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第11.5章 俺たちの約束

こちらは、

「ラストイヤーに何ができる 第11章」を読んでからおよみください。

いよいよサイドストーリーも最終章になりました。今まで、後輩たちの人間関係に関する章が主でしたが、

最後は卓球部としての章になっています。

仲間というテーマで書かせていただいたので、ぜひ読んでみてください。

誰がこんな結果を想像していただろうか。先ほど起きた予想外の出来事に唖然とする卓球部メンバー。植田に続き、藤浪も準々決勝で姿を消した。しかも、相手はどちらもライバル校の選手であるというのが衝撃を与えていた。

明らかにショックを受け、試合後何も話そうとしない二人。藤浪VS中谷という決勝戦が見れるのを楽しみだなんていっていた高山は、いまだに現実を受け入れられずにいた。

金本先生が気を使って二人を外に連れ出すと、待機場所の空気がすこしだけ軽くなる。今まで先輩たちにどう声をかければいいのか迷っていた後輩たち、それを見ることしかできなかった介護等体験スタッフが、一気に肩の力を抜く。

「先輩たち、だめだったね。」

最初に口を開いたのは高山だった。

「ああ」

「うん」

それに併せて中谷と江越が相槌を打つ。

それでも、会話はこれだけだった。

「あの、次、高山さんの試合」

結局、それ以降何も話さなかった3人に声をかけたのは介護等体験のスタッフだった。これから高山、江越、中谷と準決勝が続いていく。仲間の敗戦はショックだが、彼らの戦い自体はまだおわっていないのだ。

「あ、そうですね。行きます。」

高山は短い返事をして、スタッフとともに招集場所に向かう。

「俺たちも行くか。」

中谷は、ここにいてもとくに話すこともないと思ったのか、江越を誘って高山が試合をする会場に向かおうとする。試合は招集がかかってから2試合後。今急ぐことではないが、なんとなく今の場所から移動したいという気持ちがあった。

「あ、中谷君。勝ち進んだかな?」

中谷たちが立って移動をしようとしたとき、ふと声をかけられた。中谷は、知った声であると確認し、声のするほうに向かう。

「ええ、まあなんとか」

「そうかそうか。ぼくも、勝ち進んで次が準々決勝なんだけど、相手は去年までの優勝者だし、勝てるかどうかってところなんだ」

この人、大会に来た中谷たちに声をかけた、卒業生の桧山である。桧山は今年から40歳以上にカテゴライズされており、中谷たちとは別のところで戦いを繰り広げていた。

「そうですか。お互い頑張りましょうね」

中谷は、先輩に対していい態度をとれる後輩ではない。植田に対する対応を見ていれば誰だってわかること。それでも、自分に対してさわやかに話しかけてくる目の前の桧山とは、出会った時から話をすることができる。

「あ、そういえば、ほかのみんなは?ええっと、なんだっけ。確か、中谷君の連覇素子なるかって話題になってた新入部員君たち」

「あ、それはえっと…」

「もしかして、今試合中かな?見たかったな、新人のプレイ」

今それを聞かれるとけっこう答えづらい。彼らについて期待していた人も多いし、目の前の先輩もきっとその一人であることを知っていた中谷は、答えに迷っていた。

「見ろよ。若いほうの準決勝、二つの高校の争いになってるんだけど、3人と一人だって。しかも、一人のほうは昨年優勝した中谷だってよ。たしか、この高校、あと二人エントリーしてたはずなのに、準々決勝で姿を消してたのか」

タイミング悪く、そんな話声が聞こえてしまった。そういえば、対戦結果は掲示されるのだということを中谷は思い出していた。

「へえ、そうなんだ。中谷君は勝ち進んで、ほかの二人は準々決勝で敗退してたんだね。」

「あ、はい」

結局、桧山にもその声は届いてしまっていたらしく、中谷は桧山からの質問をただ肯定するしかなかった。

「まあ、そりゃそうでしょう。卓球初めて1年もたってないんでしょ?たしか数か月だっけ?そんなんで優勝されてもねえ」

「それは…」

「中谷君、ぼくが君に1回戦で負けたとき、正直悔しかったんだよ。ぼくは20年ぐらいこのスポーツを続けているのに、歴3年、この大会に出るのが初の君に連覇記録を破られたことは相当ショックだった」

周りでは、まだ試合結果のうわさ話をするひとが多い。誰が勝ち進んだ、だれが敗れた。中には大番狂わせもあり、廊下はごった返していた。そんな中でも、桧山は語り続ける。

「でもさ、そういうのを悔しがったところで、成長スピードなんて人それぞれなんだし、1年かかってものになる人もいれば、それがたった1か月でできる人もいて。新人君たちは、ものにする能力がちょっと高かったんだろうね。そして、中谷君も、きっとうちには珍しい天才なんだろうなってぼくは対戦していて思った」

