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04 その言葉が聞きたかったんです

 クリスマスイブの日。


 恋歌は出社した。


 今日明日と有給を取る同僚もいるがそれについてはなるべく考えないようにしている。別にわざわざ休みなんかなくても死にはしないのだ。


 私の作戦は終わっていない。


 この日のために大学時代の友人に片っ端から声をかけ、必要なものを手に入れた。ちょっとばかりサプライズになるがきっと村田は気に入ってくれるはず。


 恋歌は今日も始業前に女子トイレの洗面台の前に立ち、鏡の向こうの自分に微笑みかけた。


 うん。


 絶対に上手くいく。


「私、手段は選びませんよ」

「え? 何の話?」


 背後からひとみにたずねられ、恋歌はぎょっとする。


 クリぼっちな夜を約束された先輩がやけに縁起悪く思えてならないのだが、邪険にする訳にもいかず、恋歌はにこりとしてみせた。


「おはようございます♪ 先輩は今夜彼氏と二人きりのクリスマスパーティーなんですよね」


 うっ、とひとみが呻くがそれには気づかないふりをする。


 ひとみがやや顔を引きつらせて応じた。


「そ、そうよ。だから定時には帰らないとね」

「……」


 先輩、早く帰っても寂しいイブしか待ってませんよ。


「わあ、そうですよね。いいなぁ、先輩の彼氏紹介してくださいよ」

「こ、今度ね。今日はダメよ」

「……」


 先輩、いもしない彼氏をいつなら紹介できるんですか?


「あ、あなたこそどうなの・ 村田さんと予定は組めたの?」

「えー、そこ突いてくるんですか」


 ああもう、放っておいてくれないかな。


 恋歌は表に出さぬよう腐心しつつクリぼっちな先輩に毒づく。


 こっちはあんたと違って自分から村田以外のお誘いを断っているんだからね。


 同類じゃないのよ。


「村田さんは仕事で遅くなりますけど、私、、待ちますんで」

「……ってことは二人でどこか行くの?」

「えっと、たぶんそうなります」


 そう。


 確定ではないけれど村田なら必ず食いつくはず。


 やや羨ましそうにひとみが見つめてくる。若干さっきよりも目つきがきつくなっているふうにも思えるがそこはスルーした。


 それよりもちょい悪戯心がわいてきて、恋歌はひとみに質問する。


「彼氏とのクリスマスパーティーにはどんな料理を出すんですか?」

「そ、それは……」


 ひとみの目が泳ぐ。


 うわぁ、何この露骨な動揺。


「ローストチキンとケーキは外せないでしょ。あと、彼って唐揚げとか好きだからそれも作らないと。それに……」


 と、ひとみが料理名を並べていく。恋歌はそれらを聞き流した。ひとみのうろたえる姿は面白いが彼女の妄想にいつまでも付き合うつもりはない。


 ひとみの妄言が終わったあたりで恋歌は言った。


「わあ、さすが先輩。すごいです。それ全部手作りなんですよね。私が彼氏なら惚れ直しちゃうなぁ」

「そ、そう?」


 まんざらでもない様子でひとみが照れる。


「……」


 ま、どうせ作れたところで食べてくれる相手がいないんじゃ意味ないよね。


 *


 郵便物を持って恋歌は日課となった営業部への訪問を行う。


「おっはよぅございまーす♪ むっらたさーんっ!」


 にこにこと笑顔を絶やさず恋歌は村田のデスクに駆け寄った。


 村田は注文書を揃えながら険しい顔でノートパソコンに何かを打ち込んでいる。モニターのそれはエクセルだが詳しい内容までは恋歌にはよくわからなかった。


「おはよ、中野さん」


 早口でしかも手を止めもせず村田が応える。ついでに言えば恋歌に目を向けもしない。


 ああ、朝っぱらからそっけない。


 やっぱりそれが悔しくて恋歌は村田の腕に絡みつくように抱きついた。


 伝わってくる彼の体温。


 恋歌は少し嬉しくなって……なぜだかわからないけど嬉しくなって本当に微笑んだ。


 困ったように村田が言う。


「中野さん、邪魔なんだけど」


 はい。


 その言葉を聞きたくて邪魔してます。


 恋歌が離れずにいると村田がはぁっと嘆息してキーを叩き始める。どうやら言ってもムダだと判じたらしい。


 恋歌はたずねた。


「今夜って予定ないですよね」

「ないよ」


 よし。


 恋歌は心の中で親指を立てる。


 これなら作戦を実行できる。


 恋歌はそっと彼に告げた。


「『まじかるチヨリン』(アニメのタイトル)のクリスマスオールナイトイベントのチケットがあるんですけど」


 ピタリ、と村田の動きが止まる。


「良かったら一緒に行きませんか?」

「……」


 村田が恋歌に振り向いた。びっくりしたような顔に恋歌は作戦の成功を確信する。


 と、同時に意地悪もしたくなる。


「あ、でも無理ですよね。年末だしやることいっぱいあって遊んでられないですよね」

「いや」


 村田が一度言葉を切り、恋歌の目を見つめながら続けた。


「そのイベントって開演時間遅いよね。それまでには一段落つけるから」


 恋歌は「よっしゃあーっ!」と叫びたい衝動を抑え、村田の腕に身体を押しつける。


 自分の中でとくんとくんと鼓動が激しくなっていくけれど、それが彼に知られてしまいそうだけど構わなかった。


 そんなものこの勝利に比べたら些細なことだ。


 *


 村田に合わせ、いつもより一時間遅く恋歌は会社を出る。横を歩く村田は無口だが、わずかに口許を緩めている彼の表情を見れば上機嫌だと丸わかりだ。


 うん。


 恋歌は軽くうなずく。


 誘って良かった。


 彼が喜んでくれれば私も嬉しい。


 夜の冷たい風がぴゅうっと通り過ぎるが恋歌の心は暖かかった。これは戦いだけど村田と一緒にいられるのは楽しい。


 今回は禁じ手を使ってしまったけど、いつかきっと彼の心を掴んでみせる。


 アニメじゃなくて私に夢中にさせてみせる。


「私、負けませんよ」


 ぽつりとつぶやくと村田が不思議そうな顔をした。


「え? 今、何か言った?」

「……えっと、秘密です」


 恋歌は悪戯っぽく微笑むと村田と腕を組む。彼の温もりが心地良くて、これが戦いであることを忘れてしまいそうになる。慌ててそんな自分を追い払おうと恋歌はさらに強く村田に身体を任せた。


 村田がやや迷惑そうに眉をひそめる。


「中野さん、歩くのに邪魔なんだけど」


 えへへーっと笑いながら恋歌は思った。


 はい。


 その言葉が聞きたかったんです。


 了。

 


 ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


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