表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/7

第四話:彼女の歌、僕の曲

「・・・で、紀元前494年に身分闘争が始まり、貴族の政治に・・・」


世界史の授業。

しかし僕には授業の内容など耳には入っていなかった。

僕の目は黒板にではなく、斜め前の席の彼女に向けられていた。


僕が引っ越して来たあの日から、

僕はどうやら白香さんと言う人のことを気になっているようだ。



こうして授業中も、黒板の文字をせっせと書き写している彼女の背中を

見つめて、何だか幸せな気持ちになっているのは、

たぶん・・・そういうことなのだろう。


しかし、彼女は僕と目が合うと、

僕の顔を一瞬見つめ、少し寂しそうな顔をしたかと思うと、

プイッと目をそらす。

もしかすると・・・嫌われているのかもしれない。


引越しのとき、彼女が訪ねてきたのは一種のユーモアだったのかもしれない。

あたかも長い間離れ離れになっていた2人が再会したかのような有り得ないシーンを演じるべきだったのだろうか。



彼女と話してみたい。

何度もそう思ったが、彼女の僕に対する態度を考えると、

話しかけても拒絶されるような気がしてできなかった。



自分の臆病さが情けなくて仕方ない。

同級生に話しかける勇気もないだなんて。



彼女が消しゴムを落とした。

その消しゴムは僕の足元に転がってきた。彼女は落としたことに気付いていない。

これは、好機・・・!僕は消しゴムを拾い上げた。

拾ったから話しかけるんだ。何も変なことはないだろう。


「あ・・・あ・・あの・・・」


情けない呼び声。・・・自分が情けない。


彼女は僕の呼ぶ声に気付いてくれた。


「消しゴム・・・落としましたよ。」


すると彼女は一度自分の机の上を確認して、少し驚いた顔をすると、

口パクで「ありがとう」と言って笑顔で僕の手から消しゴムを取ると、

一瞬僕に笑顔を見せてまた黒板のほうを向いた。



笑顔を見るだけで自分も少し笑ってしまった。

彼女はすごく魅力的。こうしてみると仕草の1つ1つに魅力を感じてしまう。

けれど・・・なぜか違和感。


何だろう、この感覚は・・・モヤモヤするような・・・どこかむず痒いような感覚・・・。


その感覚が何なのか、それは今の僕には分からなかった。






授業を終えた放課後、僕は中庭にいた。

転校してきて以来、僕はこの中庭が一番好きな場所になっていた。


別に一人で感傷に浸りたいとかそういうものではなく、様々な花が咲いている此処が、

まるで体に染み付いているかのようにとにかく好きだった。



もっと目に付く花は沢山植えられているというのに、なぜか僕の目線は小さな花、勿忘草に向けられていた。

勿忘草が何だか彼女と重なって見えるような気がしたから。

何だかとっても・・・懐かしいような気がしたから。



懐かしい・・・言ってみたはいいものの僕にはその気持ちが分からない。

ならば、なぜ懐かしいと思えたのだろう?

それも僕には分からないことだった。



・・・〜♪・・・


何処からか声が聞こえる。


透き通るような声、悲しい曲調。この曲を僕は知っている。


誰が歌っているのか、僕はすぐに分かった。

――――――彼女だ。


もっと近くで聴きたい。そう思ったときには体が既に声に向かって動いていた。



教室の前まで行くと、彼女は僕の机に手を置いて歌っていた。

彼女は涙を流しながら歌っていた。


いつの間にか僕も涙を流していた。

この曲の名前は・・・、それは・・・勿忘草の花言葉であり、本当の名前・・・forget-me-not・・・・・・



最後までゆっくりとした曲調でその曲は終わった。


歌い終わった後も彼女は静かに泣き続けた。

顔をぐしゃぐしゃに濡らしながら、その涙を拭こうともせず、彼女は泣いていた。



今、彼女に僕ができることがある。

僕は音楽室へ向かった。


僕はピアノの前に座った。

彼女に届けよう。僕の曲を。




・・・トーン・・・・・・。




僕は長い一音を最初の音として、彼女への曲を弾いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