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1.事故と街と人々と


 ざりざりと耳障りな音がイアホンから流れている。セーラー服の胸ポケットに入るサイズの小さなラジオからは、悩ましいニュースが報道されていた。

 世界の十分の一くらいは、多分、平穏。

 その十分の一くらいである平穏な場所から十分の一くらいから零れ落ちている場所に、嘉音(かのん)は向かっていた。

 かたたんと窓が軋んで揺れる。船と列車の一等客室のチケットが送られてきたときには驚いたが、ニュースを聞いてしまうと、この一等客室でさえ安全と言いきれない。

 関東ローム層は降灰で形成された土地だと聞いた。灰の上に住む人などいるのだろうかと思ったが、古くは「日本」という「国」の首都があったそうだから、どこだろうと住めれば問題ないのかもしれない。

 国、といわれても、嘉音には実感がなかった。今まで暮らしていたのは、新世界政府のお膝元、コンスタンティノポリス市。東西の文化咲き乱れる、とはかつての姿で、今は超高層建築の立ち並ぶ情報都市だ。綺麗な街、身綺麗な住人、穏やかな雰囲気。それはあって当たり前のものだった。

 まさか、生きているうちにコンスタンティノポリスから出るとは思わなかったのだ。物心つく前から全寮制の女学校にいた。未来のことなんて考えたことがなかった。世界はコンスタンティノポリスの中の女学校で完結していた。

 遙か東から、一通の電信が届いた。そしてチケットが届いた。

 そうして、今、車窓から荒廃した街を見ている。

 いや、目の前の煤けた建物群がかつて街であったことを嘉音は想像しなかった。嘉音の知っている街とは、まったく違うものだった。

 チケットには東京市中央駅の印字がある。記憶の限りでは、船にも列車にも乗るのは初めてだった。澄んだ音声と鮮明な映像のニュースはここにはない。砂を噛んだようなざりざりとした耳障りな音だけが、これから向かう場所のことを話している。

 東京市なんて初めて聞いた。コンスタンティノポリス市以外の街を、嘉音は知らない。

 新世界政府が丸い地球を治めている。それ以上の情報は、嘉音には与えられていなかった。

 嘉音の一等客室のコンパートメントには他に誰も座っていない。荷物はトランクひとつと肩から掛ける学校指定のカバンだけ。空調が効いていないため、嘉音は寒い車内でセーラー服の上にピーコートを着ていた。

空気までざりざりしている感じがして、嫌だった。東京市では大きな事故があったらしい。向かう人は武器の携帯を忘れないようにとニュースがかしましい。

列車の走る風景が、崩れかけた煤けた建物の群れから、煤けてはいるもののそれなりの高さと人の営みが見られる程度の活気を孕んでいる姿に変わった頃、突然ざりざりとしたラジオの音が途切れた。波長はオートで合うようになっているはずなのに。

こんなところで壊れたんだろうか。嫌だな、と思った。

列車の軋む金切り声のような音が響いて、線路上で列車が止まった。どうしたんだろうと思っていると、頭上のスピーカーからやっぱりざりざりとした声が降ってきた。

『特別急行八咫5号にご乗車のお客様に連絡いたします。当列車は信号により緊急停止しました。発車までしばらくお待ちください』

 自動車のように、同じ方向に走る列車は見たことがない。なのに信号があるんだ。

 いや、起きている間はずっと車窓を眺めていたが、対向列車もなかった。

 座る席の関係だとかはまったく考慮していなかったので、反対側の席であったら見えたかもしれないが、そこまでのことは考慮の範疇外だ。ラジオは黙ったままで、アナウンスも先ほどの一度きり。

「このままなんてことは」

 ぽつりと口に出したとき、客室のドアをノックする音が聞こえた。

「はい」

「車掌です。この先の線路が事故により破壊、閉鎖されました。申し訳ありませんが、このままバスの到着をお待ちください」

 放り出されないだけいいだろう。

「はい、分かりました」

 分かってなどいない。これが日常茶飯事であることを、嘉音は分かっていなかった。女学校の中には列車も船も、バスもない。来客が乗用車に乗ってくることと、軍事教練に装甲車が使われることと。それ以外の乗り物には触れてこなかった。

 そういえば、と見たチケットには、列車の発車時刻は記してあったが、到着時刻の記載がない。これまでは何の不安も感じてはいなかったけれど、はじめて引っかかりを覚えた。

(ここは、コンスタンティノポリスじゃない)

 待っている間、ずっと外を眺めていた。窓ははめ殺しだったからすきま風にさいなまれることはない。暖を取るものもないが、目的地の場所も分からないのに寒空の下放り出されないだけありがたいことなのだろうと思うことにした。

イアホンから再びざりざりという音が聞こえてきたが、声だと認識できる音声は聞き取れなかったため、ラジオのスイッチを切った。壊れてはいないらしい。

 窓の外には鉄条網。あちらとこちらを隔てている。

 あちらには、色というものがないようだった。

 では、こちらには?

 煤けた街に似合わない、濃紺のセーラー服。えんじ色のスカーフ。チョコレート色の革靴。

 色は、あるだろう。トランクはベージュに茶のベルトがついている。学校指定のカバンは靴と同じチョコレート色だ。

 けれどそれ以外には。教師のつけていたような赤い口紅はなかったし、爪だってやすりで研いだだけで何の色彩もない。友人に多い明るい色の髪ならば良かったのにと思う黒くてまっすぐの髪は、梳かしつけただけでくせもなく背中に落ちていてくれる。三つ編みパーマが失敗したことを悔しく思ったのは、ずっと昔のことだ。今はそんなお遊戯をする友人もいない。

 色が、ないのかな。血色がいい方ではなかった。薔薇色の頬に青い目の友人は、羨ましい存在だった。鳶色の瞳には個性も何もないと思う。

 髪を結わえるリボンもなく、靴下は白の三つ折りで。きちんとした生徒だと思う。けれど人の記憶には残らないだろう。嘉音は目立つところの何もない少女だ。

 窓の向こうに、色味のない人の列が現れた。プラカードを持っているが、何と書いてあるかは分からない。鉄条網のあちらのことだ。こちらには関係がない。きっと。

 コンスタンティノポリスの港で船に乗るときは、荷物を運んでくれた人がいた。長い船旅も一人きりだったが、広いとは言えない船室をひとつ自由に使えたことはありがたかった。何という場所かは覚えていないが、陸について列車に乗るときにも、一等客室の貨客は優遇されているのか、「荷物は指定の客室に運びました」と伝えられた。

 バスという言葉は知っている。それが自動車であることも分かっている。けれどまさか自分で荷物を運ぶことになるとは思っていなかった。

「失礼します。バスが到着しましたので、お荷物と一緒にお乗り換えください」

 先ほどと同じ抑揚のない声が、ドア越しに掛けられた。

「運んではいただけないの?」

 嘉音はできる限り丁寧に、問いかけた。けれど、返ってきたのは感情の感じられない抑揚のない言葉だった。

「ご自分で持てる範囲でお願いしております」

 トランクひとつ、カバンひとつで良かったと思った。トランクを何とか両手で下げて通路を歩いていると、小山ほどもある荷物を置いてはいけないというご婦人が、抑揚ない声の車掌と言い争っていた。

