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第5_5章 いつか買われますように


その日は、とても最高な1日だった。半年前から変われた自分。戦いに勝てたこと、新たに1歩を踏み出せたこと。あれから1日経過しているのに、今でもあの時のことが1秒1秒頭の中で再生される。まるで、それは何かの映画を見ているのか、あるいは自分が過去にタイムスリップしたのか、そんなことを錯覚させるほど、江越真奈美の中では忘れられない記憶として残っていた。

「おはよう」

朝はいつも、同級生で隣の部屋にいる高山望と朝ごはんに行く。別に約束をしているわけではないが、お互いこの時間にきっちり部屋を出るという習慣は変わっていないらしく、自然と廊下で集まって、食堂に向かう。

「おはよう」

高山は、朝でも明るく挨拶をしてくれる。自分は普段からそんな明るくできる性格ではないが、高山に明るく挨拶をされると、自然と明るくなる江越真奈美であった。

「昨日の疲れ残ってない?昨日長旅だったし、真奈美も頑張ったから。」

「うんうん、大丈夫。1セットしかやってないから」

そう、江越にとっていい思い出として刻まれたのが昨日の練習試合。江越は半年前にひどい負け方をしていたが、その時と同じ相手に見事な勝利を収めたのだ。

「そっか。よかった。」

江越は運動が得意なほうではないし、普段から長く外に出るような性格ではなかったから高山も疲労を心配していたみたいだが、江越にとって昨日のことは苦痛でもなんでもなかった。

「そういえばね、先輩とライン交換したんだ。」

そう、江越にとってもう一つのいいこと。それは、卓球部に突如現れたスター、藤浪雄太と連絡先を交換できたこと。

「え!そうなの?真奈美って律儀だよね。わたしが前に提案したみたいに、卓球部のライングループ作るみたいにしておけば簡単に藤浪先輩のラインが手に入るのに、そうやって正面から聞くんだから。」

高山は、前々から藤浪に近づきたがっていた江越の話を聞いていた。それで、どさくさに紛れて二人がラインを交換する方法を提案していたのだが、江越はいつか自分で聞きたいとその願いを断っていた。ただでさえもしゃべるのが苦手な江越が、先輩から連絡先など聞けるのか、高山は心配になっていたが、どうやらその心配はここで終わりそうだ。

「ま、まあね。先輩は、最初向こうからはなしかけてくれたから自信があったっていうか。」

二人は食堂についてからもその話を継続していた。食堂で話せば先生や生徒に聞かれるという心配はあったが、今の江越はそれよりも高山に昨日のはなしをしたい気持ちがあった。

高山は、江越の話を聞きながら、改めて親友の成長を実感する。今までは、自分がそばにいないと人と会話そのものができなかった江越。それなのに、彼女は自分から1歩を踏み出した、その事実をうれしいと思っていた。

「でね、今度先輩に勉強教えてもらうんだ。」

ただ、いくつか心配なこともある。それは、積極的になることを覚えた親友は、逆に心を許した相手に依存してしまわないか。自分のように同級生で同性であれば多少の許容はできるだろうが、相手は先輩で男子。先輩がそんな悪い人ではないことを知っている高山だが、そこだけは一つの不安材料になっていた。

「そうなんだ。でも、藤波先輩は受験生なんだから、あんまり迷惑かけちゃだめだよ」

だから、とりあえずいったん注意だけしておくことに。

「うん。ゆっくりやっていくよ。」

その返答にすこし安心した高山は、目の前にあるスクランブルエッグを食べ始める。スクランブルエッグはケチャップをかけるより、塩が聞いていてすこし片目が好きという高山。今日の卵はまさにそんな感じがして一人笑った。


「江越さんおはよう」

登校して、江越にいつも話しかけてくれる人がいる。江越の一つ後ろの席に座る、竹安愛マナだ。竹安は、漢字は違えど、マナとマナミで名前が似ていることから、江越と仲良くしたいと思っていて、席が近くなった今はこうやって話しかけてくるようになった。

「……」

しかし、江越は高山に挨拶をされたときとは違い、竹安に挨拶を返さない。江越は、自分と同じものを感じない相手とは会話ができないという一面がある。高山も今では親友だが、うちとけるまでに半年以上の時間を要した。

