第2.5章 初めての役員会議
こちらは、ラストイヤーに何ができる?第2章後のストーリーとなっております。
役員会議、というと何か大袈裟に聞こえるだろうか。それもそのはず、高校の部活程度で、役員会議なんていうひとはそういないだろう。事実、卓球部でもそんな会議は開催されていなかった。
しかし、事情が変わった。2年生3人以外に、3年生の二人が新入部員として卓球部に入ってきたのだ。確かに、高山が新入部員の勧誘を行っていたが、まさか3年生がくるなんて予想もしなかった3人。しかも、その3年生は卓球に対するキャリアがほとんどなく、これからどうするのか、といった具合である。
一応、金本先生にも報告して、部員として受け入れることは決まった。ただ、とりあえず2か月後に迫った大会に対して彼らがどこまでレベルをあげられるかは未知数といったところだろう。
二人の入部について好意的だったのが部長の高山だ。彼女は自分が二人を勧誘したこともあり、二人を部員として受け入れる準備を進めていた。自分の練習は減ってしまうかもしれないが、二人を育成することを目標に部活の時間をささげようと考えていた。
ただ、二人の入部にたいして否定的な意見を持つ者もいた。副部長の中谷だ。中谷は、強い卓球部を作ろうとチーム作りに動いていた。強い卓球部を作りたいのに、今更新人なんかいれて部が弱体化しないか、それを心配していたのだ。その心配が当たるか外れるか、それを確かめるために中谷は二人に5点勝負をしかけたが、最初に勝負をした植田という先輩は、卓球のなんたるかをわかっていない。2番目に勝負した藤浪という先輩は、多少はできるかもしれないが、強い卓球部の戦力としては不十分だと感じていた。
ただ、二人を断ると一つ問題が生じてしまう。それは部活動規定。4人以上部員がいない部活は廃部となるという規定がある。卓球部は二人を外すと3人。強い部活を作る前に、部活そのものが廃部になってしまう危険性があった。そこで、二人を受け入れることは確定として、二人に対してどのような扱いをするのか、高山と中谷は二人っきりで話す場を設けていたのだ。
「お疲れ様。」
先に待ち合わせ場所に来ていた中谷に対し、後から現れた高山が声をかける。
「おお。なんかこう、いつも二人で会ってるのに、仕事で話をするとなるといろいろ新鮮だな。」
「そうかな?とくに変わったこともないんだし、改まる必要ないと思うよ。」
中谷は、高山に比べて話すのが得意ではない。とくに、先輩たちの前になると顕著に表れる。高山と二人っきりになったときも、エンジンがかかるのに時間を要するのが好例である。
「で、今日こうやって仕事の話をしてるのは、新入部員のことだよね?」
「ああ、そうなんだ。たしかに、卓球部はあと一人部員を入れないと廃部になってしまう。それはわかる。でも、あの初心者の先輩二人を入れて、強い卓球部が作れるとは、俺には思えないんだ。」
話題が本題に移ったと同時に、中谷は語り始める。中谷は、もとから人を信頼できるタイプではない。同じ部員で同級生の江越のことも信頼しているかといわれればきっとすぐにイエスとはならないはずだ。だからこそ、さっきはひどいことを言ったわけだが。
「俺は、強い卓球部を作りたい。俺と望で優勝するのももちろんだけど、大会に出れば賞の常連で、学校単位で有名になって、それでいつか世界に行きたい。」
中谷は、コミュニケーションは苦手でも、熱い思いを持つ男。中谷なりに卓球に命をかけているし、本気で上に立ちたいという思いが彼にはある。
「中谷君。あ、違った。二人っきりだから、正樹。言いたいことはわかるけど、人に教えることもわたしたちの実力を高めることにならないかな。たしかに、強くなる練習は今まで見たいにできなくなるかもしれない。それでも、先輩たちにわたしたちが教えることによって、気づくこともあるとおもうの。それに、ただ強いだけじゃ、本当に愛される人間にはなれないから。」
高山も、自分の意見を語り始める。高山にとって、強くなるということは絶対的な強さではなく、強くて人望も熱い人間のことをいう。だからこそ、中谷が言うような理由で、先輩たちをほったらかしにすることはしたくなかった。
「でも、うちには江越がいるだろ。彼女も育成中なのに、育成する人二人も増やして、俺たちには何が残るんだ?望みも見ただろ。ライバル校のこの間のプレイ。向こうは確実に即戦力を獲得して、俺たちをつぶしに来る。俺たちは、こんなところで終わって茶いけないんだ。今年は国体に行けないけど、来年なら2年たって、また国体にも出場できる。今度こそ国体で優勝して、どうどうと帰ってきたい。」
「落ち着いて、正樹。」
机を一つ挟んで、今にも身を乗り出してきそうな中谷を、高山は慌てて制止する。
「わかるよ。わたしも去年優勝できなかったから。中学のときから、県大会レベルでは優勝してきて、やっとたった全国の部隊。そこで優勝できなかったことが悔しくないはずない。」
高山と中谷は、卓球を何年もやっている。高校に入るまでも、地元でプレイをし、大会に出て賞を取ったこともある。それでも、中学生の間は国体に行く夢はかなわなかった。去年、高1のときに初めて国体に出場した二人。しかし、結果は金メダルを持ち帰ってくることはできなかった。自分たちは何が悪かったのか、当時の自分たちに足りないものはなんだったのか。初めての屈辱を味わった二人はずっと考えていた。
