後編(王女視点) ※イラストあり
2022.7.19 砂臥 環様より王女のイラストを頂きました。作中で飾っております。
私は人として大事なものが欠けている。
いつの頃かそれを自覚した時、私は小さく絶望した。
皆が笑っているのに私は笑えない。
皆が楽しそうなのに私は何も感じない。
お父様とお母様が笑顔で名前を呼ぶのに私は無表情のまま。
私の心の中は、大きな穴が空いていて、どんな人の声もどんな人の気持ちもその穴の中に吸い込まれて消えていってしまう。何も残らない。何も感じない。
赤子の頃から私は泣きもせず、笑いもしない赤子だったらしい。お父様とお母様は心配しつつも、手のかからない良い子だと思っていた。
それでも月日が経ち、赤子から子どもになった頃、ようやく二人は私の異変に気付いた。
国中から名医を呼び寄せ私を診せた。しかしどの医者も首を振ってこう言った。
『王女様には感情が欠落しています。心の病気です』
それを聞いたお父様とお母様は涙を流した。今なら分かることだが、嘆き悲しんでいた。私は二人がなぜ泣くのか分からなかった。でも、そんな顔をさせてはいけないことだけはわかった。
私は自分にはない感情のことを調べだした。誰かに聞くと困ったようにするだけで、誰も教えてくれなかった。だから、本で調べた。文字を覚え、感情が何か分かろうとした。
そして知ったのだ。感情は人にあるべきもので、ないものは人形と同じだということを。
それならなぜ、私は人形で生まれなかったのだろう。なぜ、人として生まれてきてしまったのだろう。
なぜ? なぜ?
疑問を感じつつ、私はあることに気付いた。二つ下の妹のことだ。妹といるとき、お父様とお母様は笑顔だった。妹も笑顔だ。幸せそうな顔をしていた。
しかし、私といるとき、二人は笑わなかった。私も笑わなかった。幸せそうな顔は誰もしていなかった。
それに気付いた時、私は小さく絶望した。そして思ったのだ。
私は人ではない。人形だ。誰も幸せにしない人形だ。だから、壊れてしまえばいい。
死への恐怖はなかった。ただ、ただ、壊れて消えたかった。それが初めて芽生えた私の感情だった。
それから私は皆の隙をつき、自分を壊そうと奔走する。時にはナイフで刺してみたり、時には高いとこから身を投げ出した。
しかし、私は壊れなかった。
身を投げ出して大ケガを負った私に、お母様は専属の騎士を付けようと言い出した。4歳の頃だ。
私は冗談じゃないと思った。
これ以上、邪魔されたら壊れられない。私は専属の騎士を遠ざけようと様々な嫌がらせをした。
あるものはナイフを振り回して追い払った。でも、最も効果的だったのが、花壇の花の話だ。
私専用の花壇には人をだんだん弱めさせる効果のある花を植えている。自分用に植えたものだったが、それを嫌いな人に送る用なの。というと、大抵の騎士は恐れて私の前から消えた。
でも、お父様はお母様にせがまれ、次から次へと騎士をよこし私の護衛にあたらせた。私は目的が遂行されず、うんざりする日々が続いた。
そして、5歳の頃、スターチスに出会う。
彼は優秀な騎士らしいが、表情を一つも変えずに敵を切り刻む冷酷な面も持ち合わせていた。感情が読めなくて扱いにくい。そう上司に評価されていた彼は空きができた私の護衛にうってつけだったらしい。
私は彼に対して興味はなかった。どんな人でも追い帰すつもりだった。だから、私はあの花壇の話をしたのだ。ずいぶんと上手くなった悪魔の笑顔をしながら。
スターチスは固まって顔をひきつらせていた。でも、私の前から逃げなかった。それどころか、他の花も植えましょうと言って、あっという間に花壇を変えてしまった。
私の花壇には私の名前と同じトレニアの花が植えられた。
『あなた様にぴったりの花です』
スターチスはそう言っていたけど、私はそうは思わなかった。小さい花をいくつもつけたそれは、キレイで可愛らしい。
穴の空いた人形の私とは似ても似つかないものだ。
早く追い出したかったのに、スターチスはなかなか騎士をやめなかった。
ある時はナイフを振り回して狂ったように見せかけた。しかし、彼はするりとかわすとなんなくナイフを奪った。
『美味しいリンゴがあるので、このナイフで剥きましょう』