「それは……」

「新人君たちがこれからどうするかはぼくにはわからないし、きっと誰も知らないんだろうけど、もし中谷君がこのスポーツの未来を背負って、やがては世界に行きたいと思うなら、この大会で優勝して、国体でも優勝しなきゃね。中谷君が勝てば、きっと新人君たちもやる気を取り戻すんじゃないかな」

自分がこの大会に勝つことと、先輩たちが立ち直るのに何か関係性はあるのか、たしかに目標としている世界に行くことをかなえるには、ここで立ち止まっている場合ではないことは中谷にもわかっている。それでも、先輩の話にはなんとなくひっかかるものを感じていた。自分は今まで、何か重要なものお忘れてこのスポーツをしてきたのではないか、自分よりはるかに年上な先輩が、今それを教えようとしているのではないか、頭の中がぐるぐるして、だんだん過去のことも未来のことも考えられなくなっていく中谷。

「なんて、ぼくの憶測でしかないんだけどね。でも、もしぼくが新人だったら、すこし期待されて、こういう大会の場に来て先例を浴びてショックな時に部のエースがすべてを受けて優勝してくれたら、なんか光が見れた気分になるなって。このひとすごいなとか、自分もそこまで行きたいなとか、もう1回チャレンジしてみようかなとか。だから、やってみなよ。君まで落ち込んでいたら、次こそ卓球部は廃部になっちゃうかもしれない。今こそ、ぼくらが何年も積み重ねてきた卓球部のすごさを見せる時なんだよ」

桧山が語る言葉の一つ一つは、何か力を帯びていた。きっと、この人のころから20年以上も卓球部が続いていて、いろいろな困難やしがらみがあったのだろう。自分が卓球部を明るくする、そして世界を目指す。中谷の中にある、一つの目標が形になった瞬間だった。

「そうですよね。おれ、頑張ります」

中谷はラケットを持っていた右手を高くあげ、決心したことを証明する。

「その域だ。閉会式、一番前に立っている君の姿を楽しみにしてるよ。じゃあね」

そういうと、桧山は消えていく。きっと、自分たちとは違うコートで試合なのだろう。人生経験が豊富な先輩の話を聞いて、中谷は納得していた。卓球部の未来も、先輩たちの未来も、自分が明るくするということお胸に、コートのある部屋に向かった。


すべてのベストフォーが出そろい、大会は準決勝へ。1試合目、高山は初出場ながらベストフォーまで上り詰めた選手と対戦し、危なげなくセットカウント2対0で勝利した。この位置にいても余裕な試合ができる高山は頼もしいなと感じるほかの仲間たち。

「やったね」

席に戻ってきた高山を出迎えた江越。江越は高山の勝利について、自分のことのようにうれしそうだ。これから戦う相手に勝ったら、いよいよ江越も高山との決勝が待っている。味方と戦うかどうかは置いておいて、まずは親友の勝利を祝福していた。

「ありがとう。真奈美も頑張ってね」

「うん」

二人は短く会話を交わし、江越は次の試合のために卓球台のほうに向かう。

「先輩たち、帰ってこないね」

「ああ」

その間に、中谷の隣に座った高山は、準々決勝以降、外にでたまま戻ってこない先輩たちと金本先生の心配をしていた。

「あんなに目の前で落ち込まれると、正直なんていったらいいかわからないっていうか、部長としてどうしたらいいかもわからなかった。わたし、先輩たちにたいして、本当に最善のことできてたのかな」

高山はいつも、周りをひっぱってくれていた。そんな高山が、自信なさそうなことを言うなんて、とても久しぶりに思えた中谷。少なくとも、二人で卓球部を動かしていこうと思った時には、そんなくらい声は出していなかったことぉ振り返る。

「人によって最善は違う。だから、少なくとも俺たちは優勝しようぜ。俺が、あの二人を倒して、先輩たちの借りを返す」

それでも、今の中谷に迷いはない。一つ上の先輩たちができなかった目標を達成するため、年の離れた先輩に言われた未来を実現するため、今はやるしかないとそう思っていた。


「それでは、江越選手対阿部選手の試合を始めます。」

そして、始まった江越と阿倍野準決勝。江越は前回、天敵の阿部を倒している。だがしかし、その時は練習試合だったし、1セットしか行われていない。本番になったらどうなるかというのは、この場にいる誰もがわからないことだ。

