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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

酒場の決闘

作者: 大友鋼河

酒場に現れた闖入者に対するは、全身鎧の男ラーシュ。

 激しい雷雨の夜だった。

 空は雲に覆われ、街に灯火は殆ど無い。闇が辺りを包んでいる。


 光が瞬き、廃墟のような街並みと家路を急ぐまばらな人々を浮かび上がらせた。

 しかし雷光によるそれは一瞬で、すぐに暗闇が甦る。遅れてやってきた雷鳴が風雨の音に重くのしかかった。


 暗闇によってその本質が露わにされている。

 雨に打たれるがままの、寂しい町だった。


 その外れにあって、未だ明かりを灯す建物があった。

 中の喧騒が木造の壁を隔てて響き、雨音に染み込んでは溶けている。


 一階に酒場を設けたこの宿屋の中では、様々な人種の老若男女がどんちゃん騒ぎに興じていた。

 酒を煽り詩を歌い、飯を食べる。雷雨など知らぬ存ぜぬといった風で、その日その日をいつものように過ごす……彼らこそ冒険者だった。


 宴に終わりは見えず、未だに料理が注文されては店員が忙しなく行き交っている。

 テーブルの上に並んだ料理は目玉が飛び出た具材のスープやら踊る舌のサラダやら、一風変わったものばかりだった。

 魔族の王国レキルでは、国民向けにこういった趣向の料理が多く供されているのだ。


 そんな店の中心で微動だにしない男がいた。

 木の長椅子に座った彼は黒いマントに身を包み、千切れた裾を床に垂らしている。テーブルの木目をじっと見つめるその瞳は、兜の中の影に埋もれて覗き穴からは窺い知れない。

 テーブルに預けた腕がマントを捲り、全身を覆う鎧を覗かせていた。


 背負う大剣も含めて、彼が身につけた武具は全て漆黒に統一されていた。

 鋼のように硬く、それでいて軽量な"深淵"産の黒曜石を材料とする品々だった。


 大地を境として、"上"に生きる人間から見た"下"に広がる世界。

 それこそが深淵であり、魔族を含むあらゆる魔のものの故郷だった。


 深淵の大地は岩だらけで荒涼としていて、頭上にはまばらな星を持つ闇が無限に続いている。

 資源の少ない深淵ではありとあるものが貴重品であり、その数少ない生きる糧を巡って魔のものは過酷な生存競争に身を投じてきたのだ。


 二百年ほど前に地上に現れた魔族と共に深淵黒曜石はもたらされたが、未だ供給量の少ない希少な鉱石だった。

 それが一人の男の身体を包み込み、灯火を反射してぬめった光を放っていた。


 そんな彼の横には少女が座り、さらに奥でうずくまる魔獣を撫でている。

 牛ほどの大きさをした狼のような魔獣が裂けた口で弧を描き、白ろ黒の毛の境にある目を細めた。


 少女はエルフだった。

 白いワンピースに麦わら帽子を被り、赤いミュールを履いている。

 金の髪が白い肌に長く纏わりついて、優しげな瞳は緑色をしていた。


 けれどもそれは半身だけだった。

 体の中心で縦に線を引くように、もう半身は変色した皮と骨だけで出来ているのだ。

 小さい体に歪な半死半生を宿した少女。


 その腐臭のしないほうの手が魔獣から離れた。


「君は白夜の月のようだ」


 即座に魔獣が言い、少女が満更でもない顔で再び魔獣に手を伸ばす。


 これだ。

 と全身鎧の男ラーシュはテーブルに頭を打ち付けた。

 兜の中で額が痛み、反響した音が耳を通り過ぎる。


 彼は日中、少女に服を買ってやったのだ。

 選んだのは茶色の外套に同じ色のハットとブーツで、それは彼女の容姿を隠すためだった。


 しかし金を払って外で待っていたら、出てきた少女はこんな姿になっていたのだ。

 この件に相棒が関係しているのは間違いない。