 バスは狭かった。

 旅ならば船か列車、と聞かれたら答えるだろう。

 座席はなく、みな床に座っている。敷物を敷くスペースはない。人ひとり、荷物ひとつ分の広さしかないようだった。誰もが俯いている。

 船も列車もチケットの等級が下がればそれが当たり前なのだが、嘉音には分からない。はじめての旅で、はじめての異境だ。

 ご婦人の金切り声が聞こえた気がしたが、気付かないふりをした。

(早く着かないかしら)

 路面状態が悪いので、バスは酷く揺れた。嘉音には単純に「バスは悪い乗り物だ」としか認識できなかったけれど。

(装甲車よりも酷いわ)

 乗り心地の考慮されていない装甲車でも、走る路面状態が違う。都市国家の技術を注ぎ込んで作られるものは、軍事用のものであれ、都市国家の人が許容できるものでなければ普及しない。東京市は、都市国家ではない。コンスタンティノポリスとは違う。

 揺れて、揺られて、何度も止まっては進みを繰り返し、ようやくバスは東京市中央駅にたどりついた。辺りはすっかり日が暮れて、色褪せた街灯とアンバランスに派手なネオンサインが、この街の不安定さを(かも)し出している。

 電信で指定されたのはここ、東京市中央駅。

 見れば、出迎えのあった人がひとり、またひとりと消えていく。

 心細くない、といえば嘘になる。早くシャワーを浴びて温かいココアを飲みたい。いつものように。

 いつもなんてもう、どこにも、ないのに。


 男は学生を探していた。

 正確には、場違いであろう女学生を探していた。

 渡された写真は学生証のものとおぼしき無表情が写った3センチ×4センチの小さなもの。黒い髪はまっすぐに長く、瞳の色ははっきりしない。頬に赤味があればまだしも、口端にも頬にも笑みの影さえまったく見えない。かといって不機嫌そうにも見えない、感情の見られない顔だ。

 それは、この街では見ない表情だった。

 どの立ち位置にいるにしろ熱く革新を求めるか、いずれにも失望し無気力な日々を送るか。学生であれば、己の向かう先を求める時期だろう。希望が打ち砕かれることもあるかもしれない。何の訴えも感じられない写真からは、異境の香りがした。

 彼女の乗るはずの列車は到着しなかった。

 東京市のあらゆる報道機関には列車の止まる少し前から活動停止命令が出ている。線路の先の車輌倉庫も含む東京市の約二割が、何らかの事情により壊滅した。いずれかのレジスタンスによるものだろうと想像はしたが、断定はできない。東京市では、新世界政府特別警察機構内の特務機関『九曜』、そして数団体のレジスタンスが、巴になって覇を競っている。レジスタンスによる活動に広がりが出ないように、新世界政府は報道統制を強いていた。今日も、それだ。

 約二割が地盤崩落したという一報があったあと、報道機関は活動を停止した。ヘリは飛んでいるので取材はされているのだろうが、おそらくは全てが解明されるまで封印されるのだろう。

 ともかくも、少女の乗るはずの列車は途中で停車し、代替運行のバスが乗客を連れて駅に向かうことが東京市中央駅で発信されると、男はバスが到着するまで駅前で待つしかなかった。いつバスが着くかは分からないのだ。

 待っている間に混乱は沈静化していた。多少、被害範囲は大きかったが、少し郊外に出れば珍しいことではない。たまたま東京市街区でそれが起こっただけのこと。

 何も今日でなくとも、と思ったが、同時に明日でなくてよかったと考え直した。

 壊滅したその場所に、男の所属する特務機関の事務所があった。よほどの幸運がなければ生存は難しかっただろうことを考えると、今夜からの活動に支障が生じることも思いやられ、若干頭が痛い。明日ならは、自分はもとより、機関長が到着を心待ちにしていた少女も巻き込まれていた。

 三々五々、駅から人が現れるのを確認して、男は少女を探すことにした。四輪駆動の無骨な自動車(ピックアップトラック)から降り、バスが着いたとおぼしき場所に、人波に逆らって向かう。ややあってバスの影を見つけると、その脇に所在なさげに佇む少女を見つけた。

 黒い髪に、学生服らしい格好。それ以外には見当たらない。

 男は歩を進めた。


 電信の主は祖父だと書いてあった。だから迎えもその人が来るのだろうと思っていた。

「早瀬少将のところの姫君はあなたか」

 声を掛けてきたのは長身の年若そうな――学生に見えるとかそういうことではなく、祖父というにはあまりにも若いという意味合いの――男性だった。

「お祖父さまが来るものかと思ってたわ」

 声には硬さが残ってしまう。仕方がない、女学校では男性は珍しい。

「迎えに出向くように命じられた。状況についての説明は必要か?」

 切れ長の目が嘉音を見下ろしている。冷静そうで、値踏みされていそうで、あまり居心地がよくない。

 聞きたいことはたくさんあった。だけれど、それよりもずっと、疲れていた。

「必要だと思うけど、今はそれよりもシャワーを浴びて眠りたいわ。……それとも先にお祖父さまに会わないといけないかな」

 重たいトランクを引きずるように持ち上げようとすると、男が手を伸ばしてトランクの把手(とって)を持った。

「ありがとう、えっと」

来生(きすぎ)だ。来生(きょう)。早瀬少将の部下で、姫の守り役を命じられている。分からないことがあったら聞いてほしい」

「わたしは早瀬嘉音(かのん)。よろしく、来生さん」

 嘉音がやっとの思いで運んできたトランクを、来生は軽々と片手に提げ、さっさと歩き出していた。嘉音は慌ててそのあとをついていく。背の高い来生が大股の早足で歩き出すと、嘉音は小走りになる。当然、口も重くなる。

 駅舎を出るとしばらく歩いて駐車場が見えた。停められている車はまばらで、見るからに厳めしいものが多かった。学校で見かけたことのある自動車はいわゆるセダンタイプのものか、装甲車だ。だが、ここにあるものは、知識として知ってはいるけれど、初めて見るものが多い。