「真奈美。今日のためにたくさん練習したんだから、絶対勝って…」

「俺、江越のことあまりうまくサポートできなかったけど、一緒に卓球部を盛り上げてくれたんだ。ここは勝ってほしいな」

二人は同時に江越に向けての思いを小声でささやきあう。先ほど先輩たちが圧倒的な力で倒された悪夢から覚め、全員が自分たちのできることをしようと一つになっている。

(先輩、わたし頑張るから。ここで勝って、決勝でも望みに買って、わたし優勝するから)

コートと観客席。場所は離れていても、3人の思いはつながっている。ここまで3人が強い絆で結ばれたのは、今年自分たちのもとにきてくれた先輩たちのおかげ。自分たちが持っていないものを持っていた先輩たち。このスポーツを楽しむこと、仲間が敗れて悲しくて、だからこそ残った自分ができることをしようと思う気持ち、そしてみんなで勝つと決めたときの安心感、今まで1個人として大会に出場していたのが、卓球部として全員で大会に出ている、それを実感した3人だった。


「いきます」

「はい」

試合が始まってみると、どちらも一歩も譲らず、一進一退の攻防が続く。いかに早く2点差以上をつけるかがカギだが、2点差なんてそう簡単に開かない。阿部はほかの男部員と練習して身に着けた巧みなスピードボールでかかってくる。それを鮮やかにレシーブし、相手のミスを誘いながら逆をつくラリーの江越。この戦いは、どちらが先に集中力を切らすか、そんな戦いでもあった。

第1セット、試合は13たい14、阿部が1点リードの江越のサーブ。阿部は、なんの変哲もないサーブであることを確認すると、ボールが転がってきた方向から斜めにリターンし、逆サイドにボールを送る。江越は、逆サイドに来たボールはアウトになりやすい、とくにはじからはじだからアウトになると思い、逆サイドへ。

しかし、球はサイドフレームにあたり減速して台に残った。

「セーフ ポイント阿部 15:13。第1セット阿部選手がとりました。チェンジエンド」

江越が接戦の末第1セットを落とした。3セットマッチだから、1セット目をとった選手は明らかに有利になる。しかも、このタイミングでのチェンジエンドは、休息でもあり、集中力が切れそうになる時間でもあった。

「おしいな」

「そうね。阿部さん、前より動きがいい。前からボールのスピードはさえわたっていたけど、それだけじゃなくて移動の素早さだったり、ラケットのコンパクトスイングだったり、前より精度が上がってる。真奈美……」

それでも、江越はあきらめなかった。前よりも順位を上げ、優勝する。そのために、自分がコンプレックスに思えたあの過去を振り払うため、必死にラケットを振り、ボールを追いかけた。その場にいた高山、中谷は、この2か月での江越の成長を一番感じていた。

第2セット、試合は9対9.もう1度ジュースになれば、結果はわからない。この2点ですべてが決まってしまうのか、勝負の結果がつくのか、それとも第3セットまで行くのか、明暗が分かれる瞬間が、そこにはある。

「いきます」

「はい」

サーバーの阿部は、回転をかけ、サイドフレームに向かうサーブを打つ。けっして早いサーブではないが、動くボールのため打つのが難しい。それでも、江越はそんなサーブに動じない。回転を逆方向にかけ、サーブが来た方向に球を返す。こうなると、おそらく敵はまっすぐ真ん中を狙ってくる、それを予想した江越は、真ん中でラケットを構える。すると、やはり球は真ん中へ。それをするどくリターンし、ラリーは続く。ぱっとみ江越が押されているように見えるが、江越の中ではすべてのボールがとれる自信のようなものがあり、阿部のするどいリターンを返球していく。

何回ラリーをしただろうか。最終的には阿倍野リターンがネットにかかり、江越のポイントに。9対10.江越がセットポイントをとった。このセットをとれれば、ひょっとしたら江越の勝ちは見えるかもしれない。その場にいた観客のほとんどがそんなことを考えていた。

「いきます」

「はい」

阿部が出したのは早いサーブ。しかし、その読みをあらかじめしていた江越は、カウンターのようにそのサーブをまっすぐリターン。もとからスピードがついているサーブは柔らかくリターンをするだけでもスピードがある。阿倍野すこしのすきをついた攻撃。結局、そのリターンがそのままエンドに残り、江越のポイントとなった。

「セーフ ポイント江越 イレブンナイン このセット江越選手がとりました。第3セットに行きます」

「江越ってさあ」

セット間に、中谷は高山に話を振った。

「やっぱすげえよな。先輩たちきてから、なんかすごい楽しそうというか、リベンジに燃えていたっていうか。俺だって藤浪さんに追い越されないようにしなきゃいけないけど、望みの最高のライバルって江越なのかもな。」

