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悪役令嬢の破滅

カイネの回想になります。超絶暗いです!

「リアンノ様……」


 監獄の中で、カイネは主の名前を呼ぶ。手のひらには、クシャクシャになった赤いリボンが握られていた。リボンの端はボロボロで、なんども不器用に縫い直したあとがある。かつての主人が、彼に気まぐれにプレゼントとして送ったリボンだ。


『リアンノ・ミミ・クラーセンは、密通罪で国外追放になった。しかし、道すがら谷に身を投げ、自ら命を絶った』


 そう、看守が重々しく告げたのは数刻前。カイネはそれを聞いた瞬間、崩れ落ちて慟哭した。あまりに無力な自分に、眩暈すら感じた。

 それから長い時間、カイネは埃っぽい監獄の一室で過去のことを考えた。カイネがリアンノの死を悼む方法は、ただ過去を思い、悔いることしか残されていなかった。彼は、リアンノの墓標に花をたむけることすら許されない。


「何がダメだったんだ……」


 カイネは何度となく、自問した。


 始まりは確かに些細なことだったように思う。

 カイネは思い返す。それはある日、カイネの主人である、リアンノ・ミミ・クラーセンがヒステリックな一言から始まった。


◇◆◇◇◆◇


『サラ・ベルツという女が、婚約者のヴァルナー王子とやたらとなれなれしくしてるの!』


 カイネはそれを聞いた時、苦々しく舌打ちをした。

 サラ・ベルツに関しては、初めて聞く名前だ。しかし、リアンノの婚約者のヴァルナー第三王子については、耳にタコができるほど悪口を聞かされていた。家庭教師の講義をサボって狩猟にでかけていただの、目下の者にあからさまに横柄な態度をとっただの、とにかくろくでもないことは知っている。カイネにとって、ヴァルナーは憎き相手だった。

 それはともかく、ヴァルナーの子供っぽい考えをたしなめたり、時には叱ったりしてリアンノはリアンノなりに頑張っていたのだ。それが婚約者の役目だからとリアンノはいつも言っていた。

 カイネはそれが忌々しい。自分がヴァルナーであれば、常に側にいて美しさを褒め称え、たっぷり愛して甘やかしたのに。少なくとも、横暴なヴァルナーのようにリアンノのことを絶対に困らせたりしないだろう。

 とにかく、リアンノの甲斐甲斐しい婚約者教育もあって、ヴァルナーの性格は多少マシになったと思っていた。しかし、次は女絡みの問題と来た。まったく救いようがないのない話だ。


(あの男に寄っていくなんて、サラ・ベルツとかいう女はよっぽど人を見る目がないらしいな。どうせ、王子という身分に惹かれている馬鹿に違いない)


 カイネは内心そう思っていた。

 

 当然、サラのことをリアンノは猛烈に敵対視した。リアンノは伯爵家の令嬢であり、サラは子爵家の令嬢であることから、力の差は歴然だ。普通であれば、サラが身を引くのが一般的だろう。

 しかし、サラは思ったよりやっかいな相手だった。リアンノが何度注意しても、厚かましくも彼女の婚約者に近づこうとするのを止めないどころか、リアンノをことさら煽るようにさらにヴァルナーへの接触を増やしたのだ。媚びたような目線はもちろん、淑女らしからぬあからさまなボディタッチは日常茶飯事になった。

 苛立ちを隠せなくなったリアンノは、サラに対して腹いせに小さな嫌がらせを始めた。

 嫌がらせは、招待状から彼女の名前を外したり、取り巻きたちと悪口を言い合ったりといった些細なものだ。

 カイネはリアンノの嫌がらせを、咎めようとも思わなかった。人の婚約者を奪おうとするような、厚顔無恥な女への当然の報いだとすら思っていた。

 第一、これくらい権力争いが日常茶飯事の貴族同士では、嫌がらせなんてよくあることだ。もっと悪質なものだったある。それに、リアンノの負けず嫌いな性格を鑑みればこれしきの反発は当然といえば当然だった。いまさら咎めても、おいそれと直るものではない。

 だから、カイネはリアンノの嫌がらせを、黙ってみないふりをしていた。


 しかし、時がたつにつれ、だんだん状況がおかしくなっていった。


 カイネがはっきりと「なにかがおかしい」と気づいたのは、王宮主催のティーパーティーの事件があってからだ。

 カイネはその場に居合わせなかったものの、パーティーから帰ってきて、哀れなほどに打ちひしがれるリアンノがすべてを語ってくれた。

 聞けば、なごやかなティーパーティーで、何の前触れもなく、婚約者のヴァルナーがリアンノとその取り巻きを大声でなじり始めたらしい。


『お前たち、サラのことを陰でコソコソ嫌がらせしているらしいな!』


 リアンノとその取り巻きは、驚き戸惑った。まさか、公の場で糾弾されるとは思っていなかったのだ。それに、いくつかの嫌がらせは、彼女たちの身に覚えのないものだった。サラが自作自演したのだ。それも、たちが悪いことに、その自作自演は、どれもあまりに危険なものばかりだった。

