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紅の闘志

 ピックと弦がぶつかり合い、弦が更に張る。流れるようにピックは弦を弾き、6つの音が共鳴する。


 湧き上がる歓声。飛び交う熱気。そして、滲み出るアドレナリン。3つの要素が共鳴しあい、更に己の誇りを奮い立たせる。


 気持ちを孕んだバスドラムとスネアドラムが力強く且つ正確に叩かれ、リズムという生命の鼓動を生み出す。

 呼応するが如く、弦を指で掴み叩きつける。スラップベースもいい調子だ。


 猛々しい音響を調和するように、鍵盤が作り出す繊細な奏とエッジの効いたサックスの奏がネジとなってしっかりと固定される。


 作り出された音の荒波を、雄々しく突き進む。


 さぁ、今宵も乗りこなしてやろうぜ。この嵐の中で時化る大海を。


 この会場の音全てを吸い込み、咆哮の狼煙を上げる。


「ROCK!!!!」


 大空に向けて、羽ばたけ。



【1.旅立ち】


   -1-


 ハンター。それはこの世界に必要不可欠な存在。魔獣の討伐や資源の調達など、人々の要望を解決してくれるいわば何でも屋だ。世界各国に住んでいる子供たちは、その殆どがハンターを目指して日々切磋琢磨して時を過ごす。

 

「どおおおおおりゃああああああああああああああ!!!!」

 盛大に標的の頭に太刀を振り下ろす。見事にその一撃は討伐の決定打となり、標的は崩れ落ちた。

「っしゃあ!!見たかあたしの実力を!!」

 彼女の名前はアイナ。ここ一帯で魔獣討伐のハンターとして働いている。顔立ちは人形のように整っており、艶のあるブロンドの髪が風に靡かれて光り輝く姿は女神と言ってもいいだろう。

「お…う…ぶぇっくしょーーい!!ああ!畜生め!!!」

 しかし、言動とその戦う姿によって色気と言う言葉が抹消されてしまったいわゆる残念な女だ。

「あんまり派手にやるなよ。後でその服選択すんの俺なんだからな。」

 彼の名前はカイ。アイナとは幼馴染であり、同じくハンターだ。シアンブルーに光り輝く髪は国内の異性を魅了し、視線をそちらに向ければハートさえ射止めてしまうであろう。

「あっ!!やだぁ!!虫が今肩に着いたじゃない!!もうっ!!」

 しかし、苦手なものを見たりパニックに陥るとなぜかオネェになり、くねくねしだす残念な男だ。

「カイ。今回もナイスアシスト!流石!!」

「アイナ。お前の一撃がないとクリアは出来なかった。サンキューな。」

 それでも、仕事の終わりにはいつも互いを誉めあうベストタッグであることは近辺でも有名になってきている。


「で、おめぇらいつ付き合うんだ?」

「「はぁ!?付き合うとか絶対ないない!!」」

 依頼パブのマスターは、ため息交じりに2人の話の相手をしている。

「いや、おめぇらももうそろそろ18になるだろ?色恋沙汰の一つもそろそろ作ってもいいんじゃねぇのか?」

「いやいや。恋なんかに使ってる時間なんてこぅれっぽっちもないよ。なぁ?カイ。」

「アイナお前たまにいいこと言うな。そう。時間は限られてるんだ。俺たちには。」

「おめぇらの夢って、あれだろ?その…。」

「たまにっつったなおめー!今のは聞き捨てなんねぇぞこのイカレチ○ポ○太郎丸!!!」

「お?やるか?ならそのド下ネタ発言もいいことに入れてやってもいいんだぞ?お!?」

 チェリージュースを片手に喧嘩を始めた2人を見ながら、マスターはため息をつく。

「はぁ。聞いちゃいねぇ。」


「うぇー。お腹タプタプ…。」

「馬鹿、飲みすぎだ。後でトイレの大行列が押し寄せてきても知らないぞ。」

 飲みすぎて動けなくなったアイナは、カイの肩を借りて半ば引きずられているような形でパブを出た。

「おいおい、そんなんで大丈夫かよ。」

「大丈夫大丈夫…。明日休みにしてるし…。うっぷ。」

 今にも竜人のように口からブレスを吐きそうな表情で言われても、その信用度は地にめり込みマントルまで突き進むだろう。

「いや休みなのは知ってるけどよ、明日は俺らが頼んでた…。」

「オロロロロロロロロロロロロロロロロロロ」

「イヤアアアアアアアアア!!んもう!!言わんこっちゃないじゃない!!!」

 まだ消化しきれていないのか、アイナの口から流れ出る液体は虹色に光り輝いていた。



   -2-


 窓から入り込む光が、ヴェールのようにアイナの肌を包み込む。絶え間なく降り注ぐ光の粒子が、心地よく背中をなでおろす。外から聞こえるは、小鳥たちの調。聞くものを元気にさせるその朗らかな歌声は、朝の微睡にはちょうどいいバックグラウンドミュージックだ。

\!!!!ピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨ!!!!/

「だーーーー!!!もう!!!うるせぇな此畜生が!!!!!」

 アイナは壁に向かって持っていた枕を投げつけた。

 今日は休みだ、ゆっくりと体を休めたい。そう思っている時に限って早く起きてしまう。爽快に起きれた解放感と、トリ公に叩き起こされた不快感が混じり合い、何ともいえない気分に体が支配される。

 とりあえず、顔を洗ってぼさぼさになった髪を整えなくてはならない。いくらカイの野郎に色気がないと言われていても、最低限に身だしなみはしっかりしておかないと気が済まないのだ。

 地面に散乱している昨日着ていた服を足で蹴り飛ばして電磁石式ドラム洗濯機に放り込む。そのままスイッチを入れ、身支度をしようとした。

「おーい。もう準備できたか?」

「よくあんた女子の家に躊躇なく入れるな。」

 カイが既に身支度を終えて訪ねてきた。目の前のだらしのない恰好で居るアイナに見向きもせずにキッチンからやかんを取り出して水を火にかける。

「あ、わりぃわりぃお邪魔します。今日はあれ(・・)が届いてる日だろ?だから早めに来たんだ。」

「そこんとこしっかりしてるよね…。急いで用意するから待っててな。」


 必要なものをカバンの中に詰め込む。荷支度の時ほど、これからの出来事にワクワするものはない。衣類、武具、戦闘補助品、化粧用具等を順々に押し込んでいく。

 次に、自身の飾りつけだ。今日は戦闘などがないために割かしラフな私服でもいいだろう。服を選び、自身を人形に見立てて下着から順々に身に着けていく。そして、最後にチェックとして姿見鏡でコーディネートを確認する。そして、化粧台に移り、ナチュラルに仕上がるように顔に軽くクリームとファンデーションを乗せる。仕上げに薄く目と唇を飾って終わりだ。

 アイナはふと置かれている写真を眺める。少女2人と少年が笑顔で写っている写真だ。

「やっと。やっとだよ。待っててね。」

 アイナの目が覚悟の赤に染まる。


「お待たせ相棒。さぁ旅に…。えっめっちゃスッキリしてんだけどナニコレ。」

「暇だったから部屋掃除しておいた。足の踏み場がないのはさすがにやばいぞ。」

 どこまでこいつは見てしまったのか。最近誤記ちゃんとお友達になったばかりだというのに、まるで高級リゾートホテルの一室のように綺麗になっていた。

「余計なことしてんじゃねぇよ!!!あれはあれで居心地がいいんだぞ!!!」

「うるせぇ!!!キノコが生えてそうな部屋よか断然こっちの方がいいわボ…イヤアアアアアアア!虫!!」

 天井からカイの肩に虫が落ちた。そう。住処を奪われた復讐をしたのだろう。アイナにはわかる。

「あ、ゴキ丸じゃん。ちーっす。」

 そう言うと、ゴキ丸と呼ばれた茶色い虫はアイナに向けて前足で挨拶した。

「なに仲良くなってんのよ!!!早く、とって頂戴!!!」

「は?あたしの相棒を邪険にすんじゃねぇ。こいつめっちゃお利口だかんな。危害なんて加えねぇよ。」

 ゴキ丸≧カイの方程式が成り立っているアイナの合図でゴキ丸はアイナの手の甲に飛び移った。

 この世界では、普通に人語を理解する昆虫も多く存在しており、ゴキ丸と名付けられたハガネタマゴギブリもその一種である

「バカ!!アイナのバカ!!!早く店に行くわよ!!!」

「ゴキ丸も来る?」

「やめなさい!!!!」

 そして、2人と1匹は目的地まで旅立った。


 ここは、竜人の国ドラキエル。その名の通り、爬虫類の遺伝子を持った人類"竜人(ドラグナー)"と純粋な人類である"真人(ヒューマン)"が共存している国だ。"竜車"はこの地域周辺では1家に1台が必須とも言えるほどのメジャーな移動手段で、4足歩行の竜を荷台と繋いで手綱で操作する。

