を考えると、流石に心苦しかった。
だってこの世界での私の両親は、愛してくれた両親は、紛れもない目の前にいる2人なのだから。
思わず涙を流すと、父も母も優しく抱きしめてくれた。
(大丈夫です、お父様、お母様。リネットは愛する推しの下で・・・ランス=ドリアン伯爵のもとで幸せになって見せますわ!!!!!!)
ランス=ドリアン伯爵
彼はアリアが王太子ルートを進んだ時のみに現れる、攻略対象でもなんでも無い貧乏伯爵だ。
王太子の婚約者としてあるまじき行動を取り、あろう事か聖女を傷付けようとした罪でリネットは侯爵家を追放される。
だがリネットの事を愛していた両親は、貧乏だがとても優しい領主がいるとして、ドリアン伯爵領へ向かうようリネットに教えてくれる。
両親の言葉通りリネットは伯爵領へと向かい、そこで出会うのがランス=ドリアン伯爵だ。
彼の領地では名産であるドリアンが中々売れない為、常に資金難に悩まされていた。
それでもランス卿は養うべき兄弟の為、必死に働いて資金作りを行なっていた。
リネットは次第に彼の真っ直ぐな心に惹かれ、ランスもまたリネットに恋心を抱き、2人は結ばれるのである。
そのランスが私の最推しであり、愛すべきダーリンだった。
なぜならば・・・
(ワイルドな顔立ちに、日々畑仕事を行う事で出来上がった締まった肉体美!!30代後半とは思えない若々しさ!!やばい想像するだけで興奮してきた!!!!!!)
待っててダーリン!!!夜が明けたら直ぐにでも貴方のもとへと出立します!!!!
ありがとう神様ありがとう!!!!私の人生、薔薇色街道まっしぐらです!!!!!!!
*****
「君とは婚約を破棄し、聖女、アリア嬢と新たに婚約する事をここで皆に宣言する!!!!!!」
会場内がザワつく。
私は今、数年間婚約者として連れ添ったリネット嬢との婚約を破棄し、新たに聖女であるアリア嬢と婚約する事を大々的に公表した。
・・・の瞬間に、この光景に既視感を覚える。
ん?
なんかどっかでこの光景見たよな・・・
なんなら昨日とか、一昨日とか、ほんとそれぐらいに・・・
ってかあれ?見た、というか知ってるぞ・・・?
だってこれって・・・
「(俺が死ぬ前にやってた乙女ゲームの世界じゃねーか!!!!!!!)」
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