「なになに?竹安、また嫌われてるし」

「お前さ、本当に飽きないよな」

「てか、こんだけ話して無視されるって、江越のコミュ力というより、竹安のほうに問題あったりして」

その光景を近くでみかけたクラスの男子3人は、竹安を馬鹿にしテイク。

「いいもん。江越さんは緊張してるだけだもん。」

竹安は、江越に挨拶を返してもらえなくても、男子たちにいくら馬鹿にされても、動じることはない。これらに動じない明るい性格が、竹安の売りなのだ。

ただ、その明るさが江越と仲良くなれない一つの理由になっている。どんなことがあっても明るくいる竹安は、きっと自分のことをわかってくれないのではないか、江越はそのように決めつけていた。

「竹安さん。」

見かねた高山が、竹安のほうを向いて声をかける。

「高山さん…。な、なによ?」

「押してもだめなら引いてみることも大切よ。竹安さんは押しが強いと思う」

高山は、クラス委員ということもあり、このようなときにどうまとめればいいか、なんとなくわかっている。しかし、事態は予想外の方向に向かう。

「なに?ちょっと人付き合いうまいからって上から目線?」

竹安は高山に向かってすこしずつ歩み寄り始める。しかし、先ほどの男子3人組が間に入り、竹安を制止する。

「逆切れとかたちわるくね?」

「てか、ずぼしだから切れるしかなかったりして。」

「うわあ、人付き合いうまい高山に嫉妬かよ。まじないわあ」

男子3人はそれからも好き勝手に竹安をののしった。さすがにそんな展開を想像できなかった高山と江越はその場でかたまるしかなかった。自分のしたことが余計な争いを招いてしまったことを後悔する二人。

ふつうこのような争いは同性同士で勃発するものであるが、この学校のように少人数の場合は、性別を超えた争いに発展することがある。

「竹安ってさあ、いつも明るいけど、正直何考えてるかわからないよな。」

「あ、わかるそれ。なんていうか、誰に対しても笑顔振りまいて、自分のものにしようとしてたりとか」

「うわあ、まじでこわくね?おれたちだって、油断してたら竹安のものになっちゃうってことかあ?」

ぞくぞくと登校してきたクラスメイト達は、収まるまで教室に入るのを断念し、各々廊下で立ち尽くす。その場に、男子たちを収束させることができるものは誰もいなかった。

結局、ホームルームのチャイムがなり、先生が教室に入ってきそうなのを確認し、全員着席して争いは終結した。

一連の流れを見ていた江越は、どうとも表せない複雑な心境にさいなまれていた。喧嘩の原因は、自分が竹安とコミュニケーションをとらなかったこと。それが、あんな大きな争いに発展するなんて。竹安のことは信じることができそうなのは先になりそうだが、今回ばかりは挨拶を返せなかったことを後悔する。

「江越?聞いてるか?」

ふいに、先生から声をかけられる。そういえば、今は自分が苦手な数学の授業中だったということを思い出す。

「は、はい」

「教科書の25ページ、問題2をやってみろ」

江越は慌てて教科書を開くが、ただでさえも苦手な数学、そんなのこたえられるわけもなく時が過ぎる。

ふと、後ろから肩をたたかれ、江越は後ろをふいカエル。すると、後ろの席の竹安が、1枚の紙を渡した。

「おい、何やってんだ?早く答えろ」

江越は何がなんだかわからずに紙を受け取り、中をみる。そこにはこうかいてあった。

――問題2 x+3

つまり、これは問題2の答えということだろうか。江越はすこし疑いを持ちながら答える。

「x+3です」

「正解だ。江越もやればできるじゃないか」

先生はそういうと、また授業を続ける。

竹安が、ピンチに陥った自分を救ってくれた?なんで?今までひどいことをしたのに。江越の中で一つの疑問が浮かんだ。それと同時に、この授業が終わったら竹安にお礼を言おうと決心する。

