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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

アレクサンドロス王国シリーズ

天使が見上げる空

作者: 美内 佑


最近、変な女に付きまとわれている。

いつもニコニコ嬉しそうに笑いながら話しかけてくるが、何を言っているのか全く理解できない。

黒い髪にくりくりした丸い黒い目の、見たことのない顔立ちの女だ。


正直、放っておいてほしい。

会話を楽しむ気分になんてなれないんだ。


だから、返事はしない。

一人でずっと空を見上げていた。

夕方になると、変な女の父親らしき男が迎えにきた。


「パパー、今日もてんしさま、おはなししなかったー。」


「そうか、それは残念だったね。莉奈が言葉を教えてあげればお話できるようになるかもしれないよ。」


「そうかあ!わかった!」


やっと帰るかと思ったのに、変な女がまたこっちにてててっと走り寄ってきた。


「てんしさま、てんしさま。はやくリナをてんごくへつれていってね。」


「いやいやいやいや。莉奈を天国へなんて連れて行かせないよ!?」


「えーっ、なんで?リナてんごくいきたいもん!」


「最低でもあと80年くらい待っててね。そうしたら天国へ行けるよ。それまではパパとママと一緒にいてね。」


「うーん?80ねんってすぐ?いいよ!パパがかわいそうだからいっしょにいてあげる!」


変な女はこちらに向かってひらひらと手を振ると、父親に抱き上げられて帰っていった。

なんなんだ。




夜になると、決まって同じ悪夢を見る。


皆が寝静まった夜更けに、黒ずくめの賊が押し入ってくる夢だ。

両親と一緒に護衛騎士たちに守られながら、屋敷の一番奥の部屋に立て籠もると、お母様は神力で部屋に結界を張った。


だけど、いつまでも神力が持つわけではない。

護衛騎士たちはもう殺されてしまったらしく、剣がぶつかり合う音も聞こえなくなっていた。

しばらくして部屋の外から放たれた火を見て、両親は覚悟を決めたようだった。


『私の可愛いセラフィ、お母様に約束してちょうだい。一人でも幸せになるって。復讐しようなんて考えてはだめよ。あなたの幸せだけがお父様とお母様の望みなの。』


『可愛いセラフィ、そばで成長を見守れなくてごめんよ。でもお父様もお母様も、お空の上からセラフィを見ているからね。寂しくなったらお空を見上げてごらん。さあ、この指輪を受け取って。これは公爵家の守護精霊が宿る指輪だよ。この指輪がセラフィを安全な場所へ連れて行ってくれるからね、大切にするんだよ。』


そう言うと、お父様とお母様は指輪にありったけの神力を注ぎ込んだ。

指輪へ神力を注ぐのと同時に部屋の結界が消え、荒々しく扉が蹴破られてしまった。

燃え盛る扉の向こうからたくさんの矢が射られる。


そして、最後に見たものは、矢に射抜かれ、くずおれる両親の姿だった。




『うわーーーっ!』


大量の脂汗を流しながら飛び起きた。

バクバクと激しく鼓動を打つ心臓を抑え、枕の下に入れていた指輪を探り当て、ぎゅうっと強く握りしめる。


『うっ、ううう…。おとうさま、おかあさまっ…。』


お父様とお母様は自分をかばって死んでしまった。

もう二度と、その胸に抱きしめられることはない。

もう二度と、会えないんだ。

胸が張り裂けるような現実に、ぽたぽたと涙があふれ出るのを止められなかった。


さきほどの悲鳴を聞きつけたのか、バタバタという足音が近づいてきた。


「どうしたのっ?」


初老の女の人と男の人が部屋に入ってきて、心配そうに何ごとか尋ねている。

気を失って倒れていたところを保護してくれた人たちだ。


おじい様とおばあ様に少し似ている。

変な女と違って、よくある金色や茶色の髪で、顔立ちも普通だった。


「また怖い夢を見たのね?かわいそうに…。」

「眠るまで傍にいるからね、安心しておやすみ。」


涙と汗に濡れた顔を拭われ、優しくなでられているうちに再び眠りに落ちた。





はあ。

今日も今日とて変な女に付きまとわれている。

なぜこんなにべったりくっつく必要があるのか。

本当にわからない。


無視して空を見上げることにした。

お父様とお母様は、空から見ている、寂しかったら空を見上げてごらんと言っていた。


だから、探せばきっとこちらからも見えるはずなんだ。

空は広くてなかなか見つからないけど、お父様とお母様はきっと待っていてくれる。


「てんしさま!てんしさま!」


うるさいな。

いつも同じ言葉を繰り返しているが、少し頭が足りないのだろうか。


「てんしさま!」


こちらを指さしながら、また同じことを言った。


「リナ!」


今度は自分を指さしている。

「リナ」はこの女の名前のようだ。

もしかすると、名前を尋ねているのか?