「ふふ。なんか複雑ね。とてもうれしいことだけど、あと2年は待ってほしいかな。なんて。同じ学校同士で戦うのがなんとも言えない気持ちになる。」

「じゃあ、望みは相手を応援するのか?」

「まさか。真奈美の因縁の相手だもん。勝ってほしいよ。ただ、決勝で勝っても負けても複雑だなって」

その時、中谷の頭によぎったこと、それは自分自身はどうだったかということ。男の先輩たちが入ってきて、自分は二人のことを相手として認識していたのか?答えはもちろんnoだ。どこかで、自分が一番優れていると感じていたし、二人には負けないと思っていた。目の前の高山と江越が教えてくれていることが、仲間をライバルだと思うことの大切さ。ライバルがいるから強くなれるし、仲間がいるから頑張れる。それに気づいて、今、自分が初めて彼女でもなく、同じ卓球部員であるだけの江越を応援しようとしていた。

「いきます」

「はい」

第3セット、サーブは阿部から。相変わらず集中力を切らさない、二人の熱い戦いが繰り広げられる。しかし、徐々に結果が出始めていく。8対5。気づけば阿部が江越を3点リードしていた。9点目を渡せば、勝利する確率は低くなってくる。次の1点をやらないようにと江越のほうを見やる二人。

結局、2点ずつを取って試合は10対7で阿部がリード。しかも、阿部がサーブという絶体絶命の危機。そこで阿部が選択したサーブは早いサーブ。江越は早いサーブが頭になかったのか、サーブはそのままエンドフレームへ。

「終わったか」

審判のコールを前に、会場全体が沈黙する。

「サーブネットをとります。ポイント江越 エイトテン」

これが、神様がくれたチャンスなんだとしたら、ここは生かすしかない。江越は、自分に回ってきたサーブ権のボールを確認し、慎重にセットする。

(先輩、見てて。わたしの秘密兵器)

「いきます」

「はい」

江越が打ったのは、回転サーブ。阿倍野サーブとは質が違うのか、動くボールではないが、たいていの人ならふつうに打てばネットにかけてしまう難しいサーブ。それを予想通り阿部はネットにかけた。

「リターンミス ポイント江越 ナインテン」

あと1点、あと1点とれば、追いつける。まだ、望みは消えていない。江越は、すべてのチャンスを引き寄せるべくサーブを打った。球はサイドフレームにあたり、エンドフレームへ、そして…。

1度も弾むことなく、台から外に出ていった。

「フォルト ポイント阿部 イレブンナイン このゲーム、2対1で阿部選手の勝ちです」

「ありがとうございました」

コート外で握手をする二人。江越は準決勝で阿部に敗れた。それでも、先ほどの先輩たちのように重苦しい空気はどこにもない。それどころか、本人はとても楽しそうだ。

「…最後」

ふと、江越は握手をしながら阿部に声をかける。

「なに?」

「最後のわたしのサーブ、外に出るとわかって見送ったんだよね?やっぱりさすがだね、阿部さん。」

江越の思わぬ発言に、頬がゆるむ阿部。数か月前、11対0で倒した相手、つい先日僅差で自分を倒した相手、彼女の姿はとてもスポーツ選手のようには映らなかったはずだけど、今は違う。江越真奈美はアスリートなのだと確信していた。

「そうね。あなたのサーブはとてもわかりやすいのよ。もし、その1個前のサーブを連続でやられていたら、勝負はわからなかったかもしれないわね。あなた、やっと選手っぽくなってきたわ。またコートで会いましょう」

「うん。ありがとう」

きっと、この時ようやく江越は過去を乗り越えたんだろう。自分が弱いとののしられたあのころ、もう卓球なんかしたくないと思っていたけど、負けることが悔しくもあり、やりきったことがうれしくもある。そんなどうともとれない気持ちを実感して、江越は引き上げていった。


試合のすけじゅーるが変更になり、男子の準決勝が二部屋で同時に行われることになり、それが終われば男女ともに決勝になる。ただ、どうやら1部女子以外は試合が遅れているらしく、スケジュールがだいぶ変更になり、先に1部男子の決勝をやるらしい。あ、別に本編の設定を著者が忘れたとか、書いてたら話が合わなくなったとかじゃないんだからね!

