怪異を紡ぐ者
「『語り手』が欲しいんだ」
僕は、リコに率直な気持ちを伝えた。リコは、ノートの中身を一通り見て、溜息を吐く。
「…全然気にしてなかったけど、確かに言われてみると、不自然な部分があるわね」
「まぁ、その手の不自然さは有名な怪談にもある場合があるんだけどね」
僕は、昨日、高野達と遊んだせいで、神社に来れなかったせいか、リコと話すのがすごく久しぶりに感じた。
リコは、しばらくノートとにらめっこしている状態に陥っていた。
「…だから、今日考える『モノノケ』は、『語り手』の役目を持たせたいんだ」
「『語り手』って?」
「いわゆる、『怪異を紡ぐ者』って奴かな?怪談を造る『モノノケ』。このノートの中身も、その『モノノケ』に聞いた話という設定にしたいんだ。
そうする事で、『これ主人公死んじゃってるけど、誰が語ってるの?』とか、『これ登場人物みんな行方不明になってるけど、誰から聞いた話なの?』というような矛盾を全て打破できると思うんだ」
「じゃあ、その『モノノケ』って何が目的で、怪異を紡ぐの?」
「…趣味?」
「それじゃあ、ただの『ホラ吹き』になっちゃうじゃない」
「うそうそ。冗談だよ。
よく漫画とかで、『語り継がれなくなった妖怪は力をなくす』とかの設定があるでしょ?
それと同じように『モノノケ』は、語り継がれる事で存在できるって事にして、…『語り手』は、怪異を語る事で、新しい『モノノケ』を生むってのは、どう?」
「じゃあ、『モノノケ』を生む目的は?」
「…眷属を増やすため?」
「なんかボスキャラみたいね」
「でも、ボスキャラは、アザトースや空亡みたいなのがいいなぁ」
「…空亡、『そらなき』のこと?」
「そ、『そらなき』とも言われてるね。あれこそ近代に生まれた妖怪の代表だし、最強説いっぱいあるからね」
「でも、アザトースはどんなイメージかわかるけど、空亡は能力がフワッとしすぎじゃない?」
空亡
『くうぼう』、『そらなき』とも呼ばれる妖怪。
もともとは、百鬼夜行の最後に描かれている太陽がモチーフになっている。あるカードゲーム(百鬼夜行の絵が描かれたトランプ)で、その太陽に『空亡の時間(一日の暦の切れ目)に現れる』という設定が足され、ワイルドカードとしての太陽のカードに『空亡』という名前がつけられた。
それをもとにあるTVゲームのラスボスとしての『空亡』が誕生する。結局、そのゲームのラスボスは、別の名前になったが、その設定だけが一人歩きし、さも昔からいた妖怪のように語られている。
もちろん能力などは、よくわからないが、すべての妖怪が逃げるほどの妖怪として、最強説が語られる事がある。
いわゆる近代に生まれた、わけのわからない妖怪、という事になる。
「まぁ、僕達も独自のボスキャラを考えればいいんだ。
そのボスキャラがすべての怪異を生み、消滅させる能力を持ち、今回考える『語り手』が、その怪異に能力や性質を付与するって設定にしよう」
「まぁ、それならいいけど…。じゃ、ボスキャラは次回って事で、今回は『語り手』に集中しましょ」
「あとは、『語り手』になるための手順だね」
「人が人ならざる者になる手順かぁ。『語り手』っていうくらいだから、物語を使って、かつ『簡単に実行する気になれない』手順がいいかなって、私は思うの」
物語の絡む儀式といえば、百物語が有名だ。怪談を100話するというものだが、1つ話す毎にロウソクの火を1本ずつ消して行く。最後の1本を消し終えると、青行燈という妖怪が現れると言われているが…。
「裏百物語ってどう?」
リコが言う。どうやら考えることは同じだったようだ。物語絡みってことで、リコも百物語を連想したのだろう。
「裏?」
「そう。本来、話し終えるたびに消して行くロウソクを、逆に火を付けていくってのはどう?」
「なるほど。じゃあ、すべてのロウソクに火が付いたら、異界への入口が開くってのはどう?
その異界の入口に入った1人が、『語り手』になる」
「? 残ったメンバーは?」
そう、百物語は複数で行う儀式だ。当然、裏百物語も複数でやるものになるだろう。
「『語り手』にも語り手がいるんじゃない?」
僕は、ニヤリと笑いながら話す。そう、『語り継がれる事』が怪異の力になるのならば、当然、『語り手』にも、『語り手』を語る者が必要になる。一緒に儀式に参加したメンバーには、その役目を負って、『語り手』について、話してもらおうという事だ。
「そうね。じゃあ、『語り手』になったら…、『語り手』ってなんか長くない?」
「…じゃ、『TELLER』は?」
「いいわね。じゃ、『TELLER』で!その『TELLER』になったら、すべての人に、その存在を忘れられるってことにしましょ。儀式に参加した人以外には」
「忘れられる?」
「そ。そんな人、最初からいなかったって事になるの。じゃないと、行方不明扱いになっちゃうじゃない?『TELLER』になっても、後の心配はいらないですよぉって、魅力もないと、誰が好んで『TELLER』になろうと思う?」
「…逃げ道…」
「そうね。この世界に絶望しても、死ぬ勇気もない。そんな人にピッタリな儀式ね」
リコが、一瞬、悲しそうな顔をしながら呟く。
「それと、100話話す怪談は、全部作り話じゃないとダメっていう設定も入れないとね」
先程の悲しげな表情が、嘘かのように明るい表情で続けた。僕は、その変化に気付かないフリをして、ノートに『TELLER』について綴った。