 ちなみにアイナは真人、カイは竜人だ。竜人の特徴としてはやはり外見だろう。遺伝子が強いほど、額から延びる角、肩甲骨から生える見事な翼、強靭な尻尾が顕著になる。他にも脱皮や変温体質であることなどの特徴があげられるが、大した問題ではないので説明は省く。


「いらっしゃいませ。って、カイさんじゃないですか。それにアイナさんも。お待ちしておりました。」

 行きつけの武器屋に向かうと、いつもの店員が出迎えてくれた。

「わりぃな。アイナが準備に手間取ってて、遅れちまった。」

「反省はしてない!!!!」

「しろよ。」

「いえいえ、いつものことですから。もう慣れてますよ。」

 繁華街から少し外れたところにあるからか、店員も丁寧に対応してくれる。それに、腕もかなり一級品だ。下手な動きをしても刃こぼれ一つもせずに敵を叩き切る事が出来る。

「注文していたものが出来たって手紙をもらっているんだけど。」

「あっはい。できております。少し作りが特殊なために時間がかかりましたが、細部までこだわって製作いたしましたので品質には問題ないかと思います。少々お待ちくださいね。」

 そして、店員はカウンターの奥へと消えていった。


「お待たせしました。こちらが依頼品でございます。」

「おおー!!すっげー!!」

「改めて見ると、今まで必死に稼いでいた甲斐があるってもんだなぁ。」

 2人の前に置かれていたものは、貴重な魔獣の素材や鉱石で精巧に作り上げられた楽器を模した武器の一式だった。強靭な6本均等な感覚で張られた大斧や、88の歯のような形をしたものが並べられてある大剣など、計7つの武器が目の前に並べられる。

「配達サービスはいかがなさいますか?配送先住所を記載していただければ、そちらにお運びいたしますが。」

「あ、それは大丈夫です。外に竜車がありますんで、荷台に置きます。」

「あたし、ピー助に運んでるね!!!」

 ピー助とは、カイの竜車の竜の名前である。比較的温厚な性格をしており、乗り心地も抜群のいい個体だ。

「かしこまりました。あの、個人的にお聞きしてもいいでしょうか?」

「おう。」

「この形に、何か意味があるんでしょうか?」

「気になるか?」

 カイがにやりと笑う。

「なにやら決まった音が鳴るように設計されていますね。」

「この武器は、魔法の武器なんだよ。」

「魔法…。ですか。」

「ああ。俺らもあんまり詳しくは知らないんだが、前遺跡を探索した時に古文書を見つけてな。それで解析した結果が今この手に持ってる"ギター"ってやつらしいんだ。」

「へぇ。太古の武器ですか。それは興味深いですね。」

「それでよ、俺らもやってみようと思ってよ。」

「新しい戦闘スタイルを始めるってことですか?」

「ああ。そうだ。世界に名をとどろかせてやるんだ。」

「なるほど。それならば、私めも陰で応援しておきますね。」


 そう。この世界では既に"音楽"が絶滅していた。


「ピーちゃんに全部入れたぞ!!もう準備オッケーだ!!」

アイナ(あのあほ)が呼んでるな。じゃ、行ってくる。」

「またのお越しをお待ちしております。」

 カイは店を後にする。



   -3-


 竜車に戻ると、アイナがゴキ丸と戯れていた。

「結局ついてくるんかいっ!!!!」

「ベストフレンドを置いていけるわけねェだろ!?」

 この言い争いもいつものことだろうか、竜車につながれた竜は静かにため息をつく。

「で、これからの旅についてなんだが、再確認をしておこう。」

 竜車の中で、机を基点としてアイナとカイは対面する

「まずは、この用意した武器を扱ってくれる人を探す。」

「ああ。古文書によるとたぶんそれは"バンドメンバー"ってやつだな。」

「そうね。あと欲しいメンバーは全員違った人種で、男の"ボーカル"、"ギター"、"キーボード"、"ドラム"、"サックス"かな。」

 アイナはギターボーカル、カイはベースだということは既に計画段階で決まっていた。

「ま、そんな感じでいいだろう。でだ、仲間を集めるための移動ルート候補をいくつか考えてきた。」

 カイは地図を広げる。

「まずは、東に位置するこのドラキエルの北に位置する鳥人(ハーピィ)植物人(エルフ)の国"サザンクロス"から時計回りに巡るルート。」

「サザンクロスかー。かなりお堅い人が多いってイメージあるなぁ。」

「次に、南に位置する獣人(ビースト)魚人(マーマン)の国"ニライカナイ"から反時計回りに巡っていくルート。」

「ニライカナイかー。めっちゃテキトーな人が多いってイメージだなぁ。」

「んで、最後。西に位置する両生人(スラッグ)の国"黄泉"から攻略していって、サザンクロス、ニライカナイと楽に集めれそうな国を後回しにするルート。」

「黄泉かー。あいつら意味不明な奴ら多いもんなー。」

 沈黙が辺りを包んだ。

「文句しかねーじゃねーかバカヤロウ!!!!」

「うるせぇ!!!今迷ってるから黙っとけ!!!!」

 ゴキ丸は部屋を出る前に少しだけ落ち葉のコップで拝借した紅茶を味わいながら、与えられたスコーンを少しだけかじる。紅茶の渋みとスコーンの乾いた甘さが調和して、至福のひと時がゴキ丸の心に被さった。

「めんどい!!!ニライカナイから行こう!!!」

「そうだね!!宿題いつも後回しにするアイナだからこその選択だよ!!最初からそれを言え!!!」


「よし、じゃあ出発しよう。」

 不安しか残らないメンバー集めの旅が、今まさに始まろうとしていた。

「私たちは、世界に音楽を復活させる!!!」



【2.混沌の風】


   -1-

 

 ドトンドトン。ドトンドトン。

 竜車は一定のリズムに乗って目的地まで向かっている。竜車のスピードは時速150キロ。このままいけばあと5日くらいで到着するだろう。

 竜車の中では2人が必死になって楽器を練習していた。

 音楽がないこの世界では2人の手元にある古文書が唯一の参考書である為、当然手探りで実施する箇所が多くなる。ただでさえ"奏でる"と言う動作を知らない2人は、持ち方、弾き方の基本動作から悪戦苦闘していたのだ。

 ようやく正解にたどりつき、練習に励む。

「これを、こうやって引けばいいのか?」

 カイは左手で弦を抑え、右手で抑えた弦をはじいた。すると、低く体の芯まで響く重低音が周囲に鳴り響く。

「うおっ、結構低い音が出んだな。」

「え?でも結構いい音だと思うんだけど。」

 音そのものを聞くことは初めてだったカイとアイナは、はたしてこの音で本当にいいのかという疑問が浮かび上がる。だが、下手に散策してもきっと答えは出ないだろうと結論づける。

 対して、アイナはと言うと。

「うぎゃっ!!ピックがどっかに跳ねとんだ!!!」

 大して成長を見せていなかった。"ピック"という小さい三角の爪を力強く握りすぎると弦と喧嘩してしまい、弱すぎると手から外れて落としてしまう。普段力の調節を体幹や体の撓りで調節している彼女にとっては、普段使っていない筋肉を動かしている感覚と似たようなものを感じていた。

「あー!もう!イライラする。」

「お前、そういやボーカルもやるんだろ。」

 見かねたカイが、なだめるように声を飛ばす。

「ん?ああ。そうね。」

「気分転換にボーカルの練習をやってみたらどうだ?」

「ナイスアイディア。カイ。お前って奴は天才か。」

 単純な構造であるアイナの脳みそにはその考えは範疇になかったようで、まるで砂からゴカイが這い出てきた瞬間を見つけた海鳥のような顔をしてカイの方を向いた。

「普通そう考えるだろ!?ドンぐらい練習やってると思ってんだ!?」

「え?3分くらい?」

「3時間だバカ!!」

 カイの意見によりアイナはボーカルの練習に入ることにした。

「その、"歌"ってやつは、基本的に作った文章に違った音程をいい感じに変えて声に出すんだろ?」

「だと思う。だが、他の楽器と一緒にやるとなると、拡声器があったとしても先導して一番に声を張り上げないと様になんねぇと思うぞ?。なんせ、歌は一番目立つ"主役"になる機会が多い。」

「"主役"か…。」

 リィンはふと考える。確かに人並みよりは容姿に自信はあるが、人を魅了できるような色気はない上に歌なんて初めて歌う。それに、"主役"と言う言葉が少し引っかかっる。果たして主役と言う位置に自信が立つことができるのか。

「ちょっと、歌ってヤツを声に出していいかな。」

「おう。やってみろ。」

 足音しか聞こえにない静寂な荒野の大地。夕日が橙色に光る様子を背景に、大きくその焼けるような空気を肺に取り込む。

 そして、自身の声帯に吹き付け、共鳴させる。


 どれくらいの |時間≪とき≫が経っただろう。

 君が旅立って いろんなことを学んだよ。

 随分と待たせたね 元気にしていたかい?