授業が終わり、江越は後ろの席を振り返る。しかし、竹安の席の周辺にはほかの生徒たちがいた。

「お前、すごいな。あんだけ嫌われても答え教えちゃうとかまじいいやつかよ」

「ここまでくるとなんていうか、執着?」

「なになに?おれなーんにも見てなかったー。竹安がまたなんかしたのー?」

そう、朝に勃発した争いは授業が終わるたびに再開する。男子たちは思い思いに竹安に悪口を言っていくのだ。

「ちょっと、やめなよ。たしかに、竹安さんは押しが強すぎるけど、3人だって度を越してると思うよ。」

このような争いは勢いが強くなる前にとめたほうがいい。そう考えた高山は、男子たちをとめられるように声をかけた。

「ええ?高山さん、竹安のことかばうんすかー?」

しかし、それでも男子たちは高山の言うことを聞こうとしない。今までクラス委員としてここにいる17人をまとめてきた高山だったが、今回はまるでお手上げ、先生の力を借りるかと立ち上がろうとした瞬間……。

「そうだよね。わたしが悪いんだよね。わたしが余計なことしなけりゃ、みんな楽しく過ごせるんでしょ?江越さんも高山さんもなんかごめんね。」

竹安は、さすがに今回男子たちに言われて傷ついたのか、いつもの明るい笑顔とは違い、今にも泣きだしそうなそんな声と表情で、クラスメイト達に言った。

しばらく何もできない江越と高山。竹安はさらに続ける。

「みんな安心して。わたし、今週いっぱいで転校するから。本当はだまって転校して、だれか寂しがってくれたらいいなあとか思ってたけど、どうせみんな寂しがってくれないみたいだし、わたしいらないみたいだし、もう今日からいなくなるね。じゃあ、今までありがと」

そういうと、竹安は足早に江越の横を通り過ぎながら教室を出て行った。

「なんだあいつ?転校とか嘘だろ。」

「まあ、ほんとうだったとしても、これならこれでちょうどいいんじゃね?」

「うわあ。それはがちでひどいってー!事実だったとしても言っちゃだ!め!だ!よ♪なーんちって」

そう、ここには竹安の転校を寂しがる人は誰一人いないような空気が漂っていた。

そんな中、江越真奈美は考える。今まで自分に対して明るく接してくれた竹安愛という存在。自分は人と話すことが苦手だけど、苦手だからと言って他人を遠ざけていい理由にはならない。もし、それだけの理由で竹安を遠ざけていたのなら、自分は竹安に対して無意識にひどい仕打ちをしていたのではないか。

自分が入学したころ、もともとの雰囲気のせいか、話しかけてくれたのは高山だけだった。高山は、竹安とは違ってこちらの話も聞いてくれていたから仲良くなれた。でも、本当にそうなのか?もしかして、自分は高山にはなくて、竹安には壁を作っていたのではないか?というか、最近仲良くなった先輩だって、直感で仲良くはなれたけど、高山だって竹安だって先輩だって自分から話しかけてくれたという点は同じだ。じゃあ、なぜ竹安だけに壁を作ってしまったのか?

その答えは、やはり竹安は自分には持っていない、何事にも動じない笑顔があったから。だから、何もわかってもらえないと思って壁を作っていた。それでは、今回の件で傷ついた竹安は、自分と同じなのではないか?今の竹安の気持ちなら、じぶんが理解できるのではないか?

江越はチャイムが鳴る直前まで考え続け、席を立つ。

「真奈美!どうしたの?」

高山が心配そうに江越に声をかける。それでも、江越の決断は揺るがない。

「竹安さん、探しに行ってくる。必ずつれもどすから、先生にはうまく言ってくれると嬉しい。」

クラスメイト達が唖然とした。江越は、こんなに長文をクラスでしゃべったことがないし、このように意思表示をしたことがない。

「わかった。でも、無茶はしないでね。」

チャイムが鳴り、先生が入ってくる直前に、江越は教室を出て駆け出した。

「そういえば」と、江越は1か月前を振り返る。自分にも似たようなことがあって、傷つきながら一人泣いていたところを先輩に助けてもらったんだった。あの時の先輩みたいに優しくクラスメイトを救えるだろうか、そんなことを考えながら廊下を速足で歩く。あの時の自分は、2年生の教室で一人で泣いた。しかし、その教室は現在授業で使われている。となると、別の選択肢があるわけだが、まずは寮に変えるという選択肢。しかし、2年生は授業の間は寮に帰ることは教員の許可が必要になるため、今はその選択肢はない。次に考えたのは空き教室。空き教室であれば、めったに見回りもこないし、的確に隠れるにはちょうどいい。そう考えた江越は、空き教室のいくつかを見定め、雰囲気を確かめる。

