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第一章 転移者と冒険者達(4)

老人と黒子がのっそりとやって来てから、所長は皆を率いて被害にあったという農家のおっさんを訪ねた。一同は案内されるまま、街道脇に広がる畑、その一部へとやって来た。

 イモが食い散らかされたと言っていたが、確かに地面は掘り起こされ、食べ残しだろうかデコボコの畑に蔦が散乱していた。

「見てくだせぇこれ。オラの育てたイモ達のこの無残な姿をよぉ。柵も設置してあったのに引っこ抜かれちまって……。こりゃ魔獣にちげえねぇだ。きっとデスキ(中略)オーガがやって来て、食っちまったに違いねぇでさ!」

 その魔獣は結構メジャーなのだろうか。食性は雑食か? 謎だ。

「落ち着いて下さい、魔獣は必ず我が冒険者事務所の優秀な冒険者達が葬ってみせます! 皆、分かったでしょう。これは恐ろしい魔獣の仕業、街の危機!」

 盛り上がっている所長を放置し、各々勝手に調査を始めていた。新米はイモの蔦をブンブンと振り回し、老人は座って休憩している。僕はまず引っこ抜かれたという柵の方へ、桃色ツインテールは件のデ(中略)オーガ(仮)の足跡を目敏く見つけていた。

 柵は支柱に木の板を打ち付けた簡素な物だ。支柱が刺してあったであろう穴を両端とし、その中心部にこれまた掘った様な跡がある。ここに身を潜らせ、下から背の力で引っこ抜いたのだろう。

 ――畑荒しの犯人が大体分かってしまった。見れば桃色ツインテールも足跡で察したのか、やたら気張る所長に冷めた視線を向けている。

「さあ行くわよ、私達の力を(中略)オーガに見せ付けて――」

「問題無さそうだから、帰って待機しててもいいかしら」

 黒子も犯人の目星が付いたらしい。既に帰ろうとしていた。

「ダメよ! 言ったでしょう、これは街の危機! 存続の危機!! どうしても帰るなら強権を発動して違約金と減給の合わせ技をするわ!」

 所長にそんな権限があるのかは謎だが、腐っても上司である存在にこう言われては従わざるをえまい。冒険者達は所長の後に続いた。



 断片的な足跡を辿っていくと、やがて裏山の麓に着いた。ちなみにその足跡だが、ある野生動物に酷似していた。所長も段々と察して来たのか、徐々に声が小さくなっていった。

「近いわね」

 地面にポツポツと残された泥水と、齧られた茸に付着しているまだ乾いていないそれらを見付け、桃色ツインテールが呟いた。裏山には小さな川があり、それを利用して泥浴びでもしたのだろう。

 ――情報を整理しよう。魔獣はイノシシに近い習性を持ち、イノシシに近い足跡をし、イノシシの様に畑を荒らす。これらから導き出される結論は――

「――これさぁ、イノシシなんじゃないの?」

 とうとう言ってしまった桃色ツインテールに、所長がビクっと身を縮こまらせた。

「濫用してまで連れて来させて、ご苦労な事ね」

 黒子がボソリと呟き、言外に使えない奴というオーラを漂わせ始める。

「大丈夫ですよ、所長! きっとイノシシ型の新しい魔獣に違いありません!」

「そうね……名前はイノシシモドキかしら……」

 新米の精一杯のフォローに、とうとう心が打ち砕かれた所長。しかしイノシシと言っても、農家にとっては災厄に違いない。しかもあの連中は、一度侵入出来た場所に何度も入り込むという習性がある。どの道狩っておいた方がいいだろう。桃色ツインテールもそこに関しては同じなのか、重量にして二キロを超える銃をホルスターから抜いた。イノシシ相手には過剰だろうが、鉈しか持っていない僕からすれば頼もしい限りだ。

 丁度その時、近くの藪がガサガサと揺れた。桃色ツインテールが銃口を向ける。

「見つけたぞ、イノシシモドキ!」

 だが、所長の妄言を正式名称だと思い込んでいる老人が、果敢に藪へと飛び掛かった。

 ブギィーン!

