お告げ屋さん⑧
沈黙が痛い。
切り出し方を間違えたか?怪訝そうな母の顔を見ながら、ツバを飲む。
ゴクリ。
TVの音に負けないくらいの大きな音が響いたような気がした。
「なにそれ?ちゃんと、わかるように言って」
「詳しくは言えないけど、明日、加奈子が同窓会に行く予定なんだ。それをなんとか阻止したい」
ますます、怪訝そうな顔になる母。
「...浮気かん?加奈子さんの同窓生と浮気でもしたんかい?浮気相手と会わせたくないってことかん?」
話が深刻に、もつれながら、明後日の方向へ、猛ダッシュしていく。
「ちゃうって!」
「あんた、浮気はいかんわ!あんたはお父さんに似て、昔っから女の人にばっか、愛想を振りまいて...、いつかやらかすんじゃないか、と思っとったわ」
そりゃないぜ、マザー!そんな風に思われていたのか、とショックを受けつつ、なんとか話を戻さなければ!
「母さん!違うよ。違うって、浮気なんかしてないんだ。詳しい話は、出来ないけど、加奈子を引き止めたいんだ!」
「...じゃあ、加奈子さんが同窓生と浮気しとる言うんか?」
「いや、本当、もう浮気とか忘れてくれ!そういうんじゃないから!」
「...あんた、加奈子さんとケンカでもしたん?」
「...ケンカはしてるけど...、阻止したいって話とは関係ない」
いや、厳密には関係してるかもしれないが...。
「わかったわ。浮気はしても、されてもいないけど、同窓会に行って欲しくないって事ね。で、それと倒れるって話は、どう関係すんの?」
「明日の朝、親父から電話がかかってきて、母さんが倒れたってことにして、和也と加奈子を連れて、ここまで来る。それで一日、様子を見るってことにして、加奈子には同窓会を諦めてもらいたいんだ」
「病院に行かずに家で寝てたら、怪しくないかい?大事じゃなけりゃ、加奈子さんだって、同窓会に行くって言うに決まってるわさ」
「じゃ、どうすればいいんだよ」
母も何か考え込んでいる。
「じゃあ、こういうのはどうだい?」
母の考えた案はこうだ。
朝、9時くらいに父が倒れたと、俺に連絡が入ったことにする。俺が会社を早退して、加奈子と和也を家まで連れに戻る。実家に向かう途中で、母から加奈子へ連絡が入る。兄夫婦と母の3人で、病院に行くので、俺達には実家で待機していてほしいと。で、15時頃まで時間を潰して戻ってくる。色々検査したけど、ただの脳震盪だったと言って、家で大笑い。せっかくだからと、寿司を頼んで来たから、少し早めのお盆にしようと、母が言い、なし崩し的に同窓会を諦めさせるという算段だった。もちろん、行きの車の中で、同窓会は諦めてくれと言っておけば、その時点でのキャンセルもありうる。
「変な事に巻き込んでごめんな?」
「いいよ。離れて暮らしてても、家族なんだから。それより、全部終わったら、ちゃんと話してね。...それに、なんかちょっと見ない間に、あんた立派な父親の顔になったわ。きっと、訳は言えないのかもしれないけど、これも加奈子さんとカズちゃんのためなんでしょ?」
俺は笑いながら頭を掻いた。本当、全部お見通しなんだな、と。そして、全部話すのは難しそうだな、と。
親父と兄貴、そして、義姉には、母から話してもらう事にして、久しぶりに母の作った昼食を食べて、実家を後にした。
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その晩、俺は加奈子にひたすら頭を下げた。途中、何度か、カチンとくる事もあったが、なんとか我慢して仲直りする事ができた。
「仕事が一段落したら、3人で旅行に行こう。温泉でも浸かって、ゆっくりしよう」
「和也は、あなたが温泉に入れてね。少しは妻の苦労もわかるだろうから」
加奈子も笑って応えてくれた。果たされない確率の高い約束に、若干、胸が痛んだが、仕方ない。これが全部終わって、やっぱり、ただの夢だったってなったら、絶対に温泉に行こう。もっと、家族を大切にしよう。俺は、密かに誓って、愛する加奈子を抱きしめていた。
俺の選択は、間違っていない。きっと、井上もこんな気持ちで死を迎えたのだろう。
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いよいよ、土曜日。
今日で全てが終わる。俺は、気合いを入れながら、架空の出勤の準備をする。加奈子には、同窓会楽しんでおいで、と優しく声を掛けた。そして、会社に行くフリをして、ネットカフェに向かう。時間を潰して、機を待つのだ。
時間になったところで、車の中から加奈子に電話をかける。
「親父が倒れたらしい。詳しい事はわからないけど、今から迎えに行くから、実家に行く準備をしておいてくれ」
俺は、出来るだけ、慌てた感じを醸し出しながら、話した。自分では、大根役者のような演技に思えるが、何も知らない加奈子は、どう思っているだろうか?いつもと違う演技臭さから、逆にリアルを感じてくれればいいのだが...。
1時間後、俺は加奈子と和也を連れて、実家に向かった。