6.顔はいいけど他はだめ
翌日。
ハルナとユリウス、それに軽く私をにらんでいるお姫様と私にやたら距離を取る第四王子のおっさんを見送って、巡回任務につくヴォルと共に馬に乗る。今日は別に戦いに行くわけではないけれど、鎧を着こんだヴォルの前に座ると背中が痛い。
ゆっくりと馬を進めるヴォルから話しかけられる気配はない。
昨日のことがあったからといって、すぐに親し気に話しかけられるとも思っていないけど、なんとなく気まずい。
帰ったら部屋を移動するのだが、私が塔に上りたくて怒ったと勘違いしている副団長が気を利かせて城壁の塔の一つにある部屋を使わせてくれることになったらしい。元々、いなくなった騎士と聖処女が使っていたという塔だと聞いた。教えてくれたのは副団長でヴォルではない。隣り合った部屋だが階段兼廊下になる場所にはヨハンくんが警備として立つとも。
しかも言葉を濁していたけど、私が飛び降りたりヴォルの寝こみを襲って元の世界に戻ろうとするのを防ぐため寝ずの番を交代で置くとも言っていた。
私はとんでもない問題児扱いをされている。納得いかない。いくら顔がよくてもヴォルを襲うわけがない、一撃で殺されてしまうのに。
みんなヴォルは優秀な騎士で、この砦でも有数の強さだって言ってるのになぜ私が襲えると思うんだろう。おかしい。
「えーっと、聞きたいことがあるんだけど」
「任務中だぞ、私語を慎め」
「今しゃべるのがだめならいつユリウスの言ってたお互いを知るための努力をすればいいの?」
喋っている余裕など普段の生活ではあまりない、と諦めたのかヴォルは少し黙ってから「何が聞きたい」と言った。
すごい進歩だ。昨日この世の終わりみたいな顔していたし、もしかしたら王都に行けないことは相当ショックだったのかもしれない。
単に馬の上で口喧嘩をしたくなかっただけだとしても、この機を逃さず色々と情報を聞き出したい。
なんとかして、さっさと元の世界に還るために。
「昨日、ハルナとユリウスも話していたけど、ヴォルは女の人が喋るのが嫌なの?」
「別に」
「じゃあ女の人は自分より馬鹿だと思ってる?」
「……別に」
あ、これ絶対思ってるやつじゃん、と伝わったけど言わないでおく。馬の上でのケンカは危ない。
「ヴォルはどんな教育を受けたの?」
「……ごく普通の教育だ」
「詳しく。ご両親に読み書きを教わったとか、学校の授業でどんな教育を受けたとか」
「読み書きは家庭教師に教えられた。騎士学校では騎士になるために必要なことを学ぶ」
「家庭教師かぁ。読み書き以外に何教えてもらうの?」
「そんなことも知らないのか」
「私のいた世界では家庭教師は学校の補習みたいなものだからね。ちなみに、おばあちゃんとおかあさんも読み書きは余裕でできるし計算だって法律だって知ってるけど、うちは貴族でも騎士でもないよ」
「なんだと? ではなぜ女がそこまでの知識を得ているんだ。まさか名家の出か?」
「普通の家だよ。特権階級でもないし大金持ちでもない。だから私とヴォルの常識は違うの。そろそろわかって?」
「…………」
振り返らなくてもしかめっ面をしているだろうことが伝わってくる。
「夜会とかダンスパーティーもないからね、私の世界。超がつく大金持ちで、それこそ王族とか貴族の末裔なら参加するけど」
「ダンスについては副団長に許可を取った。夜に練習するぞ」
「えっ。誰と練習するの?」
「俺以外にいるわけないだろう」
「ヴォル、踊れるんだ」
「当然だ」
「夜かぁ……お手柔らかにお願いします」
昨日のユリウスたちとの会話で、一夜漬けで覚えられるだろうって言ってた気がするけどそういうスパルタ方式は勘弁してほしい。
私は運動も成績もそこそこでしかない。あとダンスは得意ではない。学校でやってるのと絶対違うことしかわからない。
「お前の世界では、謁見の作法などは学ばないのか」
「謁見とかもないからね。ものすごい偉業を達成しないとないから、学んでないし、学んだとしても使う機会もないかな」
「確認だが、お前の世界に王族がいるのか?」
「いるよ。うちの国の王様?みたいな人、呼び方はちょっと違うけど。千年以上続く王家だからね」
「……そんなに長く国が続くとは、相当な大国か」
極東の島国だと言ったら混乱しそうだから濁しておいた。経済的には大国のはずだし、嘘ではないから許されるはず。
