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小生意気な執事様

 神妙な顔をした父親から王子との縁談が白紙になったと告げられ、リアンノはショックを受けて一晩泣き通した。

 並大抵の山よりはるかに高いリアンノのプライドはズタズタになり、「きっと一生誰とも結婚できないんだわ」と自分の未来を悲観したりした。

 しかし、メイドたちが交代制で夜通しリアンノを慰めたため、リアンノはなんとか本来の自信過剰な性格を取り戻した。


「紅茶をぶっかけたくらいで愛想をつかす男なんて、こっちからお断りだもんっ!」


 などと涙目で嘯きつつ、立ち直ったリアンノが真っ先にやったことが、自分の顔に泥を塗った犯人捜しだ。リアンノは性格が悪い。「やられたらやり返す」を座右の銘にしている。あれほどの恥をかかされたのだから、当然犯人にはそれなりの罰をもって報いてやろうと思っていた。


(どうせ犯人はお父様に言いつけてクビにするけど、私からもなにかビシっと言ってやらないと気が済まないわ!)


 そう息巻いたリアンノは、お見合いの場にいたメイド全員に入念な聞き取り調査を行った。

 犯人捜しは、意外なほどあっさり終わった。


「ピカピカの革靴を履いた人物が、リアンノ様のドレスの裾を踏んでいました」

「ああ、それなら私も見ましたよ」


 メイドたちは口々に証言した。あの場所にいたピカピカの革靴を履いた人物は一人しかいない。

 リアンノの顔に泥を塗った犯人はかなりわきが甘い人物だったようだ。リアンノはすぐに真犯人を部屋に呼びつけた。

 その男こそ、先の執事である。

 リアンノは真っ先に、涼しい顔で部屋に入ってきた執事に怒鳴りつけた。


「アンタなんか、お父様に言いつけてクビにしてやるんだからね――ッ!」


 リアンノは、顔を真っ赤にして、鼻息荒く執事の顔を睨みつけた。


「アンタのせいで、何もかもめちゃくちゃ! このクラーセン家の一人娘リアンノに、あれほどの恥をかかせるなんて!!」


 長いまつ毛で縁どられた蒼色の瞳に燃えるような怒りと涙を浮かべ、リアンノは地団太を踏みながら怒鳴りつける。自慢の輝くミルクティー色の髪の毛も、今日ばかりはぐちゃぐちゃだ。

 当の執事は、否定も肯定もせず、相変わらず薄い笑みを浮かべて、両手を前に組んでリアンノの前に立っている。脅し文句に全く怯んだ様子がない執事に、リアンノは苛々しながら腕を組んだ。


「ちょっと、アンタ! もうちょっとこう、反応しなさいよ! ここまで涼しい顔されるとちょっと不気味じゃない! 何か言ったらどうなの!?」


 リアンノは精いっぱい怖い顔を作ってキッと執事を睨む。

 執事の男は、トルトーネ王国には珍しい褐色の肌に、黄金の瞳をしていた。髪は漆黒で、無造作に後ろで束ねている。よくよく見れば整った顔立ちをしていて、背も高い。優しそうな甘い顔立ちはいかにも女性にモテそうなルックスだ。


(そういえば、この執事とこうやって向かい合うのって初めてじゃない? 名前、なんていったっけ……)


 リアンノはどうしても目の前にいる執事の名前を思い出せず、顔をしかめた。たしか、数か月前に新しい執事として紹介をされた記憶はある。話は全く聞いていなかったが。

 なんたったって、リアンノの執事はたいてい彼女のわがままと気まぐれに耐えられず、すぐに辞めていくのだ。そのせいで、リアンノも執事の名前をいちいち覚えるのは辞めてしまった。


(あら、そういえばこの執事がきたのは数か月前? 執事としては最長記録じゃない? まあ、最長記録でもなんでも、さっさとお父様に言いつけてクビにしてもらうけど!)


 リアンノは改めて口をへの字にした。


「ねえ、もう一度聞くけど、アンタが私を転ばせたんでしょ?」

「ええ、そうですね。私が、リアンノ様のドレスの裾を踏みました。それも、わざと」


 執事はあっさりと自供した。あまりにもあっさりとした口調で頷いたので、リアンノも一瞬拍子抜けしてポカン、と口をあけた。


「……な、なに? やけにあっさり認めたわね。理由があってそんなことしたの? もしかしてドレスの裾に虫とか毛玉とかがついてた、とか? 一応言い訳は聞いてあげましてよ。……で、でも、アンタはどうせクビにするから、そこらへんは勘違いしないで! さっさと出てもうらうからそのつもりで――」