いくつかの部屋は中から声がしていたのでおそらく授業中。残り二つに絞られた空き教室の候補。ここで間違ってドアを開けたところで問題はないと思い、まずは一つ目のドアを開ける。

「竹安さん……?」

江越はドアを開けると同時に声をかけた。しかし、やはり返事はないし、人気がない。ここは外れ化と考え、もう一つの教室に向かおうと扉を閉めようとした瞬間……。

「江越さん!なんできたの?道場?いつもわたしを避け続けてたくせに、ついに見ていられなくて慰めに来たっていうの?」

いつも自分に声をかけてくれるたけやすとは思えないほど、怒りに満ちた声が江越に降りかかる。

「それは……」

江越は返事に困っていた。竹安がいうことは事実なのかもしれない。今まで彼女お無視してきた自分がいきなりこうやって彼女を探しているのはただの道場なのではないか、彼女にそのような不信感を抱かせてもそれは十分仕方ないことであった。

「とりあえず、いろいろ面倒だから、入って。」

確かに、扉を開けたまま言い合いをしていたら通りかかった人が気づいて問題にもなるかもしれない。江越はゆっくり教室のドアを閉め、竹安のもとに向かう。

「で、私に何か言いたいことでもあったの?」

竹安は、先ほどとは違って冷静に江越の言葉を待っていた。

「あの…その…。今まで何も返せなくてごめんなさい。竹安さん、ずっと私に話しかけてくれたのに、どう返したらいいかわからなくて。それで、竹安さんのこと傷つけて。」

江越は途切れ途切れになりながら、今まで自分がしてきたことを謝罪し始める。

「へえ。そうなんだ。こんなことにならなきゃ気づかないんだね。そりゃさ、話すのが得意な人、苦手な人、いろんな人がいていいと思うよ。それでもさ、江越さんは1度も私のこと見てくれなかったじゃん。最初から私のことあきらめて、もう2度と仲良くしたくありません見たいな態度とって、踏み込む隙も与えてくれなくて。わたし、何か悪いことしたの?江越さんが私を嫌いになるようなことしたの?」

竹安は、江越の謝罪を受け入れられなかったのか、あるいは受け入れたうえで自分が何か悪いことをしていたら謝罪したいと思ったのか、一気にまくし立てた。

江越に衝撃が走る。竹安が言っていることは何も間違っていない。そして、竹安は自分に対して何も悪いことをしていなかった。完全に、壁を作っていた自分が竹安を傷つけていたことを目の前で証明された。えごしは数分考えたのち、正直に思いを告げた。

「私は、だれに対しても笑顔でいるとか、元気に挨拶するとか、積極的になるとか全然できなくて。だから…竹安さんが羨ましいって思ったし、私と正反対な竹安さんは私の気持ち、理解してくれないだろうなって勝手に考えて…壁を作って…。」

江越は、改めて自分がしたことを声に出し、自分への罪悪感が押し寄せてくる。それでも、最後に一言言わなければいけないことがあると、自分を奮い立たせる。

「本当にごめんなさい。竹安さんは何も悪いことしてないよ。私が勝手に遠ざけて、勝手に傷つけて、だから、全部私の性。だから、今からでもできることがあるなら何でもしたい。」

江越はすべてを言い終え、竹安の返事を待つ。自分の思いは伝わっただろうか。逆に、何もしていないことを改めて示したから本格的に嫌われるだろうか。

「なーんだ。江越さん、ちゃんと話せるじゃん。こうやって、高山さん以外ともしっかり会話できるじゃん。」

竹安の答えは、江越にとっては予想外なものだった。そして、竹安はさらに続ける。

「ちゃんと自分が思ってること言わないと、相手に誤解させるんだよ。それで、余計に恨まれたり、自分の周りに気づけば誰もいなかったり、悲惨な人生をたどるんだよ。相手に何も期待してないならいいけどさ、自分がすこしでも伝えたいことがあるなら、しっかり伝えようよ。」

