高野の家にて
「今日、学校終わったら、うちに来ないか?」
その日、高野が急に誘ってきた。この間、映画の話をして以来、いつもの関係に戻っていたので、高野から誘われるとは思ってもみなかった。
「…いいけど…、何すんの?」
僕は、読んでいた本に栞を挟み、探るように高野の顔を見る。
「何って、普通に遊ぶだけだよ。マッツン達も来るから、お前も来いよ」
マッツンとは、高野達のグループの一人で、高野をリーダーとすると、副リーダー的な存在の子供だ。マッツン達と言う事は、高野グループが勢揃いする事を意味していると思えた。
そんな中に、僕が入って大丈夫なのだろうか?
高野とは、多少、話が合ったが、マッツン達と話が合うとは思えない。それに、そもそも僕は高野の家を知らないのだ。
「僕、君の家知らないんだけど…」
「じゃ、一度帰ったら、自転車で学校に来いよ。マッツンに迎えにいくように言っておくから」
「わかったよ」
「よし!絶対来いよ!」
急に、高野達と遊ぶ事になってしまったが、一体全体、何をするつもりなんだろう?僕は、周りを気にしながら、窓際の一番後ろで、本を読んでいるリコの元に向かう。
「今日、急に高野に誘われたから、神社には行けなくなった」
リコは、本から目を離さずに答える。
「そ。じゃ、また明日ね」
リコの言葉からは、なんの感情も読み取る事ができなかった。少しは、ガッカリしてほしかったような気がしたが、そこまで考えて、なんでそんな気がしたのか、わからずにモヤモヤした気持ちを抱えながら、自分の席に戻った。
放課後、高野に言われた通り、自転車で学校に来ると、マッツンこと松村が、同じく高野グループの寺田と一緒に待っていた。
その二人は、同じ分団(一緒に登下校するグループ)で、学校からすぐ近い区画に住んでいるので、僕よりも早く学校に着いたのだろう。
「おう、行こうぜ。久古は、後ろからついて来いよ」
黙って頷き、二人に続く。
いつもリコと会っている神社を越えて、さらに自転車を走らせると、大きな団地が見えてきた。
近くにある大きな会社の社宅だと、マッツンが説明してくる。
そして、高野の家は、その団地の3階にあるとの事だった。
二人が、慣れた様子で、団地の駐輪場に自転車を置く。僕も、それに倣って、自転車を止める。
「あっ!マッツンだ!」
下の学年と思われる子供と、団地の出入り口で、すれ違う。名前を知られているのか?
「おお、司か。どっか遊びに行くのか?気をつけろよ」
寺田が、その子供に話しかける。
「うん、じゃあねぇ」
司と呼ばれた子供が、駐輪場から自転車を引っ張り出し、去っていった。
「知り合いなのかい?」
「まぁ、高野と遊んでるうちに、この団地の子供のほとんどとは、顔見知りになっちまったよ」
そういうものなんだろうか?僕には、よくわからない世界だ。
「さっさと行こうぜ」
僕は、マッツンについて団地の階段を登っていった。
3階のある部屋で、マッツンは立ち止まり、こちらを見た。
「ここが高野とその兄の部屋で、隣は高野の両親がいる部屋だ。間違えるなよ?」
どうやら、高野家は社宅を二部屋借りているようだ。
僕は、黙って頷く。
マッツンは、高野の部屋と言われた部屋のインターホンを押す。
「おう、鍵開いてるから入って来いよ」
インターホンから、高野のこもった声が響いた。マッツンは、それを聞いてドアノブに手を掛けて、勝手に入っていった。
「よう、もうすぐ真山達も来るから、あいつらが来たら、ドロケイやろうぜ」
ドロケイというのは、集団で行う鬼ごっこのようなもので、泥棒側と警察側に分かれて行われる。泥棒側は、警察側に捕まらないように逃げ、警察側は泥棒側のメンバーを10秒間捕まえる事が出来れば、逮捕となる。
逮捕された泥棒側の人間は、牢屋と呼ばれるエリアで待機することになる。
泥棒側が全員捕まったら終わりだが、牢屋にいる捕まったメンバーは、まだ捕まっていないメンバーにタッチしてもらえると脱獄ができるので、なかなか終わらない。
警察側は、脱獄されないように見張りをつけてもいいのだが、見張りを充実させると、泥棒を追いかけるメンバーが少なくなるので、バランスをとりながら行うのがコツとなる。
この間、神社で行われていた戦争ゴッコもそうだが、高野達は、流行りのゲームではなく、こういう身体を動かす活動的な遊びをする事が多いのだろうか?
真山と相川が二人で高野家にやってきて、ドロケイを始めることになった。いつもなら、あと一人、谷という奴がつるんでいるはずだが、今日はいないようだった。
「谷は、今日は来ないのか?」
「…谷は、もう呼ばない」
高野が、こちらを見ないで答える。
?
なにかあったのだろうか?
「谷は、高野の事を教師にチクったから、もう呼ばないんだよ」
マッツンが、言いにくそうに言う。
それを聞いて、あの日『誰かがチクった』と高野が言っていた事を思い出した。あれは、谷だったのか…。
と、いう事は僕は谷の代わりに呼ばれたという事だろう。
谷もバカな事をしたもんだ。
友人を数人なくしてでも、言いたかったのだろうか?良心の呵責という奴だろうか?僕なら、絶対に言わないだろう、そんな割に合わない事は。
なんだか、釈然としない気持ちにはなったが、まぁ、自分にはあまり関係のない事だ。気にしないようにして、ドロケイに取り組む事にする。
僕は、今までこんな感じで友達と遊んだ事がないので、ドロケイも名前やルールは知っていたが、やるのは初めてだった。
6人いるので、3対3で行われることとなった。
僕は、最初、泥棒だった。範囲は団地内という事だったが、はっきり言って、僕にとっては初めての場所だ。相当、不利な気がする。
「とりあえず、屋上に行って、奴らを迎え撃つぞ!」
同じ泥棒側のマッツンが、普通に話しかけて来る。
「屋上だと逃げ道がないから、追い詰められるんじゃない?」
「大丈夫!屋上は広いから、あいつらが来ても、撹乱して、時間稼ぎができる。その間に、他の奴らは逃げる事ができるし、上手く立ち回れば、逃げ切る事も可能だよ」
楽しそうに作戦を話すマッツン。
そんなもんかと思いながら、その作戦に乗っかる。
結果は、マッツンの言う通りだった。警察の高野が来ても、僕らは上手く逃げる事が出来た。
が、団地の作りを知らない僕は、屋上から逃げたすぐ先で捕まる事になってしまった。
牢屋に決められた駐輪場にいると、マッツンが助けに来てくれた。案の上、なかなか終わらず、その日はずっと泥棒として逃げ回っているうちに、日が暮れて解散となった。
「なかなかやるじゃん!また誘うから、来いよな」
マッツンと寺田が、笑いながら言ってくる。
僕も体育以外で走り回るのは、本当に久しぶりで楽しかった。彼らはいつも、こんな楽しく遊んでいたんだな、と羨ましく思いながら、家路に着いた。