7. 魔法には想像力が必要なのにこの世界は想像を裏切ってる
敵、と言っても実際にその姿を見たことはない。大きな川の向こうに攻撃するだけ、なのだ。よく弓が届くなあ、と感心するくらいの距離だ。
だから、巡回で敵に遭遇する確率はとても低い。それこそ遊撃隊でも、稀に川を渡ってくる斥候に出会う確率は低いとヴォルから教えられたばかりだ。
それなのに。
「えっちょっと想像と違いすぎるんだけど!」
目の前に、いや距離はあるけど馬が走るのが早すぎてどんどん近づいている距離にいるのは見慣れない形の生き物。
弓打てるわ。腕にしては太すぎる腕が四本くらいあるぞあの生き物。
馬、私が馬だったら近づいていかないで全速力でUターンするのになんでちゃんとヴォルの言うことを聞いてあっちに走っていくのか。こわい。
「まって敵ってあれ!?」
「当たり前だ!魔法で撃つぞ!」
私を乗せているせいか、ヴォルは剣を引き抜くのではなく手綱をしっかりと握り、呪文のようなものを唱え始める。
魔力供給源として使われる私の想像力が魔法の効果を左右するのなら、魔法で撃つというのがどういうことなのかもっと具体的に言ってほしいのだけれど呪文を中断するとやり直しになることは理解している。ここはあれだ、薙ぎ払うビーム的な想像でいいだろう。
私が怪獣映画の場面を思い出しているうちに、何も持たないヴォルの片手が眼前に迫った敵に向けられてそこから光線を放った。
あっ放射能とかは大丈夫だろうか、と怪獣映画の詳細を思い出してしまったけれどオレンジ色の光線は見事やばい造形の生き物を焼き払う。
続けざまに何度も似たような形状の生き物を焼き払っている間に、一緒にいた兵士や騎士たちが少し離れたところで何かに切りかかっている。
ぐろすぎて具合悪くなってきた。血の色は緑だった。
「……て、敵って他の国とかじゃないの」
「他国だ。人間が支配していない国だがな」
「それ早く知りたかったな!」
私の帰還計画、一つつぶれた。他国のイケメンと恋に落ちて元の世界に戻る、は無理らしい。
いや無理すぎる。せいぜい美女と野獣くらいまでの異種恋愛ならわかるけど野獣とかそういうレベルじゃなかった。
ゴムとかでできてそうで顔?顔だったのかなあれ……目みたいな大きいドーム状のなにかと、口なのかな…大きすぎる口がついた胴体みたいななにかがあまりにもやばくて全体をもう覚えていない。
ということは、ナナミさんが他国で暮らしてる可能性も低そうだな、と考えを改める。
彼女が元の世界に戻った、というヴォルの見解はきっと正しいのだろう。
その方法は不明なままだけど、少なくとも他国に身を隠す、とか敵とロミオとジュリエットだったことはないようだ。
「う、ちょっと気持ち悪くなってきた」
馬で駆け抜けながらだからなのか、初めて目の当たりにした敵の姿のせいなのかなんだかだるいし気持ちが悪い。
魔法を使ったことだけが原因じゃない虚脱感に、体を丸めたくなるけれどここは馬の上だ。しっかり姿勢を保たないと落ちてしまう。
「帰りたい……砦でいいから帰りたい」
「まだ残りがいる、耐えろ」
「ひどい」
即答で却下された。本気で私の心配をしてないなこいつ。まだ大丈夫だけどあんまりやられると具合悪いのは本当なのに。
失神した方が動かないから都合がいいとか言い出しかねない男だったと思い出して、私は周囲を見るのをやめた。まだ何人……何体かいる。むり。落ちたらあれと生身で戦うとか無理。
なんかヴォワワー!みたいに吠えてるから対話も無理そうだし、これはもう帰りたい。
「想像するのはさっきの魔法でいいんだよね」
「ああ、周囲に爆散するよりいい。お前の国で見ていた魔法は役に立つな」
魔法の仕組みをユリウスからハルナが聞いて、私に解説してくれた。ヴォルやユリウスはトリガーで、私たちは銃のようなものらしい。
だから私たちの中身、つまり想像力が弾丸の役目を果たすのだ。ヴォルたちはただ引き金を引く。
治療の魔法は難しいらしくて、治る過程なんて私たちの知識じゃわからないからただひたすら元通りの姿を想像するしかないとハルナはいっていた。
私よりずっと大変だろうから、ハルナを呼び出したのがユリウスで良かったと思う。きっと私じゃ役に立てない。
