卒業式とエイプリルフール
どうにか、高野を説得して、リコの現状を救いたい。そう思い、春休みを過ごす。
もちろん、高野達と遊ぶ事も忘れていなかった。
相変わらず、高野達との遊びは楽しかった。
人生で初のカラオケという奴にも行ったし、サイクリングロードを使って、自転車で遠出(2時間くらいの距離)して河原で遊んだり、マッツンが付き合っている女子のグループと遊園地に行ったりと、楽しい日々を過ごしていた。
そんな3月の最終日に僕に電話がかかってきた。少し、嬉しそうに『女の子からよ』と、言う母を無視して電話に出ると、僕は受話器を落としそうになった。
リコからだった。
「明日の朝9:00に、あの神社に来て欲しいの」
僕は、リコに何かを言ってやろうと頭をフル回転させるが、結局、何もまとまらないまま一言返すので精一杯だった。
「わかった」
奇しくも、明日はエイプリルフールだった。きっと、最後にラスボスを考えて、怪談作りを終えようとしているのだろう。リコの立場なら、そう考えてもおかしくないような気がした。
その場で、リコに謝って、高野を利用して、リコの立場を守る作戦も一緒に考えよう。リコと一緒なら、きっと素晴らしいアイデアが浮かぶだろう。
僕は、楽観的な気持ちを抱え、エイプリルフールを迎えた。
約束の5分前に神社に着くと、リコはすでに到着していた。少し痩せたように見えた。
「…よかった。来てくれないかもって思ってたから…」
「今日は、怪異のラスボスを考えるの?」
それを聞いたリコは、ふふっと笑いながら、背負っていたピンクのリュックから、ビニール袋に包まれたもの出しながら答えた。
「今日はね。『裏百物語』を試したいの」
リコの出したビニール袋には、ロウソクが入っていた。ザッと確認すると、18本入りの袋が6つほどあった。
「これね、15号っていうサイズのロウソクで、6時間は保つんだって」
本気で100話の作り話をしようと思ったら、かなりの時間を要すると考えたのだろう。なんとか1話を3分で話したとして、300分、5時間かかる計算になる。しかも、ロウソクに火をつけて設置する事を考えると、確かに6時間程の猶予は欲しいのだろう。
でないと、1話目につけたロウソクが話の途中で消えてしまう。
だが…、『裏百物語』は僕らで考えた作り話だ。試したところで徒労に終わる。まだ、普通に百物語をやって、青行燈の存在を確かめるという方が建設的だ。
僕は、無言でリコを見つめる。
「私ね。疲れちゃったの…。だから、この儀式で今までの自分から卒業したいの」
「『裏百物語』が作り話ってのは、ちゃんと自覚してるよ?だから、キューが今している『可哀想に…、この娘、気が触れちゃったのね』という心配は、無用よ。」
「…この儀式を最後に今までの自分を卒業するの。ふふ、一年早いけど、卒業式ってやつね」
「これを機に、『イジメに負けそうな私』、『友達を欲しがる私』、『他人に期待する私』、『世界に期待する私』、『未来に期待する私』と決別するの。決別したいの」
「だから、キュー、手伝って?
二人だけの卒業式をしましょ?」
リコの声は震えていた。
「…卒業できるの?」
「するの!」
できる、できないじゃない。
自分は卒業するのだ、と強い意志を宿った声が響く。
「リコが、今の状況を抜け出せるように、僕が考える。いや、一緒に考えよう。僕は、僕だけは、リコの味方だから…」
それを聞いたリコが、微笑む。
「わかった…。ありがと。卒業式が終わったら、一緒に考えて?…キューだけが私の味方だから…」
リコの瞳を見て、強い意志を感じる。
「…わかった。ここでやる?」
「場所は変えましょ?ここでやってると、火事になったら大変だし、神主さんに見つかったら、怒られそう。それに…、ここだと風でロウソクの火が消えちゃいそう」
僕は、二人で『裏百物語』を行うに相応しい場所を考え始める。
ロウソクの火が風で消えないようにするためには、屋内が理想だ。それに木造だと、火事が不安なのは確かだ。
それに、最終的には100本ものロウソクに火が灯る事になる。酸欠も怖い。ある程度、風が凌げて、かつ換気が十分で、100本のロウソクを立てられるスペースのある場所。
しかも、邪魔が入らないような場所…。
あるのか?
そんな場所…。
僕は、いい場所が思いつかず、腕組みしたままフリーズする。
「この先に廃病院があるの。夜は、高野君のお兄さんみたいな人達が集まってくるけど、この時間なら大丈夫よ」
リコが案を出す。
「スペースはあるの?」
「この間、下見してきたけど、1階は瓦礫とか多くて、あんまりだったけど、3階に広めの病室があるの。あんまり荒れてないから、そこでやりましょう。窓も普通に開いたし、ベッドさえどかせば、十分な広さがあったわ」
その言葉に、この『卒業式』が思いつきのものではなく、計画的だったことが伝わってきて、何かいたたまれない気持ちになってくる。
「わかった。そこでやろう」
僕は、自転車に跨って、リコの方を見る。
「あれ?歩いてきたの?」
黙って頷くリコ。
僕は、自転車の後輪についているハブステップを指差して、そこに乗るように告げる。
僕は、リコを後ろに乗せ、二人乗りで廃病院に向かった。両肩にリコの手が添えられて、なんとも言えない、いい匂いがした。僕は、ドキドキする心臓の音が、リコにバレないように祈りながら、ペダルを漕いだ。
廃病院に着き、件の部屋に辿り着くと、二人でベッドを部屋の外に出した。一通りの準備が終わると、床にロウソクを置き、リコがこちらを見て笑った。
「それでは、これから樹神 理恋の卒業式を始めます」