 何故なら"褒めれば撫でてもらえる"と学習したらしい魔獣が、言葉をとっかえひっかえずっと褒めちぎっているからだ。


 ラーシュはテーブルに顔をつけたまま低く唸った。

 不死の女王からさらったこの少女は、間違いなく奴と何らかの関係がある。もしかしたら奴とその軍隊に対する切り札となるかもしれない。

 だが少女との逃避行にピクニックの要素を混ぜる気はさらさら無かった。


 ラーシュが喉奥で呪詛を紡ぎ始めた。隣の少女は聞いていないのか、聞こえていないのか、魔獣と見つめ合ってその首を撫で続けていた。

 彼の孤軍は約束されている。


 そんな酒場の扉が、不意に開いた。

 風雨の音と共に侵入してきた者たちが在る。


 その五人組はフード付きマントに身を包んでいた。

 乱暴に閉まる扉を背に、彼らはこつこつと足音を立てながら床に水の尾を引いていく。


「お客さん! 濡れたまま入ってもらっちゃこ――」


 言いかけた店主を、テーブル席の金髪の女が手で制した。

 その赤い瞳が闖入者たちを目で追いつつ、空いた手が横に立てかけた大鎌をなでた。


 酒場中の視線を集めながら、五人組はラーシュのテーブルまで来て足を止めた。

 そこで役目を終えたマントがずるりと滑り、重い音を立てて床に落ちる。風のなごりで揺れるランプが、姿を現したスケルトン達の骨の体を光で舐め始めた。


 金髪の鎌使いが声を投げる。


「助けはいる?」


「無用だ」


 突っ伏したままのラーシュがぴしゃりと返した。

 続けて「ガキを連れて離れていろ、スレヴィ」と魔獣に命じて立ち上がる。


 ラーシュは背負った得物を引き抜きながらゆっくりとテーブルを回り、敵の側面に立った。

 そして大剣を脇に構える。


 その間ずっと、スケルトン達は彼を見ようともしなかった。

 ただじっと少女と見つめあい、揺れる体から骨が軋む音を鳴らすのみ。


 だが、やがて一人が手を伸ばしかけ――



 ラーシュが大剣を振り薙いだ。


 もっとも近いスケルトンの頭蓋を、ぬめった黒い刃が砕いて抜ける。

 そこで初めてスケルトン達がラーシュに顔を向けた。


 瞬間、薙いで抜けた剣先が曲線を描きながら天を衝き、もう一体に振り下ろされた。

 音を立てながら潰されていく仲間を前にスケルトン達が飛び退り、半円状にラーシュを取り囲む。


 床から剣を引き抜きながら、ラーシュが相手を睥睨へいげいした。

 左から短槍・双剣・長剣、いずれも使い古された得物を持っていた。

 だが武器を構えているのは両脇のみで、真ん中のスケルトンは何故だか腕を組んでいる。


 ラーシュが不快に奥歯を鳴らすと同時に、両脇のスケルトンが得物を突き出し突進してきた。

 それを見てラーシュは引き抜いたばかりの大剣を打ち下ろして床に刺し直す。

 そして地を蹴り宙に跳び上がった。


 交錯する槍と長剣に擦られながら大剣が傾き、宙で逆立ちする主人を運んでいく。

 そして勢いそのまま双剣のスケルトンの前にラーシュが降り立ち、唸りと共に大剣を引き抜き振り下ろした。


 着地した衝撃で飛び散る木っ端の中、頭蓋の目の前で金属音が立つ。

 ラーシュの見張った目を、双剣の奥で骸の眼窩が受けて立った。


 片足を引いて腰を落としたスケルトンが、一瞬で双剣を引き抜き防いでいた。


 鍔迫り合いが演じられるが、三つの刃は動かない。

 体重を乗せたラーシュの大剣を、骨の腕に支えられた双剣が受け止めている。


「くそが!」


 吐き捨てたラーシュが斬り下ろすのを断念して、相手を突き飛ばした。

 反動を利用して自らも飛び退った彼は、後ろから迫っていた長剣持ちの顔面に足の裏をお見舞いし、そのまま踏みつけ砕く。

 屈んだ身で短槍の払いを潜ると体を捻り、怒りをぶつける様に払い上げた大剣が短槍の主を斜めに断った。