そう言って、リンゴの皮を剥き出した。食べたリンゴは甘酸っぱかった。
スターチスはただの騎士ではない。武器の使用はかなわないと理解した私は彼を追い出すための知識を求めた。最初に辿り着いたのが薬学だ。そこには、人を貶めるしびれ薬やら、毒やらがたくさん載っていた。それを見つけたとき、私は初めて高揚した。嬉しくて夢中で知識を貪り、実験と言いながら、スターチスに様々な薬を盛った。
しかし、毒を盛っても、彼は顔色を悪くするだけで、やっぱり私のそばにいた。
しびれを切らした私は毒矢を彼目掛けて放ったこともあったが、やはり避けられてしまった。
そのうち、スターチスは毒の耐性がついてしまい、効かなくなってしまった。
次に私は錬金術にはまっていく。ただの武器ではなく、爆弾などの強力な武器ができるのが嬉しかった。
これなら、きっと、スターチスも逃げるだろう。爆弾を抱えてにっこり笑う姫なんて不気味でしょ? 私はその効果を確かめるために、まずは食事の世話をしてくれた侍女にやってみた。彼女は悲鳴を上げて逃げ出した。効果は上々のよう。次に花壇の世話をしてくれていた老人にしてみた。彼は私をひどく罵って逃げ出した。またも効果はあった。
実際に爆弾を爆破しなくても、抱えているだけでみんな逃げ出していく。私は期待を胸にスターチスに爆弾を見せた。
しかし、彼は逃げなかった。
『トレニア様…爆弾は危険なものです。間違えて爆破したら大変です。みな、死んでしまう。私が陛下にかけあうので、お城とは離れた場所で爆弾を作りましょう』
そう諭された。みなが死ぬのは困るので、私は素直に従った。
スターチスは私が何をしても逃げなかった。その事実に私はだんだん苛立ってきた。そして思いつく。
そうだ…この爆弾を爆破して死んじゃえばいいのよ。
元々はそれが目的だったはずだ。私はスターチスの目を盗んで、森の奥深くに入り込み、誰もいないところで爆弾に火をつけた。
『トレニア様!』
いつの間にか追っかけてきたスターチスが私を抱えて走り出す。私は爆弾から手をはなしてしまった。
ードゴン!!
けたたましい音が森中に響き、全てが消し飛ぶ。その光景を私は見れてしまった。そう、スターチスが体を張って私を庇ったので、私は死ねなかった。
『トレニア様!大丈夫ですか!?』
焦った声にこくりと頷くと、強く抱きしめられた。あたたかい。こんな風に誰かに抱きしめられたのは、初めてだった。
『トレニア様、お願いですから、爆弾を爆発させるのはおやめください。死んでしまいます』
スターチスは何も分かってない。私は死にたいのよ。だから、している。それだけよ。死にたいなんて言ったら、余計に監視の目が厳しくなるから、言わないだけよ。
でも、なぜかしら。スターチスが言った言葉は私の心をあたたかくする。変ね。なんだか、気まずくてポツリと呟いた。
『森を一つ無くしちゃった。私ったらうっかりやさんね』
そう言ったらスターチスが絶句していて、少し面白かった。
爆弾の爆破をやめさせたいのか、スターチスは私に提案する。
『トレニア様。トレニア様の作る爆弾は強力な兵器です。たくさん作ると国の武器となり、周辺国への牽制にもなるでしょう。だから、もったいないので、爆破はおやめください』
国の武器…たくさん作っておけば、お父様は喜ぶかしら? そう思った私は爆弾の使用をやめ、開発にのめり込んだ。
物騒なものを開発しているため、私の周りにはスターチスしか近寄らなくなった。食事もお茶もすべてスターチスと共にした。
『今日はいい天気ですね』
お茶を飲んでいた昼下がり、ふとスターチスは笑顔で話し出した。いつもは焦っているか真剣か、絶句した顔しかしていなかったスターチスが、そんな風に穏やかな表情は珍しかった。
そういえば、爆弾の開発にのめり込んで以来、スターチスを襲うこともなくなった。もしかしたら、これはごく普通のお茶の時間なのかもしれない。
それを私はいいと、感じている。
ードクン
ん? これは?
『どうかされましたか?』
『……なんでもないわ』
その日から私はおかしくなる。スターチスを見るとドキドキと心臓が苦しくなるのだ。特にスターチスが微笑んでいる時や、私に少し触れた時は特にダメだった。心臓はうるさく、変な汗までかきだす。
これは、まさか…
毒を盛られた?