「学校ではあまり車に乗ったことはないの」

 駐車場入り口で息を整えた。それを見て、来生が足を止めてくれた。

「メトロは機能していない。徒歩か車が移動手段になる」

 駅前のネオン街の喧噪が、駐車場まで風に乗って聞こえてくる。

「行けるか」

「だいじょうぶ」

 肩掛けのカバンの重みが、ひどく肩に掛かっている。バスに乗ってからずっと、荷物を下ろしていない。

 それでも泣き言はいいたくなかった。

 また小走りに、来生のあとをついていった。

 一番奥の辺りに車高の高い四輪駆動のピックアップトラックがぽつんと駐めてあった。来生はてのひらにおさまるセンサーを車体にかざした。

 それが爆弾検知器であることを、嘉音はよく知っていた。装甲車に乗る前には必ずそれで車体を確認しなければならないのだ。

 何事もないことを確かめると、来生はトランクを荷台に載せて、ドアを開けた。

「どうぞ、姫」

 これは軍事教練と一緒。同じように行動すれば問題ない。そういうことだと理解して、疲れた身体を奮い立たせて助手席に乗り込んだ。

 大きく深呼吸して、シートベルトをしめる。運転席に乗り込んだ来生は、車載無線機を取り上げた。

「こちらソーマ、姫君を確保した。状況報告を頼む」

 ざりざりと、あの嫌な音が耳につく。返答がない。

「待って、来生さん。あなた今、状況報告って」

「俺は半日ここで待機していた。その間に街の約二割ほどがダメージを受ける事故があった。この事故で事務所が損害を受けて、今は被害状況を確認している最中になる」

「列車の中でラジオが切れたの。もしかして、それと関係があるのかな」

「あるだろう。今は東京市の報道を統制している特別警察機構が、報道の自粛を要請しているはずだ」

 自粛の要請で、実際に自粛してしまうのだ。新世界政府の力をここまで実感したことは今までにない。

 いや。コンスタンティノポリスで空気のように当たり前だった新世界政府が、ここでは前面に出なければならない状況だということだ。

 レジスタンスの存在を、嘉音は知っている。彼らに対抗する「いつか」のために、軍事教練を受けてきた。けれどコンスタンティノポリスではその存在を実感することはなかった。だから、新世界政府の存在も、確たるものとして感じることがなかった。

「壊れたのかと思った。でも、壊れてなかったから」

 ざりざり、とスピーカーが音を吐いている。

『ソーマ? こちらシュクラ。新湊(しんみなと)病院に対策室できたから、わり、そっち来てくんね?』

 砂を噛んだような音の間から、ひび割れた声が聞こえた。その調子は軽い。

「了解だ」

 それだけ返して、無線機のマイクを所定の位置にひっかけた。無骨なフロントパネルは、この車が実用一辺倒であることを示しているようだ。

「教練ではツーマンセルが基本だと聞いたわ」

眞人(まなと)はこちらに来たあと、姫の受け入れ体勢を整えるために事務所跡地へ戻ったんだ。まさか、こんな大掛かりな事故が発生するなんて思っていなかったからな」

 現場では何があるか分からない。だからこそのツーマンセル。そう習ったはずなのに、実際にはひとりで色々対処しなければならないことも多いようで、嘉音は戸惑った。

「その病院に向かうの?」

「対策室といっていたしな。眠りたいと言っていたが、しばらく付き合ってもらわないとならない。我慢できるか」

「……努力はするわ」

 来生の運転は荒かった。けれど、バスよりはずっとマシだった。

 暗い駐車場からネオン街の側を抜け、背の高くないビルの間を縫うような高架道路と車線にゆとりのある大通りを走って、三十分ほど経った頃に目的の病院に着いた。煌々と灯りがついており、ようやく人心地つけるかと安心したところで、降りるように促された。

 トランクは来生が持ってくれたので、泥のように重たい身体と肩掛けカバンだけを持って、明るい病院の中ヘと足を踏み入れた。

 そこは、戦場だった。

 ざりざりという音はしない。静かだったこれまでの旅程とはうって変わって、ひどい喧噪だった。

 医師が、看護師が、走っている。

 包帯を巻かれた人が、床やストレッチャーに横たわっている。包帯には血が滲み、充分な手当てを受けていないことが分かる。

 嘉音は軍事教練でトリアージの訓練も受けていた。だから、なぜその人たちがそこに寝ているのかが、寒々しいほどの現実となって襲いかかってきた。

 軽傷の人は良い。傷が浅いから、治療を待っていられる。

 けれど重傷者は。

 目を逸らした。来生の背中だけを追った。

 階段を一段飛ばしで上がる来生に追いつくには、小走りどころか本気で走らないといけなかった。何階まで駆け上がっただろうか。戦場というのはあのような状況をいうのだろうという一階とはまったく様子の違う、白い壁を冷たく電灯が照らすフロアに出た。

 人気の無いナースセンターで、看護師が巡回から戻るのを待った。

「広いのね」

「位置的に、最前線に当たるだろうな。ベッド数は東京市でも五本の指に入る大きな病院だ」

 声が聞こえたのか、奥から看護師が出てきて、来訪者に目を丸くした。

「一階の患者さんじゃなさそうね?」

「特務機関九曜の対策室があるはずだが、このフロアではなかったか?」

「あぁ、あなた九曜の人。渡り廊下を渡って東棟に行ってもらえば、分かると思うわ。九曜の患者さんはそこに収容しているから」

 東棟と聞いて、来生の表情が強張ったように思えた。人の顔色を読むのは嫌いだが、怒られるのはもっと嫌なので、雰囲気を読み取った上で嘉音は沈黙を守った。

「ここは非武装協定区域だから、誰に会っても戦闘しないでくださいね」

 念を押すように看護師に言われたが、来生は無言だった。一度下ろしたトランクを再び提げて、非常灯に従うように歩き出す。嘉音も看護師に頭を下げてからそれに従った。

 来生の歩調は相変わらずで、黙々と行動しなければならないような雰囲気はまるで軍事教練のそれだった。

(真面目に受けておくものだわ)

 災害訓練と同じだ。滅多にあることではないが、練習しておかないといざ災害が起こった際に何もできない。軍事教練が役に立つ場所に来ることになると思ったことは一度もなかったけれど、確かに役に立っている。

 渡り廊下はいつの間にか抜けていたのだろうか、周囲の部屋からざわめきが聞こえてくる。耳慣れない言葉を聞いて、ここは異境だと感じた。

 休憩所のテレビが、ざりざりと砂嵐を映している。集まっている人々は、多かれ少なかれ(なにがし)かの傷を負っているようだった。

 東棟のナースセンターには、人が詰めかけていた。家族を探す人、治療を要求する人、とりあえず文句を言いたい人。

 人、ヒト、ひと。

 その中のひとりが、背の高い来生に気が付いたのだろうか、二人の前にへらりとした笑顔を貼り付けて進み出た。

「いや、ひどいよなぁ。キョウ、お前待ちぼうけで大正解だよ」

 巨漢だった。来生が細身に見えるほどの、がっしりみっしりと筋肉のついた身体。人種が混血したと分かる、彫りの深い顔立ちと豊かな色彩。焼けた肌。

「で、この子が早瀬少将の?」

「孫娘です、はじめまして。嘉音です」

「ん、お嬢ちゃんは礼儀正しいねぇ。オレは眞人でいいよ。んでキョウ、部屋はこっちな」

 人混みの中をするすると猫のように進んでいく。巨躯が嘘のように軽やかだ。

「何で東棟なんだ」

「や、モルグが近いからじゃね? 運ぶの大変なんだよね」

 来生は顔をしかめた。

「霊暗所がいやなの?」

 嘉音は訊いた。確かに気味のいい場所ではないが、ひんやり冷ややかだった隣の棟に比べて、こちらの方が何となく生きている感じがする。

「亡くなった人の無念は悪い気を呼ぶ」

 異境だ、とはっきり思った。コンスタンティノポリス、中でも学校では、ゴーストの存在は都市伝説くらいに思われている。

「悪い気がゴーストになるって本当なのね」

 確認したかった。眞人と来生は、何を今更という風に嘉音を見下ろした。

「おキレイな都市国家には怨霊が出ないって、マジっぽい?」

「銀の銃弾が効かなければ、わたしにできることはないわ」

 軍事教練の仮想敵のひとつは、ゴーストだった。ゴーストといっても、実体を持っている。悪い気が屍体や意識のない身体を操り、破壊活動をする。それを倒すための銀の弾丸である。オンリョウと眞人は言ったが、それがイコールゴーストなのかどうか、嘉音には判断がつかない。

