『チェーンメール』
私が一体何をしたと言うのだろう?
湊 景は、自分の行動を振り返ってみた。だが、まったく、心当たりが見つからない。何故、自分が執拗にいじめられているのかの心当たりが…。
始まりは、些細な事だったと思う。
いつも、仲良くしていた友人が、ある日突然、余所余所しくなった。たまたま、機嫌が悪いのか?とも思ったが、それはいつのまにかクラス全員に伝播しているようだった。
誰に話し掛けても、返事がない。
言葉にすると、ただ、それだけの事だが、実際に味わってみると、とても心細く、とても惨めな気持ちになった。そして、クラスの全員に無視されていると気付いた時に、これはイジメだと理解した。
そのイジメは、段々とエスカレートし、ある日、教科書に一つの落書きが発見された。黒いマジックで叩きつけられるように書かれた『死ね!』は、景の気持ちを大きく落胆された。落書きは、日を追う毎に増えていき、全ての教科書がカラフルな悪口のオンパレードとなった次の日、掃除から戻った景の机の上に、購買で買ったと思われる牛乳に漬けられた教科書が数冊入った掃除用のバケツが机の上に置かれていた。
その様子を見て、大声で笑っているクラスのリーダー格の凛の姿を見て、自分が凛の不興を買ってしまっただろう事を悟った。
靴も、体育用のジャージも制服も、少しでも隙を見せると、一人旅に出てしまうようで、二度と戻って来ない。
高校に行く事で、金銭的にも精神的にも削られる。正直、登校を拒否したいところだが、心優しい両親に心配をかけたくないので、泣く泣く学校に通う日々が続いた。
そして、時々、放課後に凛のグループに音楽準備室に連れて行かれるようになって、今日で一月が経とうとしていた。
凛のグループと言っても、3人程度の小規模なグループだった。いつもその日のイジメのメニューの決定をする凛。いつも笑っている暴力担当の京子。そして、一番タチが悪いのは、なんだかんだ凛の思考を誘導して、残酷なイジメを考える参謀の真希の3人だった。
真希の考えるイジメは、非常に陰湿だった。頭から納豆を掛けたり、掃除の際に見つけただろうゴキブリの卵を食べさせられたり、便器を舐めさせられたり、…《以下、自粛》…。
それが、真希のポリシーなのかはわからないが、決して性的な事や、ただの暴力に走るような事はなかった。
羽交締めにしたり、頭を抑えたりする実行犯は、基本、京子だったし、真希は提案だけで、決断は凛だった。
一方、たまたま、真希がいない時は、単純に殴られたり、蹴られたりする程度で、景にとっては我慢できる内容だった。
その日、帰宅しようとする景の邪魔をして、いつもの音楽準備室に連れて行かれる時、真希がいつも以上に嬉しそうにしているように思えた。
景は、それがとても不気味だった。
「ジャ〜ン!」
真希が擬音とともに鞄から取り出したのは、ムダ毛処理用の安全カミソリだった。
「今日はぁ、景ちゃんのイメージチェンジに協力したいと思いまぁ〜す!」
すでに打合せ済みなのか、凛も楽しそうに続ける。
「3人で話し合ったんだけどぉ、景ちゃんはぁ、落ち武者ヘアが似合うと思うんだぁ」
景は、その言葉に嫌な予感を覚え、逃げようとするが、京子が後ろから羽交締めにしてくる。
「いきなりカミソリで剃っちゃうと、すぐ詰まっちゃうから、まずはハサミで切るね?」
いつのまに、ハサミを持ったのか、真希が景の前髪を掴んで、ハサミを近付ける。景は、懸命に頭を振って逃れようとするが、京子が脇から肩を抑えた上で頭を抑えてくる。
「…あんまり暴れると、目…突いちゃうよ」
真希がサディスティックな笑みを見せる。
あっ!