そんな隙はなかったように思えるが、スターチス以外に私に近づく人はいなかったから、彼以外ありえなかった。
毒を盛られたのなら丁度いいのかもしれない。このまま死ねるなら…彼の手にかかるのも悪くない。
そうして、私は死を待った。
スターチスを見るだけで心臓は苦しくなりいよいよ毒が回ってきたと思った。
しかし、一年経っても、二年経っても、私は死ねなかった。
おかしい…。
こんなに遅延性の高い毒などあるだろうか。
私は薬学の本をひっくり返し、毒を調べた。似たようなものはあったが、なにか違う気がする。これは毒ではない? そう考えた私は心臓がドキドキする理由を探した。
そして、見つけた。
理由は最悪だった。
誰かを見つめると、心臓が高鳴る。
それは、恋だと。
まさかと思った。私は感情が欠落した人形。愛など知らない穴の空いた人形だ。
それが恋?
そんなもの私にはないはずだ。ないはずだ…。
『トレニア様、どうしましたか?』
スターチスが優しい声で名前を呼ぶ。
それだけで何かが込み上げて、泣きたくなった。
否定しても無駄だ。
私は、スターチスが好き。
誰も幸せにしないくせに。ただの人形のくせに。私の心は浅ましい。誰かを思うなど、そんな資格ないのに。
早く壊れたかった。
消えてなくなりたかった。
でも、私の異変に気付いたスターチスが常に心配そうにぴったりとそばについていた。
『トレニア様、お食べください。少しでも食べないと、体を壊します』
優しいスターチスの言葉にまた泣きたくなった。
いいのよ、スターチス。私は壊れたいの。無くなりたいの。だから、ほうっておいて。
『わかりました。トレニア様が食べないのであれば、私も食べません』
それはダメ! そう思ってしまった私はやっぱり浅ましかった。スターチスの言葉に結局負けて、私はスープを口にした。
『美味しいですね、トレニア様』
口にしたスープはあたたかく、どこまでも私に染み渡っていった。
その頃から私はおかしくなる。夜が眠れないのだ。スターチスと共に一日を穏やかに過ごし、夜になるとそれを幸せに思っている自分に絶望する。愛されるはずなどないのに、愛を乞う。私は感情のない人形ではなく、醜い怪物になったのだろう。
そんな自分に絶望した。
絶望はだんだんスターチスに向かうようになる。愛と憎しみは紙一重だと、本に書いてあったが、私はまさにそれだ。
スターチスが好き。憎い。好き。憎い。
交互に出てくる感情にさいなまれる。
そして、私は決意する。
スターチスがいるからこんな風に感情を乱されるのだ。それなら、いっそ、スターチスを消してしまえばいい。
一撃で確実に仕留めるには爆弾がよいが、発火させている間にスターチスにバレてしまう。なら、古典的だが、隙を見て一撃で殺すしかない。そう思った私は鈍器で彼を襲った。
だが、少々重たすぎたそれは、私の手にあまり振り上げる前に見つかってしまった。すんでのところでかわされ、私は失敗する。甘かった。いや、私は無意識のうちにスターチスを殺したくなかったのではないか。だから、こんな結果に。
呆然とする私にスターチスは声を荒げた。
『トレニア様、私を一撃でしとめるのはおやめください! 悪戯にもほどがあります! 私が死んだらどうするのですか? 誰があなたを守るというのです!』
スターチスは膝をついて私の手をとった。その顔はいつになく真剣だった。
『私はあなた様の騎士です。あなた様を守るためにここにいます。どうか、私を遠ざけないでください。私はあなた様を守りたいんです』
その言葉に私は泣きたくなった。
だってね、スターチス。
私はあなたに守られるような存在ではないの。