「ふっ、はっはっはっは、あーはっはっはっは!!」


 リアンノの言葉を遮るように、急に執事が高笑いをしだす。リアンノはぎょっとして目を見開いた。

「……な、なによ、笑ってごまかそうとしてるの? そうはいかないんだか……」

「あっはっは、ふふふ、あーっはっはっは!」

「ねえ、どうして笑ってるの!? ちょっとおかしくなった? 頭を打っちゃったのかしら?」


 笑い続ける執事に、リアンノはついに顔を蒼くして、おろおろしながら首を傾げた。

 しばらく笑いつづけると、気が済んだのか、執事は切れ長の瞳に浮かんだ涙を手袋で拭い、折り目正しくリアンノに微笑んでゆっくりと拍手をした。


「ふっふっふ、おめでとうございます! お嬢さまはヴァルナー様にフラれることで、破滅フラグを回避しました!」

「は、はあ?」


 突然の一言に、リアンノは言葉を失った。


(な、なによコイツ……)


 リアンノは分かりやすくドン引きした。当の執事は、リアンノの冷たい視線を浴びて満足そうにため息をつく。


「ああ、いいですね、その冷たい視線。たまりません」

「気持ち悪ッ」


 リアンノの罵倒に、執事は笑みを深めた。ここまでくると不気味だ。まったくもって、意味が分からない。


(そもそも、なんで私の縁談をめちゃめちゃにした男に、こんなこと言われなきゃいけないわけ!?)


 一周まわって腹が立ってきたリアンノに、執事は大げさなほどのため息をついた。


「ああ、なんたることだ。この期に及んで逆ギレしようとしていますね。感情のパターンが簡単に読めてしまうなんて、まったくもってナンセンスです」

「な、なによ……ッ!」

「人間はだいたい3パターンにわかれます。追い詰められた時、逆ギレするか、諦めて大人しくなるか、次の手を考えるか。お嬢さまは逆ギレするタイプということでしょう。まあ、お決まりのパターン通りの反応ですね」

「ねえ、さっきから、こっちが黙ってれば勝手にペラペラ喋って、ほんとうに失礼しちゃうわ! 私は家庭教師たちから、稀代の大天才って言われてるのよ?」

「そんなのお世辞に決まってるでしょう。なにかとつけてお勉強をサボっているお嬢さまが天才? ハッハッハ、全く持ってお笑い種です!」

「む、ムキーーッ!! なにからなにまで馬鹿にしてくれるじゃないのッ」


 リアンノは顔を真っ赤にして再びわめき始めた。面とむかってこれほどまではっきりと馬鹿にされたのは生まれて初めてだ。


「もうっ、クビよ、アンタなんてクビ! さっさと出て行って!」


 憤慨するリアンノに、執事はまったく動じなかった。それどころか、ニヤニヤと笑っている。


「私をクビにして良いのですか? このままだと、先ほど申しあげたとおり、リアンノ様は破滅の道を歩むことになりますよ」

「破滅の道を? 私が?」

「ええ、今のお嬢さまは破滅フラグまみれですよ」

「破滅フラグまみれ……」


 リアンノは怪訝そうな顔をする。そんなリアンノに、執事は大仰にひとつ頷いた。


「ええ。諸事情で、私は貴女の未来を知っておりまして。このまま行くと、リアンノ様は18歳の誕生日を迎える前に死にます」

「ええっ、私、このままだと死ぬの?」


 すっとんきょうな声をあげたリアンノはあからさまにひるんだ様子だった。執事はニヤリと笑う。


「おや、さすがのリアンノ様も、私の話に興味がおありと見える」

「むう……。だって、自分が死ぬって言われて、無関心でいられる人なんていないと思うわよ。例えそれがウソでも、ちょっとくらいは耳を傾けなきゃって思うじゃない」

「そうですよね。とりわけリアンノ様は小心者ですから不安になられることでしょう」

「ねえ、ちょいちょい私を馬鹿にしてるわよね!」

「いえ、事実を述べたまでです。ムッとしてしまうのは、図星だからでは?」

「本ッ当、いちいち言うことが気に障るわね!? だいたい、そんなウソみたいな話、誰が信じるって言うのよ?」

「リアンノ様がどんなに疑われましても、事実は事実ですので」

「なによ、やけに自信満々じゃない」


 リアンノは歯ぎしりをしながら、どっかとソファに座って肘をついた。どうやら、執事の話を聞く気になったようだ。


「で、アンタ、名前は?」

「はあ、まったく、私はお嬢さまにお仕えしてもう4か月になろうというのに、名前も覚えていなかったのですか?」

「だ、だって、……今までの執事はすぐに辞めちゃうから、名前覚えるのもキリがないんだもの」


 リアンノはばつが悪そうな顔をして、桜色の唇をとがらせた。いちおう、リアンノも人の名前を忘れることが非礼にあたるのは重々分かっている。

 やれやれ、といった様子で執事は頭を振って、改めて背筋をピン、と伸ばす。


「私はカイネ・リカルディ。齢は19歳です。趣味は読書。特技は、経理、格闘技、読心術、料理、生け花、詩作に読唇術、隠密から暗殺まで、わりと手広にやっております。まあ、大抵のことはお任せください」