「私はヴォルと全然違う世界から来たのはわかってるよね?」
「当然だ。疑ったが、魔法の力は間違いないからな。お前は聖処女だ、信じがたいが」
その言い方やめてほしいんだけどこいつに乙女心の機微までは理解できないだろうから聞き流すしかない。
こんな性格の光属性なんて信じられないよ。
それにしても、今でも信じたくないというのがひしひしと伝わってくる言い方だ。ヴォルめ、覚えてろよ。
私だって好きでここにいるわけじゃないのに。
「だから、もう三歳児相手だと思って何かするときはどうしてそれをするのか、それをしてどうなるのか、何をしてほしいのか、いつどこで誰がどのようにっていうのを教えて欲しいの」
5W1Hを英語以外で力説する日がくるなんて思わなかった。
「三歳児相手にそんな説明などしない」
「……」
そういうことじゃない、と言いたくなる。こいつとんだコミュ障だよ。
私が悪いのかなと思ったけど、ハルナだってヴォルの相手は大変そうって言ってた。昨日は寝るまで互いを励ましあったのだ。
せめてハルナが戻ってくるまで、殴られたりしないよう平穏に生きていく。
「ちなみにヴォルは子どもの頃、親からあれしろこれしろって言われてどうしてって聞いたことある?」
「ない。質問などする立場ではないからな」
「親の言うことに逆らうなってことだったの?」
「当然だろう。命令なのだから」
「だからヴォルは命令ならお姫様とも結婚するし、最前線で戦うし、呼び出した途端気に入らなくて舌打ちした相手にもキスするわけか」
「……契約はああいう形式であって他意のある口づけではない」
淡々と言われながらも、お前なんかに好きでキスしたわけではないというのが伝わってくる。
「他意があってもなくてもするものじゃないんだけどね! しかもヴォル、私がこっちに現れた瞬間舌打ちしたでしょ」
「……」
「私がびっくりしてたらキスして、言葉がわかるようになった途端鼻で笑ったし」
「…………」
沈黙が長すぎる。まさか身に覚えがないわけないだろうに。
もしかして私はアホだから覚えてないとでも思っていたのだろうか。こっちはファーストキスを最悪の思い出にしたのに。
「もっとかわいい子が召喚できると思ってた?」
「いや」
「期待外れだから舌打ちしたんじゃないの?」
「聖処女は心が読めるのか」
「さあどうでしょう。何を期待してたのかまではわかんないよ」
「……鼻で笑ったつもりはない。来るだろうと思った人物ではないと思ったのは確かだ」
「誰が来るかあらかじめわかるものなの?」
「いいや。だが、もし、お前ではなくナナミが戻ってきたならと考えた」
意外な言葉に思わず振り向こうとしたけれど馬上で動くと落ちそうなので仕方なく前を向く。
情報を引き出したいとは思ってたけど、ヴォルからあっさり話してくれるなんて予想外だけど嬉しい。
「ナナミ? まさか、一年くらい前に元の世界に戻ったっていう人?」
「ああ。彼女は誰かに手を出されたわけじゃない。レオは彼女を大事に守っていただけで、そういう感情はなかったはずだ。だがある日突然、ナナミは姿を消した」
レオというのが左遷されたという騎士だろう。この話をヴォルから聞くのは初めてだ。
私たちが呼び出されたのはいなくなってしまった聖処女のせいでもある。
それにしても、いったい何人、何十人を神隠ししているのだろうこの世界。
「俺はレオがそんなことをする人間ではないことを知っていたし、ナナミとレオは恋仲でもなかった」
「親しかったんだ?」
「……レオとは兄弟のように育ったからな」
「ヴォルはなんかえらいおうちの嫡子なんだよね? 嫡子って長男なんじゃないの?」
「長男で間違いない。レオの家とは古くから親しくしていて交流があるだけだ」
「幼馴染ってこと?」
「ああ。うちは姉ばかりで男は俺しか生まれなかったから、よくレオの家に行っていた」
「えっヴォルお姉さんいるの?」
「ああ。確か三人いるはずだが、年齢が離れているからもう何年も会っていない」
「へぇ……」
年齢の近いお姉さんがいると弟は女子に対して気を遣う生き物に育つはずだ。ソースは私である。うちの弟くんはとても従順で、幼少期には私の後をついてまわって何でも言うことを聞いてくれた。ヴォルとは全く違う。
