創作のために文芸部の後輩と付き合うことになりました 「先輩、私ラブコメが書きたいです」「そうだな」「じゃあ私たち、付き合っちゃいませんか?」
須崎美鈴。
美少女。後輩。そして俺の彼女になったらしい。
「どーしたんですかー? 先輩。私に見惚れちゃいました?」
「そうかも」
「へっ!?」
まあ男なら仕方ないよな。なんかファッション誌のモデルもしたことあるとか言ってたし誰が見ても美少女だ。実際上級生の俺たちの方でも噂になるくらい。
「もっ! もう! からかわないでくださいよ! 私たちはその……あくまで仮カップルなんですからね!」
「わかってるって」
そう。俺にこんな可愛い彼女が出来るはずはない。偶然、この潰れかけの部活に二人しかいなかったからこそ成り立った仮初の関係だった。
◇
「先輩先輩!」
「ん?」
今日もくりくりした目と無防備な接近にドギマギさせられながら、なんとか平静を装って後輩の相手をする。
「最近ラブコメが勢いあると思うんですよ」
「それはそうかもしれない」
文芸部の主な活動方針は定まってなかったが、二人しかいない部員が二人とも小説をやっていたので話題も自然とそちらへ偏る。
俺たちはそれぞれ、小説投稿サイトを利用して活動をしている。
そこで最近、ファンタジーばかりだった総合ランキングにちょこちょこラブコメ枠が入ってくるようになり出したわけだ。
「先輩ってずっとハイファンでハーレムばっかりやってますけど、そろそろ純愛路線も攻めたほうがいいと思うんですよ!」
「なるほど……」
「というわけで、今月はラブコメ月間! はい!」
いつの間にか用意した画用紙に可愛らしく『ラブコメ月間! 目指せランキング1位!』とデコレーションされていた。
「準備がいいな」
「次期部長ですからねー、私も」
「まあ、二人しかいないからな……」
そもそも後輩の卒業まで守れるかも怪しい部活だった。
「と、いうことで、創作のためには取材が欠かせません」
「珍しくちゃんとやるんだな」
この後輩は勢いだけで生きて勢いだけで書いてると思ってた。
「なんか失礼なことを考えてる目をしてますね」
「してないしてない」
「むー……まあいいでしょう。で、提案です」
またグイッと身体を乗り出してくる後輩。制服は胸元が無防備だなと思って眺めていたらサッと身を引いた。
「先輩の……えっち……」
「で、提案ってなんだ?」
「今のは流すところじゃないですよー!!!」
いちいち相手にしてられるか。見てたのは悪いが見せてくるかのようなこいつにも問題はあると思いたい。いやちょっと申し訳ないけど……。白い下着のことは一旦頭の片隅に追いやった。
「はぁ……もう……。で、私たち恋愛経験ないじゃないですか? 先輩にいたっては生まれてこの方女の子とまともに話したのも私だけで」
「恋愛経験、あるぞ?」
「へ……?」
後輩の時が止まった。え? なんでちょっと目に涙溜まってるの。
「嘘だが」
慌てて言った。
「へ……? え? ってもうううう! なんでそんな嘘つくんですか!」
「なんとなく?」
「なんとなくでついていい嘘じゃないです! 私心臓止まるかと思いましたよ!? どうするんですか! 責任とってくれるんですか!?」
そんなに俺に恋愛経験があるのは信じられないというのか……。ちょっと凹む。
「もう……金輪際そういうしょうもない嘘はダメですからね。先輩は幼馴染もいないし同級生の美少女はクラスも違うから席も隣にならない。先輩に絡まれる様子もないし部活はここだけ」
「なんの確認なの?」
「つまり! 先輩にとって私は唯一無二の貴重な美少女! 違いますか?」
「自分で美少女って言うの?」
「いまはそこを拾うところじゃないですー!」
ころころ変わる表情も可愛らしいなと思いながらなんとか受け流しておいた。
まともに取り合っていたら持たないからな。主に俺の理性が。
「もう……ようするにですね、女性経験もなくこれから先一切ラブコメや恋愛要素にリアリティを添えられず童貞の欲望に塗りつぶされたハーレム物しか書けないあわれな先輩のために私が一肌脱ごうって言ってるんです」
「え、脱ぐの?」
「もうっ! どうしてそういう意味のわからないとこばっか拾うんですか! 先輩のばかー!」
話が長すぎたのと耳をふさぎたくなるひどい罵倒のせいだよね? まあその部分しか頭に入ってこなかったのは俺が悪いと思うけど、思春期の男子なんてみんなそう、きっと。また頭に浮かんできたさっきの白い布をもう一度丁寧に頭の片隅に追いやった。
「で、どうですか?!」
「え、なにが?」
「もー! ここまで言ったのになんでわからないんですかー!」
そんなこと言われても……。
「つまりですね……」
ちらっとこちらを上目遣いで覗き込む後輩にドキッとさせられて息を呑む。
ただでさえ可愛いのにそういうのは辞めて欲しい。ほんとにこっちの理性を何だと思ってるんだ。こんな狭い部屋に二人でいるだけでこっちはもうなんかいい匂いがしてきて心臓がバクバク言っているというのに。
だというのに……後輩が続けて紡いだ言葉は俺にさらに大きな衝撃をもたらした。
「私と付き合いませんか? 先輩」
赤らめた頬をこちらに見せつけるようにさっと目をそらした後輩。俺は見惚れてしまって、何も言えなくなった。
その間を嫌うように、後輩がいつもの調子で続けてくれる。
「なーんて、本気じゃないですよ? 私と先輩じゃちょっと釣り合いが取れないというか」
「そうだよな、よかった」
「なんですか良かったってー!」
いつもの調子に戻ってくれて本当によかった。
「むー」
なぜか後輩は頬を膨らませてこちらをジトッと睨んでいたが。
そしてその不機嫌そうな表情のままこう続けた。
「フリです、先輩」
「フリ?」
「そうです。恋人のフリ。仮カップル」
何を言ってるんだろうこいつは……?
