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第1話 吸血鬼伝説

むかし、むかし──欧州(ヨーロッパ)のちいさな國、シャルボニエ王家に、お姫様がお産まれになりました。王様も王妃様もたいへんお喜びになり、お姫様の誕生を祝って宴を催しました。


しかし、あまりに喜びすぎたか、魔法使いを招待するのをわすれたものだから、さあたいへん!


魔法使いはとても怒りました。ひとりだけ仲間はずれにされたようなものですから。


怨みはパワー、憎しみはやる気。怒りは魔法の力をふやすのです。


そう、いつもは使ってはいけない魔法を使えるほどに──


「眠れ! 眠れ! 今まではたらいてきたが、その恩を返すような國などほろびてしまえ! いつまでも眠れ!──永遠に!」


使ってはいけない魔法──死の魔法。とても恐ろしい魔法です。


──ですが、王様たちも必死です。産まれたばかりの赤ちゃんをみすみす死なせてしまうなんて、耐えられません。


そこで、王様は魔法使いと話し合うことにしました。


──しばらく経って頭が冷えたのか、魔法使いは話し合いの末に、


「わかったよ。殺すのはやめる。──でも、いちどかけた魔法を解くことはわたしにもできない。弱らせることはできるけど」


と、云って、かけた魔法を弱らせたのでした。


「死なないけど、どうなるかはわたしにもわからないよ?」


魔法使いはそう云いました。なんて無責任なんでしょうか。王様はあきれて、


「勝手なことを云うんじゃない! 自分でやったことは自分で最後まで責任を取りなさい!」


と、云ったのですが、もとはと云えば──誰のせいなんでしょうね?



さて、時が経ち、お姫様が15歳になった時です。


お姫様はある日突然、眠ったまま起きなくなってしまいました。


それと同時に、城の庭に生えていた荊棘(いばら)がぐんぐん伸びて、城をすっかり覆ってしまいました。


これでは、もうお城には住めません。お姫様の部屋に入ることもできません。


やがて王様はお城を捨て、お姫様も置き去りにして、どこかへ行ってしまったのでした。



さてさて? これからどうなってしまうのでしょう?



その先は──



──うぬがその眼で確かめよ……




明治となって幾らも経ち、文明開化の世となって早幾年。長かった19世紀も終わりを告げ、新世紀が幕を開け、輝かしき未来へとその一歩を踏み出しはじめた今現在もなお──古き者らは生き続けていた。


彼らには、そのようなことは直接的には関係せぬのである。


その証拠に、日ノ本の國にては今なお妖怪変化物の怪の類が跋扈しており、たぬきらが人を化かす事件は枚挙に暇がなく、日々紙面を飾っていたのである。


そのような事件の中には、なんと汽車に化けたたぬきもいたと云う。時代が変われば化けかた化かしかたも変わる──とでも云うものであろうか。


日ノ本の國にとどまらず、世界各國にてそのような事件は起きていた。英國にては幽霊が夜の街を闊歩しており、米國にては巨大な一ツ目の魔物が、或いは蛙のごとき面をした半魚人が、西班牙(スペイン)にては猛牛魔人が──人間との間に何かしらの悶着(トラブル)を起こしていたのである。


科学の先進國たる独逸(ドイツ)にては些か毛色が変わっており、ビクトル=フォン=フランケンシュタイン博士が科学の力で産み出した名前のない怪物が、毎夜毎晩村を荒らす忌々しき狼男をついに退治し討ち取ったなどと云う噂が、そこらここらでまことしやかに囁かれていたのである。


なるほど、これは一見すると荒唐無稽な話に思える。カストリ誌にでも載るがふさわしい事例にみえる。


だが、それは(たし)かな真実──古き者どもは慥かに、そこに生き続けていたのである。



さてこのような新世紀ではあったが、この頃人間らは各地で紛争、或いは戦争を起こしていた。折しも時は帝國主義真っ盛り──自國の利益を追求するため、或いは自存自衛を全うするため、各々は戦っていたのである。


これは、古き者どもも同じこと。人間には人間の理があるのと同じで、彼らには彼らの理がある。それらがかち合えば、問題解決の必要が生じ、それでもまとまらぬ時は──



戦いがはじまるのである。



これは何も、天下國家を論じる大仰なものに限らぬ。百姓らが水を巡る争いを起こすのと同じく、貴族の嫡男らが嫁となる姫君を巡り決闘を行うのと同じく、はたまた武術者らが互いの流派の看板を賭けて果たし合いを行うのと同じく──日常生活に於いても行われるごくありふれた事象なのである。