『セラフィ…。』


「わあ!しゃべった!せらふぃって言った!」


せらふぃ、せらふぃ、と繰り返しながら体当たりして、頭をぐりぐりと押し付けてくる。

感情表現の激しい女だ。

だけど、まあ、この女が喜んでて良かったと思わないでもない。



お互いの名前がわかってから、少しずつ会話をするようになった。

リナは二つ年下の5歳だった。

それにしても、毎日遊びにくるなんてよっぽど暇なんだな。




1年も過ぎると、この国の大体の言葉は理解出来るようになった。

リナがこの国の言葉を教えてくれるから、お返しに僕はリナに僕の国の言葉を教えている。


僕の名前だけど、知らない間にセラフィム・ジョーンズと名付けられていた。


保護してくれた人は、だいがくという学校の先生で、ランディ・ジョーンズという名前だそうだ。

女の人の方は奥さんのアリーで、僕は養子として二人に引き取られていた。

リナの父親も養父と同じ学校の先生で、リナは養父に頼まれて、僕のために毎日ここへきていると聞いて驚いた。


暇だから遊びに来ていると思っていた。


それにしても、名前はセラフィムになったのか…。

僕の本当の名前はセラフィエルだから少し残念だ。

でもまあ、愛称はどちらもセラフィだから良いとするしかない。


ジョーンズ夫妻は、10年前に当時7歳だった一人息子を亡くしたそうだ。

息子と同じ年頃の子どもが自分の家の庭で倒れているのを見つけた時は、天国の息子が戻ってきてくれたのかと思ったらしい。


僕が着ていた服が、ひらひらがたくさんついた真っ白な夜着だったから、余計にそう見えたと言っていた。

その話を聞いた時に、息子のしゃしんを見せてくれたけど、僕と同じ金色の髪の子どもだった。


このしゃしんという精巧な絵を見せられた時には本当に驚いた。

僕もお父様とお母様のしゃしんがほしかったな…。



リナがしょうがっこうに入学する時に、僕も一緒に入学することになった。

にゅうがくしきで初めてこんなに大勢の子どもを見た。

みんな黒い髪に黒い目だ。

僕だけ金色の髪で目の色もみんなと違う。


それに2歳年上だから、一人だけ飛び抜けて背が高い。

みんなもの珍しそうに僕をじろじろと見てくる。

好奇の視線を振り払うように空を見上げていると、リナが手を繋いでぎゅっと握ってくれた。


「セラフィといっしょに1ねんせいになれてうれしいな!」

「ふーん。リナがうれしいならいっしょでもいいけど。」

「うん!ずっといっしょだよ!」


はあ。

これからもずっと僕に付きまとうつもりか。

べつに、まあ、いやじゃないけどさ。




--




俺が高校生の時に、養父が大学教授を退官してアメリカへ帰ることになり、俺と莉奈は数年間離れ離れになった。


だから俺は、飛び級を利用して最短で大学を卒業し、日本の企業に就職することにした。

離れ離れのままじゃ莉奈が寂しがるからな。


莉奈とは、俺が22歳、莉奈が20歳の時に結婚した。

結婚してすぐ子どもが出来たけど、デキ婚じゃないぞ。

今は2人の子どもにも恵まれ、幸せな日々を送っている。


俺を実の息子のように育ててくれたランディとアリーは、俺が結婚して自分の家族を持つのを見届けた後、相次いで天国にいる息子の元へ旅立ってしまった。


俺ももう33歳、いつの間にか本当の両親の年を追い越した。

あの頃はぶかぶかだった公爵家の指輪も、指にはめられるようになった。



「ああ、莉奈?出張が1日早く終わったんだ。今から飛行機に乗って帰るよ。」

「あらそうなの?子どもたちが寂しがっていたから喜ぶわ。」


「寂しがっているのは子どもたちより莉奈なんじゃないのか?」

「ふふ、そうよ。私が一番寂しがっているわ。早く会いたいから空港まで迎えに行きましょうか?」


「家から空港まで遠いし、飛行機の到着が遅れるかもしれないから自分で帰るよ。」

「わかったわ。気を付けて帰って来てね。」

「ああ。それじゃ、また後で。」


莉奈への通話を終え、もうすぐ会える家族の顔を思い浮かべると、自然と笑みがこぼれた。

出国ロビーの大きな窓から空を眺めながら、今もきっと空から見守ってくれている両親へ、心の中で報告した。



俺は幸せだよ。

約束、守れたよ。






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