 さらに数歩跳んで距離をとる。

 床板を足元で削りながら向き直るラーシュの先で、双剣のスケルトンもまた得物を構え直していた。


「良い不意打ちだったけどねえ」


「うるさい!」


 冷やかす鎌使いにラーシュが吼える。

 骨の腕のどこにあれだけの"筋"力があるのかと、理不尽に思えてならなかった。


 いつのまにか店中の客が机と椅子を端に寄せ、ラーシュとスケルトンを遠巻きに囲んで円を作っていた。

 酒場ではこういった乱闘・決闘は日常茶飯事だ。

 皆が思い思いの声を上げ、店主だけがカウンターに肘をついて額を支えている。


 観客の中には少女の心配げな顔もあったが、ラーシュは一切を無視していた。

 それを良いことに、鎌使いが手を打ち声を張り上げて言う。


「さてさて! ラーシュ君が相対しまするは骸の双剣士! 我らが兄弟の腕は周知の通りだけど、今の感じだと骸骨氏も手慣れてるよねえ! さあみんな、張った張った!」


「ラーシュに全財産!」


 すぐさま上がった魔獣の名乗りにどっと笑いが巻き起こった。

 鎌使いが「主人の財布で遊んじゃいけないよ」と諌めると、他の客が続々と声を上げ始める。


 向き合う二人の双肩に、次々と金が乗せられていく。

 しかし当人たちはそこに己の命だけを乗せ――まるで計ったように同時に踏み出した。

 と、出し抜けにスケルトンが両手の剣をラーシュに投擲する。


 どちらも難なく払い落としたラーシュが、眼前に迫った骨の拳に驚愕した。

 双剣を払い落とすために大剣で作ってしまった死角、それを利用してスケルトンが近づいてきていたのだ。


 拳はそのままラーシュの顔面を殴りつけた。

 痛みを感じない骨の右拳が兜を相手に、指の数本にひびを入れながら殴り抜ける。


 殴り飛ばされたラーシュが転がってカウンターに背を叩きつけた。

 鎧が木にぶつかる衝撃音に、食器が落ちて割れる甲高い音が続く。


 カウンター向こうの店主が慌てて引っ込む様を視野の外におき、スケルトンがそこへ走りこんだ。

 その途上でスケルトンの足が床の短槍を踏みつけ、通り抜けざまに蹴り上げる。

 背後で回転して跳び上がった短槍が、弧を描きながら頭上を越えて彼に届けられた。


 周囲から「万能選手オールラウンダーかよ!」と驚嘆の声が上がる。

 残念ながら穂先は下に向けて差し出されてきたが、スケルトンは意に介さず柄をラーシュに振り下ろした。


 スケルトンの曲芸の間に頭を振って我に返ったラーシュが、尻を着いたまま横に構えた大剣で受け止めた。

 再び鍔迫り合いが始まるが、今度はラーシュが明らかに押されている。

 下で受け止める彼にとって、大剣の重さがそのままハンデとしてのしかかっているのだ。


 両刃の大剣が主に迫る。

 不手際を補うほどの大らかさを、この得物は持ち合わせてはいない。


 だが、ラーシュは得物の交錯点に活路を見ていた。使い古された槍の柄が耐え切れず、大剣の刃に切り込みを入れられていた。

 ラーシュが大剣を死に物狂いで支えつつ、唸りながら揺らしにかかる。柄の切り込みから幾多のひびが派生し、その残余の命数が勘定されていった。


 そして広がりきったひびが勝機を告げた。

 そこでラーシュは刃を支えていた左手を一気に滑らせ、柄を両手で掴んで渾身の振りを放った。


 ついに耐えられなくなった短槍の柄がぱきりと折れ、通過を許された黒い刃がスケルトンに迫る。

 スケルトンは身をのけぞって回避しかけるも、逃げ遅れた無抵抗の左腕に剣身が食い込んで突き進んだ。


 そうして二つに分かたれる一本の腕。

 断面から先の手が力を失い、折れた槍を掴んだまま弾かれ飛んでいく。


 目の前の光景にラーシュが兜の中で口端を上げかけ――頭の中で不意に言葉が反芻された。


 "不死者は痛みを感じない――"