だけど、よくわからない光線をイメージするだけでじわじわ疲れていく。階段を上がり続けていくようなものだ。筋肉は悲鳴をあげないけど、体が重くなっていって手足を動かすのもだるい。
ヴォルを中心として見回りに出ていた兵士たちが見える範囲内の敵を皆殺しにしたところでようやく帰れるかと思ったのに、巡回コースはまだ続くらしい。
「倒れたら落馬する前に助けてね……これ以上怪我が増えたらヴォルのせいだからね」
「……顔色が悪いな」
「そりゃあれだけ連打されたらね!」
「そうだな、威力が大きすぎた。コントロールしろ」
さすがこっちに具体的な魔法を任せるだけあってヴォルは無責任である。
化け物にしかみえなかったあれを倒す攻撃の効率なんて私にわかるわけないのに。
せめて次見えたら、もっと省エネっぽい想像をしよう。怪獣ビームはよくない。
いっそ物理攻撃がいいのではないだろうか。他の兵士さんたちは剣とか槍で戦ってるし。
うーん串刺しは嫌だ。
そういえば古典の授業か何かで、大きな鐘が大蛇を閉じ込めてどうしたこうしたという昔ばなしがあった気がする。
次はそれでいこう、と私は初詣の時に見たはずのお寺を思い出すことにした。
だって動物園の檻だと隙間あるから不安だし。
それにしてもこの世界の魔法、ちょっと不便でいい加減な気がする。責任者出てこい。
「まさか生け捕りを選ぶとは」
空中から大きな鐘が降ってきて化け物を覆ってしまったら、攻撃手段がないっていうことを私はすっかり忘れていた。
あとすごく重いから持ち上げることもできない。
殺すこともできないが相手が出てくることもない魔法を使ってしまったせいで、他の敵を倒した後兵士たちはヴォルと私を中心に集まって困惑していた。
「しかしヴォルフィ、これじゃ持ち帰るなんて無理だぜ。そもそもやつらに言葉が通じない以上、情報を得るってのも無理だ」
屈強なおじさんが言うと、ヴォルは深く頷いた。
「これでは手を出せないが、向こうが出てくる可能性も低いな」
「ミヨシ様、どうしてこんな魔法にしたんです?」
「いや……こういう昔ばなしがあって、最後はこのまま焼き殺す話だったんだけど」
「残酷だな……」
しみじみとヴォルが言うのがこたえる。
「ビームより疲れないかと思って……」
結果的に私の疲労度は増したので、どうもあまり変わりがない気がする。
省エネな魔法なんてこの世にあるのだろうか。
「砦に戻ったら魔法について勉強したい、このままじゃ私の身が持たない」
「ミヨシ様は勉強できるのかい? まだ文字が読めないってヴォルフィから聞いたぜ」
私のいないところではちゃんと人と話をしてるんだよなぁ、と思いながら、それも含めて勉強しますよ、と答えるしかない。
「ミヨシ」
「なに」
「生け捕りにはできない。焼け」
さすがに今回はヴォルの言うことを大人しく聞き、更なる魔法の疲労で眠くて仕方ないままどうにか砦に戻るまで落馬しないよう頑張るしかなかった。
砦に戻っても、ハルナはいない。つまり話し相手がいないのだ。
しかも新居の塔は階段が多くてとても疲れた。もう動きたくない、動けない一歩手前だった私は後ろから階段を上っているヴォルに何度かぶつかるくらいふらついていて、部屋に通された途端にもう床でいいから座りたかった。
「おい、大丈夫か」
あまりにも疲れているせいか、部屋に入ったとたんしゃがみこんだ私に珍しくヴォルが動揺した声をかける。
これが魔法を使った初日に私を気絶するほど酷使した男の気遣いである。声をかけるだけで何もしないけど、進歩してる。
求める優しさにはほど遠いけど。
「寝る……話はあとで……」
「食事は」
「起きたら食べる……」
こんなに疲れてるのに真っ先に食事の心配をするとは、やっぱりお互いのことを理解するには相当時間がかかりそうだ。
ヴォルがいるのもかまわず私はブーツを脱ぎ、マントと服を脱ぎ棄ててベッドに横たわった。
「ば、ばか!」
ヴォルが慌ててドアを閉めた後、すぐに意識は暗転した。そういう反応って私がすべきなのでは?というくらいの慌てようだったけど今はどうでもいい。
だるい、ねむい、つらい。
よくわからないけど魔法は疲れる。
この世界で魔法の供給源を異世界の人間にした仕組みが憎い。