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都市伝 〜近代伝承のススメ〜  作者: スネオメガネ
第1話 お告げ屋さん
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お告げ屋さん⑥

「土曜日、和也連れて、実家に帰るから」


 仕事が終わって、一人夕食を食べていると、ソファに座ってビデオを見ていた加奈子が呟いた。その言葉に凍りついた。


「な、なんで?」


 思わず、聞き返す。加奈子の実家は長野だ。そこに行く時、いつもなら高速を使う。そして、今回もいつも通り、高速を使って帰る事になるだろう。今朝見た夢の内容を考えると、絶対にあってはならない事だった。


「中学の同窓会があるの」


「同窓会?聞いてないぞ」


「何度も言いました。あなたは、自分の事しか興味ないから、忘れてるんでしょ?」


「...なんで、こんな時期にやるんだよ?あと、一週待てば、お盆だろ?みんな帰省してくる、その時期にやった方がいいに決まってるだろ?」


「知らないわよ。もう決まった事なんだから」


「...和也は?...なんで和也も連れて行くんだよ?」


「あなた、いつも土曜日は仕事じゃない!和也に一人で留守番しろって言うの!?」


「...どうしても、その同窓会は、出なきゃダメなのか?」


「自分は、飲み会とか行くくせに、私がそういうのに行くっていうと、文句言うの!?」


 加奈子がヒートアップしていく。俺は、ただ夢で見た未来と同じシチュエーションを作りたくないだけだった。...そこまで考えて、ふと気付く。


 これは、未来を変えようとする行為にならないか?


 加奈子が、実家に行くと言った時点で、俺の中で、『お告げ屋さん』の予知は、確定的なものになっていた。偶然にしては、出来過ぎているからだ。今の問答で、加奈子が同窓会に行かないと言い始めたら、予知を覆す事になるので、俺が死ぬ事にならないか?


「文句だけは、しっかり言うくせに、都合が悪くなるとすぐ黙る。随分と都合のいい、口をお持ちですね!?」


 荒れた剣幕で加奈子が続ける。


「...ちょっと、考えてるんだ...」


「考える!?考えるって何よ!こっちの質問には答えずに、自分が考えることだけ優先して!いいご身分よね!」


 加奈子の物言いにカチンとくる。こっちは、おまえと和也の事を考えて言っているというのに。いっそのこと、見殺しにしてやろうか?加奈子と和也がいなくなっても、俺は独身に戻るだけだ。自由に生きるだけだ。わざわざ、命を投げ出してまで、助ける理由なんてない!


「うるさい!もういいっ!」


 思わず、怒鳴りつける。


「そうやって、すぐキレる!ホント、なんなのよ!」


 加奈子が、ソファから立ち上がり歩き出す。


「どこいくんだよ!?」


「もう、いいんでしょ!?放っといてよ!」


 乱暴に階段を上る音が聞こえ、一人残された俺は、溜息をついた。


 加奈子が死ぬのも、和也が死ぬのも、俺は悪くない。俺は、止めようとしたし、聞き入れずにブチギレているのは向こうの方だ。あいつは、すぐキレるって、よく言うが、こっちからすると先にキレているのは加奈子の方だ。俺は悪くない。


 ムシャクシャした気持ちで、残りの食事を口に詰め込み、食器を洗う。


 そうさ。二人がいなくなれば、好きな時に、好きな場所でタバコも吸えるし、自由に飲み会にも行けるし、朝まで飲む事だってできる。秘密のDVDだって、好きな時に見れるし、好きに外食も行ける。そうだ、やめていたゲームだって、もう一度手を出す事もできる。

 結婚して、和也が出来て、あいつは、自分ばかり我慢して、俺がまったく我慢してないような事を言うが、そんなことはない。俺だって、家族のために我慢していることはいっぱいある。そうさ、あれは決して悪い未来なんかじゃない。


 俺は、モヤモヤした気持ちで2階の寝室に向かった。加奈子は、すでに寝息を立てて眠っている。あんな言い合った後に、よくもまぁ、すぐに眠れるものだ。こっちは興奮して、すぐ寝れる自信がないと言うのに...。


 ベッドに入って、隣で寝ている和也の寝顔を見る。


 可愛い寝顔だった。思わず、頭を撫でる。スヤスヤと寝息を立てている。温かい和也の体温を感じながら、生意気盛りの息子の寝顔を見つめていた。ホッペを突っついてみる。モゾモゾと動く和也。思わず微笑んでしまう。和也の寝顔を見ていると、先程までの自分勝手な考えが恥ずかしくなってくる。


初めて和也が立った時、初めて「パパ」と言った時、3人でキャッキャ言いながら遊んだ事。次々と、思い出が蘇る。そして、和也が生まれた時、何があっても、加奈子と和也の幸せを必ず守る、と心の中で誓った事を思い出す。


 気がつくと、涙が流れていた。


 二人は、俺が死んでしまっても、大丈夫だろうか?いや、むしろ、こんな自分勝手な父親はいなくなってしまった方が、二人にとっては幸せなのかもしれない。生命保険や会社の共済には、入っていたはずだ。証書は、どこにしまっただろうか?家のローンは、それで返済出来るはずだ。俺がいなくなるのだったら、長野の実家で暮らした方がいいかもしれない。和也の小さな手をそっと握ると、弱い力で握り返してきた。


俺は、泣きながら二人のために死ぬ事を覚悟した。

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