 今から君に 会いに行くよ。

 七色に 光り輝く 虹の橋を 架けて。

 今から声を 届けに行くよ。

 七つの 思いが募る 虹の橋を 伝って。


「…。」

「どう…だった?」

 照れくさそう笑うアイナに、カイは言葉を失った。ふと腕を見ると、鳥人でもないのに鳥肌が立ってる。

「あらやだ。あんた、こんなに綺麗な声してたの?」

「え?」

 アイナがカイの方を見ると呆然とこちらを見ているカイと、ぴょんぴょん飛び跳ねて嬉しそうなゴキ丸、後ろを見ると見惚れて首をこちらに向け走っているピー助がいた。

 アイナの、新たな才能が見つかったのである。

 声量は普段から腹筋を鍛えているため、拡声器無しでも十分に楽器に張り合える大きさ。曲調やリズム

「やべ、取り乱した。ド下手なのを期待してたのによ。いきなりこんな綺麗な声出されるとパニックになっちまうよ。」

「やだなぁ。普段そんなこと言われないもんだから、照れるよ。」

 すると、カイは真剣なまなざしでアイナを見つめる。

「アイナ。」

「えっ、なっ、何?」

 戸惑うアイナを他所に、更にカイは言葉を続ける。

「お前たぶん歌の練習はしなくていいわ。それに張り合えるレベルのギターを弾けるようにしないと、せっかくの歌の才能が腐るぞ。」

「えっ、あっそんなに?わかった。何すればいい?」


 ニライカナイに着くまでの5日間、2人は練習に徹した。初日こそ手探り状態だったためか上達は見せなかったが、ある程度コツを掴むと流石一流ハンターと言ったところか、2人は見る見るうちにじいつりょくを伸ばしていった。

「ギャー!!!!またピックがどっかいった!!!」

 わけでもなく、アイナは平行線を突っ走っていた。

「お前、音楽というジャンルにおいて歌以外の才能が壊滅的に無い気がする。うん。その業界を知らなくてもわかるわ。」

 対するカイは、1曲をミスなく通しで弾けるようにまで上達した。初日のぎこちなさはすっかりと無くなり、すらすらと指や腕を動かせるようにまで上達した。

「なー、ゴキ丸ー。私って才能ないのかなー。」

 落としたピックを持ってきてくれたゴキ丸が秒速で頷くのを見て、アイナは珍しく落ち込んだ。

「アイナ、ギターは諦めたほうがいいんじゃないか?気持ちはわかるけど。」

「や!だ!」

 点滴を目の前にして威嚇を始めるフグのように頬を膨らますアイナを見て、カイはため息をついた。

 確かに、アイナはピックを持つ左手の力加減さえ何とかなればいい線はいっているはずなのだ。だが、どうしてもその力加減が何とかならない。

 そこで、カイはアイナに提案をする。

「ちょっとセッションでもしてみるか?」

「セッションって、お互いの演奏を合わせるってやつ?こんな状態なのにできるわけないでしょ。」

「いいからいいから。」

 嫌そうな顔をするアイナをなだめ、カイは楽器を持ち直した。アイナは唸りながらも、同じようにギータを持ち直す。

「「せーのっ」」

 ギターとベースを一緒に鳴らす。すると、ベースの音階とリズムが参考になったのか、音の強弱こそできていないがピックを落とすことなく少し引くことができるようになった。

 目を丸くして驚いているアイナに、カイは笑いながら話しかける。

「おまえさ、一人で抱え込む癖があるからよ。もしかしたらと思ってやってみたら、やっぱそうだったわ。」

「なんか、むかつく。」

 カイは、ドラキエルでは後輩に武術のアドバイスをするほど、観察能力に長けている。実際にハンター養成所から教官としてのスカウトが来たことだってある。

「でも感覚つかめたろ?」

「すこしね。でも、まだ練習しないとだめかも。」

「だな。俺もまだこんなもんじゃだめだ。所々まだ雑なところがある。お互いに、1個ずつ地道に直していこう。時間はまだある。」

「りょうのかいでござる。よっしゃ、弾いてくぞ。」

 夕日が放つ柑子の光を背に、思うがままに2人は奏でる。



   -2-


「おや?君たちは…。」

「よっす!久しぶり!!」

 門番に引き留められると、2人はつけていた防塵ゴーグルを外して挨拶をした。

「やや、これは"双竜"のお2方!いつぞやはお世話になりました!」

「いやいや、もうお例はたくさんもらったから、そんなに堅苦しくしないでくれよ。」

 以前、依頼によりこの地区周辺に襲来した魔物の群生を二人で掃討したことがある。それもあってか、ニライカナイからは二人とも信頼されているのだ。"双竜"とは、ドラキエルから来た救世主という意味が込められているらしい。

「どうぞどうぞ、お入りください。あなた達ならいつでも歓迎です。」

「顔パスっつーのは、いつ来ても気持ちいいねぇ~。お邪魔しまぁっゲホォ!おえっ!咽た。」

「ニライカナイか。懐かしい。」

 二人は、ニライカナイに到着した。


 ニライカナイ。

 霊長類を除く哺乳類の遺伝子を持つ人類"獣人"と、魚介類の遺伝子を持つ人類"魚人"が統治する国家だ。国民全体が本能のままに生きている傾向にあり、喧嘩っ早くすぐに乱闘騒ぎになるところを見ると、治安はそれほど良くない。しかし、義理と人情、そして友情を大切にしており、比較的居心地がいいという所もあり、各国からの印象も悪くはない。そして、アイナが最初に選んだのも、真人と竜人とは仲がいいことが理由の一つとしてあげられる。

「さてと、ここでメンバーを探すとなると。まず行くべきところは…。」

 竜車を引きながら考え込むカイに、アイナは提案を1つ掲げる。

「ま、まずは宿取りでしょ。拠点がないと動きづらいし。」

「そうだな。じゃあまずは首都に向かおう。」 

 そう言ってカイが手綱に手をかけようとした瞬間だった。

「君たち、首都に行くの?」

 振り返ると、露店にてアクセサリをならべならべていた獣人の青年がこちらを見ていた。特徴的である獣の耳と尻尾からして、彼は猫の獣人だろう。彼の撃っている商品には少しばかり人だかりができていた。

「はい。そうですけど、どうかしましたか?」

「今さ、首都は結構ごたごたしてるからあんま行かないほうがいいよ。」

「え?それってどういうこと?」

 竜車の中からアイナが顔を出す。

 青年は買い物客のお勘定を済ませ、再度こちらに顔を向ける。

「いやね、郊外の離れ島で伝染病が流行っててね、その患者さんたちが首都の病院に搬送されているんだ。」

「伝染病か…。ちなみに、病名とかは分かったりはしないですか?」

「魚人特有のカラムナリス病さ。君たちは見たところ竜人と真人だろうから、移ることはないと思うけど、宿を探しているなら他を回った方がいいかも。」

「なるほど。情報提供ありがとう。」

「いやいや、お礼なんていらない。代わりにうちの商品を買っていかないかい?」

 なるほど。大した押し売りだ。おそらく商店の賑わいからして、彼が提供した情報はデタラメではないだろう。デタラメなどを言っていて位は商売の信用にもつながる。

「アイナ、欲しいもんはないか?」

「えっ!いいの?」

「まいどありー!!」


「で、どうする?」

 赤い首飾りを架けたアイナは、ご機嫌そうにカイに尋ねた。

「そりゃあ首都に行くだろ。」

「違う違う。そういうことじゃなくって、首都に行ってからの行動のことだよ。」

 ドラキエルのハンターたちは、損得で動かずに困った人たちの助けとなることが教訓となっている。そのため、二人の行き先が変わることがなかった。カイは手綱を引き竜車を動かす。

「そうだな。とりあえず片っ端からその伝染病について聞いてみるのも手だな。」

「だね。で、その間にもメンバーになってくれる人を探そう。」

「ま、それは事の次いで程度に考えとけばいいだろ。困った人たちをそっちのけで人探しをしてちゃ、ドラキエルの名に泥を塗っちまう。」

「そっか。焦る必要はないもんね。大事なことを見失いそうになったよ。」

 ゴキ丸を撫でながらアイナはギターの弦を調節していた。移動中、カイに手綱を任せている間は、楽器を劣化させないようにメンテナンスをすることに決めている。ドラキエルからの移動中についてしまった砂ぼこりを発見しては、傷つけないように拭く。この細かい作業は、武器のメンテナンスと大して変わらなかったために手先の不器用なアイナでもすんなりできた。

「しかし、首都にまで患者が来ているってことは、結構な大事なのかもな。」

「うん。多分こっちのハンターたちも動いてるかもね。」

「だといいんだけどな…。」

 そう。ドラキエルのハンターたちと違って、ニライカナイのハンターは自身の損得でしかものを考えない奴らが多い。それに、今回は魚人だ。魚人のハンターたちは特にその傾向は強く、駆け付けている可能性はほぼないに等しいだろう。