思った時には、景の自慢の長い前髪にハサミが走っていた。絶望が景の心を包み、抵抗を諦めて脱力してしまう。真希は、鼻唄を歌いながら、一通りハサミを走らせ、その後、カミソリによる剃髪が行われた。
途中、何度も笑いを噛み殺す凛達。
「きゃ〜!落ち武者女子高生よぉ〜!落ち武者女子高生が来たわぁ〜」
一通りの作業を終えた後、笑い転がる3人。
「ひぃ〜、腹筋がぁ〜!」
切断され、剃られた髪の毛に囲まれて、呆然としている景に手鏡が向けられる。
そこには、髪の毛が横を残した状態で、前から頭頂部に沿って綺麗に剃られた、落ち武者のような景の姿が映っていた。
笑いがひと段落したのか、涙目になっている凛が、景にウィッグを投げてよこす。
「教師や親の前では、それ被ってねぇ。チクったら、もっと酷い目に合わせるからねぇ」
これより、酷い事なんてない。
なんで、私がこんな目に….、景はぼんやりと考えていた。
「…なんで、私がこんな目に…?なんて、考えてる?」
まるで、景の考えを見透かすように真希が、顔を寄せて、囁いてくる。
「教えてあげよっか?」
「あなたはね、私達がカウントダウンを始めて、37番目に、教室の前の扉を通ったの」
?
「私達、退屈だったから、教室の前の扉を通った人間を36からカウントダウンをして、ちょうど0になった人を教師でも生徒でも、誰でもいいからイジメようって決めたの」
…。
「あなたは、ちょうど0で通った選ばれた人なの。要は37番目に通ったって事ね。なんで36かっていうと、うちのクラス36人いるでしょ?ただ、それだけなの」
…。
「ごめんね?…でも、悪意って、元々、理不尽なものじゃない?」
そう言い残して、真希は心底嬉しそうに凛達と去っていった。
…もう
ダメだ…
景は、どこかで、自分が気付かないうちに凛達に嫌な事をしていたんではないか?と思っていた。思っていたからこそ、なんとか耐え抜いてこられた。
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気が付くと、私は学校の屋上に立っていた。
もう限界だ。
屋上に立って、風に当たる。
とても、解放的な気分になった。
ウィッグは被っていない。この姿で死んだ方がインパクトもあるし、凛達のイジメも明るみに出る可能性が高いと踏んだのだ。
ヴ〜、ヴ〜
携帯が、メールの着信を知らせる。
なんだろう?誰か心配してメールを打ってくれたのだろうか?
私は、携帯を見て、笑う。
チェーンメールだった。
彼女が男達に輪姦されて自殺した。
彼女を死に追いやった男達を探すためにチェーンメールを流した。
自分は、独自に開発したプログラムで、誰がいつメールを止めたかがわかる。
メールを止めたら、犯人の可能性があるので、殺しに行く。
などと、適当な内容が書かれていた。
これも一つの悪意だ。
ふふっ
悪意って
理不尽だから…
…
…
神様
もし
願いが叶うなら
私を
一通のメールにしてください
理不尽に誰かを呪う悪意の塊に…
…そして、私は空へと羽ばたいた。
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36
このメールは、呪いのメールです。
まず、冒頭の数字を
確認してください。
1、0以外の数字が書いてある人。
その人は、このメールを24時間以内に
別の人に転送してください。
転送するのは、1人でいいので、
簡単ですよね?
先頭の数字が、1の人。
おめでとうございます。
あなたが死んで欲しいと思う人に
このメールを転送してください。
願いが叶いますよ。
もちろん、転送は24時間以内でお願いします。
先頭の数字が、0の人。
お気の毒様です。
あなたは、24時間後に死にます。
残された時間を有意義に過ごしてください。
なんで、自分が?って、
思うかもしれませんね。
でも、ごめんなさい。
悪意って、理不尽なものだから。
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見知らぬアドレスから、一通のメールが届く。
なんだ?
なんと、昔懐かしいチェーンメールではないか?今時、まだ、こんなん送ってくる奴がいるんだなぁ。
俺は、そのメールを削除しようと携帯を操作した。
"このメールは、削除できません"
まじか!?
じゃあ、とりま、無視しておこう。
俺は、そのメールを無視する事に決めて、部活の帰り道を急いだ。
完
イジメダメ ゼッタイ