悪役令嬢のお友達
ティーパーティーから数日後。
自室でぼんやりと窓の外を眺めていたリアンノは、ふいに頬杖をついてため息をついた。手にした恋愛小説は先ほどから全く前に進んでいない。
いつもであれば、一つため息をつけばすぐに「どうしましたか?」と目ざとく反応する執事のカイネがそばにいるのだが、今日はあいにくどこかへ行ってしまっている。最近のカイネは用事があると言って外に出かけることが多くなった。あまりに相手をしてくれないため、嫌味の一つくらい言ってやりたいものの、リアンノの身の回りの仕事は相変わらず完璧で文句のつけようがない。
リアンノはもう一度ため息をつく。
(きっと、サラのところに行って、デートをしているに決まってるわ)
ティーパーティーでサラとカイネが仲睦まじい様子で会話しているのを見てから、リアンノの心の中は荒れに荒れていた。かといって、「二人はどういう関係なのかしら?」とカイネに聞く勇気が、リアンノにはない。
その上、妙に卑屈なところがあるリアンノの中でとある仮説が浮上したのだ。
「前世の私は、悪役令嬢としてサラのことを散々いじめたらしいじゃない? カイネは愛するサラを悪役令嬢である私から守るために、私をサラから遠ざけてるんじゃ……」
一度そう思ってしまうと、思い込みの激しいリアンノは、もうそれが真実としか思えなくなってしまった。
リアンノは頭を抱えて部屋の中を歩き回る。
「だってあの二人ったらすごくお似合いだったし、すごく仲良さげだったし……。まあ、それもそうよね。私の仮説が正しければ、前世からあの二人はずっと両想いなんでしょ? そんなの運命じゃない! ぜったい二人ったら今、王宮の裏で『あのリアンノを俺が食い止める』『だめよ、そんな、危険だわ。一緒にこの国から逃げましょう』とか手を取り合ってやってるわよ……! な、なんか、ムカついてきたわね……」
ぶつぶつと長い独り言を一気に呟いたあと、リアンノは盛大なため息をつく。妄想が暴走しているが、あいにくだれも止める人はいなかった。
「私のあげたリボンタイを身につけないのだって、きっと私のあげたものなんて身につけたくないからだもの……。この私が、せっかくプレゼントしてあげたのに!」
ムキー、と軽く奇声を上げながら、リアンノはボフボフとクッションを殴る。
やがて一人で鬱々と考えるのも嫌になったリアンノは、ティーパーティーで友達になったハレシアに会いに行くことにした。王宮の離れに住む彼女とは、今ではすっかりお茶友達だ。
急に訪問したリアンノを、ハレシアは大喜びで迎えた。
「リアンノ様! 今日もいらっしゃると思っていましたので、お茶の準備は終わってますよ! アルバイトはお休みの日ですもんね!」
「ハレシア、ごきげんよう。なんで私のアルバイトの休みの日まで把握しているのかは聞かずにおくとして、約束もしていないのに、急に遊びに来てしまってごめんなさいね」
「いえ、大丈夫です。 リアンノ様であればいつでも大歓迎ですから! なんなら一緒に住んでも構いませんよ!? この家、無駄に広いので部屋だって余ってますし!」
そう言って、ハレシアは長い前髪をふり乱し、鼻息荒くリアンノににじり寄る。興奮しすぎて、若干怪しい動きをしているハレシアだったものの、いつものことなので、リアンノは軽くスルーした。変人の執事をそばに置いているせいか、リアンノは変人の扱いに妙に慣れているのだ。
ちなみに、ハレシアはリアンノとおない年なのだが、頑なにリアンノことは「リアンノ様」と呼んでいる。リアンノは「様を付けてはお友達っぽくないわ!」とハレシアに呼び捨てするよう説得したのだが、結局あきらめた。
やがて正気に戻ったのか、ハレシアはいつもの部屋にリアンノを通した。客人をもてなそうとお茶を用意するハレシアは、今日も目立たないドレスを着ている。リアンノは首を傾げた。
「ハレシア、あなたはせっかく可愛い顔をしているんだから、前髪を切ってそれなりの恰好をしたらどうなの? きっと社交界の華になるでしょうに」
「いいんです! 前髪を切ってしまったら、目立ってしまうので……」