「あ、ユタの街が見えてきたよ。」

 国境を旅してきた彼女らにとっては、かなり短く感じた。ニライカナイの首都であるユタには何度か来たことがある。

 足を踏み入れようとしたところで治安部隊らしき犬の獣人が二人を止めた。

「止まれ。今このユタには厳重警戒が張られている。」

「ま、そうだろうねぇ。」

 予想していたかのようにアイナは腕を後ろに組む。

「俺たちは、ドラキエルのハンターだ。伝染病の話を耳にしてな。何か力になれることはないかと立ち寄ってみたんだが…。」

 二人はハンターの紋章を獣人に見せる。

「む、他国のハンターか…。人手不足とはいえ、うちの国の問題を他国の者に手伝わせるわけには…。」

「固いこと言うんじゃないよー。無償でいいからさ。」

「どうしたものか…。」

 悩む獣人に、二人も手こずっていると、奥から人影がこちらに寄って来るのが見えた。

「ドーベル。どうしたんだ?」

 真人の耳にあたる部分に(ひれ)があり、くわえて腕にも美しい彩色の長い鰭があった。ドっからどう見ても魚人だ。感染防止の為か、(えら)があるであろう首筋の部分に布が当てられ、ガスマスクをしている。

「リヴィア様。こちらの他国ハンターの二方が手を貸したいとのことで、今少々取り込んでおりました。」

「ん?リヴィア?」


 アイナには聞き覚えのある単語だった。それに、よく見るとこの鰭は見覚えのある色をしている。

「おお!アイナ!カイ!他国ハンターって君たちのことか!!」

「リヴィア様。お知合いですか?」

 ドーベルはリヴィアに聞き直すと、嬉しそうにそのガスマスクを外しその顔を見せる。

「あっ、今マスクを外されては…!!」

「少しの間なら大丈夫さ。魚人だってそんな軟じゃないよ。」

 白い紙、黄色い切れ長の瞳。間違いない。アイナたちの知っているリヴィアだ。

「久しぶりだなリヴィア。」

「うん。魔獣討伐の時は世話になったよ。君たちのお陰でかなり楽になった。」

「ああ、この人たちだったんですね。リヴィア様が恩人って言っていた人。イデッ!!」

 ドーベルに拳骨を繰り出し、リヴィアは再度ガスマスクをつける。

「で、このあんぽんたんから聞いたけど、また手を貸してくれるの?」

「ああ。ちょっとこっちも首都でやりたいことがあったからな。そのついでだ。」

「やりたいこと?」

「手伝った後に話すね。」

「??そう。じゃ、こっちに来てくれる?」

 リヴィアが二人に背を向ける。すると、彼女が身に着けていた服にはかなり痛々しい汚れがこびりついていた。

「リヴィア。その汚れって…。」

「?ああ。これか。これは治療してた時に着いた患者のものかな。」

「そんなすごいの?カラなんたら病って。」

「カラムナリス病ね。数日間で体が腐っちゃうんだ。魚だとほぼ死亡確定で、魚人でもかなりの死亡率。今これが流行っちゃってやばいんだ。」

「え、お前それここにいて大丈夫かよ。何なら俺らが代わりに…。」

「あぁ、それは大丈夫。カラムナリス病は、淡水の奴らしかかからない病気だからね。それに、念のため抗体を体にぶち込んで、感染経路をほとんど塞いでるから。ま、海水の内らもかかっちゃっう時はかかっちゃっうけど。」

「よくあんたそれでこの依頼受けたな。なに?報酬?」

「当たり前でしょ。うちら魚人が引き受けるとリスクを負う代わりにかなりもらえるからね。それで結構魚人は参加してると思うよ。何人かそれでもうかかって死んじゃってるけど。」

「そうか。で、ドーペルだっけ?お前が参加している理由は?」

「僕は、この国直属の近衛兵だからですよ。獣人ハンター達は割とこういう病気系とかは苦しむ姿を見たくないって奴が多くて、いくら獣人と魚人が仲が良くても進んで引き受ける人はなかなかいませんよ。」

「なるほどね。ま、じゃ無駄話はここまでにして、早く向かいましょ。案内頼める?リヴィア。」

「ほいさ。」

 三人は、都心部に進んでいった。



   -3-


 都市の中心街に進むと、まさに地獄ともいえる光景が広がっていた。

 鰭や鰓、肌が腐り、あまりの痛さに患者たちが呻吟し、医療物資や人手の不足に対する救済の叫び。そして肉が腐ることにより発生する腐敗臭と傷にできる化膿の独特な香りが混じり合い、空気が淀む。想像していた物よりも重い事態になっていたことから、アイナの全身に衝撃が駆け巡る。

「さてと、二人にはどう動いてもらおうかこれから司令官たちに聞いてくるから、その間はここ周辺の介抱の手伝いをしてあげて。」

「了解。おい、アイナ。とりあえず分かれて行動するぞ。」

「うん。じゃ、また後で。」

 カイはそのまま走ってどこかに行ってしまった。アイナもここで突っ立っているわけにはいかないと思い、とりあえずは近くで担架を運んでいる近衛兵に並走して話しかける。

「あの、手伝いに来ました。何かできることはありませんか?」

「お、ちょうどいいところに。あそこの患者を病棟に運んでくれ。」

 差された方向に顔を向けると、地面に横たわっている魚人の女性がいた。近くには獣人の男性が1人横で必死に肩を掴んで持ち上げようとしている。彼は体格からして一般人だろうか、あのような持ち上げ方ではとてもじゃないけど一人では難しそうだ。

「あの、手伝います。」

「えっ、あっ、ありがとう。」

 なんとも弱弱しい返事だ。その毛並みと耳から、彼はおそらく狐の獣人だ。

「君、この子はあたし一人で十分だから、他のところを手伝いに行ってて!」

「あっ、そっ、それは…その。」

 なんともイラつかせるいい方だ。アイナの一番苦手なタイプである引っ込み思案で臆病な男だ。ただそれだけで少し口調が荒々しくなってしまう。

「何?言いたいことがあるならはっきり言え!!」

「ひっ!!!そっ、その…。こっ、この子…。」

「あー!もう!じれったい!!何!!!」

「僕の…。大切な人なんです…。」

 リア充よ。この世から爆発してしまえ。

「バカじゃないの!?じゃあとっとと二人で急いで運ぶよ!!!!」

「はっはいい!!!」


 彼女を病室に運んだあとも、アイナは忙しなく病人を次々と運んだ。元から鍛えているため疲れは無いに等しかったが、やはり人が苦しんでいる姿を見るのは結構心に疲労を蓄積する。ちょうど10人の患者を運び終わった後、アイナは一息ついていた。

