第一章 転移者と冒険者達
『主な登場人物』
冒険者A:主人公。バイト。
新米:新米冒険者。バイト。
桃色ツインテール:熟練冒険者。桃色の髪のツインテールのツンデレという安易な発想で生まれたキャラ。
黒子:熟練冒険者。銀髪クーデレという安易な発想で生まれたキャラ。
所長:女の残骸。
老人:老人。
【転移者】サトウ:(中略)オーガの鎧を身にまとう転移者。神技闘武というチートスキルにより、自身の何かを10倍にする。特に比較対象は無く、何を10倍にしているのかは不明。
第一章 転移者と冒険者達
草木生い茂る野山を元気いっぱいに駆け抜け、雑草取りに精を出す突然だが僕の名前は冒険者A。当然偽名だ。名前の通り、冒険者をやっている。というか、やらされている。
本来は田舎に引きこもり畑でも耕す生活を送りたかったが、ひっさしぶりに帰った田舎は家も土地も荒れ果て、仕方なく当面の収入を得る為に国が運営する職業斡旋所に行ったら、あれよあれよと手続きが進み、現在はとある街に移住し、そこの冒険者事務所に籍を置いている。雇って貰った手前大きな声では言えないが、名前だけの単純な読み書きと税を納めるだけでこんなにあっさり職に就ける辺り、大体予想は付いたがはっきり言ってクソみたいな環境だ。
冒険者というのは、大きく分けると二種類ある。冒険する冒険者と、冒険しない冒険者で、当然僕は後者だ。この世界にはもはや神秘とかそういうモノは殆んど残っていない。冒険する冒険者というのは、掘りつくされた鉱脈の中で、もしかしたら残ってるかもしれない金を一発掘り当てて大金持ちになってやろうとか、要するにそういう人間の集まりなので基本ガラが悪い。かといって冒険しない冒険者の方も、僕を含め職を探している人間の足元を見て低賃金でコキ使うという悪しき環境だ。
現在も僕は子供のお小遣いの様な報酬を得る為、街の南門を出た所から街道を外れた先にある、通称裏山で薬草採取という大任に取り組んでいる。
定期的にこの雑草取りに赴いている僕は既に群生地を見つけており、採取自体は直ぐに終わると思っていたのだが、そこにはすでに先客がいた。
「ちょっとしつこいですよ、いい加減にしてください!」
「ヘヘ、この【転移者】サトウ様に街を案内する栄誉を授けてやるってのに、案内なんて出来ませんとは、ちょこざいな小娘だぜ!」
「だから私も今この街に着いたばかりで何も知らないんですって!」
見れば薬草の群生地で二人の人間がもめている。何事だ。一人は少女、もう一人は黒とオレンジというヤモリの様なカラーリングの奇抜な鎧を身に着けた変質者。
「ヘヘ、見ろよこの鎧。デスキングブラッディジェネラル(中略)オーガの皮膚から出来た防御力6000のあらゆる攻撃を跳ね返す鎧だぜ。更にコイツがこのサトウ様に授けられしチートスキル、神技闘武だ!」
聞いても無いのに自己紹介を始めたサトウ何某は、突如七色の光に包まれた。この独特なファッションセンスと変態には見覚えがある。【転移者】と呼ばれる者達によく見られる特徴だ。彼が自称でも無ければ、まぁ恐らくその【転移者】なのだろう。
少女はもはや付き合いきれないのか、サトウ何某から視線を外し、街道の方へと踵を返した。そこでボケーっと突っ立っていた僕と目が合ってしまう。
「おい無視するな! 通常のサトウ様と比べてこの状態だと10倍だぞ10倍!」
「あ、あの、助けて下さい! この人しつこくて……」
少女が走り寄って来ると、流石にサトウ何某も僕の存在に気付いた。
「んん~? 何だぁ? 丁度いい、そこのモブ現地人! その女はこのサトウ様のハーレムパーティーの一員となって、魔王討伐の旅に出るのだ! 捕まえろ!」
急に命令してきた。何だコイツ……。人並程度には正義感のある僕は、とりあえず少女だけでも先に街へ行くよう促そうとする、が。
「あ、あなたこの山賊の仲間なんですか!? 助けてお母様! 山賊達に囚われて連れ帰られて○○される!」
僕を突き飛ばすと、卑猥な単語を連呼しながら猛然と街の方へと駆けていく少女。その場には僕とサトウ何某だけが残った。
「あっ……じゃあ僕もこれで――」
「んんんんんん、許さんぞキサマ!『鑑定』!『ステータスオープン』! ぬっ、これは『偽造』のスキルか!? しかしこんなものにしてやられるサトウ様では――」
後ろで何やら喚くサトウ何某を放置し、別の群生地で薬草の採取を終えた僕は、つつがなく帰路に着いた。
顔見知りの憲兵に挨拶し、街の南門を抜けると、そこから北門へと一直線に伸びた大通りの途中に、冒険者事務所がある。この街は大陸間横断鉄道の駅候補であったため、一部区域の開発が進められておりそれなりに発展しているが、結局隣の町に候補負けし、どれもこれも中途半端に終わった。都会でも無ければ田舎でも無い、そんな街だ。
