冬の花火
「今日も高野んちに集合な」
休み時間、本を読んでいる僕に、マッツンが話し掛けてくる。僕は、読んでいた本に栞を挟み、マッツンの顔を見る。
もともと、話した事がない関係だったが、高野のおかげで、マッツンも僕を受け入れているようだった。
高野がいない状態で、一から関係を築こうとすると、難しかっただろう。
「わかったよ。今日もドロケイやるのかい?」
「いや、今日は別の遊びだよ」
「何やるの?」
「来たら教えてやるよ」
そう言い残して、マッツンは去っていった。
僕は、そのまま立ち上がり、窓際の一番後ろに向かう。その席では、いつものように、リコが本を読んでいた。
「ごめん。今日も高野達と遊ぶ事になったから、神社には行けない」
「そ。じゃあ、また今度ね」
相変わらず、本から目を離さないまま、答えるリコ。やはり、感情が見えない。
少しは、ガッカリしてほしいものだ。
僕は、少しガッカリしながら、自分の席に戻った。
その日、高野家に集まったメンツは、僕から見たら異様な物を携えていた。それは、花火だった。
「…花火?」
「ああ、久古には言ってなかったか。今日は、夏に使い切らなくて、余った花火を持ち寄ってんだよ」
「?」
「今日は、冬の花火大会だ」
僕らは、自転車で近くの川の堤防に向かった。余ったと言われる花火を堤防に置き、6人で物色する。余ったと言うには、量が多い気がする。
高野とマッツンは、ライターを手に、早速、花火に火を点け始める。冬の曇った空に、破裂音が響く。
冬とは言え、まだ学校が終わったばかりの時間なので、十分明るい。
こんなに明るい時間に花火をやるのは、初めての事だったが、正直、火が目立たず、派手さがない。破裂音だけが虚しく響きまくる。
他のメンバーは、慣れているのか、手際よく火を点けて行く。
「もうちょっと暗くなってから、やった方が楽しいんじゃない?」
僕が、そう呟くと、マッツンが笑いながら答える。
「お前は、正しい事しか言わないなぁ。そんなことより、お前も火点けたら?」
そう言って、ライターを渡してくる。
僕は、少し戸惑って、適当に一つ持った花火に火をつける。導火線についた火が、ジジジと進み、導火線をすべて飲み込んだ後、少しの静寂の後、堤防に置かれた、その花火が一気に回転しながら空に飛ぶ。
夜であれば綺麗なのだろうが、明るい空では、全然目立たないので、途中で見失う。そして、しばらくしたところで、破裂音が響く。
これは、楽しいのか?
寒いし、楽しいかどうかもわからないイベント。集められた花火は、まだ大量にある。早く終わらないだろうか?
前回、高野達と遊んで楽しかったのは、たまたまなのだろう。僕は、少しガッカリした。
「つまんねぇ〜」
寺田が、言葉とは裏腹に楽しそうに、花火に火をつけている。
「やっぱ、もうちっと暗くないとダメかな?」
マッツンが、点火したロケット花火を遠くに投げる。遠くに投げられたロケット花火の先端がこちらに向いた状態で、火がついたのか、こちらに向かって飛んでくる。僕は慌てて逃げる。
それを見た高野が、意地悪そうに笑い、ロケット花火を人に向かって、飛ばし始める。
神社で見た光景が蘇る。
僕らは、必死に逃げながら、ロケット花火や爆竹を拾って応戦を始める。
狭い堤防の上で、誰彼構わず、ロケット花火の標的にする高野と逃げ惑いながら、隙を見つけて爆竹やロケット花火を拾い、応戦する他の子供達。
なんと程度の低い遊びだろう。ケガでもしたら、どうするつもりなのだろうか?
と、思いながらも、笑いが込み上げる。
先程までの、つまらない花火と比べたら、こちらの方が、断然面白く感じてしまう。
そうこうしているうちに、真山がポケットから取り出した紙切れに火をつけ始める。走り回りながら、その光景を見て、何をするつもりだろう?と見ていると、高野の側に山のように置いてある花火に向かって火のついた紙切れを放り投げる。
「バカ!」
相川が叫ぶ。
山になっていた花火に次から次へと火がついて行く。そして、火花を散らしながら、四方八方へ飛んでいく花火達。そして、炸裂する破裂音。僕らは、耳を塞ぎながら、逃げ惑う。高野を見ると、花火の山に一番近くにいたバチが当たったのか、一番必死で逃げ惑うハメになっていた。
僕らは、馬鹿笑いしながら逃げ惑っていた。
「ぎゃっ!」
たくさんの煙で、視界も悪く、時折、誰かの叫び声が聞こえる。明日は、我が身だ。僕は、発射台と化した花火の山に注意を払いながら、集中して避けようとしていた。
下手に動き回るより、飛んできた花火から逃げる方がいいと踏んだのだ。
だが、その考えは甘く、『来る!』と思った次の瞬間には、すでに当たってしまう事がわかった。そう、ロケット花火を思いっきり腕に食らって、わかった事だった。
それを食らった後は、他の奴らと同じように、とにかく動き回った。
花火の音が止み、少しずつ煙が薄くなってくると、僕らは、花火の山から少し離れた場所に集まる。
「もう、大丈夫か?」
「わかんね。近付いたら、また飛んでくるかも」
僕は、花火の山の近くに置いてあった水の入ったバケツを拾い、何も言わずに花火の山に水をかけて、みんなの方を振り向く。
「もう大丈夫だろ」
そこで、みんなの気が抜けるのがわかった。真山は、自分のせいでこんなことになったというのに、座り込んで、『助かった〜』などと言葉を発していた。
「こら〜!悪ガキ供〜!」
堤防に、どこかのおじさんが登ってこようとしていた。
あれだけの騒音がしたのだ。そりゃあ、何事かと見にきたのだろう。
「…逃げるぞ!」
高野が、号令をかける。
僕らは、慌てて、自転車に走り、それぞれ必死にペダルをこぎ始める。
「散るぞ!逃げ切ったら、団地の駐輪場に集合な!」
高野が、そう言って道を曲がる。
「オッケー!」
マッツンが、そう叫び、次の角を曲がる。
後ろを見ると、どっかのおじさんは息を切らせて、立ち止まっている。そんなに必死に逃げなくても良さそうだな。僕は、余裕をかまして、適当に角を曲がり、そのまま団地に向かった。
駐輪場には、すでに高野とマッツンがいて、笑っていた。僕も笑いながら、2人に話しかける。
「やばかったな?」
「余裕っしょ?」
高野が、不敵に笑う。
程度が低いとバカにしていた高野達の遊びが、やってみると最高に楽しかった。
結局、その日は見知らぬおじさんが、必死に走っていた様を、みんなでバカにして、解散となった。