第一話:私の彼、知らない彼
キーンコーンカーンコーン・・・
放課後、遅くまで残る生徒に帰宅促すためのチャイムが鳴る。
帰宅を促すと言っても、もう学校内には殆ど人は残っていなかった。
・・・私を除いての話だが。
私はただ一人教室に残っていた。
私は彼の机に触れていた。
机だけでも彼の温もりを感じたかったから。
しかし彼の机から私の体に入ってくるのは寂しさばかり。
でも、手を離すことはできなかった。
・・・離したくなかった。
ただ机に触れることしかできていない自分に苛立ちながらも、
毎日こうしていないと、本当に彼と私は二度と会えなくなるような気がしたからだ。
会う・・・私と彼は毎日会っている。
けれども、それは私と彼ではない。私と・・・――――――
今から1ヶ月前、彼がこの学校に来ると聞いたとき、私は心を躍らせた。
やっと会える・・・これからは一緒だよ・・・
そんなことを考えながら、私は引っ越して来た彼の家へとすぐに飛んでいった。
彼と会って私は伝えたかったことを一度に吐き出した。
久しぶり!会いたかった!約束守ってくれたね!ずっと待ってたんだよ!・・・
精一杯の喜びを伝えた私に、彼から返ってきた言葉は、
「・・・誰?」
それだけだった。
何で?何で分からないの?私だよ?何で?・・・何で・・・?
「冗談だよ。」・・・そう言葉を返してくれると思ってた。
それで私はちょっと怒ったフリをして、彼は私に謝って、
私もすぐに許して、会えた喜びを分かち合えるんだって・・・。
・・・・・・・・
「ごめん、初対面だと思うんだけど、違う?」
・・・・・・・・・・・え?
短い言葉は私の耳へと入り、私の頭を大きく混乱させた。
―ナンデ?ズットマッテタノニ。ズットオモッテイタノニ。
―ドウシテ?カベガミエル・・・アエテルノニ・・・ミテクレナイ・・・。
―ハナシテルノニ・・・コトバガツウジテナイ・・・
次の瞬間、私は走り出していた。
目一杯涙を浮かべながら全力で走った。
コレは夢だ、コレは夢なんだと自分に言い聞かせながら・・・
走って涙を乾かそうとした。涙はどんどん溢れて溢れて・・・
止めようと思っても、止めなきゃと思っても溢れてくる涙で私の頬はグショグショに濡れていった。
次の日私は朝、生徒は誰もいない時間にふらふらと学校に来ていた。
昨日のことがあまりにもショックで・・・眠ることすらできなかったから。
どこに行くわけでもなく学校の中をうろうろしていた私は、
職員室の前で声を聞いた。
「孝君は・・・・・・・・・なので・・・・」
小さな声、でも、私にははっきりと聞こえた。
事故・・・、記憶喪失・・・。
彼は、事故で記憶喪失になったらしい。
記憶喪失となって、自分の知っているものしかない、
知っているはずなのに思い出せない。そんな街にいるのが堪らなくつらくて、引っ越して来たんだと。
私の頭は真っ白になった。
彼の家に行った後、涙も枯れて落ち着いてきたとき、
ただ忘れられてるだけなら、思い出してもらえばいいんだから・・・
別に・・・そんなに悲しむ必要ない・・・。
・・・そんなことを考えていたから。
記憶喪失・・・
失った記憶は戻ってくることは無い。
私との思い出も二度と帰ってこないんだ。
だから、彼は彼ではあるけど、私の中の彼ではない。
そして、私の中の彼は、もう二度と帰ってくることはない・・・・・・・・――――――――
あはは・・・普通の人なら笑っちゃうかな・・・
諦めが悪いって・・・。
だって・・・小学生の頃の話だしね・・・。
そんなのをずっと想ってる私が変かな・・・変だよね・・・・・・
あはは・・・・・ははは・・・・・・
いつものように彼の机は、
いつの間にか私の涙でひどく濡れてしまっていた。
キーンコーンカーンコーン・・・
2度目のチャイム。
無機質なチャイムの音さえも、私の心をより一層寂しくさせているように感じた。