醜い化け物なの。
私のためなんかに優しくしないで。
お願いだから、スターチス。
私をほっといて…。
そんな願いは叶えられずに日々は過ぎた。相変わらず、夜に絶望した。そして、私は思いを抱えきれなくなり、泣きながら目覚める。驚いたスターチスがそばに駆け寄ってくれた。そして、私は言ってしまうのだ。ずっと秘めていた思いを。
『私を殺して…』
もういっそのこと、スターチスに殺されたかった。そうすれば、私は安らかな死を迎えられる。苦しい思いもしなくてすむ。
あなたを忘れられる。
でも、それは叶わなかった。スターチスはどこまでも優しかった。それが私には残酷だった。
秘めた思いを告げた日、私はまた決意する。スターチスと離れよう。離れてこっそり死のう。
今のままでは八方塞がりだ。
スターチスから離れるのは無理だったため、私は物理的に離れる策をとる。
結婚だ。
結婚するとなれば、スターチスと離れざるをえない。そう考えた私は嫁ぎ先を見つけた。
爆弾王女として名が知れていた私に嫁ぎ先など皆無だ。だから、私はお金で釣ることにした。ある小国は経済的にひっぱくしていた。しかも第一王子はバカで令嬢に熱をあげているという。
その王子に密かにアプローチする。
その仲介人として男を拾った。
爆弾王妃の素性を調べてこいと命じられた貴族の狗だ。その狗を逆にお金で釣った。従者となった男を介して私は小国の王子にアプローチした。
『王女の輿入れをすれば、持参金を二倍にする。王女がそちらに着いたら結婚破棄して構わない。王女を投獄すれば、持参金は三倍にする』
私にはお金だけは両親から与えられていた。だから、お金は用意できる。
怪しいが、お金は喉から手が出るほど欲しいだろう。相手はバカだ。必ずのる。案の定、王子は話にのった。
そしてお父様とお母様に結婚の旨を伝えた。もちろん、結婚破棄や、脱獄の話は伏せた。久しぶりに会う二人はとても戸惑っていた。しかし、私が厄介払いできるとあって、二人は賛成してくれた。
『トレニア…私はあなたに何もできなかった。せめて、花嫁衣装ぐらい贈らせてね』
そう言ったお母様。
二人はたぶん、私を嫌ってはいなかった。愛してくれていた時期も確かにあった。私が分からなかっただけ。でも、今なら分かる。涙を流しながら私を抱きしめるお母様の腕はあたたかったから。
そして、輿入れの日、私はスターチスにさよならを言おうとした。
複雑な表情のスターチスを見ていると様々な思い出がよみがえる。半分以上は殺そうとしていたものだが、それはそれで楽しい日々だった。
さようなら、スターチス。
永遠に。
そう言うつもりだったのに。口から出たのは違う言葉だった。
『スターチスがいないのは寂しいわ。本当に…』
それを言ってはっとした。何をバカなこと言ったのだ。私は静かに息を吐き、国を後にした。
小国に着いた私はそうそうにバカ王子に結婚破棄を言われる。
『君は向こうの国では魔女と呼ばれていたそうだな。そんな汚らわしい者と結婚するか! 私はこの娘と真実の愛に生きるのだ!』
茶番劇だが、バカ王子は演じてくれた。それで充分だろう。お受けしますと言おうとした時、バカ王子は調子に乗ったのか、まだ茶番劇を続ける。
『この魔女を投獄しろ! 誰にも愛されずにきた惨めな女にふさわしい死に場所だ!』
バカ王子の言葉にプツンと何かがキレる音がした。
誰にも愛されなかったですって…?
私はね、確かに汚らわしい生き物よ。
だけどね、そんな私のそばにスターチスはずっと居てくれたのよ!
この衣装だってお母様が用意してくださったのよ!
私はね、誰にも愛されていなかったわけではない!
私は、愛されていたんだ!!