 そして、以外にも連れてきたゴキ丸が役に立っていた。外注と間違えられないように腹にリボンを巻き、せっせと患部に薬が塗られた湿布を貼っている。

 アイナはまるで自慢の息子を見るようにゴキ丸を見たあと、別の方に目を運ぶ。

 最初に助けた女性の手を心配そうに握るあの青年だ。女性は、苦しそうな表情をしながら目を閉じている。どうやら、眠っているようだ。

「あんた、まだそうしてるつもり?」

 しびれを切らしたアイナが少年に問いかける。

「…。だって、こんな僕にできることなんてこれくらいしかないでしょう。」

 でた。可能性をまず全否定するネガティブ極まりない発言。

「名前は?」

「…。僕のことですか?」

 他に誰がいるってんだ。アイナは何も言わずに青年を睨め付ける。

「僕は、シルバーフォックスの獣人のブランです。」

「ブラン。あんたさ。」

 アイナは、ブランに近づいて胸ぐらをつかんだ。

「どうして、出来ることはこれだけなんて言ったの?」

「だ、だって本当のことじゃないですか!」

「あたしさ、そう言ってできないことを決めつけてすぐに諦めることが大っ嫌いなの!!!」

「っ…!」

 病室中にアイナの怒号が鳴り響く。

「この部屋にいる患者たちも、生きることを諦めないで必死に頑張ってるのよ!?あなた、それを見てなんとも思わないの!?」

「だって。どうしようもないじゃないですか!抗生物質だって、消毒薬だって、患部を覆う包帯だって今は手に入らない。物資を運ぶ人や助けるハンターだっていやしない!」

「それで諦めるの?違うでしょ!!行き止まりになったら他の道を探す。それと一緒でしょ!!何か他にできることを一生懸命考えるの!!なんでそれができないの!!」

「…!」


「おうおう、随分と激しいナンパをしているじゃないの。」

「あはは…。相変わらずだね。アイナ。」

「カイ、リヴィア。」

 病室の前に立っていたのは、カイとリヴィアだった。

「いや、なんだ。俺らのやることが決まったから、探してたんだ。」

「アイナ、すごいね。ちょっとの間でこれだけ搬送してきたの?」

「ああ、こいつ脳筋ゴリラだからな。これくらい造作もなゴフゥ!!!」

 カイの脇腹にアイナの拳が見事に突き刺さる。

「で、リヴィア。私たちの仕事って何?」

「貴女の相棒、大丈夫?壁突き抜け照ったけど…。」

「大丈夫大丈夫!とりあえずゆっくり話せるところに移動しよう。ゴキ丸ー。ちょっとお留守番お願い。」

 談笑しながら外へ出ていく2人を、ブランは黙って眺めていた。

「イテテ…。容赦ねーな…。ってもういないじゃないの!!もう!!」

 がれきの中からカイが出てくると、ブランと目が合う。

「ん?どうした少年。って言っても、俺らと同じくらいか。」

「1つ、質問していいでしょうか。」

「おう。何でも来い。」

「彼女を、僕が救うことは出来ますか?」

「彼女…?ああ、あの子か?」

 カイは横たわる魚人の女性を眺めると、少し考えた後口を開いた。

「運命ってのは、たまにどうやっても残酷なことがある。」

「…でもっ!!」

「ただ、時に奇跡を起こしたりもするもんだ。」

 何かを言おうとしたブランの声を遮り、カイは話を続ける。

「じゃあどうやってその奇跡を起こす?」

「えっと、それは…。」

「それは、君自身はもう知ってるんじゃないか?」

 そう言い残すと、カイは二人のに向かっていった。

「僕に、出来ること。」

 ブランは、そっと目を閉じる。



   -4-


「さてと、二人には薬の材料をとってきてもらうわ。」

 落ち着いた場所に移ったあと、リヴィアは説明を始めた。

「場所は、被害が起きているノロ島の山頂。」

「被害が起きている場所に?」

「ええ。ただ、行く道が結構険しくてね。経験を積んだハンターじゃないとあそこは入れないんだ。」

「じゃあ俺たちに適任ってわけだな。」

「何か準備しておいた方がいいものってある?」

「うーん、そこがあんまりわからないのよね。濡れてもいい服装の方がいいかな。」

「えっ、川とか渡るわけ?」

 アイナが目をキラキラさせながら身を乗り出す。

「まぁ、そうね。なんでそんなにアイナは嬉しそうで、カイはめんどくさそうな顔をしているの?」

「おい、まさかやれってことじゃねぇだろうな?」

「カイ様。あなたは竜人であるのにもかかわらず、翼をお持ちではありませんね?」

「ぐっ…。」

「なるほど。」

 すべてを察したリヴィアは、気の毒な目線でうなだれるカイを見た。

「それで、その材料って何?」

「これよ。この魔獣の肝臓をとってきて。」

「うおっ、結構グロテスクだな。」


 紫色の爛れた皮、何か噴き出してきそうな不気味な孔。いかにもと言う感じの毒々しい生き物だった。

「実は、この生き物が今回の騒ぎの張本人らしくてね。この子の肝臓がその毒を中和するような働きを見せているということがさっき上層部から情報提供されたの。名前は、カトブレパス。」

「カトブレパス?目を合わせると死ぬって言われてる魔獣か。」

「なるほどね。じゃ、カイ。ちゃっちゃと済ませるわよ。」

「おまえ、気楽でいいな。下手すると死ぬぞ?」

「大丈夫大丈夫。私は死なないから。」

「はぁ、アイナ、お前って奴は…。」

 二人は軽快に海へと向かっていった。

「さてと。私も作業に戻りますか。」

 リヴィアは、静かに席を立つ。



【3.選択】


   -1-


 水平線の向こうまで見渡すことが出来そうなほどに住んだ空気。砂と海水がぶつかり合い心地いい音を耳に運んでくれる波風。光を反射しまるで宝石のようにキラキラと光るユタの海岸は、これからの冒険により気合を入れてくれる。そんな感じがした。

「なんか、メンバー集めなんかできそうにないな。」

 カイは諦め気味にアイナに諭す。

「そう?何人か誘えそうな人は居そうだったよ?」

「マジ?」

「ほら、リヴィアちゃんなんか適任じゃない?あとは、ドーベル君とか。」

「ああ、確かに。でもリヴィアならまだしもドーベルさんはは無理だろ。彼は国の基で働いてるし。」

「そっか。まぁでもダメもとで誘ってみよう。」

 そして、アイナは靴を脱いで素足になる。腰のベルトに靴を括りつけ、カイを見る。

「ほら、カイ。行くよ。」

「へいへい。」

 カイは、海に腰が漬かる程度の深さまで入り、目を閉じる。

 力を籠めると、カイの身体はみるみるうちに変形していく。筋繊維はまるで糸がほつれるように解け、再度縫い合わされる。そして、急速に骨は変形し伸ばされ、その体は巨大な蛇のように変化した。

 そう。カイは、海に潜む巨大な竜、リヴァイアサンの竜人なのだ。

 リヴァイアサンとなったカイにアイナはまたがり、目的の島を指さす。

「見せようじゃないか。竜の滝登りを。」

「川も行かせる気満々だなお前!?」

「ほら、さっさと動く♪」

 ドラキエルのハンターの傾向としてお互いの欠点を補えることができるという理由から、力では劣るが小回りと瞬時の判断能に長ける真人と圧倒的な力と竜に変化できる能力を持つ竜人でペアを組むことが多い。

 素足を撫でるように流れていく海水の感覚を気持ちよさそうに感じながら、カイの背中に生える固い背鱗にしっかりと掴まる。気分は航海士だ。

「ひゃっほー!進め進めー!!」

「あんまり調子に乗ってるとそのまま潜んぞ!!」

 やはり海流だけあって泳ぐスピードはかなり速い。しっかりと掴まっていないと振り落とされるのは確実な状況で、カイが潜ってしまうとそのまま海の藻屑となってしまう未来が明確に見えてくる。

「またまたー。こんな美少女を背中に乗せてる状況。あんたも少し楽しんでるくせにぃ!」

「本物の美少女は自分のことを美少女なんて言わねぇよ!!!」

 くだらない会話をしているとあっという間に目的地となる海に到着する。河口も、外周を見て回ると一瞬で見つけることができた。

 川は、必ず上から下に流れてくる。この川を辿れば、完全に山頂につくとは言い切れないが、かなりのショートカットとなるだろう。

「ギリギリ、いけそう?」

「んー、すこし人間に戻すわ。ま、でもいける。少し掴まってろ。」


 山の頂上までは難なく進むことができた。川を上る途中に何回か魔物の襲撃はあったが、18にしてかなりの実力を持つ2人にとっては雑魚も同然。いとも簡単に蹴散らしていった。

「あー、人間に戻るとやっぱりしっくりくるな。」

「戻るときも、またよろしく!」

「ったく…。わーったよ。」

 しぶしぶ頷くカイをよそに、アイナは周囲を見渡す。身を隠せそうな大木等は無く、森としては比較的見晴らしのいい場所だ。何か標的の痕跡などはないかと探してはみるものの、それらしきものを発見することはできなかった。

「本当にここ?」

「ああ、確かにそのはずだが…。」

 カイはアイナの方に振り返った。

 だが、アイナのいる場所の光景を見た瞬間、カイの表情は変わった。

「伏せろ!!!」

「!!」

 とっさにカイはアイナに向けて自分の持つ槍をぶん投げた。アイナがそれを紙一重で避ける。すると、槍はアイナの背後に立つ何者かに当たった。

「ふんぬ!!!」

 屈んだアイナはそのまま太刀を抜き、居合斬りの要領で背後に回転しながら斬りかかった。斬線は見事に当たり、そのまま何かが後ずさる。


「なるほどね。これは一筋縄ではいかなそうだ。」

「ああ。完全にこっちの攻撃の衝撃を逃がしてやがる。」

 アイナの後ろにいたのは、今回の標的である紫色の巨獣カトブレパスだった。カイの槍とアイナの太刀による一撃は、カトブレパスの厚い皮膚によって弾かれ全く効いていない。

「さて、どうする?」

「固いんなら…。」

 ふー。吐息を吐くアイナ。そして、巨獣と対峙して笑顔でカイに言い放つ。

「より力を入れてぶっ倒すだけだよ!この新しい武器でね!!」



   -2-


「ここ辺りか…。」

 ブランは、都市経営の図書館に来ていた。何かこの伝染病についてわかるようなものはないかと探していたのだ。しかし、その病気に関しての医学書はもう全て医療機関などに貸し出されており、見つけることは出来なかった。

 しかし、ブランにはもう一つの手がある。実を言うと、アイナという乱暴女とカイと言う頼りになりそうな男の後をつけ、その依頼内容を盗み聞きしていたのである。獣人は、気配を消すことや視力、嗅覚、聴覚に長けている種族だ。3人に気付かれることなく情報を盗むことなど容易い。

「あった。」

 そしてついに探していた本を見つけることができた。あのリヴィアが言っていた紫色の怪物の生態について記載された学術論文だ。

「カトブレパス。」

 そこにはカトブレパスについての生態が事細かに記載されていた。確かに、カトブレパスは様々な毒を吐く魔獣であることが記載されていた。これは今回の伝染病と関連しているとみていいだろう。そして、カトブレパスについての先頭データの項目に移る。