 当然、リアンノたちは激しく反論した。

 しかし、いくらリアンノやリアンノの取り巻きたちが「それは違う」と主張しても、サラやヴァルナーはせせら笑うばかり。ティーパーティーに出席していた貴族たちは、サラの言葉を信じ、ここぞとばかりにリアンノを批判した。

 不本意ながら、リアンノたちはその場を去るしかできなかった。


 そこから、リアンノを取り巻く状況は一斉に劣勢に転じる。

 リアンノは社交界に居場所をなくした。あれほど媚びへつらってきた取り巻きたちは保身のために一人、また一人とリアンノを見捨てていった。


 そして、リアンノの破滅の決定的な一打となったのが、王宮の図書室での出来事だった。

 偶然にも王族の図書室で顔を合わせたヴァルナーとリアンノが、口論になったのだ。

 リアンノが王宮の図書室を使用するのは、王族の婚約者としての当然の権利だ。しかし、ヴァルナーが「お前ごときがこの図書室を使うなど、王族気取りのつもりか」と、煽ったのが始まりだった。

 二人の言い合いは徐々にヒートアップした。

 王宮の外で待機していたカイネは、従者から二人が喧嘩をしていると聞きつけ、慌ててリアンノのもとに向かった。

 カイネが駆けつけたその時、ヴァルナー王子は言い放った。


『お前とは財産を目当てに婚約しただけで、お前のことを一生愛することはないんだからなっ!』


 その言葉を聞いた瞬間、リアンノは崩れ落ちた。王子にふさわしい相手になるように必死で努力してきたリアンノのプライドが、粉々に砕け散ったことを、カイネは瞬間的に察した。そのことがどうしても許せなかったカイネは、ヴァルナーに飛びかかった。


『止めなさい、カイネ。相手は一国の王子よ』


 負けず嫌いで気位の高いリアンノは、落ち着いた声で怒り狂うカイネはなだめ、気丈にも「何事もなかったかのように」振る舞った。まるで、砕け散ったプライドなどそこにはなかったかのように。

 しかし、その振る舞いのせいで、疑い深いヴァルナーはかえって疑惑を深める。


『なぜ、俺が他の女と仲良くしていても普段通りにふるまえるのだ? 普通なら、嫉妬に狂うはずだろう。まさか、婚約者の俺がいながら、別の男と密通しているのではないか?』


 疑心暗鬼になったヴァルナーは、リアンノの密通の相手を血眼で探した。

 そして、その密通の相手として白羽の矢が立ったのが、執事であるカイネだった。


 ゴシップ好きな貴族たちの間で、『第三王子と婚約している身でありながら、クラーセン家の一人娘のリアンノは、執事カイネ・リカルディと密通している』という噂は、すぐに広まった。


 結局、噂は徐々に尾ひれはひれがつき、さも真実であるように語られた。誰もがリアンノとカイネが密通していると信じ、誰もリアンノの味方になる人はいなかった。

 リアンノとカイネに密通の証拠は、もちろん出てこなかった。そのような事実がそもそもないのだから。

 しかし、最終的に、「二人は恋人同士である証として、いつも同じ色のリボンを身に着けている」という、半ばこじつけのような理由を証拠に、王宮の広間でリアンノとカイネは弾劾され、捕らえられた。


 罪状は、第三王子の婚約者でありながら、不貞を働いたというものだった。ありていに言えば、密通罪だ。


 すっかり傷心したリアンノはもはや巨大な流れに抗う力もなく、罪を認めることも、また無実を訴えることもせぬまま、国外追放となった。

 リアンノが国外追放される前日、カイネは一瞬だけ面会が許された。それまで気丈に振る舞っていたリアンノは、カイネの顔を見るなり、ワッと泣き出した。


『ごめんね、カイネ。私のせいで、ごめんね』


 すっかりやせ細ってしまったリアンノを前に、カイネはただ言葉に詰まった。言いたいことは山ほどあった。


 それなのに――……


『リアンノ様は、悪くありません』


 カイネの口から辛うじて絞り出した言葉は、短いものだった。そしてそれが、二人が最後に交わした言葉になった。


 間もなくしてカイネは牢に入れられた。カイネが牢屋で判決を待つ間、リアンノは速やかに国外追放され、その道すがら自ら命を絶った。

暗い展開ですみません! もう一話暗い話が続きます。

次回は、サラとカイネの前世の話になります。

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