つめたく熱い夏の日の君に
幸路ことは様の【夏を味わう企画】参加作品です。
「ねえ、東郷。アンタ暇でしょ?
放課後付き合ってくれない?」
駐輪場でバイクを磨いていた俺の背中に、生徒会長である藤堂先輩が、そんな言葉をかけてきたのは、今日の昼休みの事だった。
別に暇なわけじゃねえ、と反論したかったが、そうできなかったのは、俺の中に僅かな期待があったからだ。
『へえ、東郷くんっていうんだ。
なんか、うちと音の響き、被るね』
初めて言葉を交わした時にそう言われて、
『将来俺と結婚すれば、イニシャルも名前の印象も変わらなくて済むぜ』
と軽口を返したのが3ヶ月前の話。
それに対しては直後に笑われただけだったが、俺の本心では結構マジだったってくらい、ぶっちゃけ一目惚れだった。
・・・
「じゃ放課後、校門で」
なんと返事をすべきか迷っているうちに、ほぼ勝手に話を進められており、そこからは午後の授業も頭を素通りして、終業の鐘が鳴ると同時に鞄を引っ掴んで校門まで走って、彼女の姿を目にした瞬間、期待は落胆に変わった。
「よう、東郷。今日はよろしく頼むな」
小柄なシルエットの彼女の隣で、それより30センチ以上は間違いなく背の高い男が、こちらに向けて軽く手を上げたからだ。
「鶴城…先輩?」
2年の学年長で、恐らくは来年度の次期生徒会長になるだろう鶴城先輩は、俺の落胆を見通したのか困ったように笑いながら、俺に数枚のナイロン袋…所謂エコバッグを手渡してきた。
「来てくれてありがとう、東郷!
じゃあ、今日は荷物持ちよろしくね!!」
……夏休み明けにある学園祭の、準備の準備として資材や塗料、装飾用の布などを、商店街に買い回りに行くと聞かされ、俺は小さく舌打ちした。
容赦なく降り注ぐ夏の日差しの中、少し鳴くのが下手な蝉がどこかで鳴くのが聞こえた。
☆☆☆
「お疲れ様、2人とも。
けどちょっと歩き疲れたから、座って休んで行こっか」
そう言って公園に入るやすぐにベンチに腰掛けると、藤堂先輩は両隣をポンポンと手で叩いた。
間違いなく、座れという事だ。
俺と鶴城先輩は一瞬顔を見合わせたが、次には2人同時に彼女の両隣に、ドサリと無造作に腰を下ろした。
見下ろした額に汗の玉が浮かび、下に落ちる。
この暑い中、大荷物を提げて結構な距離を歩いたからな。
けど、『暑いねー』とか言いながら、セーラー服の胸元にハンカチ持った手ェ入れて、どことは言わないが汗拭くのやめろ。
「だから商店街に行くなら、バイクの方が早いって言ったじゃねえか」
出る前に提案して即却下された案を蒸し返して文句を言うと、藤堂先輩はちっこい唇をとんがらせて、俺を睨みつける。
「なに言ってるのよ。
それじゃアンタはいいけど、アタシと鶴城がついていけないじゃない」
「そもそも学年長はこんな雑事より他にやるべき事はあんだろうし、アンタは俺の後ろに乗りゃいいだろ」
「諦めろ、東郷。今日、光さんが欲しかったのは足じゃなく、荷物を持つ手だ」
…そこに、恐らくは俺の本心に気がついてるであろう鶴城先輩が間に入り、言い合いになりそうな俺達をやんわり宥めてくれた。
ちなみに光さんというのは藤堂先輩の下の名前だ。
それはさておき藤堂先輩が、引き続きハンカチで汗を拭きつつ、再び口を開く。
「そうなのよ。今日に限って誰も捕まらなくて。
豪くんは船が山に登りそうな面子の今年の1年の、学年長になったばかりのせいか、忙しそうだし」
豪くんというのは、俺と同学年にいる藤堂先輩の弟だ。
学力レベルはそこそこでも一応は歴史のある大学の、付属であるこの高校に今年、何故か政治家やら大学教授やら大物俳優やらの子女の入学が集中したのは、単なる偶然だったらしい。
だが、割とそれまで当然のようにスクールカーストの頂点にいた連中を制して、学年長に選ばれた彼は、つまりそれだけ優秀だという事だが、それでもまとめるのに苦労しているらしく、最近はいつ見ても眉間にシワが寄っている。
「ほとほと困っていたところにカモ…暇そうなアンタ達を見つけて、ほんと助かったわ!」
「言い直したつもりだろうけど、全然ソフト表現になってねえからなそれ!」
