第二話:失われた記憶の頁
彼女と別れた勿忘草の咲く野原。
僕は彼女と初めて此処に来たときのことを思い出していた―――――
勿忘草が辺り一面に咲く野原で、少女はニコニコと笑いながら言った。
「ねぇ、孝ちゃん。これってね、『わすれなぐさ』、って言うんだよ?」
「へぇ〜・・・そうなんだぁ。キレイだね♪」
「うん!あたしこの花大好きなんだ♪」
そう言って少女は笑った。
「もしかしてコレを見せてくれるために連れてきたの?」
少女は質問には答えずに静かに言った。
「・・・この花の『はなことば』ってゆうの知ってる?」
「ううん、知らない。」
「勿忘草の『はなことば』はね?『私を忘れないでください』と、
『しんじつの愛』っていうので二つあるんだって。」
僕は良く意味が分からないまま言った。
「へぇ〜、そうなの?白香ちゃん物知りだね♪
ところで・・・『しんじつ』って何?」
「う〜ん・・・とにかくすごいってことじゃないのかな♪」
「そうなんだぁ〜。」
「でね?これを孝ちゃんにあげる♪
だから、あたしのこと忘れちゃダメなんだよ?」
そういって少女は勿忘草を幾らか摘み取り、
僕に笑顔で手渡した。
僕も笑顔で答えた。
「忘れないよ♪ぜったいぜったいぜぇ〜ったい!忘れない!だから白香ちゃんも・・・」
僕は少女の近くから勿忘草を丁寧に摘み取り、少女に渡し言った。
「忘れちゃダメだからね♪」
・・・こうやって二人で話をしていた時間がどれだけ幸せだったか。
僕は幼いながらも気付いていた。そして、こんな時間が長くは続いてくれないのかもしれないとも感じていた。
今思えば、この頃から彼女は様子が変だった。
いつもより早く僕の元へ来て、いつもより遅く帰っていった。
少しの時間も惜しむように。
それから2週間くらい経った頃か、少女は引っ越していってしまったのだが。
昔のことを思い出して僕の目は少し濡れてしまっていた。
あれから6年も経ったのだ。彼女ももう僕のことなど覚えていないだろう。
中学2年生にもなって小学生の頃の『約束』なんて・・・何の意味も持たないのだろうな。
僕は少しずつ流れる涙を抑え、家路に着いた。
家に帰ると、声が聞こえた。
母の声だ。
「ええ・・・はい・・・すみません・・・もう少ししたら帰ってくると思うのですが・・・
あぁ・・・はい・・・そうですか・・・はい・・・分かりました・・・伝えておきます。はい・・・では・・・」
俺はリビングへと行った。
「誰から?」
「え?今帰ってきたの?!今、白香さんから電話あったのよ?」
え・・・・・・?
「いつ?!どこから?!!」
「何だか、身内の不幸で隣町の家に帰って来てるとかどうとか・・・」
僕は母の声を聞かずに走り出した。
忘れてなかった。電話してきてくれた。話したがってる、僕と・・・・
隣町まで走って20分、間に合わせたい・・・間に合わせなくては・・・・・・・――――――――
僕は、とにかく走った。
特に部活をしている訳でもない。息も苦しい、足が重い・・・
でも、足を休めるわけにはいかない。少しでも・・・少しだけでも彼女と話したい・・・
全力で走る僕は、
木々に隠れるように配置してあった信号に気づくことができなかった――――――
キキィイイーー!!ドスッ!
・・・気付くと僕は道路の上に倒れていた。
人のざわめく声が聞こえる・・・。
こんなことしてる場合じゃ・・・ないのに・・・・・・・・・・
朦朧とする意識の中、道路沿いに植えられた勿忘草が弱い風で寂しく揺れるのが見えた。