 カトブレパス。それは常に俯いている者。重く硬い体表に覆われ、生半可な一撃では傷一つでさえ付けることは出来ないだろう。そして、彼らとは決して目を合わせてはならない。なぜなら彼らの眼には邪視が宿り、目を合わせたものはたちまち毒に蝕まれて死に至るだろう。

 3人が言っていた通りの記述だ。ブランの思い違いだったのだろうか。

 さらに深く読み進める。

 そして、運よく倒したとしてもまだ油断はできない。その内臓はたちまちに腐り、発生したガスと彼らの持つ毒が反応し大爆発を起こす。なので、十分に対策が必要だ。

 その特性を持つカトブレパスを利用し、様々な犯罪組織に利用されることが多い。なので、カトブレパスを見かけたときは近隣のハンターや王国直属の部隊に連絡を入れること。

 ブランの疑いが確信に変わった。

 患者たちから放たれる腐臭により最初の内は分からなかったが、休憩室にいると、魚人であるのは間違いはないが明らかに匂いが違った(・・・・・・)のだ。魚が放つものではなく、もっと別の匂い。


 見た目こそさほど変わりはしないが、ブランにはリヴィアに擬態した(・・・・・・・・・)別の魚人(・・・・)であるようにしか思えなかったのだ。


「これは…。まずい…!!!」

 ブランは、港へと駆け出した。



   -3-


「うおっ!!!」

 カトブレパスが頭を振り回し地面に叩きつけると、軽い地割れを起こした。

「どんだけ重いのよ…。」

 2人は、意外にもしぶといカトブレパスに嫌気がさしていた。動きこそノロいが、目を合わせてしまうとこちらの命が危ない。それに加え重い頭を振り回して応戦しているため、近づくタイミングがとりづらく、なかなかダメージを与えることができずにいた。

「このままじゃ埒が明かない。カイ。力をためるからちょっと足止めお願いしてもいい?」

「オーケー相棒。ヘマすんなよ。」

 カイはカトブレパスに向かって一気に駆けだした。

 槍を振り回し、何度もカトブレパスに突き刺す。その洗練された槍さばきに、カトブレパスは防御を固めしのぐ。そしてその硬く重い頭で槍を弾き、こん棒のように振り回してカイに襲い掛かる。それを流れるようにいなし、カウンターの一発を決める。

「やっぱかてぇな。腕がビリビリくるぜ。」

 アイナは太刀を鞘に納め、静かに瞑想を始める。身体中を流れる血を、長瀞(ながとろ)の如く静寂になるよう宥める。次の一撃に全てを架けるようにするためには、更にその血の巡りを波風立たせずに早くしていかなければならない。それに必要なのは、集中と冷静のみ。アイナは自身の身体の準備ができるまでひたすら迷走を続けた。

 まだだ。まだ溜めろ。

「ちっ!!こいつ!!」

 カイとカトブレパスは激しくぶつかり合っている。かなりの激戦になっているのか、お互いに傷が目立ってきている。

 もう少し。もう少しだ。

 カイが後ろに回り込むと、待っていたかのようにカトブレパスの後ろ蹴りが直撃する。

「ガハッ!!」

 ギリギリでそれを手でふさいだが、痣にはなっているであろうと予測できるほどに痛みがカイを襲う。衝撃で吹き飛んだ彼が、木に打ち付けられ木もろとも倒れ込む。

 カトブレパスがゆっくりと近づいてくる。だめだ、目を合わしてはならない。

 カトブレパスがとどめを刺そうと頭を振り上げた瞬間だった。

「セイ!」

 アヤメの渾身の斬撃が、カトブレパスの頭を吹き飛ばした。

 思い切り吹き飛んでいった頭は奥の草原にズンという音をたてて落ち、落下点に分かりやすく地割れが出来ていた。

「はぁ、はぁ、はぁ。どんなもんだ…。」

「あ、危なかったじゃない…。ちょっと怖かったわ…。」

 2人にとっては初めてとなるカトブレパスの討伐だったが、これほどまでに強いとは思わなかった。

「えっと、これの肝臓だっけ?採ればいいんだよね?」

 休む暇もなくアイナはポケットから採取用のサバイバルナイフを取り出した。

「お前、わかんのか?」

「なんとかなるっしょ。わかんなかったら全部持ち帰る。」

「えっ、俺これ背中に乗せんのか!?うわ嫌だぁ…。」

「じゃ、腹から裂いていこうか。これ、ちゃんと刃が通るかなぁ。」

 そう呟きながらアイナがカトブレパス腹の真ん中にナイフを突き立てる瞬間だった


「カトブレパスから離れてください!!!」

「えっ?」

 声のした方向に顔を向けると、そこには息を切らして立っているブランがいた。


「おい、大丈夫か?随分とボロボロじゃないか。」

「何しに来たの!?ここはハンターじゃないと立ち入りが禁止されている場所よ!?」

 おそらく、ここまで一人で来たのだろう。ましてやブランはハンターではない。ここまで来るのには相当な労力が必要だ。

「お願いします。カトブレパスから離れてください。」

「おいおい。これがないと街のみんなを助けられないっていうのに、どうして離れろって…。」

「理由は、後で説明します。お願いです。あなた達を死なせたくはない。」

「何?やる気?言っとくけど…。」

「待て、アイナ。彼は何か考えがあるようだ。とりあえず離れよう。」

 武器を取り出そうとするアイナを制し、カイがそのお願いを受け入れた。

「ありがとうございます。ついてきてください。」

 二人は足を引きずって歩くブランの後を追う。


「これは、どういうことだ…。」

 ブランに案内されたのは、少し離れたところにあるハンター用の休憩小屋だった。

 そこには、両手足を縛られ、布で口をふさがれたリヴィアがいた。

「これが、全容です。」

「はやくブランの手当てをしないと!!」

「いえ、僕は大丈夫です。これでも一応獣人です。」

「でも…。」

「ブラン、続けてくれ。」

 リヴィアを助けた後、ブランが図書館で調べたカトブレパスの生態と、何者かがリヴィアに擬態してよからぬことをしようとしていることなどを話した。

「それは、治安部隊には伝えたか?」

「いえ、でも近くを通っていたドーベルさんには話しました。」

「そのドーベルって奴も怪しいね。あいつ犬の獣人でしょ?だったら臭いなんて一発でわかると思うんだけど。」

「門番のドーベルはおそらく本物よ。彼、慢性の鼻炎で鼻が利かないの。」

 口を開いたのはリヴィアだった。

「うっわ、あいつ使えなっ。」

 ドーベルは今頃くしゃみをしているだろう。

「リヴィア。お前は擬態しているその犯人は知っているのか?」

 カイは神妙な表情で質問を飛ばす

「ええ。知ってるわ。指名手配犯であるミミックオクトパスの魚人"マキウス"。それに、彼女はおそらくハンターたちを支援しているニライカナイを恨んでる。」

「ハンターを恨んでる?」

「ええ。ニライカナイのハンターたちが損得を重点に動いていることは知っているよね?」

「うん。」

「マキウスは違うのよ。誰よりも強く人や生物を大切にして、誰よりも思いやりの心を持っていた。」

「で、彼女は村を守るために魔獣討伐の任務を引き受けたの。でも、そこで悲劇が起きた。」

「悲劇?」

「大量の魔獣を目の前にして、マキウス以外に引き受けたハンターたちがみんな依頼をキャンセルしたのよね。"この報酬は割に合わない"って言って。」

「ひどい…。」

「そこからよ、恨みの輪廻が始まったのは。」

 そして、また話を続けようとしたその時だった。


 ボゴォォォォォォォォン!!!


 山頂付近で爆発音が鳴り響いた。爆風によって植物は焼け、山頂辺りは一気に火の海と化した

「わーお。」

「リアクションうっす!!!」

 確かに、ブランの言った通りの結果となった。あのまま内臓に手を出していたら、そのまま爆発に巻き込まれ灰になっていただろう。

 応急処置を終えたブランは、3人に声をかける。

「戻りましょう。おそらく、マキウスが確認にやってくる。」

「なんでそんなことが分かるの?」

「そりゃそうですよ。僕はマキウスに追われて、命からがら逃げ…。え?」

 アイナはブランの頭に手を置き、そのままベッドに突き飛ばす。

「行くよ。カイ。」

「おうよ。」

 二人は外に出ようとしていた。

「あ、あのっ。僕も…。」

「無謀な勇気と、真の勇気は全く違うものだ。君は、十分に役目を果たした。」

「後は、戦闘のプロに任せなさい。リヴィア。彼のお守り、宜しく。」

「了解っ!」

「あと、ブラン。」

「えっ?」

 アイナは振り向き、笑顔を見せた。

「やればできんじゃん。見直したよ。」

 そして、カイのもとへ戻り、準備運動のように肩を回す。


「さてと相棒。奴に思いっきり痛い目見てもらわねぇとなぁ!!!!」

「おうよ相棒。それでこそアイナだ!!気合い入れてくぜぇ!!!!」



【4.燃えよ紅の意思】


   -1-


「逃げたか。」

 焼け野原となった山頂にて、ブランを追っていたマキウスは辺りを散策していた。

 迂闊だった。まさか2人に話していた内容をあの小僧に聞かれてしまうとは思ってもみなかったのだ。ニライカナイの復習が外にバレてしまうと厄介だと考え、カトブレパスで殺してしまおうという作戦のことばかりに頭が行ってしまい、周囲への注意力が散漫になってしまったのだ。これでは、仮に奴らが吹き飛ばないで出国してしまったら元も子もない。

