第一章 転移者と冒険者達(3)
街の中心に向かうと噴水があり、そこから八方へと道が伸びている。東西南北に分かれた大通りと、それ以外は中途半端な角度で伸びている小道。その内の一本、T字路になっている突き当りに僕の下宿先がある。良く言えば歴史を感じる風情溢れる佇まい、悪く言えば戦争前からしぶとく生き残っているボロっちい宿屋だ。二階建てで部屋は八つある筈だが、住人は僕と管理人、後はお化け的な何かしかいない。どうやって存続しているのかずっと疑問に思っている。新米もここの住人になるらしいので、修理用の板が放置されている庭を抜け、背負っている新米にやや四苦八苦しながら、随分と古びた鍵で扉を開ける。
「大家さん、居ますかー?」
中に入るとまず目に付くのが受付だが、ここに人がいる事は殆んどない。大抵は更にその奥の私室に居る。
「はいはい、どうしましたか?」
パタパタとサンダルを鳴らし、奥から妙齢の女性が出て来た。大家さんだ。彼女は僕が背負っている新米を見やると、目をぱちくりさせた。
「あらあら、お酒の匂いが。酔わした娘を連れ込むなんて、本日はお楽しみですね」
「いえ、この娘今日からここに下宿するらしいんですけど……」
まさか家の住人から性犯罪者が出るなんて、とさり気無く憲兵さんを呼びに行こうとした大家さんが足を止めた。
「あらあらあらあら、そういえば所長さんが言っていたけど、その娘だったのね」
部屋は空いてる所を好きに使って下さいね、と鍵束を渡される。こんなに管理が緩くて大丈夫なのだろうか。とりあえず背負い続けるのもキツいので、一番近い部屋のベッドに新米を寝かせ、備え付けのテーブルの上に鍵を置く。残った鍵は大家さんに返し、これで任務は完了だろう。
自室である二階の隅の部屋に引っ込み、とっとと寝てしまおうと横になる。すると虚空にぐねぐねと、定かな形を持たない影の様なものが集まった。それは僕の頭上で停滞すると、やがて身じろぎする様にして少女の姿を形作る。短めの黒髪で赤目、全身真っ黒のヒラヒラした服を身にまとう、なんとも縁起の悪そうな恰好だ。
『ちょっとぉ~、つまんないんだけど~。血沸き肉躍る冒険、思想の違う住民達の大量虐殺は~?』
開口一番、少女は僕にブーたれた。この少女というかお化けは僕の空想の産物らしい。よって僕にしか見えないし話し掛けられないし、声も聞こえない。我ながら重症だと思う。実はこのお化けは今日もずっと憑いて来ていたのだが、努めて無視させて貰う事にした。一々反応していたら危険な奴だと思われるし、僕の弱い心が生み出した存在に負ける訳には――
『――悪いけど、そろそろ仕入れないと貴方もこっちの仲間入りよ? まあ私はそっちの方が嬉しいんだけど~。下で寝てる小娘とか、あの頭の緩そうな宿屋のお姉さんとか、簡単に殺れるでしょ?』
やめろ、怖い事を言うなお化け! もう寝ろ!!
頭からシーツを被った僕は、今度こそ寝る事にした。
翌朝、何事も無かったかの様に受付の前で待っていた新米と一緒に、事務所へと向かった。昨日、酒瓶で曲がりなりにもこの事務所の最高権力者である所長の頭をぶん殴っておきながら、元気溌剌に挨拶しながら中へと入って行く。この新米、ちょっと肝が太すぎやしないだろうか。
「おはよう。随分早いね。君が僕より先に来るなんて珍しくない?」
桃色ツインテールが床に胡坐をかき、自らの得物である銃のシリンダーに弾を込めていた。六連装の黒いオクタゴンバレル、シングルアクションのリボルバー。何より特異なのは12インチのロングバレルが二本並び、シリンダーの軸となる部分にも納薬が可能という事。更にはシリンダーだけでも4インチに達する。
極めて絶大な威力を持つが、重く、衝撃もまた酷い。とてもではないが、本来なら少女でしかない桃色ツインテールに扱える様な代物ではない。だが彼女は、これを用いていくつもの功績を残している。まあ深く詮索しないのが冒険者の決まり事だ。何か不思議パワーでも使っているのだろう。そういう事にしておこう。
「あたしだって朝はのんびりしたかったけど……まあ詳しい事は所長に聞いて」
シリンダーに火薬を流し、弾を金属棒で押し込んだ後にパーカッションキャップを被せる。そうして装弾の終わったシリンダーが、ゴロゴロと床に無造作に転がっていた。作業の手を休めない桃色ツインテールがついと顎で示した先に、いつになく深刻な様子でデスクに座っている所長が居た。
「あの、何かあったんですか?」
僕が問いかけると、所長はゆっくりと立ち上がり窓から外を見やった。
「まだ確定ではないのだけど――恐らくその可能性が高いわ。この街の農家の畑に魔獣が出没し、イモを食い荒らして行ったみたいなの」
魔獣――なんだかよく分からない生物の総称。普通に考えて生物学的におかしな進化を辿っているもの、どう考えても生態系を破壊し尽くす過剰な能力を持っているのに、何故か異常に永く生き続けるもの――まあそこらへんのものは全て魔獣だ。その魔獣と称される存在が何でまたこんな人里に。
『丁度いいじゃない。本当に魔獣なら……モノによるけど、暫くは困らないわよ』
フワフワと天井付近に浮かびながら、今日も憑いて来ているお化けが言う。やめろ、人前で話しかけるな。反応に困るだろ。やっぱり僕以外には見えても聞こえても無いらしく、お化けには目もくれず新米が所長にあれこれ質問をしている。
「詳しい事はじじいと呪い屋ちゃんが来てから話すわ。この冒険者事務所の総力を持って、コトに当たるわよ! おー!!」
勝鬨を上げる所長だが、誰も追従していない。新米は桃色ツインテールの作業を手伝い始めていた。
僕はどうするか……鉈でも持っていくとしようか。