「すごく失礼なこと考えてる顔してますー!」
「そんなことないぞ?」
多分。
「むー……とにかくっ! こんな可愛い後輩が恋人のふりをしてあげると言ってるんです!」
「そうなの?」
「そうなんですぅっ!」
なんかやけくそ気味な後輩が机の下で足をバタバタしながら訴えかけてくる。
「仮カップルです! 私達はラブコメ強化月間のために、イチャイチャする必要があります」
「なるほど……?」
つまりこれが後輩なりの取材というわけか。
理にはかなってる。相手が俺でいいのかという問題はあるが、まあそれは置いておこう。
「と、いうわけで明日から先輩は私のその……か、か! かれしっ! ですからね!」
「明日からなのか」
「それはその……あの……心の準備というものが……」
ごにょごにょと赤い顔で顔を隠しながら言う後輩。まあそうか。後輩からすればこんなやつの相手をするのは覚悟がいるだろう。
熱心なことだ。今回はそれだけ本気ということだろう。後輩は在学中に書籍化したいとか言ってたしな。
「よし、応援するか」
「なんのですかっ!?」
「明日からよろしくな?」
「また人の話を聞いてないっ! うう……はい……よろしくおねがいします……」
真っ赤な顔をそらして、か細く応える後輩の姿もやはり、可愛かった。
◇
「せんぱーい! もっと私達イチャイチャするべきだと思いませんかー!」
「なんで?」
「もうっ! だってせっかく付き合ったのに先輩からひとっつもアプローチがないじゃないですか! なんなんですかっ!? 結婚詐欺ですか!?」
「え、結婚だったのこれ?」
設定が一歩進んでいて戸惑う。
「むー! そういうことじゃないですー!」
「どういうことなんだ……」
「つまりっ! もっと先輩は私に愛を囁くとかですね……」
「好きだぞ」
「へっ?!」
ボンっ、と一気に真っ赤になった後輩。
「え? へ? えっと……その……」
「ところで後輩、この設定いつまで続けるんだ?」
ラブコメ強化月間などとうの昔に終わったというのに、俺たちの関係はいつまでもそのままだった。
「んー。先輩がちゃんと書籍化して、稼げるようになったらですかね―?」
「なんでだよ」
あれからほんとに書籍化作家になった後輩に言われると嫌味にしか思えない。
「あはは。まあ、いざとなったら養ってあげますけど、先輩が言ったんじゃないですか。結婚するなら稼ぎは自分でって」
「そうだったかなあ……」
仮カップルだった俺たちももう大学生になって、いつしか本当に付き合っていた。
「ふふ……仮カップルも楽しかったですけど、やっぱり本当に付き合ったほうが幸せです!」
「それはよかった」
「もー! なんで先輩はそんないつも余裕なんですかっ!」
こっちの気もしらない後輩が気楽にそんな事を言う。
理性を総動員させて耐えきった仮カップルの期間の苦労など、こいつは知るよしもないんだろうな……。
「いつか絶対、先輩を本気にさせますからねっ!」
「はいはい」
この関係が次のステップに行くのはいつかわからないけど、そう遠くない未来、もしかしたら結婚後の話なんか書けるような、そんな取材ができる関係になる日を待ち遠しく感じる自分がいた。
評価感想等是非お願いします。
落ちまで書ききりましたが学生時代編でひたっすらイチャイチャさせ続ける連載もちょっとしたいですよね
個人的に後輩キャラ書くの好きです