 一瞬の間があった。


「……え、アンタ執事って言ったわよね? なんか手広くやりすぎじゃない?」

「まあ、クラーセン家の一人娘であるリアンノ様にお仕えするなら、それくらいはできなくては」

「えっ、そうなの?」


 リアンノが首を傾げると、カイネと名乗った男はしたり顔で頷く。あまりに当たり前のように言われたものの、リアンノの常識に照らし合わせてみると、執事をやっている人間の口から「暗殺が特技」、なんて言葉が出るのはおかしい気がする。

 しかし、目の前のカイネは「執事たるものこれくらいは至極当然」といった顔をしていたので、とりあえず、「そんなものなのかしら」とリアンノは頷いておく。リアンノは場の雰囲気にのまれやすいタイプなのだ。


「それで、なんで私は破滅なんかしちゃうの」

「それはひとえに、貴女が悪役令嬢だからです」

「アクヤクレイジョウ……?」


 カイネの一言に、リアンノの胸がふいにざわついた。


「おや、そのお顔を見ると、やはり少々心当たりがおありですよね。リアンノ様は悪役令嬢にふさわしく、とにかく性格がお悪うございますから」

「はあ? 今、私の性格が悪いとかなんとか聞き捨てならない言葉が聞こえたけど?」

「おや、自覚がない?」


 執事に煽り返されたリアンノの額にビキッと青筋が浮かんだ。しかし、いちいち突っかかっていてはキリがない。

 リアンノは眉間を揉みつつ話を元にもどした。


「……で、私が悪役令嬢ですって?」

「ええ。貴女様はまごうことなく悪役令嬢です。お勉強もせず、恋愛小説ばかりお読みになるリアンノ様なら、悪役令嬢の意味くらいお分かりになるでしょう?」


 リアンノは、おずおずと頷いた。


 悪役令嬢。

 主人公とその恋人の恋路を邪魔し、そして他人の幸せを妬み、不幸を喜ぶ性悪女。恋愛小説に必ずと言っていいほど出てくる、他人の恋愛のスパイス役だ。


 芝居がかった仕草で、カイネは両手を広げて話を続ける。


「ご存知でしょうが、あらゆる物語における悪役令嬢は、破滅するのが世の理。リアンノ様も、その例外ではございません」

「そんなあ!」

「ヴァルナー様と婚約した場合、リアンノ様はその性格の悪さゆえに疎まれ、あっさりポイ捨てされる運命を歩まれるはずでした」

「最悪な破滅の仕方じゃない」

「ええ、最悪ですよね」


 大まじめな顔で、カイネは頷く。飄々とした口調なのに、目はまったく笑っていない。

 リアンノはこめかみをおさえる。なんだか頭痛がしてきた。あまりに唐突な話ではあるけれど、カイネの言うことには不思議と信ぴょう性があるから困る。


「それで、なんでそんなことをアンタが知ってるのよ、カイネ」

「それは、私が転生したからでございます」

「転生?」

「ええ。私は、一度死んで、前世の記憶を持ったまま、生まれ変わった。つまり、カイネ・リカルディとして二度目の人生を私は歩んでいるというわけです」


 カイネはそう言うと、膝を折って恭しく首を垂れ、リアンノの手を取る。


「次こそは、必ずやリアンノ様をお助けします」


 カイネの黄金の瞳が、ひたとリアンノを見据えた。ふと、リアンノの胸の奥が、ズキン、と痛む。

 こうやって向かい合ったのは初めてのはずなのに、こんなふうに黄金の瞳で見つめられたことがある気がする。どこか、懐かしいような――

 リアンノは思わず口を開いた。


「……ねえ、さっき、私のことを性格が悪いとかわがままだとか、めちゃくちゃに言ってくれたじゃない? そこまでわかってたら、普通の人は見捨てると思うの。それなのに、どうして私を助けようとするの?」

「リアンノ様は確かに、性悪で頭も悪く、卑屈で短慮かつ短気な方です」

「本ッ当に、言ってくれるわね!」


 リアンノは吼えたものの、カイネは少し微笑むと眼をふせた。


「……でも、根っから腐っているわけじゃない。リアンノ様は現に、私を注意するために、こういう場を設けてくださいました。人前で叱りつけ、私のプライドを傷つけぬよう、配慮をしてくれたわけです。そして、一方的に責めるわけでもなく、きちんと私の言い分も聞く姿勢を見せた。その上、私の荒唐無稽な話を、真剣に聞いてくれた」

「? それくらい、当たり前だと思うけれど……」

「そうですね。貴女は、そういう方ですから」

「……そう?」

「ええ。そんな貴女を、私は心よりお慕い申し上げておりますよ」


 カイネはふいに立ち上がると、怪訝そうな表情のリアンノから視線をそらす。

 リアンノは、カイネの黄金の瞳に一瞬光るものが見たような気がした。リアンノは見間違いかと、シパシパとまばたきをする。


(――あれ、カイネ、泣いてる……?)


 しかし、リアンノがまばたきをしている間にカイネがこちらに向けたのは、冷ややかでつかめない微笑みで、甘い黄金の瞳には涙の影すら存在しなかった。

すみません、1話が長かったので、2部に分けました!

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