そして、二人がたどり着いた答え。それは、今までの自分たちが持っていた甘さを捨て、強いプレイヤーになるためにたくさん努力して、だれにも負けない精神力と技術力を磨くこと。少なくとも中谷はそう思っていた。
3年の先輩が引退したと同時に、部長と副部長になった高山と中谷。そこに、高山から誘われて入部した江越。3人体制になった卓球部は、ただ強くなることを目標に進んで、今に至る。
そのやり方を貫くようになってから、ライバル校との練習試合ではこちらが圧倒的な勝利を手に入れることが多かった。ただ、江越真奈美だけはその中には入っていなかった。
みんなで勝ちたい。そう思っていた高山は、江越のプレイを観察し、アドバイスをする。その育成の途中で、藤浪と植田が入部してくることになったのだ。
中谷は、江越の育成中であるから、これ以上部員の育成はできないという。しかし、部長の高山は、そんな中谷の意見を聞いたうえで語る。
「わたしね、だれでもいいから勧誘してたわけじゃないの。あの先輩二人だから、卓球部にきませんかって声かけたんだ。あの二人なら、きっと何かやってくれる、わたしたちが知らない何かを二人は教えてくれる、そう思った。」
「先輩方が持ってる、俺たちにはない何か?」
そう、高山は藤浪たちを見かけたとき、ある何かを感じていた。二人のことは名前ぐらいしか知らなかったけど、初めて顔を合わせたとき感じ取ったものがある。
「わたしたちさ、今まで強くなることばっかりで、純粋に協議を楽しめてなかったと思う。いつもきついメニューをこなすばかりで、この部活に笑顔がなかった。それのせいで、真奈美も嫌になったんだよ。それを、藤浪先輩が手を差し伸べて真奈美は戻ってきた。だから、先輩たちにはどんなにきつくても笑顔を忘れさせないパワーがある。これ、長く戦っていく上では大事だし、絶対忘れちゃいけないことなの。わたしは、先輩たちを初めて見かけたとき、うらやましいって思ったよ。話題は青春がどうのって感じだったけど、自分たちのつらい部分まで笑顔で話してて。だから、わたしは先輩たちと戦いたい。」
高山が語る、部活に足りないもの。それは協議を楽しむ、あるいは自分が置かれている状況そのものを楽しむ力。その足りないものを補ってくれるのが藤浪たちであることを彼女は悟ったのだ。
「……。でも、俺は反対だ。大会があと1年とか先ならそれでもよかったかもしれない。大会は2か月後なんだぞ。その状況で二人を加えて、今更どうすることも。」
「まだそんなことをいうの?」
高山は、中谷の声を遮った。普段はしっかりもので、みんなをまとめる高山。まとめるために信念を持ち、しっかり意見を伝えていく。
「この2か月が無駄だと思ってたら、わたしは先輩たちを選んでない。協議を楽しめるってことは、二人ならきついメニューも楽しめる。絶対、中谷君と優勝争いができるようになる。だから、先輩たちとしっかり練習しよう?」
中谷は、高山の話を最後まで聞いてから、何秒か沈黙する。自分が作り上げようとしていた部活はそもそも間違っていたのか、強くなるために練習をすること以外に必要な部分があるのか。頭の中で考える。
「俺が、間違ってたのか?強い卓球部を作ろうとしてたのが間違ってたのか?」
「いや、そんなことないよ。正樹のやり方は正しい。正しいけど、そのやり方だと、1回落ち込んだら立ち直れない。これまでの真奈美のように。だから、正樹のやりかたで成功するために、先輩たちというピースが必要なんだよ。」
中谷は、その高山の言葉を聞いて安心していた。先輩たちを入れることによって、自分のやりかたが間違っていると証明されるのではないか、自分は蚊帳の外になるのではないか、そんな不安を一人で抱えていた。それでも、高山は自分のやり方を肯定してくれた。中谷にとって、その言葉ですべての決心がついた。
「わかった。望の言う通りにするよ。」
やはり、口数の少ない中谷は、心の中で思っていたことのすこししか伝えることができていない。
「ありがとう。じゃあ、明日からしっかりやっていこうね。はたして、どちらの先輩が正樹と決勝で戦うのかな。とおもってたら、準決勝で正樹が負けたりして。」
「お、おい!そんな不吉な予想をするな!!」
伝えたいことをしっかり言葉にして伝えられる高山と、言葉にはしないけど一言で表す中谷。ひょっとしたら、中谷の言動は周りからわかりづらいと思われるかもしれない。それでも、高山にはこの一言で十分だった。
「わからないよ。前回の大会で上位を取ってた人が油断して、初出場の人に負けることなんておおいにあり得るんだから。」
「な!フラグ立てるのやめろって。」
「まあ、そうならないためにはお互い練習を頑張ることだよね。」
高山は一呼吸おいて立ち上がり、中谷の横に移動する。目の前にいたはずの高山が急に隣に来たことで、すこし驚く中谷。
「卓球部は賑やかになるけど、これからもよろしくね、正樹。絶対二人で優勝しようね。」
高山は中谷の右手をとり、そっと手を握った。4月ということもあってか、季節は春。中谷の手を握る高山の手は、ほんのり暖かい。
「ああ、もちろん。」
このようなとき、男というのはどんなことを言えばいいのか、その答えを知らない中谷であったが、高山との約束を果たそうと心に決め、返事をしたと同時に高山の手を握り返す。高山よりすこし手が大きくて、すこし握る力が強い。そんな中谷だが、高山にはそれがここちよかった。
ここから5人でスタートする卓球部。部活に足りなかった新たな仲間を加え、強い部活を作ろうという、中谷と高山の一つの物語が始まるのだった。