そのようなありふれた事象が、発生しただけのこと。


これよりはじまるは、そのようなごくありふれた日常に於けるごくありふれた事象のひとつ。


愛と誇りと奸計と謀略と知力と知略と──


そして己のすべてを賭けた戦いに赴いた誇り高き男の物語である。




欧州(ヨーロッパ)の東側、羅馬尼亞(ルーマニア)の山岳地帯に囲まれた森深きトランシルヴァニアの地に、誇り高き勇者が眠っていた。


勇者は己の屋敷──通称『悪魔城』──の一室にて、眼醒めの時を待っていた。


彼の名はヴラド=ドラクルア=ツェペシュ。『串刺し公』の名を誇る、羅馬尼亞(ルーマニア)救國の英雄であった。


──“あった” と、過去形にて語りたるは、それは彼のかつての姿……彼が未だ人間であった頃のことであったがためのこと。


そう、今の彼はもはや人間ではなかった。古き者──妖怪変化物の怪の類の世界に足を踏み入れてより幾久しい──それが今の彼である。


『吸血鬼』(ヴァンパイア)──それが今の彼をあらわす言葉。他者の血を吸い取り、それとともに生命を吸い取り──人間を遥かに上廻る剛力と魔力と活力を有する者となって、すでにかなりの年月が過ぎていた。


「むうう……」


棺の蓋が開き、ヴラドは眼醒めた。──と云っても、別に彼は今このまたたく瞬間に死の淵よりよみがえったと云うわけではなく、ただの睡眠より眼醒めたにすぎぬ。


吸血鬼とて、眠りもすれば食事もする。


ただその主食が、米でも麵麭(パン)でも芋でもなく、血であるだけである。


「おはようございます、旦那様」


眼醒めの挨拶をするは、黒髪の乙女。彼女の名はレナ。その髪色、肌色、そして名前から推察される通り、もとは日ノ本の國の民であった。


ゆっくりと、ヴラドは棺の中より起き上がる。かなりの長身に見えるが、しかしそこまで大きな身体と云うわけではない。せいぜいが、180(センチ)に届くか届かぬかと云ったほど。これは横に控えしレナが、小柄な娘であるがため相対的にヴラドが大きく見えるためであった。


「おはよう、我が忠実なる下僕(しもべ)レナよ」


挨拶を返すヴラドの口より覗く鋭い牙が、月光を浴びて白く冷たい輝きをみせる。


そう、彼ら吸血鬼の眼醒めの時刻は、陽が落ちた前後──夜こそ、彼らの時間なのである。


立ち上がり、歩き出すヴラド。その後を、レナが追う。


部屋を出て、廊下を抜け、扉を開けて露台(テラス)へと足を踏み入れたヴラドは両手を広げ、月光を浴びる。遥か5世紀ほども前に生を受けたとはとても思えぬ若さが、その顔、その身体にみなぎっていた。


「不吉の月よ。今宵、ふたたび戦いに赴く余を祝福し給え……そして此度こそ、我らに勝利を!」


月に祈るヴラドの額には大きな絆創膏が白く輝いていた。これは先日の戦いに於ける名誉の負傷の痕であった。


負傷箇所は、額のみに非ず。先月は左上腕骨を折られており、半月前には右膝の靭帯及び膝蓋骨を損傷していた。昨年末には頸椎を折られていた。


だが、それらの傷は今現在完治していた。


限りなく不死身に近い吸血鬼の能力と、忠実なる下僕(しもべ)レナの的確な治療が、ヴラドをふたたび万全の状態へと快復させていたのである。



風が、出てきた。ヴラドの纏う外套(マント)がはためき、それはやがて2枚の翼へとその姿を変える。その翼の陰より、無数の蝙蝠(コウモリ)たちが飛び立った。──それらもまた、ヴラドの忠実なる配下。彼、或いは彼女らはヴラドの眼となり、手となり、耳となる。


準備は整った。


風はやがて雲を運び、月の光を遮るに至る。


それらの雲が晴れ、無慈悲に冷たく輝く月をふたたび満天の夜空に晒したるその時──


「我が忠実なる下僕(しもべ)ども! 今こそ|『龍の子(ドラクルア)』の名に於いて、長き戦いに終止符を打つのだ!」


ヴラドの言葉が終わるや、


「出陣!」


との、レナの号令の下、蝙蝠らが一斉に飛び立つのであった。──その後、ヴラドもまた飛び立つ。


月を覆い隠さんばかりの大群を見送るレナであったが、やがて彼女も主らに続くのであった。



とは云え、彼女は吸血鬼に非ず。主やその配下のような飛翔能力を有してはおらぬ。



故に──


「お、お待ちください我が主!」


と、わざわざ元来た道を引き返し、階下へと降りた後に屋敷の正面口より出、不逞の輩が盗みに入らぬよう扉の施錠を終えたる後に、徒歩にて主らの後を追うのであった。


先に述べた通り、レナの身体はちいさい。身の丈は150(センチ)に満たぬ。それに比例して、歩幅もまたちいさなもの。そのような足取りにて、飛翔する者らを追うのであるから、これは並大抵の苦労ではない。



しかしながら、レナは決して主を見失うことはない。これは彼女の能力がどうとか、そう云った次元の話ではなく──行き先を充分承知していたが故のことであった。


ヴラドの目指す先──それは、トランシルヴァニアの森の中に眠る古城であった。


この城を訪れるのは、果たして何度目か。ヴラドもレナも、覚えておらぬ。


しかしこれが最後と、ふたりともそう思っていた。──だがそれは前回も前々回もそのまた前も同じことであった……。



果たして、此度が最後の戦いとなるや否や?


決戦の幕が、もうじき上がろうとしていた。

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