第二章 アイドルと冒険者達(3)
冒険者は常識に囚われないものとはいえ、常識が欠如しているのは問題だ。惚けている所長、しかしその手は腸詰を摘まみ続けていた。まず食べるのを止めろ。
「ジャーマネーさん、どうやら貴女は私の新しい天使たちにとって相応しくない存在の様ですね。大人の貴女がそんなのだから、子供が真似をするんです!」
これはいけない。このままではこの街の冒険者事務所の実情が、世に知れ渡ってしまう。正義感溢れるノリコ女史は役所に嘆願書を届け、新しい天使達を取り巻く環境改善を訴えるだろう。
僕としては別にそれでもいいが。
「どういう事なの……? ハッ、そうか……! つまり時刻とは……酒とは……!!」
ようやく自分が窮地に立たされている事を悟ったのか、驚愕した様に独解する所長。頭の中で思考をまとめてから、絞り出す様に言う。
「ち、違います。これはただのお茶で――」
この後に及んで下らないウソを吐こうとしたジャーマネーを、ノリコ女史はもう見てさえいなかった。
「さあ天使たち、そこのカフェーで一休みしましょう」
少女を率いて、喫茶店へと消えていく。眠った様に死んでいる老人と、女の残骸の様な所長、そして僕だけがその場に取り残される。
「――大丈夫ですよ所長。人の個性なんて様々です」
当たり障りの無い事を言い、僕は舞台の端に放置されたトレイを取りに行き、その上にあったジョッキを一つ手渡してやった。
「はいどうぞ。これは僕からのおごりです」
「ありがとう……でもこれあたしが買って来たやつなんだけど」
僕達が早めの夕食を摂っていると、そこにおどおどとした様子で、新たに一人の少女が広場へやって来た。
「あ、あれぇ~? バーベキューしてる人達しかいない……。ノ、ノリコさぁ~ん」
せわしなく辺りを見回す様子はさながら子犬の様で、見るからに気弱そうな少女だった。ノリコ女史が着付けた冒険者達と、同じ装いをしている。だが色合いが違い、冒険者達の衣装が緑を基調としている物なら、彼女は赤を基調としていた。
「ノリコさんなら、さっきそこの喫茶店に入って行ったよ」
「そ、そうなんですか? ありがとうございます。はわっ!? し、死んでる……」
少女は僕の後ろで眠った様に死んで――死んだ様に眠っている老人に気付き、ビクッと身を縮こまらせた。
「――私を老衰扱いとは無礼な小娘だ。何者か!」
急にノッソリと上半身を起こした老人に、少女はビク付きながらもペコペコと頭を下げつつ、言った。
「ご、ごめんなさいごめんなさい! あ、あの、私……アイドルをやっているものです!」
成程、彼女がそうか。元々子犬の様な庇護欲を誘う愛らしさがあるが、それとは別に容姿の方も非常に優れていた。波打つ豊かな栗色の髪がフワフワと、彼女の動きに合わせて上下している。瞳は深い緑であり、穢れの無い大海を思わせる。何より特徴的なのは、その幼い風貌には似つかわしくない程に大きく育った乳房だろうか。兎にも角にも、魅力的な少女である事に変わりはない。確かにこれでは、所長が隣に並んで踊るのは無理がある。ノリコ女史の采配が無ければ、生き恥を晒すだけだっただろう。
「その阿威怒留とやらが何用か。さては姫と勇者様の命を狙う刺客共の一員だな……!」
どうも彼女がセンターらしいし、呼称はセンターアイドルでいいだろう。そのセンターアイドルさんを睨み付ける老人は、今にもカッとなって凶行に及びそうな雰囲気を漂わせていた。
「ひぃぅ……違いますごめんなさい刺客ではないです……か、『鑑定』……」
彼女の言葉は段々と尻すぼみになり、最後には聞き取れないくらい小さくなっていた。流石に気の毒になって来た僕は、老人を諫めようとセンターアイドルとの間に割って入る。すると彼女は目をぱちくりさせ、暫く茫然とした後に、何を思ったか顔をこちらに近付けて来た。
「……どうかした?」
「い、いえっ、すみません! あああああの、ご、ご迷惑でなければ、少し二人きりでお話しさせて戴いても――」
――ドガァッ! 口元を手で押さえ、興奮した様子を見せるセンターアイドルの背後から、凄まじい勢いで飛来した陶製のカップが僕の頭を直撃した。い、一体誰が……。軌道を追うと、そこには随分と綺麗なフォームで喫茶店の前に佇む桃色ツインテールの姿があった。
彼女はドスドスという擬音がしそうな足取りでこちらに詰め寄り、僕の襟首を掴んだ。
「人が頑張ってるってのに無視してまた新しい女とかあんたほんとさぁ……!」
桃色ツインテールは時々語彙力が低下するが、この状態の彼女に逆らうとロクな目に遭わない事を経験上知っている僕は、ただひたすら嵐が過ぎ去る事を祈った。すると喫茶店の物だろうか、キッチンナイフ片手にトテトテとこちらに駆け寄って来る目から光の消えた黒子の姿を、視界の隅に捉える。何だか知らないがマズイ……! シャレにならない事案が起こりそうな予感がする。
「や、やめて下さい! この人にひどいことしないで!!」
だが、その場を諫めたのは意外にもセンターアイドルだった。今まで子犬の様に震えていた彼女は、僕の喉元に伸ばされた桃色ツインテールの手を振りほどき、バッと手を広げると、更には守る様にして立ちはだかった。
「――そんな、私の天使たちが相争うなんて……。あなた一体何があったの?」
騒ぎに気付いてやって来たノリコ女史も、驚きを隠せない様子だった。それだけ普段の姿と、今のセンターアイドルの姿は乖離しているのだろう。
「ごめんなさい、ノリコさん……。私、この人と一緒にいたいです!」
硬直する桃色ツインテールと黒子、そしてノリコ女史。相変わらずマイペースでやって来た新米が、「何ですかコレ?」と言った感じに、周囲を見回した。