 切り口から手前の上腕は、目の前に残っていた。

 その鋭利な断面が光るのを見て、ラーシュが咄嗟に首を傾ける。

 瞬間、突き出されたスケルトンの左腕が兜を擦り、尖った骨の刃が背後のカウンターに突き刺さった。


 姿勢のせいで力が入らないラーシュが、顔を青ざめさせながらも剣を持ち上げる。

 そして死に物狂いで復路の振りをしたが、スケルトンは突き刺さった左腕を右手で外して跳び退った後だった。


 空を斬ったラーシュを横目に、距離をとったスケルトンが床の長剣を拾う。

 歯を食いしばりながら立ち上がるラーシュの目線の先で、スケルトンは右手で遊ぶように長剣を回転させると、右肩に剣身を着地させて低く構えた。

 もしスケルトンに左腕が残っていたなら突き出された掌が上を向き、その指がくいくいと何度も折られたことだろう。


 実際には行われなかったその挑発を、ラーシュはしっかりと幻視していた。

 兜の奥の石の瞳が熱を持つ。


 気に食わない。


 不死者の戦い振りは、享楽的に過ぎていた。

 既に一度経験しているのだ。死が怖くはないのだ。

 だから収めるべきものが、収めるべき範疇を完全に逸脱しているのだ。


 生を舐め腐っているのだ!