「んじゃ、行ってくるわ」

そういって、コートに中谷が向かう。

「気を付けて」

「頑張ってね」

二人が同時に声をかけると、中谷は一言相槌を打って席をたった。

「去年優勝の中谷さんかあ。」

ふと、コートでじゃんけんをしようとしたとき、菅野が口を開いた。

「あの坂本さんを倒したっていうんだから、ぼくも緊張しちゃうなあ。」

「そう。どうも」

「ううん、ぼくがここで勝つのもいいけど、坂本さんにリベンジしてほしいし、迷ちゃうなあ…」

なかなかこれはできた1年生だと関心する一同。ある意味、ライバル校の挑発役は長野だったわけだが、彼はどちらかというと見下すタイプ。それに比べ、菅野はなんというか、ぶりっこな女子っぽい感じの挑発であった。

「あんた、エース候補なんだって?坂本君の跡継ぎになれるかおれが試してやる」

「ちょっとー!!この人やる気ですごい怖いんですけどー!!」

きっと、その場にいたほとんどの人間が、こいつむかつくと思ったことだろう。あるいは、準々決勝の時には一言も発さなかったのにいきなりどうしたのかと思ったことだろう。しかし、菅のはそんな反応に動じず、冷たい視線を受け流しながら、最後の言葉を言う。

「ふん。そんな余裕こいてられるの、今のうちっすよ。せいぜい先輩たちみたいなあっけない負け方しないように頑張ってくださいね」

という感じで、やはりライバル校はライバル校であった。1年生ですらかわいげがないのだから、あそこはいったいどんな指導wしているのだろうか。

「それでは、中谷線主対菅野選手の試合を始めます。サーブレシーブエンドを決めるトスをお願いします」

という審判の掛け声とともに試合が始まる。中谷は、菅野の剛速球サーブを打たせないため、じゃんけんに勝ってサーブを選択。まずは先取点をとって流れを自分に引き寄せにかかる。

「いきます」

とおもったが、返事がない。菅野は3秒ほど待ってから、

「はい」

と声をかける。サーブ体制に入っていた中谷はすっかりリズムを崩され、サーブがネットに。

「フォルト ポイント菅野 ラブワン」

この戦略、かなり技のあるベテランがやることが多い。とくに、40歳以上がいる2部ではよくあることだ。中谷の場合、テクニックは知ってはいたが、今まで若い人ばかりを相手にしていて、ひさびさにとられた作戦に動揺してしまったのだ。

「いきます」

「はい」

なんとか立て直した中谷は、気を取り直して早いサーブ尾打つ。それをしっかりリターンする菅野。だが、中谷は菅野のリターンがまっすぐであることを確認すると、今度はすこし方向をずらしてスマッシュを打つ。これは予想外だったのか、菅野のラケットのすこし左のエンドフレームにボールが当たり、そのまま台に乗った。

「セーフ ポイント中谷 ワンオール」

続いて菅野のサーブ。しかし、植田戦で使った早いサーブがこない。サーブの速度はいたってふつうで、中谷レベルならふつうに打ち返せる。中谷が打ってくるのを確認した菅野が、ボールの軌道を予測してラケットを構える。そして、リターンする。そのボールはネットにかかり減速したうえ、変化もしたため、中谷はイレギュラーに追いつけなかった。

「セーフ ポイント菅野 ツーワン」

そう、菅野がエース候補な理由、それは緩急の使い方にある。中谷はわりと速い球を駆使して先にポイントを取りに行くスタイル。それにたいして、菅野は早かったり遅かったり右だったり左だったり、あらゆる違いをラケットにコメ球を打つ。それが単純なプレイをする中谷の弱点であった。若いプレイヤーはスピードタイプが多い。坂本屋岡本も、どちらかというと球の速さかリターンの正確性で勝負している。岡本はサーブでは多少緩急を使えるが、菅野のようにラリー中に動くボールを打つことはできない。

だがしかし、今の中谷に迷いはない。中谷がなぜ何度も優勝をできているかといえば、相手のプレイスタイルを一瞬で把握し、適応する能力が高いからだ。相手がどんな球を打ってくるか、狙ったコースはどこなのか、それをプレイしながら分析し、瞬時に予測することができる。それが中谷が長年積んできたキャリアの象徴でもある。

「セーフ ポイント菅野 エイトスリー」

気づけば5点の差が開いている。このままセットを落とすのか、ふつうならずるずる行ってもいいはずだ。それでも、観客席にいる高山は、なんとなく笑顔を浮かべる。

(さて、そろそろ反撃かな)

その高山の心の声が合図だったのか、中谷は反撃を考えて開始する。相手が打つ球を読み、読みが外れても素早く動き対応する。動くボールをしっかり打ち返せれば、相手はあまりリターン力はないので簡単にこちらがわにポイントが入る。先ほどまでの展開が嘘だったかのように、中谷はセーフを量産していく。