「聖処女を召喚すれば、もしナナミがまだ資格があるなら戻る可能性があると考えていた」
「なるほど……でも来たのは私とハルナだったから舌打ちした、と」
「ああ」
「サクラさんとヨシノさんは誰かと恋仲なの?」
「なんだいきなり」
「参考のために教えて」
「なんの参考だ」
「ナナミさんがいきなり消えた事件の参考」
私の口先に騙されて、ヴォルはあっさり教えてくれた。
ちょろすぎて心配になる。
もしかして、ヴォルが必要なことを命令する以外で口を開かないのは、ちょろいからしゃべるなという教育を受けたのだろうか。
よくわからない。
「あの二人は団長、副団長と信頼しあってるように見える。俺はあまり話したことがないからわからんが、そもそも聖騎士以外とほとんど接触のない生活だ。ハルナは治療があるから例外だが、お前のようにふらふら歩いて下働きや見張りの兵士と話すなんて普通はしない」
「ナナミさんもしなかった?」
「ああ」
マーサさんたちはよく来ていたと言ってたから抜け出すのが上手かったか、ヴォルが知らないだけだろう。
「でもヴォルとは話をしてたんでしょ。ユリウスとは?」
「……いや、ユリウスは診療所にいることが多い。前線で戦うことは滅多にないから、親しくする暇などなかったはずだ」
「ということは、ナナミさんとレオさんと親しかったのはヴォルなんでしょ。ナナミさんの相手になるとしたらレオさんじゃなくてヴォルだったのでは?」
軽い気持ちで聞いたのに、馬が突然止まったので太ももと尻がヴォルの固い鎧にぶつかった。痛い。
ヴォルが慌てて私の肩を押して体を離す。人を汚いものだとでも思ってるのだろうか。被害が出るのは鎧より生身の私なのに。
「……そんなわけないだろう」
めちゃくちゃ動揺してた。そんなわけあるんじゃないか。
振り返ったヴォルは明らかに顔がいつもと違った。目は泳いでるし口元がちょっと緩んでる。
嘘が苦手なタイプなんだな、と確信した。
「手を出さなかったとしても、気持ちは色々あるでしょ。ヴォルは禁止って言われたら絶対しないだろうけど」
「当然だ」
自分が想いを秘めてたのに誰かに奪われたと思ってるなら、それはそれは複雑だろう。
さすがにここでからかったら落馬して死ぬだろうから、好奇心を抑えるしかない。命が大事だ。
「この世界からいなくなる資格を失ったなんてありえる状況だったの? 塔の部屋にいたんでしょ?」
「ああ。夜、眠る前には何も異変はなかったはずだ。俺は夜勤だったが、その日も砦におかしなことはなかった。敵が紛れ込んだ形跡もない。だから、レオが疑われた」
「部屋の見張りはいなかったの?」
「いた。だが何も見ていないと言っていた。その男も、遊撃隊に配置を替えられたからまだ生きているかはわからないがな」
「遊撃隊って?」
「常に国境の周囲を警備している。砦よりも前線で、野営をしながら移動する過酷な任務だ」
毎日がキャンプなんてそれは危険すぎる。国境近くに行くと矢は降ってくるし時々変な雄たけびが聞こえるし、ろくなことはない。
「レオさん自身が、自分じゃないって言ってたなら可能性はもう一つあるんじゃない?」
「なんだ」
「ナナミさんが自分の意志でどうにかして逃げた」
「無理だ。ナナミもお前と同じように、体力もないし馬に乗ったこともなかった。お前もわかっているだろうが、一人では魔法も使えない。塔の部屋にある窓から逃げるなど不可能だ。落下して死ぬ」
レオが協力したならきっと逃げること自体はできただろうけど、元の世界に戻るのは難しいはずだ。
本当に方法が処女じゃなくなることだけなら、だけど。
この謎を解いたらきっと、私も元の世界に戻れる気がする。
問題は意外と喋ると素直な、嘘が苦手そうなヴォルにどう気づかれずに謎を解くかだ。
ヴォルが気付かなくても他の人に気づかれたら、絶対邪魔される。
「ところで、なんで最初に殴ったのよ」
「……窓から飛び降りて死なれては困るし、あんなにもろいと思わなかった。殴るつもりはなかった」
「…………」
けっこうしっかり殴られた気がするんだけど。記憶違いだろうか。
しかし、女性の扱いには不慣れなのは間違いない。
さてはナナミさんとは手も繋いでないで終わったなこの男。
小学生男子よりときめきに弱そうなヴォルの悩める気配を背中で感じながら、私は考えを巡らせた。