「お祖父さまに到着の挨拶がしたいわ。はじめて会うの」

 嘉音は家族の縁が薄かった。たったひとりで女学校の寮で暮らしていたのだ。呼ばれたのはなぜなのか、なぜ卒業を待たず、今なのか。

「やーちょっと、うん、お嬢ちゃんには残念なお知らせ。早瀬少将、二階級特進です」

 目の前が真っ暗になるとはこのことだろうか。どうしたらいいのか分からない。どんな顔をしたらいいのかも分からない。

 二階級特進。特別警察機構においてそれが適用されるのは、殉職したときだけ。

「わたしまだ、お会いしてない」

 言葉は、紡げた。

「もう誰も彼もとんとんと逝っちゃってるから、事務が追いつかなくてさ、で、ここに仮設の対策室ができたんだよねぇ。この広間、使っていいってさ」

 じゃーんと言って眞人が開いた扉の向こうには、たくさんのベッドが並んでいた。

 血と包帯とうめき声と。

 輸血と増血剤と栄養剤と。

 嘉音は特定宗教を信仰していなかったが、もしも神様がいるならば、祈りたい気持ちになった。呆然と立ち尽くす。

 部屋の奥の方で、ぴょこぴょこ跳ねる人がいた。どうやらこちらに手を振っているらしい、女性だ。それに気が付くと、いくらかほっとした。女性がいるのは、心強い。

「マーナートーぉ、きょーちゃぁん! システム復旧させたーわよぉー!」

 ぴょこぴょこと跳ぶのに合わせて、豊かな胸がたゆんたゆんと揺れている。

「シェアラ、お前、跳ぶな! あぶな」

 危ない、と言いたかったのだろう、言い切る前に、ガシャンと派手な音をたてて、女性が転けた。顔からもろにいった。

 見上げると、来生も眞人も溜め息をついている。

「あの……あのひと」

「呼ぶより行った方がいい。眞人、とりあえず動けるやつ全員集めてくれ」

「はいよ」

 来生に促され、ベッドの合間を縫って、転けた女性の方へと歩を進める。広間というからには確かに広いが、ベッドが所狭しと置いてあるおかげで身動きが取りづらい。怪我人に当たらないように注意しながら、何とかデスクの置いてある一画まで辿り着くことができた。

 女性の頭が足元にぶちまけられた筆記用具の上にある。彼女の右足首には包帯が巻かれていて、軽傷ではあるものの、「跳ぶな」の理由はこれだろうかと思われた。

「ごめんねぇぇぇ、今何とか、えい、やっ、起き上がれ私!」

 掛け声を掛けた女性が勢いよく上を向いたかと思うと、今度は足が滑り、見事に尻餅をついた。

「シェアラ、落ち着いて行動しろと言っただろう」

「私はいつでも一生懸命ですーっと、その子?」

 だれか、と淡い緑の目が訴えている。赤毛で、ちょっと上を向いた鼻に眼鏡を掛けている、それなりに可愛らしい部類の女性。豊かな胸はカットソーで強調され、動きやすいようにであろう迷彩のワークパンツが佇まいとはアンバランスに思える。

「紹介するから自力で椅子に座れ。お前は立たなくていい」

 どういうことなのだろう。訊いたら答えてもらえるだろうか。でもとても個人的な内容な気がして、言い出しにくい。

 来生がトランクを床に置いたので、嘉音は斜めがけのカバンをとりあえずその上に置いた。空調があるのはさすがに病院だからか。ピーコートを脱いでから畳んでカバンの上に置く。

 そこに、眞人が戻ってきた。十数人の人がそのあとに続いて入ってきて、そこそこ広い室内は人が溢れるほどになった。主にはベッドのせいであるが。

「これっくらいかな。あとは特警に行ってるのが四人で、まだ埋もれてるところはもう期待できそうにないね。協力者関係は今じゃなくても良いかなって」

「姫、靴を脱いで机の上に立ってもらえるか?」

 眞人の言葉に頷いた来生は、嘉音にそんな要求をした。理由を聞くのも面倒だと思うくらい疲れていたので、嘉音は言われたとおりに机の上に立った。

「みんな、聞いてくれ。俺と眞人は早瀬少将の指示で、スーリヤを迎えに出ていた」

 一瞬ざわりとさざめいたが、すぐに視線が嘉音に集中する。

「姫、自己紹介を」

「え……? ここで?」

「高いところに立たないと、姫は背が低いだろう」

 かちんときた。背が高い方でないのは知っている。けれど低いと言われるほど低くはないはずだ。百六十センチをちょっとだけ超えたのを、新年はじめの身体測定で確認したばかりだ。

「低くないです」

「ねぇ、あなたスーリヤなの?」

 散々転けまくったあとようやく椅子に座った女性が、瞳をきらきら輝かせて嘉音を見上げていた。

「スーリヤなんて、わたし、知りません。アーデルハイト・カノン・ハヤセ・ルートヴィヒ……早瀬嘉音です。お祖父さまに呼ばれて、東京市に来ました。会えると思ったのに……」

 そう、家族の縁が薄いのだ。母には数えるほどしか会ったことがなく、父は顔も名前も知らない。祖父だというから、どんな人だろうと思っていたのに。

 会えないなんて。

 プリーツスカートをぎゅ、と握りしめた。

 期待していたのだと、楽しみにしていたのだとはじめて気が付いた。

 うつむくと、ほたり、と水滴が机に落ちた。

「早瀬少将は、この孫娘をスーリヤだと言った。俺たちはこの窮地に少将の言葉を信じるしかない」

 来生の声が虚ろに聞こえる。

「姫、スーリヤになってはもらえないだろうか――いや、そのためにあなたはここにいるんだ」

「わたし……わたし、スーリヤなんて、知らない。どうしたらいいか、分からないの」

 子どものように泣けたら、どんなにいいだろう。

「かのんちゃん、疲れてるんじゃなぁい? もう休ませてあげましょ」

 女性の声が暖かい。今はその言葉にすがりつきたい。

 スーリヤとはいったい、何なんだろうか。わたしは利用されるために呼ばれたのだろうか。

 教えてください、お祖父さま。

 教えてください、お母さま――。


 目が覚めたとき、ここはどこだろうと思った。

 見慣れた天井ではなく、知っている布団ではない。

(東京市まで、来たんだわ)