たけやすのこえは、この教室に入った時とは違い、いつもの明るい声になっていた。

「私に…できるかなあ。」

「できるよ。今こうやってできたんだから。伝えたいことをちゃんと伝えてれば、自分の周りは明るくなるよ。」

「ありがとう。そういえば、転校って?」

江越は励まされた後、先ほど竹安がしていた発言について気になることを聞いてみた。

「ああ、それね。お父さんの会社の都合で転校するの。寄宿舎に入ればそんな必要ないんだけどさ、私は寄宿舎とか無理だから。学校は通学したいし、だから転校なんだ。」

「そうなんだ。せっかくこうやって話せたのに、なんか寂しいな。」

「そういっていられるのも今のうちかもよ?なんか、偶然なのかなんなのか、私と入れ替わりで、西さんっていういけめん先輩が転校してくるらしいから。」

江越は、今の話に若干ついていけないところはあったが、先輩と聞いて、一人の先輩を思い出していた。

「そうなんだ。新しい人かあ。また不安だな。」

「もう大乗ぶだよ。まあ、先輩だから関わることないのかもしれないけど。」

二人はすっかり打ち解けて話をしていた。入学して1年とちょっと。やっと二人は巡り合えたのだ。

「あのさあ、竹安さん」

江越は、今自分が考えていることを竹安に話してみようと考えた。卓球部にもいないし、もうこの学校を去る同級生に、自分の気持ちを伝えておこうと考えていた。

「愛でいいよ、真奈美ちゃん。」

竹安は、そんな江越の気持ちを悟ったのか、またすこしずつ距離を詰めていく。

「ありがと。えっと、愛!私、好きな人がいるんだ。同じ部活で、年上で、お手本にな寮な人なの。」

「そうなんだ。真奈美ちゃんが好きな人をねえ。じゃあ、今日身に着けた積極性を生かして頑張ればいいことあるんじゃないかな。応援してる。」

「ありがとう。頑張ってみるよ。」

二人はそれからずっと笑いあいながら、今までの自分たちの話をしていた。

今が授業中なのを忘れ、チャイムが鳴るまで空き教室で話していた二人。次の授業はさすがに出る必要がありそうだと、二人並んで教室に戻る。

「真奈美、竹安さん、おかえり。」

ドアを開けると、先に迎えてくれたのは高山だった。ずっと二人を心配していたのか、かなり安心したような声色だ。

「ただいま」

「ただいま。高山さんも、迷惑かけてごめんね。」

二人は高山に挨拶をして、自分たちがいた席に着く。

「あれ?あれれ?まじで?江越と竹安が仲良くなってる。え!まじ、これどういうこと?」

「つまりはそういうことなんだろう。竹安が誇る安心感が、江越の壁を越したのだろう。」

「いや、お前、かけてるように見えてうまくないからね?」

クラスもすっかり元通り。1時間前にあったような重い空気はそこにはもうなかった。

それを確認してから、竹安はクラスメイト全員のほうを向き、口を開いた。

「みんな、さっきはごめんなさい。私もかっとなりすぎた。あのさ、転校の話、本当なんだ。今週で終わり。だから、私の思い出作り、みんなに手伝ってほしいな。」

「ええ!愛ちゃん、転校しちゃうの?」

「思い出作りかあ。今週で終わりということは、今日が月曜日だから、あと5日かあ。んじゃ、ここは盛大になんかやりますかあ。」

「いや、なんかって抽象的だからあ。」

竹安をさんざんののしっていた男子3人が、めっちゃやる気になっている。その様子を眺めながら、江越は考えた。この3人のうち、だれか一人、もしくは全員が、竹安に対して好意を抱いているんだろうなと。

「行事なら、クラス委員に任せて。じゃあ、何をやるかと、役割分担決めましょうか。昼休み、早めに教室戻って話し合いしましょう。目指すは、今日中にやること決めて、二日で準備、部活とかが少ない金曜日に実行ね。」

やはり、こういうときに高山は頼りになる。あっという間にクラスをまとめ始めた。

このクラスはみんな仲がいい。だから、これが本当の2年生なんだと、江越は考える。そして、今度こそ、自分もその輪に入りたいと願いながら、次の授業に向けて準備を始める江越であった。


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