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第一章 転移者と冒険者達(2)

 僕が山賊ではなく偉大なる先輩だと新米に何とか説き伏せ、街を案内する事になった。とはいえ、依頼を受けた時を抜かせば僕の生活サイクルはこの事務所がある大通りと、寝床を往復する事くらいだ。

「うん……ここが、この街の大通り。生活に必要なものとかは、全部この通りにある商店で揃えられるよ」

 以上、これで僕の案内は終了する。何故かついて来た桃色ツインテールと黒子が何とも微妙な顔をした。

「マジでそんだけ? あんたさぁ……」

「まあ事実、家と事務所を行ったり来たりするだけの生活なのでしょうね」

 そもそも案内が僕というのがおかしい。後は二人に任せて帰ろうとすると。所長が声を掛けて来た。

「ちょっと待ちなさい、今から歓迎会するわよ。あんたもくんの」

 僕の時はそんなの無かった筈だが……。まあいい、タダ酒とタダ飯にありつける。

「成程、噂に聞く新人歓迎会という奴ですね! 飲めない酒を飲まされる覚悟はバッチリです!」

 フンスと妙に気合いを入れる新米。そういうイベントではないのだが。

「ちなみに私は酔うと酒瓶で殴りかかる特殊な酒癖があるらしいので注意して下さい!」

 なんて迷惑な酔っ払いだ、傷害事件じゃないか。ここは少し頼れる先輩のオーラを出して、少しおちゃらけてみるとしようか。

「大丈夫、飲めなかったら僕が代わりに飲んであげるよ」

 すると、猛然とした様子で所長が振り向いた。

「ちょっと何言ってんの、浮いた分は全部あたしが飲むわよ!」

 冗談などではなく、本気の目だった。コイツ……。



 事務所から出て一本道、街の東端、鍛冶屋が軒を連ねる区画、その手前に所長が予約したという店があった。『俺の料理』という看板が掲げられたその店は、場所がら客層は毎日鉄を打ち、その熱で日焼けしている様なゴツイおっさんが多く、日が暮れて間もないのに既に出来上がっている者達もいる。

「大将、予約してた冒険者事務所一同だけどー」

「えーぃ、らっしゃい!」

 恐らく店主であろう、威勢のいい声を上げ頭をツルリと剃り上げた恰幅のいい男が、『冒険者事務所一同様』という札が掲げられた席に案内した。

「とりあえずエールを人数分……あれ、誰か足りなくない? 何か席一つ空いてるし」

 そこでようやく新米以外の冒険者達が気付いた。老人がいないじゃないか。

「どうせそこらへん徘徊してんでしょ。放っておけば家に帰るわよ」

 あまり見かけないタイプの内装を見回しながら、桃色ツインテールが興味無さそうに言う。

「ひの、ふの――あいよぉー生五丁! えーい、コンチクショウめ!」

 よく分からない返事をしながら、大将は意外にも素早い動きでカウンターの奥へと消えた。見れば、店員らしい存在は他にはいない。もしや一人でやっているのか?

「うーぃ、生おまっせー! なーにしやすかー!」 

 程なくしてエール片手に軽い注文を終わらせ、乾杯の音頭を執ろうと所長が席を立つ。

「えー、我が冒険者事務所も、日々のたゆまぬ努力の結果、ご近所からの評判も上々で、この度新しく冒険者を迎える事となり――」

 僕以外誰も聞いていない。各々勝手にやり始めていた。プルプルと涙目になりながら震え出した所長を憐れむかの様に見上げていると、ふと背後に気配を感じた。見れば窓の外、老人が張り付く様にしてスゴイ目付きでこちらを見ていた。桃色ツインテールと黒子も気付いている様だが、特に何も言わない。仕方なく僕が一度店を出て、老人に声を掛けようとして、気付く。老人とは別の窓に昼間のサトウ何某が張り付いていた。ヤモリの様なカラーリングの鎧も相まって、中々に様になっている。

「ほう……なんと麗しい。はぁぁぁぁぁ! 『鑑定』! ――ふむ、レベルも申し分無い。我が理想のチーレムメンバーの一員に加えてやろう。あのくたびれた三十路みたいな女はいらぬが」

 気付いていたが一人でブツブツ呟いたりしている辺り、こいつヤバイ奴だ。それにしても、こんなのにまで低品質評価をされてしまうとは……流石に所長が気の毒になった。

「おお、勇者様! 私を迎え入れる為にこの様な寒空に飛び出して下さるとは……やはりあの小娘共とは違いますな!」

 僕の元に駆け寄って来た老人がまるで神でも崇めるかの様に膝を付く。別に寒く無くむしろ暖かい時期だが、老人には肌寒いのだろうか。それにしても、大声を出すのは止めて欲しい。

「なにっ、勇者だと!? この【転移者】サトウ様の他にも勇者の称号を持つ奴がいるのかっ!」

 それ見たことか。関わり合いを持ちたくない人間に気付かれてしまったじゃないか。

「キサマ昼間の――我が未来のチーレムメンバーの一人を連れ去った男ではないか。ここで会ったが百年め、【転移者】サトウ様が無双する英雄譚の一ページ、『山賊に囚われていた少女を救ったら好感度がMAXだった』の染みにしてやろう」

 コイツの脳内はどうなってるのだろう。とりあえず憲兵さんでも呼ぼうと思ったら、老人がサトウ何某の前に立ちはだかった。

「なんという無礼千万。勇者様のお手を煩わせるまでもありませぬ。この傍若無人な輩は、私が成敗しておきましょうぞ」

「はぁ、そういう事なら、まあ……」

「逃げる気か、山賊め!」

 老人が何とかしてくれるというので、喚くサトウ何某を他所に、僕は店に戻る事にした。先程の席の方を見やると、酒瓶を掲げる新米とテーブルに突っ伏す所長の姿が在った。

「こ、この短時間で一体何が……」

「まさかネタじゃなかったなんてね……」

 どうも酒癖の宣言通り、酒瓶で殴りかかったらしい。流石の桃色ツインテールも慄く中、一人だけいつもと変わらぬ様子で皮つきの緑色の豆を肴に杯を傾けている黒子。余程気に入ったのか、他の肴には目もくれずひたすらそればかり摘まんでいた。何か変な物でも入ってるんじゃないか。

「お騒がせしてすみません……」

「ああ、そうそう。その子、下宿先あんたと同じらしいから、連れてってあげて」

 桃色ツインテールの言葉を受け、大将と他の客に平謝りし、スヤスヤと寝息を立て始めた新米をおぶさり店を後にする。

「なーに、気にすんねぇ!」

 笑って許してくれた大将。底抜けに良い人だ。

「お疲れー。所長は最悪引きずって事務所に戻しておくわ」

 それもどうかと思うが、桃色ツインテールと黒子はここぞとばかりに飲むらしい。

 こうして、新米の歓迎会は終わった。

「バ、バカな……。無敵の筈のデスキ(中略)オーガの鎧が……」

 サトウ何某の声が遠くから聞こえる。道すがら、夜空を見上げた。今日も街は平和で、冒険らしい冒険はしないで済む一日だった。願わくば、こんな日が続けばいいと思う。

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