言われてあまり嬉しくない感謝の言葉に思わずつっこむと、藤堂先輩は息をひとつ吐いて、なにを思ったのか、俺たちの間に座っていたベンチからぽんと立ち上がった。
「……仕方ないわね。
有り難かったのは間違いないという事でここはひとつ、アタシからささやかなお礼でもしますか。
2人とも、少しここで待ってて」
「「えっ!?」」
戸惑って思わずシンクロした俺たち2人の声を背にしても振り返る事なく、彼女は財布だけ持って駆けていく。
取り残された俺と鶴城先輩は一瞬顔を見合わせ…お互いどちらからともなく顔をそらした。
ひとつのベンチに男2人で座っているというのは、なんとなく居心地が良くない。
そのまま黙りこくってしまえば、その沈黙に耐えられなくなった俺は、気がついたら口を開いていた。
「アンタは……」
「…ん?」
短く問われてハッとする。
俺は今、なにを言おうとしたんだ。
「いや……なんでもねえ」
「…うちの学校の男で、光さんに憧れてないヤツなんて居ると思うか?」
だが、俺自身ですら纏まっていなかった問いの概要の答えを、更に質問で鶴城先輩は返してきた。
だから俺はこの男が嫌いだ。
ひとつしか年齢も違わないのに、成績も推察力も運動神経も、何でもかんでも俺とは違いすぎる。
「………そうだな」
嫉妬なのかなんなのか判らない感情で、胸のうちがモヤモヤするのを感じつつ、俺は頷く。
「選ぶのは、光さんだ。それだけは忘れるな」
「…判ってるさ」
鶴城先輩がその一言を吐き出した後、俺たちは再び口を閉ざした。
蝉の声が、どこかでまた聞こえた。
・・・
「お待たせ!
こんなもので悪いけど、どっちか好きなの選んで」
…そうして戻ってきた藤堂先輩が、コンビニの袋を俺たちの前に突き出す。
受け取ると、中には棒アイスが2本入っていた。
本人は既に手にしていた『亞逗鬼罵阿』の外袋をもう開けて、口に咥えながら俺たちの間にひょいと腰掛ける。
「…鶴城先輩、『寿威夏罵阿』と『ゴリゴリ君葬堕味』、どっちがいい?」
「……じゃ『寿威夏罵阿』で」
「了解」
選んだそれを袋の中から取り出して手渡してから、残った自分の分を出すと、待っていたように藤堂先輩の手が、空いたコンビニ袋を俺の手から、自然な流れで引き取った。
その袋に、先程剥いた『亞逗鬼罵阿』の外袋を入れる。
それに倣って俺たちも、それぞれの剥ぎ取った包装をその中に放り込んだ。
「…光さん。それ固くないか?」
人によっては歯が欠けると言われるくらい固いそのアイスをゆっくり味わっている藤堂先輩に、鶴城先輩が声をかける。
彼女は視線だけで俺たちを見上げると、リスみたいにしょりしょり削り取っていたそれから一旦口を離して答えた。
「固いのが好きなのよ。
これだけカチコチだと長持ちするでしょ」
「ゲホッ!ゴホガホゲホッ!!」
…そして、彼女の答えを聞いた瞬間、俺は咳き込んだ。
今の今まで、彼女がちっさい唇で一生懸命アイスを咥えてる姿からの俺の連想が、その発言で補強されたからだ。
「ちょ!大丈夫、東郷!?」
「……アンタそれ、問題発言だぞ?」
そんな俺を心配して肩に手を置いてきた彼女を、咳き込みながら涙目でつい睨んでしまう。
………次の瞬間、鶴城先輩までもが同じように咳き込んだ。
「鶴城まで?もう、2人とも落ち着きなよ」
「…面目ない。
けど、確かに今のは、俺たちには刺激が強かったな、東郷?」
どうやら鶴城先輩も、俺と同じ連想をしたらしい。
ようやく呼吸が落ち着いて、どちらからともなく顔を見合わせ、肩を竦める俺たちに、藤堂先輩は訝しげな顔で首を傾げていた。
「…問題発言?刺激?なんの事??」
「……………なんでもない」
俺たちが考えている事が知られたら、多分彼女は怒るんだろう。
だが、好きな女を目の前に、時々不埒な妄想を巡らす事くらい許してほしい。
…『男の子』だからな、俺たちも。
俺は熱くなった顔を彼女の視線から逸らすと、誤魔化すようにしてそろそろ溶けかけてきた青い塊に噛り付き……こめかみに、鋭い痛みが走った。
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