 直後けたたましい鳴き声と共に飛び出して来た影が、老人を吹っ飛ばす。

「うっあーっ! ひ、姫……勇者様……お逃げ下され……!」

 地面に転がった老人は虚空に手を伸ばし、走馬灯でも見えているのか奇妙な言葉を吐きながらガクリと力尽きた。大丈夫か、死んでないだろうな?

 老人を吹っ飛ばした存在は、まさしくイノシシだった。だが体重は優に八十キロを超えるだろう、大柄な雄の突進の威力は、老人が身を以って示してくれた。桃色ツインテールが撃鉄を起こすが、そこにまたしても闖入者が現れた。

「へへ、待ちなぁ! このピンチを【転移者】サトウ様が救い、好感度爆上げの礎となってもらおうではないか! いくぜ、ハァァァァァ……『鑑定』!」

 新たに飛び出して来た影、それはサトウ何某だった。こうもタイミングよく出て来る辺り、少女達へのストーカー疑惑がある。本日はご自慢のヤモリの様な鎧ではなく、何があったのかただの『ぬののふく』だった。大仰な構えを取ったサトウ何某。だが威勢がいいのはそれまでで、突如後退りを始めた。

「な、何故こんな所にレベル300のダークフォレストグレートワイルドボアが……っ! そうか、西の【転移者】達の魔獣狩りから逃げて来たのだな! クッ、『ぬののふく』では分が悪いぜ……! しかしここで逃げては勇者の名が廃る……っ!」

 カッと目を見開いたサトウ何某は、その両腕を天にかざした。

「皆、ここはオレに任せて先に行け! 心配するな、絶対に生きて還るっ!! 応えよ、海と大地と空と木と水と火と星の精霊よ! 我が手に顕現せよ、神精霊王邪聖剣エクスカリ――」

 ガォン! という銃声。一気に膨れ上がった硝煙を、桃色ツインテールが纏う。ほぼ同時に撃ち貫いた前の二肢、そして脳天はこそげ落ち、ひしゃげる様に千切り飛んだ。一発だけの発砲と聞き紛う銃声、その速さにして恐るべき正確さ。本当、彼女が何でこんな場末の冒険者事務所に居るのか不思議に思う。

 イノシシが絶命し、完全に停止した事を認めてからクルリと一回転させ銃をホルスターに戻した今回の功労者に、新米が興奮した様子で近付いた。

「先輩、凄いです! それって練習したら私にも出来ますか!?」

「ん~、まあただの曲芸撃ちだし、頑張れば出来るんじゃない。それで、アレ誰かの知り合い?」

 背を向け、親指で示した天を掴む様に両腕を上げたままのサトウ何某を、残りの全員が一瞥する。

 キラキラ輝き始めたソレから視線を外し、「知らない人」で一致した。



 それから農家のおっさんとその仲間達に手伝って貰い、イノシシを肉屋へ運びくたくたに疲れた僕は、休憩がてら街の中心にある噴水広場のベンチで寛いでいた。

『思ったより大物で良かったじゃない。これでしばらくはもちそうね』

 いつの間にか頭上に浮いていたお化けが言った。軽く掲げられたその手には、白い影の様なものが滲み出している。周りには誰もいないし、まあ今ならいいだろうと、返事をしてやった。

「そういえばさっきまで居なかったな。飽きて帰ったんだとばかり思ってた」

『面倒くさいのに絡まれたくはないもの。美しすぎるのも罪ね』

 いけしゃあしゃあと言う。コイツが引っ込んでいた理由は知っている。【転移者】だ。彼らにだけは姿も見えるし声も聞こえる。サトウ何某に初めて遭遇した時も、コイツはさっさと姿を消していた。

 まあそんな事より今問題なのは魔獣の方だ。サトウ何某が漏らしていたが、西で行われている【転移者】による魔獣狩りの影響なのか、最近はちょくちょくここら辺にも〈本物〉が出没する。あの連中は【レベル】とかいう訳の分からない概念を持っており、それを上げる為と称し、度々乱獲や虐殺を繰り返す。それを逃れて魔獣がこちらに流れ着いているのだとしたら、更に数は増えるかもしれない。

「何か面倒な事になりそうだな……」

『あいつら本当にロクな事しないものね~』

 過去に何かあったのか、お化けは一人こくこくと頷いた。

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