「セーフ ポイント中谷 イレブンエイト」

結局、中谷はあれから1ポイントも落とさなかった。さすがの菅野も、2点差あたりから余裕をなくしたらしく、持ち味のプレイができなくなっている。セットが変わってお互いがどう動いてくるか、試合は完全に駆け引きモードに突入していた。

「いきます」

「はい」

第2セットは菅野からのサーブ。そして、ついに…。

サイド寄りで構えていた中谷だったが、打たれたのはラインぎりぎりの早いサーブ。そして、それは植田との戦いで見せた、頭の上ぐらいまでボールが跳ねる強いサーブだった。

「セーフ ポイント菅野 ワンラブ」

そう。菅野にはこれがあるのだ。いくら中谷といえど、豪速球を返すのは至難の業。自分にサーブ権があるときは点をとるのが当たり前になり、どうにか相手のサーブを攻略する必要がある。もし、自分のサーブ権で落としてしまえば、流れはぐっと相手に傾く。

それからも、なんどかラケットに充てようとするが、リターンミスになるかダブルヒットになるかで、中谷は菅野のサーブに苦戦する。試合は6対4で菅野がリード。サーブは中谷。

中谷のサーブはぎりぎりラインの左へ。ついに、中谷はサーブでのポイントを落とした。

結局、そのセットは11対7で菅野のものに。


中谷が戦う姿を真剣に見つめる高山は、第2セットになって本気になってきた菅野に対し、すこしの恐怖を感じていた。今まで対戦してきた、もしくは見てきた相手とはサーブのスピードが段違いで、そしてめったにネットにかけない正確性を持っている。正直、このままでは中谷の勝利が危ういのではないか、そう感じていた。

「望」

そんなとき、隣の江越が声をかけてくる。

「なに?」

「中谷君、大丈夫だよね。先輩たちの借り、返してくれるんだよね。」

「それは……」

今隣の同級生から浴びせられた質問に、素直に肯定できる自信はない。それに、江越の質問は、彼女自身が不安に思っているからこそ出てきた質問でもある。

「望は、中谷君のこと応援してないの?」

しかし、それ以降に同級生からきた質問は予想外のものだった。

「仲間なら、勝つって信じようよ。二人がさっきのわたしにしてくれたように。」

たしかにそうだ。どんなに状況が悪くても、中谷の勝利を疑う理由にはならない。もし、この戦いに彼が負けたとしても、今までの先輩や同級生のように暖かく出迎えればいいだけ。ライバル校からの挑発にこだわっていたけど、自分たちは仲間を信じなければいけない。

「大丈夫。まだ1対1.ここからよ。」

「うん。」

二人は小さい声でささやきあい、お互いの手を握る。

(正樹、頑張って!先輩たちの借りとか、わたしたちの夢とか、そんなの抜きにして自分のプレイを)

(中谷君、エースとして勝ってね)


チェンジエンドが終了し、中谷からのサーブ。再び、お互いの点取り合戦が始まる。しかし、菅野は中谷のサーブを見切るようになったのか、簡単にリターンしてくる。サーブを入れあうだけの第2セットとは違い、新たな駆け引きがこの勝負にはある。

「いきます」

「はい」

試合は4対2で菅野がリード。そして、菅野のサーブ。このままずるずる行くのか?

――俺、卓球で世界に行きたいんだ。まだ卓球は世界大会すらないけどさ、俺が大人になって世界大会作って、それで、初代チャンピオンには俺が鳴る。

中谷は、ふと自分が卓球を始めたきっかけを振り返っていた。卓球には世界大会がない。だから、簡単に世界を狙えるスポーツだと思えていた。実際、すこし練習して、中学の時は地方で3連覇。期待の新人として今の高校に乗り込み、大会にやってきた。

それでも、それからは安泰というわけではない。前よりもレベルが上がった大会、国体になれば強い相手もいた。4月からは初心者を二人も迎え、どうなることかと思ったが、その二人はすぐに上達していって、なんなら今は自分よりも目立っている。そんな先輩たちにすこし嫉妬していたのかもしれない。急に卓球初めて結果残した奴がそんなに偉いのか?俺みたいにずっとやってたやつは勝って当たり前なのか?と。

そんな時、仲間が教えてくれた。嫉妬は何も生まない。5人になって新たに仲間意識が生まれ、仲間の勝利も願いながら自分も高めていく。みんなで頂点を取りに行く。いつのまにか、部活はそういうスタイルに変わっていた。先輩たちが大会から消えた今、その目標をかなえられるのは、男子の中では俺だけだ。