「そりゃあ、ハレシアは髪の毛をきちんと整えていれば美人だもの。……あっ、もしかして、目立たないように前髪を伸ばしているの?」
「当たり前です! さりげなくリアンノ様を遠くで眺めつつ、美しいお姿をこの目でしっかりと焼き付けるのがこのハレシア・ヨートーの務めですから!」
そう言って、ハレシアはなぜか誇らしげに胸を張った。リアンノはただ苦笑するしかない。
ハレシア・ヨートーは、端的に言えばリアンノの熱狂的なファンだった。
5年前、王宮のパーティーで社交デビューしたリアンノに一目ぼれしたハレシアは、その日からずっとリアンノのことを陰からずっと見守っていたらしい。
リアンノが出席したパーティー全てハレシアは参加していたらしいのだが、リアンノは一度たりともハレシアの姿を見たことがない。それほどまでに、ハレシアの擬態は完璧だった。
ハレシアは少し照れたようにもじもじした。
「この前のティーパーティーではうっかり油断してリアンノ様に発見されてしまったのですが、それで良かったなって今では思います。リアンノ様ったら、美しすぎて近寄れないオーラがありますけれど、お話してみれば、私みたいなヤツにもお優しくて、きさくで……」
「私としては、陰で見るくらいだったら声をかけてほしかったわ。陰からこっそり見られるなんてちょっと不気味だし、もっとその……、ハレシアと早くお友達になりたかったもの」
「オウフッ」
「えっ、なに今の声……」
「あ、あまりの嬉しさに心臓がやられた声ですね。リアンノ様ってば、あまりに尊い、尊すぎるぅ……」
ハレシアは胸を押さえながらよろよろと机に突っ伏する。そんなハレシアを、リアンノは心配そうにながめた。会うたびに、ハレシアが情緒不安定になっていっている気がしないでもない。
とりあえず、ハレシアは落ち着いたのか、顔をあげた。
「ところで、カイネさんはどこに?」
「今日は、朝からずっと姿が見えないの。最近どこか出かけていることが多くなっちゃって」
「あら、今までずっと二人は一緒だったのに、妙ですねぇ」
「私が思うに、カイネはサラのところに行ってるのよ……」
リアンノが肩を落としてそう言うと、意外なことにハレシアはきっぱり否定した。
「いえ、それはありえません。今日、サラさんはヴァルナー第三王子と一緒だったのを、たまたま王宮の図書室で見ましたよ」
「え、サラと殿下が!?」
意外な組み合わせに、リアンノはぎょっとする。
ハレシアはため息をついた。
「まったく、サラさんは、第一王子と第二王子に飽き足らず、第三王子にも手を出そうとしているんでしょうか……。さすがに、王族の端くれとして、これはちょっとやめてほしいといいますか……」
「そうよねぇ」
「王子たちがいがみ合うと、困るんですよねぇ……」
ハレシアは、苦い顔をする。
彼女は、王子たちの従妹にあたり、いちおう王族の一人だ。万が一、王子三人が痴情のもつれで殺しあうようなことがあれば、ハレシア・ヨートーに王位が転がってくる可能性が非常に高い。
リアンノという推しを追いかけるのに日々忙しいハレシアにとって、それは何としてでも避けたい。
「まあ、私の個人的な事情抜きにしても、最近のサラさんの言動は目に余ります。……って、リアンノ様は、さきほどから何をそんなにソワソワしてらっしゃるんですか?」
「えっ、ソワソワしてたのバレた? ……あのう、話は変わるんだけど、実は一度でいいから王宮の図書室に行ってみたいと思っているの。きっと恋愛小説もたくさんあると思うし、なにより今は絶版になっている恋愛小説なんかも王宮の図書館には置いてあるらしいじゃない?」
「ああ、そういうことですか。それなら今度一緒に行きましょうか」
「えっ、本当に!? 王族と一部の貴族の方しか行けない場所って聞いていたけど、いいの!?」
「もちろん。私が一緒に行けば、大丈夫だったはずです」
「やったー! ありがとう、ハレシア!」
リアンノは無邪気に歓声を上げた。
こうして、二人は近いうちに図書室に行こうと約束したあと、その日のお茶会をお開きにした。