 船にも列車にも揺られておらず、シャワーを浴びたかったことを唐突に思い出した。身を起こすと、見覚えのある女性の横顔が見えた。

「あの……」

「あらぁ、おはよう。あのね、女の子部屋を用意してもらったのよぅ」

 見回すと、確かに女性患者ばかりの部屋だった。髪を梳かしたり武器の手入れをしたりしていた彼女たちが、ぱっと笑顔になって嘉音の方を向いた。

「スーリヤが目を覚ましたわ!」

「あの……」

「そうねぇ。私から話すから、みんなはちょぉーっと、目をつむっててね」

 淡い緑の大きな瞳がばちんとウィンクをして、みんなを黙らせた。もしかして、この転け癖のある女性は偉い人なのだろうか。

「制服はハンガーに掛けておいたんだけどぉ、トランクからお洋服、出す?」

「……制服でいいです。あの、わたし」

「なぁに、かのんちゃん」

 にこにこと人懐こい表情だ。わけの分からないスーリヤではなく、ちゃんと嘉音の名前を呼んでくれる。

 制服を身につけ、髪を手ぐしで梳かすと、その女性の前に立った。

「来生さんに聞きたいことがあるなら聞いてって言われたんだけど、聞きにくくて」

「きょーちゃんはぁ、ここにこう、しわが入って難しい顔するでしょ」

 眉間を人差し指で寄せて、女性が笑った。

「私はシェアラ・シェフィールド。きょーちゃんがかのんちゃんの言う来生さんで、マナトは眞人・カージャールっていうのよ。名前遅れて、ごめんなさいねぇ」

「わたし、女学校から出たことは、数えるほどしかないの。コンスタンティノポリスから出たのは、今回がはじめてなの」

「おじいちゃんに会いに来たのねぇ?」

 良い子、と頭を撫でられた。頭を撫でられたのは、幼い頃先生に褒められて以来だ。気恥ずかしくなった。

「スーリヤって、何なんですか?」

 祖父が嘉音をスーリヤだと言ったと、来生は言っていた。

「うぅんとねぇ、九曜の説明、してもらいに行こッか? 私たちのことも説明しないとねぇ」

 シェアラは立ち上がった、そして上着を取ろうと腕を伸ばして、そのまま前につんのめった。嘉音が見ている前でまた、見事に転倒してみせた。

「……だいじょうぶ、ですか?」

「怪我の功名よぉ、転けちゃって治してもらいに病院に来てて、難を逃れたんだもん」

 ひらひらと手を振ってみせたが、立ち上がったあとブーツの紐を踏んで横転し、ベッドの足に引っかかって再度転けて、それはもう素晴らしい転倒女王ぶりを披露した。

「あのね、手を繋いでもらっていい?」

 大真面目な顔をして、シェアラは嘉音に右手を差し出した。

「つなぐくらいなら」

 ぱあっとシェアラが笑みを浮かべ、うんうんありがとう良い子ねぇ、ともう一度嘉音の頭を撫でてからしっかりと手を繋いだ。

「私、運動神経が鈍くってね、平衡感覚もよくないみたいなの。手を繋げば、ふつうに歩けるのよぉ」

「ゴーストがいるって聞きました。そんな場所で、手をつながないとちゃんと歩けないほどで、その、どうやって生きてこれたんですか?」

「そんな質問にもきょーちゃんがてきぱき答えてくれまぁーす。きょーちゃん怖くないからね、安心して頼っていいのよぅ」

 調子がいいというか、何というか。

 手をつないで入ったのは、昨夜の広間と呼ばれるベッドに埋もれた部屋だった。ベッドの間を慎重に通り抜け、昨日立たされた机を回り込んでいくと、隣の部屋へのドアがあった。シェアラはそこをノックして、入りまぁーすと声を掛けた。

 朝日が射し込んでいた。

 珈琲の香りがする。

 ぐぅ、とお腹が鳴って、慌てて嘉音は取り繕った。

「最後に食べたの、昨日のお昼で……ッ!」

 恥ずかしい。穴があったら入りたい。ほとんど知らない人たちの中なのに、欠食児童のようにお腹が鳴るなんて。

「お、お嬢ちゃんも食べる? たいしたものないけど、パンとコーヒー」

 眞人が差し出したトレイを、ありがたく受け取った。シェアラはその眞人の隣りにしっかりつんのめった状態で、手を上げた。

「私にもぉ~おなかぺっこぺこー」

 小さな室内には、一人まったく知らない人がいた。

 コーヒーを飲みながら、その人をそれとはなしに観察してしまった。黒髪で小柄な、ちょっと可愛い感じの青年だ。

 その彼が、おもむろに小さなカップをトレイに載せてくれた。

「よかったら、食べてください。プリンです」

 ふんわりと笑うと、優しい印象を受ける。

「で、シェアラ。どこまで話したんだ」

 じたばたしていたシェアラがちゃんとソファに座ってコーヒーを口に含んだのを確認してから、来生は彼女に声を掛けた。

「じこしょーかいよぉ。だって、早瀬少将からお願いされたのは、きょーちゃんだし」

 来生が大きく溜め息をついたのは、もうちょっと何かを期待していたからだ、と思う。嘉音だって、もうちょっと何か教えてもらえるかと思って、シェアラに尋ねたのだ。

「シェアラさんからお名前を伺いました。手をつなげば転けないことも、聞きました」

 ぷふーと吹き出したのは眞人だった。

「それね、ときどき大転倒して巻き込まれるから、マジ注意して」

「そうなんですかシェアラさん?」

「たまによぅ。たまーに、それも、何となぁく危ないところは分かるから。マンホールの蓋とか、手すりのないレンガの階段とか」

 マンホールも階段も、街の中には至る所にあることだろう。ちょっと頭痛がしてきた。結構危ないんじゃないだろうか。

「あ、じゃあ僕だけ自己紹介がまだなんですね。橘清明(せいめい)、二十二歳。浄火含めた発火能力。特技はお菓子作りです。よろしく、早瀬少将のお孫さん」

 プリンをくれた男性がにこやかに自己紹介してくれた。しかもいらない情報というかよく分からない情報まで。

「早瀬嘉音です。よろしくお願いします」

「かのんちゃんの名前ねぇ、格好いいのよぅ。アーデルハイト・カノン・ハヤセ・ルートヴィヒ。もうデータ入力したからねぇ」

 その名前は好きじゃない。母の影響力を知る大人はみんな、わたしを遠巻きにする。

「ただの嘉音でいいです」

 きっぱりと言っておいた。ルートヴィヒの名は、捨ててしまいたいのにずっとついてくる。

「俺たちは九曜という特務機関に所属している。機関長は昨日まで早瀬(あきら)少将だった。九曜を作ったのも、早瀬少将、姫のおじいさんだ。怨霊、姫の言うゴーストに対抗する特殊能力を持っている者もいる。姫のように銀の銃弾や、調伏力(ちょうぶくりょく)を持つ武具を用いて対抗する方法が一般的だが、清明はさっき言っていたように炎を操って怨霊を打ち破る。俺は一般的な武器に破魔の力を掛けて使うことができる」