――新人君たちがこれからどうするかはぼくにはわからないし、きっと誰も知らないんだろうけど、もし中谷君がこのスポーツの未来を背負って、やがては世界に行きたいと思うなら、この大会で優勝して、国体でも優勝しなきゃね。中谷君が勝てば、きっと新人君たちもやる気を取り戻すんじゃないかな

今、すべてがつながった。自分の未来のために、卓球部のみんなのために、そしてすべてが間違っていなかったことぉ証明するために戦う。

中谷はラケットを真ん中に構え、臨戦態勢をとる。おそらく菅野が打ってくるのは早いサーブ。あの速さなら、ラケットにあたってまっすぐリターンするだけで、力を利用して速度があるボールが相手に帰るはず。強烈なカウンターをお見舞いする、そんな作戦をとった。

やはり、サーブは高速で向かってくる。球の位置にすこしラケットをずらし、リターンする。すこし弾んでネットにかかってはしまったが、それでも球は相手コートへ。数回の打ち合いの末、そのポイントは中谷がとった。

それからも点をとりあい、試合は8対9で菅野がリード。同点にして菅野のサーブに回したほうがいい。そう考え、中谷はあえてゆっくりなサーブを選択し、相手の出方をうかがう。すると、まっすぐ返してきたのでそこをリターンする。しかし、打球は相手の角から外へ。

「アウト ポイント菅野 テンエイト」

ついに追い込まれた。あと1点でも落とせば、すべてが終わる。このスポーツの特徴上、客席から声を出す人は一人もいない。その雰囲気に勝つというのも大会の醍醐味だ。

「プレイ」

審判からプレイがかかる。あと2点。あと2点取れば、ジュースに持ち込めて、試合はわからなくなる。中谷は、すべての思いを込めてラケットを構える。

「いきます」

その時、中谷の頭にふとある作戦が浮かんだ。

それは、返事のタイミングをずらす。中谷は心の中で4秒を数え始める。だが、その前に…。

「ストップ ボールが動いています。ポイント中谷 テンナイン」

思わぬ形で1点をゲットした。その時確信する。菅野はあんな風に挑発してきたが、彼自身も初の準決勝という舞台に震えているのだ。手が震え、ボールを制止しきれなかった。プレッシャーに弱い人間こそ、自分の勝利が近くなると余裕ではなく焦りが出てくる。それに、点差は5点も6点も開いてはいない。たった2点差でサーブ権を得た菅野は、最後の1点をとるプレッシャーと戦っていたのだ。

「プレイ」

審判が再びプレイをかける。

「いきます」

「はい」

中谷は、今度は時間稼ぎはせず、返事をした。

すると、菅野から出されたのはゆっくりなサーブ。中谷はそのサーブを確認してからまっすぐ強烈なリターンをする。そのボールは菅野のラケットに触れた後外に出た。

「タッチあります。リターンミス ポイント中谷 テンオール」

ピンチはチャンスにもなりえる。中谷のピンチはチャンスに変わった。同点になったことで、サーブ権は中谷に移行される。ここからはサーブが1本交代で2点差がつくまで勝負することになる。だが、その場にいた誰もが中谷の勝利を確信するほど、コートにいる二人は対照的に映る。肩や何年もこのスポーツを経験してたくさん優勝メダルを獲得していた猛者。それにたいしもう片方は初の大会出場。ここにきて、経験がものをいう展開になったのだ。

結局、そのセットは12対10で中谷がとり、試合はセットカウント2対1で中谷が勝利した。

「ありがとうございました。」

審判のコールで二人がコートの真ん中に行って握手を交わす。

「中谷さん、やっぱ強いっす。どんな時も落ち着いてて、ほんと心臓ばくばくな俺なんかとは違ってベテランの貫録を感じました。また対戦してください。今度は俺がエースになったときに」

「ああ。頑張って部活存続する」

二人の戦いはこうして終わった。先ほどの江越と阿倍のように、試合が終わった後の二人は、お互いの勝ち負けを忘れ、笑顔だった。

そんな二人をみていた高山は、きっと、スポーツの本質というのはこんなものなんだと一人思いを巡らせていた。純粋な勝ち負けにこだわるのではなく、対戦するときは相手に敬意を払う。そして、結果が出たら素直に自分への結果を認める。その一連の流れがあってこそ、一つの協議で複数の人間が戦うということが成立するのではないか、と。自分ははたしてそうしてきたのだろうか。少なくとも、今まで試合に勝った時、自分がうれしいと思っていただけではないのか、そんなことを考え名がら中谷を出迎える。