「早く対応策を練らなくては。」

「練る時間なんて与えねぇよ!!」

 茂みから出てきた階の一撃を紙一重で避け、後ろに飛び退く。すると挟み撃ちをするかのようにアイナが飛び出し一閃を放つ。それをかろうじて双剣で受け流し、お互いに距離をとった。

「あれ、アイナとカイじゃないか。どうしたんだ?カトブレパスはいないようだが…。」

「その演技はもういいよ。マキウス。」

「あのガキ…。」

 ぶつぶつと何かを言いながら、マキウスは素顔をさらす。毒々しい白黒の縞模様の体表。腕にびっしりとついている吸盤。間違いない。彼女こそミミックオクトパスの魚人、マキウスだ。


「まぁ。探す手間が省けてよかった。ここで死んでもらう。」

「お前、今の状況分かってんのか?こっちは2人だぜ?」

 そう言った瞬間だった。

 ガキィン!!!

 余裕綽々としているカイの懐に、一瞬で肉薄してきたマキウスが刃を振りかざした。それを紙一重でアイナが太刀で受ける。そしてカイが槍を振りかざすともう片方の剣で受け止めた。

「ほう。やはり双竜という異名は伊達じゃないな。」

「お互いに信頼してるからな。」

 こうして剣の打ち合いは開戦の幕が開いた。剣と剣が激しくぶつかり合う鋭い音、土を思いっきり踏みしめて駆けだす乾いた音。バックヤードには木々が悪魔の歓声のように燃え盛る。気を一瞬でも緩めたらすぐにその首を刈り取られる緊張感が全体を支配している。

 数では優位に立っている二人だが、カトブレパスと戦闘したばっかであり、手負いだ。カイは奴に重い一撃を貰っている。加えて、大技を繰り出したアイナはその反動で全身が軋んで滑らかに体を動かすことができないでいた。結果、両者の実力は拮抗しているのだ。

 マキウスは彼らよりも数年ハンターの経験をしていた。つまり、それが個々の実力差を確立し、2人を相手していても十分に張り合えているどころか、少し余裕を見せていた。おそらく、全力の2人を相手していても問題がなかったであろう。

「どうした?息が上がっているぞ?」

「はっ!何のこれしき!!」

 挑発に乗るようにアイナは回転切りを放つ。それを見切ったブラスカは後ろに飛んで攻撃をいなした。

「アイナ、大丈夫か?」

「ちょっと、キツいかも。」

 山火事の影響か、アイナの身体にはうっすらと汗が滲んでいた。当然の如く、この暑さは海竜であるカイにもダメージが行く。2人はほぼ限界に近いのだ。

「つまらんな。」

 いまだに余裕を見せるマキウスが、じりじりと距離を詰めてきている。正直に言うと、この状況はマズい。いったん撤退をして場所を海に変えたいところだが、それはマキウスにも有利に傾けてしまう。

 さて、どうしたものかとカイは考えていたが、あることに気付いたカイは、マキウスに一言を放つ。


「お前、本当にバカだな。」


「安い挑発には乗らんぞ?」

 そう言ってこちらに歩み寄ろうとしているマキウスに、カイは更に言葉を重ねる。

「お前、今何に立ってんだよ?」

「あん?」

 疑問符を頭に浮かべるアイナをよそに、カイは手でブーイングのサインを作る。

 マキウスは足場を確認するとそこにはまだ腐っていないカトブレパスの頭がマキウスの顔を眺める形で転がっていた。

 カトブレパスと目を合わせてしまったのである。

「しまっ…!!!」

「あばよ。間抜け詐欺師。」

 カトブレパスの生態学術論文にはこう書かれていた。

 カトブレパスの心臓と脳は、その重く硬い頭の中に押し込められているのだ。たとえ奴の頭を切り落としても、奴の邪視はしばらくは効果を保ち続ける。倒したと思って近づくと痛い目を見るだろう。

 カイはブランからカトブレパスの生態を事細かに聞き出していたのだ。

「…オ…オオオ!」

 マキウスの声にならない声が聞こえ、その場で崩れ落ちた。同時に、二人も疲労で膝をつく。

「何でかわかんないけど、勝ったの?」

「ああ。何とかな。アイナ、さっきはあいつの攻撃を防いでくれてサンキュ。ナイスサポートだ。」

「カイこそ、ありがとう。あの時ブランを疑っていたら今頃消し飛んでた。」

 二人はその場で座って、拳を合わせる。



   -2-


「大丈夫ですか!?近隣住民からの通報にて駆けつけました!!」

 それから数分後のことだった。ドーベルが複数人の近衛兵を連れて現場に駆け付けた。

「遅れすぎたヒーローのご登場ってか。」

「誰かと思えば、カイさんとアイナさんじゃないですか!」

「その、マキウスって奴はもうあたし達が倒しちゃったよ。ほら、のびてる。」

 アイナが指さす先には、念のために縛り付けているマキウスが転がっていた。しかし、既にカトプレパスの邪視によって事切れている。

「この伝染病を振り撒いた元凶も、こいつの飼っていたカトプレパスのせいだ。残念ながら、本人はそのカトプレパスと目を合わせちまったけどな。」

「ふむ…。それに、この服装はユタで目撃されていたリヴィアと思われていた人物の服装と一致していますね。これはマキウスが犯人とみて間違いないだろう。」

「本物のリヴィアなら、ここからすぐのハンター休憩所で休んでもらってるよ。それに、あんたたちに通報した本人もね。」

「ブラン君が?どうしてここに?」

「理由は本人にきいて頂戴。わたしたちは疲れたし、先にユタに戻るわ。」

「簡単に言ってくれるな…竜化って滅茶苦茶体力使うんだぞ?」

「あっ、お二方。私たちの船に乗ってください。お送り致します。」

 ドーベルの親切心をもった提案に、アイナは眉をひそめる。できるのなら、カイの背中に乗りたいのだ。「ま、ここは我慢してお言葉に甘えようか。」

「しょうがないなぁ。カイも疲れてそうだし。」

「決まったようですね。では、私はリヴィア様達を迎えに行ってきます。」

 ドーベルは休憩所の方角へ向かっていった。

「しっかし、この後どうすんだろな。」

「どうするって、何が?」

 山火事の消火活動に取り組んでいる他の近衛兵たちを眺めながら、カイはふと口に出す。

「元凶を断ったはいいが、まだ伝染病は流行ったまんまだろ?それをどうにかしないとこの事態に収拾がつかないじゃないか。」

「言われてみれば確かにそうだね。」

「あ、それについては問題ありません。」

 消火活動がひと段落ついたのか、1人の近衛兵が2人のところへやってきた。

「どういうこと?」

 近衛兵は転がっているカトプレパスの首を指差した

「最近判明したことなんですが、カトプレパスの目は、邪視の効果を失うと保有毒の解毒剤となる物質に変化するんです。」

「えっ、そうなのか?ブランに見せてもらった学術論文にはそんなこと書いてなかったが…。」

「それは書かれてないですね。この事実はまだニライカナイの研究機関でまだ試用段階なんです。ほぼその研究は確立されているので、近いうちに公表されるでしょうね。」

「それ、私たちに言っていい情報なの?いま絶賛カトプレパスについてマキウスに騙されて、あんまり信用できないんだけど。」

 アイナは近衛兵を睨め付ける。

「事態が事態ですからね。疑うのも当然でしょう。私の腕章くらいしか信用させるものは何ひとつ提示できませんが、ここはひとまず信じていただけると助かります…。」

 近衛兵は苦い顔をして腕章を2人に見せる。確かに国直属のニライカナイの腕章だ。アイナはカイの方を見ると、驚いた表情をしているのが見えた。


「いやぁ、まさか近衛隊の軍隊長様が来てくれるとは思いもしませんでしたよ。」

 ユタへ帰る船内にて、カイはドーベルら近衛兵団と談笑していた。その中にはブランの姿も見える。

「この事件は大規模なテロ行為に匹敵しますからね。流石にこちらも黙っているわけにはいきませんよ。」

「しかしマキウスと言ったら指名手配犯の中でもかなりの実力者。それを倒すことができるなんて、できるなんて、カイさんとアイナさんは凄いですね。」

 関心しているドーベルに、カイは首を横に振る。

「いやいや、俺らはただ奴の隙をついて倒したってだけだ。本当に凄いのは、その真実を知っていち早く行動に移した彼さ。」

 カイが指さした先にいたのは、包帯に覆われた少年、ブランだった。

「いっ、いえ。僕なんてそんな。」

「そんな謙遜すんなや。マキウスの追撃から逃れて俺らの命も救ってくれたんたぜ?表彰されるには十分なことをやってのけたんだ。」

 ブランの隣に座り、肩を掴んで引き寄せる。引っ込み思案な彼にとってはその行動でさえも恥ずかしくなり頬を赤らめる。


「オロロロロロロロロロロロロロロロロロロ」

「アイナ…。大丈夫?」

 一方のアイナはというと、只今絶賛船酔い中だった。

 そう。ドーベルの親切心に眉をひそめたのは船が苦手と言う理由にあった。カイの生物的な動きには慣れているものの、船による機械的な動きには一切慣れることはなかった。

 ただ、カイにこれ以上体力を使わせては申し訳ないという気持ちが勝ってしまったため、船に乗ってしまった。今となっては大いに後悔している。

「うへぇ。気持ち悪い。」

「遠くの景色を眺めてたら、少しは楽になるよ?」

 リヴィアにもずっと介抱されてしまっている。リヴィアだって心身ともにダメージを食らっているはずなのに、こちらが一方的に介抱されっぱなしという状況は情けないにもほどがある。