「九曜の人はみんなそうなの?」

「いや、九曜の名の元になった九つの星のみが、そういう力を持っているんだと、早瀬少将は言っておられた」

 九曜。天文学を思い出す。

 七曜はよく知っている。日曜から土曜までの七つの日だ。

「九つの星……?」

「日曜星から土曜星はよく知っていると思う。一週間に対応している。これに、羅睺(らごう)星、計都(けいと)星を合わせた九つを、九曜という」

「九人だけ、いろんな力が使えるの?」

「レジスタンスにも能力者はいるようだから、同時に存在するのが九人限りということはないだろう。この九曜を集めてまとめるのが、日曜星、太陽のスーリヤだ」

 でてきた。スーリヤという言葉。

「でもおかしいわ、九曜をまとめていたのはお祖父さまでしょう。お祖父さまがスーリヤではないの」

 これには全員が小さく首を振った。

「少将は九曜を集めていたのよぅ。夢にスーリヤが出てきて、これこれこーして怨霊調伏してねって言われたって、私は聞いたわよ」

「スーリヤはほんの小さな女の子だったってのを、オレは聞いたねぇ。十年くらい昔の話らしいから、お嬢ちゃん、年齢ぴったりじゃね?」

「待って、わたしにはそんな変な力なんてないわ」

 真面目に軍事教練には参加していた。けれど、先ほど話しにのぼったように、ゴーストに対抗する手段は銀の弾丸のみだ。すべてにおいて平均的な成績しか残していない。ペーパーテストでも、実技でも。

「ゴーストに会ったことすらないのに」

「怨霊はどこにでも出ますよ。そのうち会えますから、心配しないでください」

「会っても困るわ、そっちの方が心配」

 そもそも、会う前提で生活してこなかった。コンスタンティノポリスではゴーストの関連する事件は年に一度あるかないかだ。交通事故よりずっと頻度が低い。何度も繰り返しはしたが、軍事教練は災害訓練と一緒、いざというときのためのものでしかないのに。

「だが、少将は姫がスーリヤだと断言した。それを姫のお母上のルートヴィヒ特別警察機構総務室長に具申した。総務室長が許可したから、姫は今この東京市にいる」

「お母さまが? ――そうね、きっとどこで死んでも構わないと思われたのでしょう。わたしには、何の力も、ないわ」

 願われた存在になど、なれるはずがない。

「わたし、ここで生きていける自信なんか、ない」

「シェアラだって生きている。まっすぐ歩ける姫が自信をなくすこともない」

 それを引き合いに出すのはどうだろう、と思ったが、そうよそうよとシェアラが頷いているので、気になったことを聞いていくことに思考を切り変えた。

「ここにいる皆さんは、九つの星?」

「そうだ。姫も含め、九曜だ」

「眞人さんとシェアラさんの……能力、は?」

 自分に何もないのは分かっている。何で自分なんかがと思っている。知ってしまったら引き返せないのかもしれない。でも、期待されてもその先に失望しかないのは分かっているから、こちらも期待しないでいようと思った。引き返せなくてもいい。戻る場所などどこにもない。ならば、どんな茨の道であれ、進むしか。

「オレは見鬼(けんき)。人とそうじゃないものを見分けることができる。霊体っていうのかな、まだ依り代につく前の不安定な存在も、見ることができるよ」

「私はぁ、こんな感じ?」

 口で説明した眞人とは対照的に、シェアラは行動で説明した。

 左腕を伸ばし、てのひらを上に向ける。ぽわ、と淡い光がそこに生まれたように見えた。そこに右てのひらを重ねると、一気に腕を開いた。

 日本刀、というしかないものがそこに現れた。鋭い刃が光る、剣呑な武器だ。

 柄を握ると、光は消えた。

「これは退魔の刀だ。人ならざるものも斬れる。シェアラの能力は、破魔の刃物の生成だからな、確かに百聞は一見にしかずの能力だな」

「その武器、シェアラさんが使うんですか……?」

「まっさかぁ。誰か他の人だよ、運動神経切れてるこいつに刃物なんて持たせたら、危なっかしくて見てらんないっていうか、下手したらその刃物で自分が怪我するだろ」

「マナトの言うとおりよぅ、私が武器なんて、それも刃物なんて、むりむりぃ」

 聞いて嘉音は俯いた。それでも組織の役に立っているから、シェアラは九曜にいるのだろう。『九曜』のメンバーとして。

「能力が発露する時期は人によって違う。実際、清明の発火能力は、九曜に所属したあとに発現したからな。早瀬少将が見いだした」

「お祖父さまが……」

 会ったことのない祖父は、どのような人だったのだろうか。会ったことのある母のことも、嘉音はそんなに知らない。聞くことで、知ることができるだろうか。祖父のことも、母のことも。

「わたし、九曜という組織……機関が、新世界政府でどんな立場なのかも知らないわ。お祖父さまが作られたっていうけど、何のために作られたの。なぜ異能の人を集めるの」

 みなが一様に黙った。

 聞いてはいけないことだったのだろうか。それとも、軽輩には教えられないことなのだろうか。

「聞くのがだめならもう」

 聞かない、と言おうとした。途中で途切れたのは、来生が溜め息をついたからだ。

「駄目じゃない。ただ、それに正確に答えられるのは、早瀬少将だけだった。改めて失ったものの大きさを実感したところだ」

「あなたたちが知っている範囲で良いの、わたし、お祖父さまのことを知りたい」

「早瀬少将は、特別警察機構のルートヴィヒ総務室長に、日本に東京という都市国家を作るための機関として、九曜の設立を願い出た。怨霊を祓い、人が安らかに暮らしていける都市国家が、九曜が目標とする理念だ。新世界政府の軍事部門である特別警察機構の中の一部署として認められているが、どこまでの自治権があるのか、なぜ総務室長が許可したのか、俺たちは知らない」

「特警に在籍してんのは少将だけだったかもしれないんだわ、これが。オレたち特に位階持ってないしね」

「データ上は、独立した組織なのよぉ」

「昨日は僕が特別警察機構の日本支局に行っていましたが、嘉音さんを今日受け入れますという報告をするように早瀬少将に命じられたからなんです。機関員が増えるときは特に報告はしていなかったと思うんですが、理由は聞かずに出張したので結局わけは分からずじまいです」

 繋がりが分かっていたのは、九曜においては祖父の早瀬少将のみだったようだ。

「――お祖父さまに会ってもいいですか。はじめて会うんです。わたし、お祖父さまに呼ばれたんだもの」

 東棟にはモルグがある。そう聞いた。

 ならば祖父はそこにいるのではないか。そう思った。

「エンバーミング、ちゃぁんとできてないのよぅ。それでもいいの?」

 大きくひとつ頷いた。

 会いたい。本当は話がしたかった。友人たちの語る家族はとても温かそうで、羨ましかったのもある。

 至急来られたし。

 その言葉が、どんなに嬉しかったか。そしてその言葉に、どれほど戸惑ったか。


 新湊(しんみなと)病院の遺体安置所は、かなりの広さを誇っていた。冷蔵庫のように寒いその場所に嘉音は来生を伴って現れた。セーラー服姿がこの場所にあるということは、葬儀を連想させる。

 人が亡くなったときは、どうすればいいのだろう。

 葬儀という言葉だけが、嘉音の中で一人歩きをしている。参列したことはない。

 看護師が名前と番号を確かめて、遺体を出してくれた。

 エンバーミングが完全ではないと言われたが、そんなにひどい状態ではないと思う。確かに肌は土気色だし、ざっと見ただけで数か所の縫合あともある。死に化粧は施されておらず、六十代後半だということだが、それより歳を取って見える。身体の大きな、白髪の老人だ。