怒りは静かな声に代わり、バカ王子に言う。怒りの鉄槌の言葉を。
『私もあなたのピーーー(自主規制)するなんて死んでもごめんですわ』
自分でもヒドイ言葉だと思うが、私の逆鱗に触れた罰だ。思い知れ。
バカ王子は泣いていた。いい気味だ。
そして、私は投獄される。
その場で死ぬ予定だったが、あのバカ王子と同じ空気を吸う場所で死にたくはなかった。だから、小型爆弾で爆破して脱獄した。
従者にお金を渡し、私は死に場所を探した。
できるだけ遠くに、できるだけ誰もいないところへ。
そう考えている間は死ねないので最低限の食事をして過ごした。
そして、私は辺境の地の山奥を見つける。金を払い、山を買い取った。そして誰も入ってこないよう罠を仕掛けた。でも、不思議なことに罠を仕掛ける度にスターチスのことを思い出した。気がつけばスターチスにした様々な罠が仕掛けられていた。
すでに脱獄してから半年が過ぎ去っていた。
死ぬ準備を整えた私は静かに目を閉じた。
やっと死ねる。
これで、やっと。
目をつぶると様々なスターチスとの思い出が蘇った。
最後に一目だけでもいいから会いたいな…
会いたいな、スターチス…
これから死ぬというのにそんな事を考えてしまう。そんな自分がたまらなく嫌だった。
それから半年間はよく覚えていない。
スターチスを思い出しては会いたくて泣いた。会うまでは死ねないと思って食事をした。そして、吐いた。食事をしては死ねない。でも、会いたい。
スターチスなら、探してくれるかもしれない。そんな淡い期待もあった。
見つけてほしい。
見つかりたくない。
相反する思いが私を狂わせていった。
意識が朦朧とするなか、私は気をまぎらわせようと、花壇を作った。そばで自生していたトレニアの花の周りを囲っただけの簡単なものだ。
水をあげ、慈しんだ。
かつて、スターチスとしたように。
歌いながら世話をする。
他のことは考えられなかった。
私はとっくに狂っていたのだ。
そして、スターチスに出会う。
一年ぶりの再会。
それに全身の細胞が喜んでいるかのようだった。
あぁ、やっと会えたわ。
ありがとう、スターチス。
そして、さよなら。
「スターチス…私ね、ずっとね、あなたに会いたかったの…」
スターチスに近づく。
「会って、あなたを殺したかったわ」
歓喜は狂気となってスターチスに襲いかかる。もはや自分で何をしているのか分からなかった。彼を愛したいのか、殺したいのかさえ分からない。私は正気を失っていた。
衰えた腕では屈強なスターチスにかなわなかった。ナイフをかわされ、ふと思う。
そういえば、今までスターチスにかなわなかったわね。そんなことをぼんやりと考えていると、突然、唇を奪われた。
反射的に抵抗し、逃れようとする。しかし、スターチスに押さえ込まれ、私は抵抗をなくしていった。
角度を変え、思いを伝え合うかのような口づけ。
どうして、なぜ?
なぜ、こんな口づけをするの?
あなたは、私のことを守るべき存在としてしか見てなかったじゃない。
こんな、恋人同士のような口づけをなぜ…
疑問が次々と沸き起こっては消え、心地よさに身を委ねた。
長い口づけが終わり、スターチスを見つめる。
「スターチス…これは?」
この口づけの理由は?
そう思ったのに、スターチスはまるで何も知らない子供に教えるように言った。
「口づけですよ、トレニア様」
それに少しムッとする。
まさか、冗談でしたのでは?
それが嫌で、私は唇をなぞった。
「気持ちよかったですか?」
ふいにスターチスが聞いてきた。気持ちよかったけど、それを教えるのがしゃくだった。
「…わからない。わからないけど…嫌ではなかったわ」
最後だけ本当を混ぜて告げると、「それはよかったです」と言って私を優しく抱き寄せ、頭を撫でた。
「本当に、生きておられてよかったです」
その言葉に涙が出そうになる。
「スターチス…私は…私は…」
「もういいんですよ、トレニア様。これからはずっと、私がそばにいます。決して、あなたを一人にはさせません。ずっと、ずっと一緒です」
ずっと一緒。
その言葉をずっと、ずっと言われたかった。
感情のない人形なんだと絶望したあの日も。
スターチスへの恋を自覚して化け物なったと思ったあの日も。
死にたくて
消えたくてたまらなかった日々も。
こんな私でもそばにいるよ。
ずっと一緒だよって言われたかった。
涙を流しながら震える私にスターチスは語りかける。
「これから、たくさん愛情を注いであげますね」
バカなスターチス。私は今までたくさんの愛情を注いでもらったわ。それを分かってないのね。たぶん、スターチスにとって私は無垢な子供のままなんだわ。出会ったあの日の時と変わっていないんだわ。
でもね。それでもいいの。
さしたる問題ではないわ。
大事にしたいのは、今、ここにあなたがいることよ。
「愛情…? 愛情なんてよくわからないわ」
「今は分からなくていいんですよ」
スターチスが望むなら私はまだ子供のふりをしてあげる。
でも、いつか伝えるわ。
あなたがいることが、どんなに嬉しいか。
あなたがどんなに好きか。
いつか、必ず伝えるわ。
あなたがいるから、私は今
心から笑えているのよって。
ここまでお読みくださりありがとうございます!
トレニアの素敵なイラストを描いてくださった砂臥 環様のマイページはこちら。
https://mypage.syosetu.com/1318751/