 ラーシュが激情のままに唸りを上げた。

 骸骨を睨みつける瞳は芯まで熱を浸透させて、真紅に染まっていた。


 敵に向かってラーシュが大股に歩み寄る。

 首を傾げてすらみせるスケルトンを睨み、歯の間からは熱い息が吐き出された。


 が、その歩みが半ばで止まった。

 不意にラーシュの頭が左右に振られ、その視線が観客を舐める。

 それが少女の上で静止した。


 こいつは死んでいるが、生きてもいる。

 この先、生きていかなければならないのだ。

 簡単に生を放棄することは、こいつにはできない。


 少女は緑玉の瞳でラーシュを見返していた。

 その澄んだ片目は純真さで満ち溢れ、全てを見通すかのようだ。

 いや、実際に見透かされているのだろう。


 ラーシュが視線を外して力を抜き、全身で息を吐いた。

 黒に包まれた巨体が縮み、次いで息を吸って大きくなる。


 そして再び敵を見据えて歩みだした。

 既に瞳の熱は冷めていて、その灰の石は研ぎ澄まされて鋭利な光を宿していた。


 そうして相手に目前まで近づいたラーシュが大剣を振り下ろした。

 スケルトンが横に構えた長剣でそれを受けるが、当たった瞬間から力の差は歴然だった。すぐさま押し込まれ、首を仰け反らせることになる。

 そこにきてスケルトンは左肩をぐいと前に突き出し剣先を乗せると、全身を使って支えにかかった。


 骨の左肩があまりの負荷に耐え切れず砕かれ、刃をめり込ませていく。

 それに合わせるようにスケルトンの右手が突き出され、柄を前に突き出していった。


 思惑通りだった。

 長剣の上に傾斜が作り出され、大剣が滑り始めたのだ。

 金属音と共に運び出されたラーシュの剣が地に落ち、代わりに解放されたスケルトンの刃が彼の首に差し上げられた。


 下から登るギロチンの刃に対して体を、喉を、仰け反らせてラーシュが避ける。

 さらに勢いそのまま体を弓なりに曲げ続ける彼が、左足を滑らせながら唸りと共に大剣を払い上げた。


 今度はスケルトンが飛び退ってそれを回避する。

 そして着地したままに身体を沈め、反撃の突きを繰り出そうとして、止まった。


 ラーシュが身体を回転させていた。

 大剣が遠心力の力を得、切っ先が天へと続く螺旋軌道を駆け上がっている。


 次の攻撃は早い。

 そう読んだスケルトンが長剣から一瞬だけ手を離し、逆手に持ち替えた。

 身体を左にずらして剣を残し、極僅かな傾斜をつけて身構える。


 そこに大剣が振り下ろされた。

 長剣の鍔に着地した黒い刃が、再び金属音を立てて剣身を滑る。

 しかし今度の傾斜はほぼ垂直で、大剣は鋭く火花を散らしながら床に突き刺さった。


 跳ね上がる木っ端の間を、スケルトンが払い上げる長剣が通り抜けていく。

 刃の軌道はラーシュの兜の覗き穴を目指していた。


 骸の眼窩が、軌道の先の瞳を覗き込もうとする。

 長い刃が進むごとに頭蓋の顎が下がる。笑みを形作ろうとするかのように。


 しかしいずれにしても、骸が笑むことはなかった。


 目の前を黒いものが浮上して通り過ぎ、スケルトンは右手が失われていることに気づいた。

 ラーシュの右拳が大剣を置き去りにして振り上げられたのだ。

 それは真下から骨の右手に叩きつけられ、いつのまにか大きくなっていたひびに止めを刺し、砕いて抜けている。


 痛覚という危険信号を手放した代償だった。


 握る手を失った長剣が回転しながら跳び、天井に突き刺さる。

 ラーシュの右手が翻り、呆けるように静止していたスケルトンの頭蓋を掴んで持ち上げた。


 頭骨から軋む音を立てながら身を浮かされたスケルトンが、右腕の骨の刃でもがいた。

 だが力さえ込められないそれでは、深淵黒曜石に薄い傷をつけるので精一杯だった。


 篭手の指の隙間から、骸の眼窩が覗いている。

 しかし両者の目が合うことはなく、すぐさまラーシュの手が振り下ろされ、スケルトンは地面に叩きつけられた。


 仰向けに見上げる骸骨が、木っ端と骨片が舞う宙を見る。

 そして視界の大部分を占める黒い者が何かを振り下ろすのが見え、それが自身に到達したきり何も見えなくなった。



 酒場の中央で、ラーシュが肩を落としていた。

 握る大剣は床に突き刺さり、辺りには原型を失った骨くずが散っていた。


 脳が戦いの終わりを肉体に告げ、詰めていたものが刻々と綻びていった。

 肉体からの返答に脳が応じ、ラーシュが息をつく。


 だがその吐息の音は自身にすら聞こえることなく、喜怒の声に塗りつぶされてしまった。

 鎌使いがラーシュに近寄り、わざとらしく腕を掴んで掲げる。


「勝者は我らがラーシュ君でした!」


 わっと観客の声が高まった。

 誰かが吹いた口笛の音が、ラーシュの兜の中で耳障りに響く。


 鎌使いは声の中心にあって、うんうんと満足げに頷いていた。

 と思えばあっさりとラーシュの腕を放して、目に意地の悪い笑みを浮かばせる。


「と、いうことで……はいはい!敗者は並んで並んで!」


 言いながら鎌使いは離れ、観客に分け入ってしまった。

 喧騒がわずかに遠ざかり、支えを失ってだらりと垂れた腕とその主が取り残された。


 ラーシュはじっと己が剣を見ていた。

 その目が出し抜けに瞬き、それから改めてといった風に息をつく。

 身を起こして大剣を払い、背の止め具にそれを納めた。


 めぐらしたラーシュの首が、ごきりと音をたてた。

 視線の先で金を搾り上げられている者たちを見て、少しばかり口を歪ませる。


 そして踏み出した足は心なしか軽やかだった。

 自分の死に対して金を賭けた奴らを一通り殴ったところで、誰も文句は言わないだろう。

 上向いた気分が、鼻歌さえ喉から押し出そうとした。


 そんなラーシュのマントの裾を誰かが不意に引っ張った。

 振り返れば足元に少女がおり、彼を見上げている。


 少女は何も言わず、じっと上目遣いの視線を向けていた。

 全てを見通す瞳。


 だがこの考えは見通せているだろうか。

 ラーシュが跪いて言う。


「お前に剣を教えてやる」


 言われた言葉の意図を図りかねて、少女は見張った目を返した。

 一方のラーシュは気にした風も無い。少女の肩をぽんぽんと叩くと、その脇をすり抜け行ってしまう。

 酒場の奥の階段を登る黒い背が、明かりの無い二階の闇に溶けて見えなくなった。


 呆然と目で追っていた少女の横に、いつのまにかスレヴィが寄っていた。

 その口には戦利品とばかりに大きな骨が咥えられている。


 少女が気の抜けた調子で魔獣の頭を撫でた。

 するとスレヴィは気持ち良さそうに目を細め、骨と歯の隙間から器用に「ワン!」と共通語で鳴いてみせた。

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