「触ってもいいですか?」

「細菌感染の恐れがありますので、手袋の着用をお願いしていますが」

「手袋はもらえるんですか」

 看護師は頷いて、薄いラテックスの手袋を出してくれた。それを受け取ってぴったりと手にはめてから、祖父の頬を撫でた。

 硬い。

 人の皮膚の柔らかさはない。

 ざらざらと髭が当たる。

 これが、人の死んだあとの姿なのか。

「お祖父さま――嘉音はここにいます。お祖父さまに呼ばれて来ました。なぜ待っていてくださらなかったんですか」

 引き結ばれた唇に手が触れた――ここで言葉を発していた。

 アジア人にしては高く通った鼻筋に手をやった――ここで息をしていた。

 くぼんだ眼窩をそっと撫でた――ここで見ていた。

 何を見ていた。何が見えていた。嘉音をどう見ていたのだ。

「……ありがとうございました。もういいです」

「どのように手続きをされますか。生前の信仰宗教に合わせて簡単な弔いも可能ですが」

「ごめんなさい、分からないの。相談してきます」

「できるだけ早くお願いしますね」

 看護師は霊暗所から二人を追い出し、施錠してから足早に去って行った。

「会ったのはこれがはじめてなのに、わたしがその手続きをするの?」

「いや、九曜でおこなっていいかどうか、特警の人事局に掛け合う予定だ」

「そう……なの」

 言うことはほとんどなかった。聞くことも、言えることもだ。

 はじめて触れた遺体は冷たく、確かに生きていない人なのだという実感が、触れた手に残っている。

 チョコレート色のローファーが足音を立てる。来生はブーツを履いているが、ほとんど足音がしない。

 戦うのならば。そう、もしレジスタンスと戦うのであれば、軍事教練の時に身につけた服が一式、トランクに入っている。プリーツスカートでは立ち回りはできないだろう。

 実感はまるでない。祖父が死んだといっても、会ったことのない人だ。知らない誰かがどこかで亡くなっていたというのに等しい。ゴーストがいるんだと聞かされても、まだ見たわけでもない。

 何をすればいいのだろうか。

 いや、要求されることができることだとは思えない。スーリヤだ、と言われても、自分に何の力があるかまったく分からないのだ。そんな力、ない方に賭けてもいい。

「あ、帰ってきた。お嬢ちゃん、ご指名だよ」

 広間のドアは開け放たれていた。そこから顔を出して、眞人が手招きする。

「指名?」

 何のことだろう、と思う。取り立てて特徴の無い、成績も真ん中辺の、ただの女子学生だ。美人でもなく、かわいげもなく、小さくも大きくもない。

 それでも呼ばれたら即行動は学校で躾けられていた。

 考えるとは別に、身体は動いていた。小走りに広間に入ると、シェアラが陣取っていたデスクのある一画に招かれた。示された椅子に座ると、カメラとマイク、そしてディスプレイが用意されていた。

 横から眞人かマイクに向けて喋った。

「総務室、繋がってる? こっちは準備できましたよっと……じゃ、お願いね」

 ディスプレイの電源が入れられた。モニタは手前に大きく、あちらのオペレーター、左横に小さく、ここのカメラの映像であろう嘉音の顔が映し出された。

『フロイライン・アーデルハイト・ルートヴィヒですね』

「……早瀬嘉音です」

『フロイライン・アーデルハイト・カノン・ハヤセ・ルートヴィヒで間違いありませんか』

「ありません」

 きつい目をした女性だった。ひっつめたお団子が小さくまとめられていて、四角四面そうな人だな、と思った。

『ルートヴィヒ総務室長に繋ぎます。失礼のありませんように』

 どうやら母から話があるようだ、と知った。新世界政府の中枢はコンスタンティノポリスにある。特別警察機構の総本部も、コンスタンティノポリスだ。もちろん、その総務室長であるゲルトルーデ・ルートヴィヒも、コンスタンティノポリスの住人だ。

 あちらの画面が切り替わって、彫りの深い典型的なゲルマン女性が現れた。骨張った骨格、丸みの少ないライン、切れ長の青い瞳とウェーブのかかったブルネット。鼻梁は高く、睫毛が長い。ところどころは羨ましいと思える、自分とは似ても似つかない顔の造作。本当に親子なんだろうかと思ったことは一度や二度ではない。

 頬には穏やかな笑みをたたえている。けれどそれが好意からでないことを、嘉音は知っている。

『ごきげんよう、ハイジ。東京市に着いたのは昨日だったとか』

「ごきげんよう、お母さま。事件か事故かで到着は夜になりました。わたしを召喚したお祖父さまには、会えませんでした。指示をいただけますか?」

 穏やかに交わされる会話は、そう冷ややかなものではなかった。母は外聞を気にする(たち)だ。母娘(おやこ)だと知られている関係者がいる前では、穏やかで優しい母親を演じきるだろう。

『人事局から話は聞いています。やはり都市国家でない土地は安全ではないようですね。ハイジ、あなたには早瀬少将とわたくしが交わした契約を履行することを望みます』

 望む、ではない。反対意見はそこには存在しない。嫌だと駄々をこねて通じる相手ではないのだから。

「それが指示でしたら、従います」

 出来の良い子ではないだろう。けれどせめて出来の悪い子にはなりたくない。期待に応えたからといって心証がよくなるとは限らないが、応えなければ必要ないものとしてそれこそ捨て置かれるのだろう。東京市中央駅行きのチケットは、片道分のチケットだった。

『では、あなたの為すべきことを伝えます。この通信は記録として残しておくように。準備ができたら言いなさい』

 嘉音はちらりと隣に立つ眞人を見上げた。眞人はウィンクをして小さなディスクをディスプレイにセットした。準備してあったのだろう。あるいは、はじめのオペレーターがそのように指示をしていたのか。

「できましたわ、お母さま」

 母は一度頷いた。

『まず、あなたは九曜を立て直さなければなりません。早瀬少将がしていた組織作りを、アーデルハイト・ルートヴィヒが引き継ぎます。第二に、あなたは東京市に確認されているレジスタンスを排除しなければなりません。最低三団体があると報告を受けています。これらはすべて都市国家東京を建国するための準備です。東京市に、都市国家を作り上げなさい。あなたはその宗主たる巫女として、九曜へ召喚されました』

 嘉音は目をしばたくのを必死で我慢した。

 何を言っているのだろう。この人は、いったい誰に言っているのだろう。

 少なくとも、娘に掛ける言葉ではないと思う。思いたい。世の母親はみんなこのようなことを娘に課すものなのか。

「わたしは巫女という言葉は知っていますが、お母さま、それがどのような存在であるかさえ知らないのに、どうやってその巫女になれと言われるのですか」

 努めて冷静であろうと思った。これは記録されている。もちろん極秘事項とされるのだろうが、例えば総務室長が急死して代替わりしたとしてもこれが履行されるように、記録されたのだろう。

『早瀬少将は、あなたがその存在になると断言しました。わたくしはその言葉を信じました。東夷(とうい)を、西戎(せいじゅう)を、北狄(ほくてき)を、南蛮(なんばん)を、すべて排除して太陽が君臨する。わたくしたちの文化には馴染みのない言葉ですね。早瀬少将は太陽、スーリヤと言っていましたが、そのスーリヤが早瀬嘉音であると確信していたようです』