「いや、本当に申し訳ない。」

「いいのいいの。こういう時はお互い様でしょ。」

 アイナは打ち上げられた冷凍マグロのように椅子に寝転がされた。


 必然的に空を見上げてる形になったアイナは、呆然とその青い空間を眺める。

 あの子は、笑いながら見てくれているのかな。見守ってくれているのかな。こんな情けない姿をさらして、呆れていないかな。

 弱ると、ダメだ。気持ちまで一気に落ち込んでしまう。

 落ち込む姿なんて見せたくない。絶対に。

 ああ、誰か助けて。このままだと…。私。

 突然、そんなことお構いなしという感じに水がアイナの顔を塗りつぶした。

「っぶっは!ゲホ!ゲホ!」

 カイがバケツを持っている姿が目に映った。

「なにすんだこのクソイカレチ○ポ○太郎丸が!!!」

「大衆のまえでド下ネタをぶっ込んでくるんじゃねぇ!!!ユタに着いたんだよ!!!」



【5.新たなる世界へ!】


 その後ユタでは早急に特効薬が製造され、発生地全域とユタ内にいる患者全てに行き渡った。数日後には苦しんでいた患者たちも回復の傾向に向かい、ユタには平和の空気が戻っていった。

「ねぇ。リヴィア。」

「ん?」

 アイナとカイは、バンドメンバー探しを再開した。最初に目を付けていたのは、同業であり2人とそれなりに面識があるリヴィアだった。今回こそ活躍はなかったが、リヴィアは弓の名手で体力にも自信があり、手先も器用だ。楽器を演奏するのには申し分ないポテンシャルを持っている。

「なるほどなるほど。"楽器"ねぇ。確かに、面白そうではあるね。」

 早速アイナはリヴィアにアタックしていた。すでに治療を終えユタ伝染病事件の事情聴取を終えたリヴィアは、ハンターに復帰してその後の復興支援に力を注いでいる。

「でしょ?だったら…。」

「でも、ごめんね。遠慮しておくよ。」

「えっ!なんで!?」

「こんな場所だけどね、私はこの国が好きなんだ。それに、今ここを出ちゃうと逃げたように思われちゃう。たとえ犯人が偽物だったとしても、私の信頼はガタ落ち。それを挽回するには、人一倍ここで頑張んなきゃ。」

「…。そっか。」

 申し訳なさそうに言うアイナを見て、何も言うことは出来なかった。


「はぁ~~~~~~~~~。」

 リヴィアと別れた後、アイナははわかりやすく肩を落とす。いま歩いている彼女に効果音をつけるとしたら、トボトボという表現が一番しっくりくるだろう。ゴキ丸は彼女を慰めるかのように懸命に肩を前足で叩いている。

 待ち合わせ場所に着くと、既にカイが壁に寄りかかって待っていた。

「よう。その様子を見るとダメだったようだな。」

「うっさい。そっちはどうだった?」

 カイは両手を上げ、お手上げを表しながらため息をつく。

「無理に決まってんだろ。ドーベルは近衛兵だ。そんな簡単に辞めれるかっつーの。」

 当然の結果だ。ましてや頭の固いドーベルに声をかけたって無駄だということは分かっていた。

「さてと。振り出しに戻ったな。」

「そうねぇ。取りあえずユタで宿を借りよう。そこで作戦会議よ。」

 そう言って竜車を引こうとした瞬間だった。


「やっと見つけた!!!カイさん!アイナさん!!」

 振り向くと、手を振ってこちらに走ってくるブランと、一人の女性が後からついてきているのが見えた。ブランのけがはすっかり良くなり、引きずっていた足も元通りになっている。

「よぉ!ブランじゃねぇか!」

「改めて、お礼を言いにと。」

「律儀ねぇ。で、そちらの女の子は?」

 よく見ると、見たことのある容姿だった。初めてブランと遭遇した時に、ブランが寄り添っていた患者だ。特効薬のお陰で、すっかり伝染病は完治している。

「ドラドの魚人である、イルと申します。この度は助けていただき、誠にありがとうございました。」

「どういたしまして。元気になってよかったじゃない。」

 改めてイルを見てみると、病にかかっていた時とは見違えるほどに綺麗な女の子だった。その鰭は黄金に光り輝き、風に靡く髪も光っており、まるで太陽の様だ。ほう、これがブランの彼女か。

「いたっ!なんで殴るんですか!?」

「気分よ気分。じゃ、私たちはもう行くから。」

「ち、ちょっと待ってください!」

「…。なによ。」

 ピー助に跨ろうとするアイナを制止して、ブランははっきりと伝える。


「僕を、いや、僕たちを、その、バンドメンバーに入れてはもらえないでしょうか?」

「…へ?」

「…やっぱりな。」

 驚くアイナと、予想通りだと微笑むカイ。

「カイさんが、ノロからユタに戻るときに話してくれたんです。その、バンドメンバーというのを探しているって。」

 アイナには、船内の記憶がない。驚くのも当然だ。

「それで、音楽についての古文書はないかと思って、今日まで病室を抜け出して図書館に通ってたんです。」

「だって、あんた…。」

 何かを言おうとしたアイナをカイが制した。

「そりゃ、僕には体力も力もありません。ですが、それはあとから身につけることは出来ます。」

「僕の趣味は、歴史の勉強です。音楽だって、太古の技術です。その世界を、もっと知りたいんです。」

「情熱だけならアイナさんやカイさんと同じ位あるという自信があります。それだけじゃダメなんでしょうか!?」

 ブランの言葉に、イルが加わる。

「私も、あなた達に助けられました。その恩を返したいという思いでいっぱいです。」

「それに、私は淡水魚人です。河川を毎日の如く上ったり下ったりしているために体力や力はそこそこあります。かならずあなた達に力になれるはずです。」

 数分間の沈黙が周囲を支配する。その空気を切り裂くようにカイが口を開いた。

「だ、そうだ。どうする?」

「…。」

 アイナはじっとブランを見つめる。ブランも、それに対抗するように目をそらさない。

「生半可な覚悟ではついてきてほしくはないの。」

「はい。」

「あなた達には、私たちと運命を共にして例えどんな結末を迎えようともついてきてくれる覚悟はあるの?」

「当然です。」

「勿論です。」

 即答だった。アイナは、その結果に驚いている。

「ブラン。あんた変わったね。」

「俺は、元々大賛成だ。」

 笑顔を作り、3人に背を向ける。


「カイ!ブラン!イル!まずは自己紹介!」

「おうよ。俺はカイ。リヴァイアサンの竜人で、もうすぐ18になる。主に魔獣討伐のハンターをしている。バンドの担当はベースだ。」

「は、はい!僕はブラン!シルバーフォックスの獣人。16歳!近所の飲食店でアルバイトをしていましたが、それを辞めて今ここに居ます!担当はこれから決めます!」

「私はイルです。ドラドの魚人。同じく16歳です。考古学者になるべく日々勉強をしています。担当はまだ決まってません。」

「よろしい!では、あたしはアイナ!17歳の真人!カイとタッグでハンターをやってるわ!担当はギターボーカル!!」


「みんな、目的地のユタの宿から変更よ!」

「オーケー相棒。じゃ、次はどっちに行くんだ?」

「そんなの決まってるわ。順調にメンバーが集まってる今、最短経路で進むのが吉!!」

「え、それって…。」

「よくわかってるじゃないブラン。イルも準備はいい?」

「はい。ばっちりです♪」

「じゃあ、行くわよ。」

 アイナは大きく息を吸い込み、天へと声を放つ。


「死者と悪魔が巣食う国、『黄泉の国』へ!」

次回予告


「あれ?ここであってますよね?」

「確かに地図はここを示しているな?」

「辺りを見渡しても何もありませんね。」

「…だから、面倒くさい奴らって言ったのよ…。」


「国ごと消してんじゃねええええええええええ!!!!!!!」



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