「おつかれさま」

「中谷君、おめでとう」

「ああ、ありがとう。あと一つ。あと一つ勝てば」

3人は前を向き、次の試合に備えていた。


しかし、それ以降の試合はスムーズだった。中谷は決勝であっさり坂本を倒した。菅野の時とは違い、圧倒的な強さ。準決勝のほうが決勝だったのではないかとみんなが錯覚してしまうほどだ。

そして、高山はというと、男子の敗戦を受け、ライバル校の選手が全員帰宅してしまい、決勝で対戦する予定だった阿部が棄権となり、自動的に優勝した。

「こんなことってあるんだね」

江越が苦笑気味に言う。

「まあ、彼女に負けた真奈美としてはなんかぱっとしない展開だよね」

「そんなことないよ。望が優勝してよかった。わたしも入賞だし」

二人はこの日、やっと笑顔を見せた。朝からずっと張り詰めることが多く、いつもの卓球部という感じではなかったのだ。それをふと実感したのか、高山がおもむろに口を開く。

「やっぱい、卓球部は楽しく強く、そしていつか頂点に。今年はわたしも中谷君も国体に行けないけど、この調子で来年は必ず優勝ね」

「ああ、俺も来年こそはリベンジだ」

「どうかな。望にはわたしだって負けないし、中谷君には先輩たちが」

「ちょ!江越。ぼそっと不吉なこというのやめろー!こう見えて、先輩たちの成長速度の速さはけっこう怖いんだから。べ、別にびびってなんかないぞ!!俺は世界を目指すために、エースとしての素質があるからなあ。なんつって…」

今まで会話を交わすことがあまりなかった江越と中谷。二人の仲もこうして変わっていった。ある日先輩たちが入部して、この大会が終わるまでの2か月間。いろいろなことが変わった。先輩は注目されるようになったし、卓球部が5人で大会に出るということで、学校内からの注目は去年以上だった。それでも、一番に変わったのは、2年生3人の関係せいかもしれない。

「中谷君、高山さん優勝おめでとう。江越さんも3位か。来年はぜひ、決勝で高山さんと戦ってよ」

閉会式の後、桧山に話しかけられていた。桧山は初の2部として大会に挑んだが、残念ながら準々決勝で敗退したという。

「ありがとうございます」

3人は頭を下げた。

「いやいや。卓球部の未来をよろしく頼んだよ。あと、新人君たちの未来もね」

そういって、桧山はガイドの人とともに3人の前から去ろうとする。

「桧山さん」

その背中に中谷が呼びかけた。

「おれ、答え見つけました。先輩たちのことも、卓球部の未来も、なんなら日本のサウンドテーブルテニスを俺に任せてください。必ず野望はかなえるし、サウンドテーブルテニス=日本が強いって世界に知らしめてやりますよ」

中谷の宣言をひとしきり聞いた桧山は、いたずらっぽく笑う。おとなとして若い子の話は刺激にもなり、なおかつ自分が大人である余裕を感じさせるものだ。

「そっか。ぜひ頑張ってね。ただ、君が知らない世界は日本、いやこの地方にもたくさんある。今度は全年齢共通の大会に出てみなよ。きっといい経験になる」

「はい」

こうして、今度こそ桧山と別れた。

「じゃあ、閉会式も終わったし、先輩たちのところに戻ろうか」

「そうだな」

「うん」

こうして、卓球部の1大イベントは終わり、先輩たちは引退となった。ただ、卓球部としてはこれからが勝負だ。中谷は、最後に桧山に宣言して交わした約束を胸に、明日からも全力でコートに立つことを決めた。


いかがでしたか?

俺たちの約束というタイトルを最後に改修するという(笑)

しかも、後輩たちのストーリーに見せかけてまさかの先輩登場w

きっと、試合は勝っても負けても得るものがあるし、団体で頑張っていればそれはたしかなものになるんだとおもいます。

わたしも今年の卓球シーズンが始まり増した。

中谷君たちに負けないように、今年こそはいい結果をとるぞ!!という感じです。

ラストイヤーに何ができる?はこれにていったんおしまいです。

ただ、続編を望む声がすでに何人からか上がっているので、また近いうちに書けたらななんて思います。

藤浪君たちは卓球部を引退し、受験モードに入っていきます。

今まで後輩ばかりと絡んでいたのが、クラスメイトとの絡みも増えるし、後輩たちもきっと先輩のことを支えようと必死になるでしょう。

どちらかというと、卓球の話ではなく人間関係に重きを置いた話になるかと思います。

それでも読者になっていただけたら嬉しいです。


改めまして、最後までお読みいただき、卓球部を見守ってくださりありがとうございました。


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