 どうして、と叫ぶ言葉は飲み込んだ。

 そう言った人は亡くなっていて、母はこれ以上の言葉を持たない。

「もしも――わたしが巫女でなかったら」

『スーリヤで在り続けなさい。それが早瀬嘉音の身分となります。人員はすべて失われたということではないようですから、こちらから補充はしません。スーリヤの権限をもって新たに人を雇うことは認めます。巫女、シャーマンということで、あなたを信じる人を集めるのも良いでしょう。アーデルハイト・カノン・ハヤセ・ルートヴィヒの手腕をわたくしにお見せなさい。わたくしからは以上です』

 学校の先生みたいに、何か質問は、と言うような母ではない。だから、通信を切られる前に訊いた。

「お母さま、お祖父さまは……早瀬少将は、いつわたしをスーリヤだと思われたのでしょう。会ったこともないのに、どうして」

『わたくしが最初に連絡を受けたのは、今年の一月三十日でした。探していた巫女が見つかった、と。探した方法については残念ながら教えていただいていないの、ハイジ』

「一ヶ月半以上の間、お母さまはわたしを召喚させて良いものかと考えていたの?」

『あなたが期待に応える娘であるかどうか、わたくしには判断がつきませんでした。あらゆる成績や適性を総合的に見て、あなたならばスーリヤであれると判断するのに一ヶ月半を有しました。あなたは確かに新世界政府特別警察機構総務室長ゲルトルーデ・ルートヴィヒの娘です』

 期待に応えろ、ということだ。その言葉が重たくのしかかる。ルートヴィヒの娘などではありたくないのに。

 それでもほんの少しだけ、母が己の娘だと言ってくれることに、嬉しさも感じていた。

 うち捨てられた子どもだと、ずっと思っていた。真面目であろうと思ったからか。取り繕うためのものであるとしても、穏やかな微笑を讃える母の顔は、進路の面会に現れた厳しい女性とは別のもののようだった。

 できませんと言ったら、今度こそ永遠に、世界の片隅に捨てられるのだろう。

 巫女でなくとも巫女であれと、演じろと、そう母は言ったのだ。

 答えたくなかった。

 はい、分かりましたと言えば、自分をスーリヤだと認めたことになる。

 いいえ、できませんと言えば、居場所はどこにもなくなってしまう。

『考えるまでもありませんね、いいこと、実行しなさい』

 泣きたい。泣けない。もう幼子ではない。

 ようやくひとつ頷くと、通信映像が母の顔からオペレーターのそれに代わった。

『総務室長からの通信は以上です。質問等は特別警察機構日本支局を通じてお願いいたします。それでは通信を終わります』

 どっと疲れた。否という選択肢はないのに、応という選択を拒否したい。

「やっぱ、少将死んだのは痛いよなぁ」

 ディスクを抜き取ってひらひらと振りながら、眞人が言った。

「とにかく、かのんちゃんがスーリヤっていうのは、特警の偉い人も了承済みってことよねぇ?」

 椅子から立ち上がったシェアラが、嘉音をぎゅっと抱きしめた。たっぷりの胸に押し潰されそうになる。

「都市国家東京か……早瀬少将が話されていたな」

 思い返すように、来生が腕を組む。

「新たな都市国家の建国は、早瀬少将の夢物語だと思っていましたが、本気だったんですね」

 嘉音が召喚された以上は、と、清明が頷いている。

「とうい……何とかを排除して君臨するって、どうしたらいいの。ぜんぜん分からないのに。巫女っていったい何なの?」

 嘉音の当惑は、そのまま全員の困惑でもあった。

 九曜は現在、動けるものは二十人程度、怪我で寝ている者を含めても五十人そこそこの集団でしかない。七割以上、何より組織の柱であり長官である早瀬少将が失われている。

「預言者や祭祀を司る女性、と言う意味で取ればいいと思うが、要するに九曜のスーリヤは象徴だ。分かりやすく受け入れられやすい存在であることが重要だろう」

 無理だ、と思った。とにかく「目立たない」ことが、今までの嘉音の特徴である。

「分かりやすい。うん、そーね、それじゃ、かわいくしましょーよぅ。薄いメイクして、ほら、顔は可愛い方だから大丈夫。髪は結ってみる? もともとからストレート?」

 脳天気なものだ。けれど、嘉音の髪をわしわしと弄っていたシェアラがふと真顔になった。

「ねぇ、大変だとは思う。心細いかもしれない。だけどこう考えて、九曜は大家族。ちゃんと支えるから、私たちのスーリヤになってちょうだい」

「あの早瀬少将は、九曜の長官だったけど、何の力もなしでオレたちをまとめてたよ。まぁ、お嬢ちゃんはお嬢ちゃんのやり方で、オレたちの頭になってくれれば、支えるからさ」

 眞人も、精一杯にっこりと笑って言う。

 新しい家族。親しい家族のなかった自分に、新しい大家族。

「ですが、笑っているのに目が真顔でしたよね、総務室長。大丈夫、あの人よりずっと嘉音さんの方が人の上に立つ魅力があるはずです」

 清明がしれりと言うと、根拠のないことも本当のように聞こえてくる。

 見上げると、来生がまじめくさった顔をしていた。

「怪我をさせないよう、守る。少将との約束だ」

 恐らくそれは命令だったのだろうが、敢えて約束という言葉を選んでくれた。

 こんな時、どんな顔をしたらいいんだろう。

 嬉しい――笑えばいいの?

 苦しい――泣けばいいの?

 ううん、そんなじゃない、そんな簡単な言葉で表せない。

 頭の中はぐるぐるといろんな言葉が踊り回っていて、やっぱりどうしても期待に応えられないだろうという心苦しさがあって、支えてくれる人がいるというのはありがたくて。

「ごめんなさい、わたし……ごめんなさい。わたし何にもできないの」

「かまわない。ひとつひとつ覚えていけばいい。代わりにできることならば、俺たちがやる」

 無骨な手が、嘉音の頭に置かれた。撫でているつもりなのだろうか。わしわしと掴まれているようで、何だか変な感じだ。

「でも本当に、何からどうしたらいいとかも、来たばかりでこれじゃ、本当に分からなくて、生きていくのがやっとよ」

「そうか……確かに物資も人員も何もかもがない」

 考え込むような来生の声に、はい、と清明が手を上げた。

「瓦礫の中から早瀬少将の遺品を探しませんか。分厚いノートを持っておられた。何か分かるかもしれません」

「「あー! 知ってる!」」

 眞人とシェアラの見事なユニゾンが響いた。

「あれ、閻魔帳なんじゃないかなって思ってるんだけどさぁ、清明君、どう思う?」

「そんなこと僕に訊かないでください。知りませんよ、何を書いていたかは」

「でもでもぉ、だからぁ、確かめないと。ねぇ、きょーちゃん、それでいーい?」

「異論はないが……姫は、それでかまわないか?」

 四人の視線が嘉音に集まる。何ともいえない表情で、嘉音は大きくひとつ、頷いた。


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