東側には職人の工房が連なり、西側には丘の上に神殿が建つ。伝説や逸話、神の教えなどは人々の教養の一部であり、この街にある学び舎は全て神殿の管理組織が運営している。日が暮れると丘の上から学生達が連なって長い階段を降る光景は中々に壮観だ。とはいえ、実際自分が通うとなるとしんどいだけだろう。
とりあえず本日の仕事は全て終わった事を上司に報告しようと、事務所に戻る。扉を開けると、一人の老人が僕を出迎えた。
「おお勇者様! 依頼は終わったのですかな? 勇者様自らが小市民の依頼を受け、その様な雑務をこなすとは……なんと慈悲深い!」
何故だか分からないが彼は僕の事を勇者様と呼ぶ。どうも見たことも会った事も無い誰かと僕を混同しているらしい。どれだけ否定しても「いやあなたは勇者様だ!」と言い切るので、僕はもう否定する事を止めた。
「ではコレは勇者様に雑草取り等という神をも恐れぬ依頼を行った愚民に、私が叩き付けて来ます!」
言うが早いが老人は僕の右手から薬草の入ったカゴをひったくると、事務所から飛び出して行った。ご近所に愛される冒険者事務所を目指している僕としては、彼が依頼者と問題を起こさないか心配だ。
「勇者様ねぇ……。やっぱりあの老人ボケてるんじゃないの」
所属者達の近況報告用の黒板にある「裏山で薬草採取中」の文字を消し、ペンしかない自分のデスクに戻ると、隣で雑誌を読んでいた少女がついと顔を上げ「おかえり」と言った。
ちなみにこの少女の髪型が桃色のツインテールなので、僕は心の中で桃色ツインテールと呼んでいる。
「にしても細かい依頼は全部あんたがやってくれるから、こっちはホント助かるわ」
そうしないと生活出来ないから仕方なくやってるのだが、一々言わない。冒険者というのは等級があり、ある一定以上に行くと国から助成金が出る。どうもこの桃色ツインテールは結構な額を貰っている様で、時々ふらっと出かけてちょっと依頼をこなすだけで、問題無く暮らしていけるらしい。冒険しない冒険者の中で、かなりの勝ち組だ。
「今日も終わりね、疲れたわ……」
窓から差し込む夕日に黄昏れながら、桃色ツインテール以上に冒険しなくて働かない黒子が言った。恐らく本日も疲れる要素は何も無かったであろう。容姿に関して言えば、夕日を反射する美しい銀髪を持つ儚い少女だが、中身は腹黒いを通りこして普通に黒いので僕は黒子と呼んでいる。心の中で。
「そう言えば死にぞこないの姿が見えないのだけれど……」
「老人ならさっき僕の代わりに依頼品の納入に行ったよ」
「そ、ずっと寝てたから気付かなかったわ」
デスク備え付けのマイ枕を小脇に抱える黒子を一瞥し、部屋の隅、仕切りなどで分けられている日当たりの悪いジメジメした一画に向かう。
「所長、本日の依頼は終わったので帰ってもいいですか?」
「え~、もう終わったの~?」
声を掛けると、ソファで寝転がっていた女がのっそりと起き上がった。皆が所長と呼ぶから僕も所長で統一しているこのくたびれた女こそが、この冒険者事務所の所長である。ちなみに、他の職員と微妙な距離感があるのは、偉いからとかではなく酒の臭いがキツイので隔離されている為だ。そんな所長が寝汗でじっとりした顔で時計を見やり、ぎょっとした。
「げっ、もうこんな時間じゃん! ちょっと帰っちゃだめよ、今日は新しい子が来るって言ったでしょ!」
ぷんすかする所長だが、そんな事は初耳だ。そういう重要な事は先に言っておいてくれよ。
「あれ、言ってなかったっけ……?」
やらかしたとばかりに扉に向かう所長。すると、ノックする音が聞こえた。程なくして扉が開かれ、街の憲兵が入って来る。
「な、何で憲兵が!? 職員の不祥事は、私には関係ありません!」
何かを否定する所長に、憲兵は自分の後ろに着いて来ていた少女を促した。
「いえ、そういう事ではなく……この少女なのですが、こちら所属の冒険者との弁なのですが、よろしいでしょうか?」
「はじめまして! 本日よりこの冒険者事務所でお世話になる者です! まだ何も知らない新人のペーペーなので、私の事は新米と呼んで下さい!」
それはサトウ何某に絡まれていた、あの少女だった。卑猥な単語を連呼しながら門を抜けようとしたので、少し憲兵さんのお世話になっていたらしい。
勘弁して下さいよ……。とばかりに去って行った憲兵を後目に、全く堪えてない様子で初日からしでかしてくれた新米は、必要書類や身分証などを所長に提示すると、綺麗に整頓されている老人のデスクに座った。
「わぁ、丁度ここが空いてますし、ここが私のデスクでいいんですよね!」
桃色ツインテールと黒子がはたと顔を見合わせる。
「まあいいんじゃない」
「あの老いぼれ、どうせもう長くないでしょうしね」
いいわけねーだろ。仕方なく僕が新しいデスクを倉庫から引っ張って来ようとすると、そこでようやく僕の存在に気付いたかの様に、新米が目を丸くしてまじまじと見つめた。
「なんでここに山賊Bが!?」
転移者サトウの異世界無双ファンタジー!……ではないです。