お告げ屋さん⑤
気がつくと、ベッドの上だった。ひどく寝汗をかいていた。夢だったのだ。ひどくリアルな夢だった。隣を見ると、和也がスヤスヤと寝息を立てていた。さらにその隣には加奈子がいた。まさか、この二人が死ぬなんて、そんな事があるわけがない。井上の死を聞かされたせいで、変な夢をみてしまったのだろう。だいたい、今週末に俺抜きで高速に行くことなんて、あるわけないのだから。
枕元に置いてあるデジタル時計を見ると、4:05を指していた。少し、早いが寝直す気にもなれなかったので、起きる事にする。加奈子と和也を起こさないようにベッドを抜けて、浴室に向かう。あの夢の中で嗅いだ匂いが身体に着いてるような気がして、シャワーを浴びたくなったのだ。
シャワーを浴びながらさっきの夢について考える。ただの夢と割り切るには、気になる点があった。夢の設定が井上から聞いた『お告げ屋さん』に酷似していた事に今更ながら気付いたのだ。単純に、井上の死を社長から聞かされたせいで、気になっていた『お告げ屋さん』と結びついて、そんな夢になったんではないか?とも思えるが、あまりにもリアルな夢だったため、割り切る事が難しかった。確か、井上はネットで見たと言っていた気がする。後で、検索でもしてみるか、とシャワーを止めた。
浴室を出て、リビングに向かう。夏の朝は早く、すでに空が白みがかっていた。俺は、朝食の準備をしながら、スマホを使って、『お告げ屋さん』を検索した。それっぽいサイトが見つからず、ゴミのようなサイトがズラリと並んでいる。今度は、『都市伝説 お告げ屋さん』で検索してみる。1件だけひっかかった。
都市伝説の紹介サイト『近代伝承のススメ』というシンプルなサイトだった。
皆さんは、都市伝説というものをご存知だろうか?
と、いう一文から始まる、そのサイトの都市伝説紹介欄の中に、その言葉があった。
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お告げ屋さん
予知夢の一種。夢の中で、近い将来に起こる事を教えてくれるらしい。その内容は、常にネガティブなもので、自分の行い次第で、その未来を変える事ができると言う。ただし、その代償は自分の命だと言われており、それを検証することは、命懸けの行為と言える。
ある日、某掲示板サイト内のオカルト板に変な夢を見たという1氏がスレを立てた。夢の内容は、暗闇の中で何者かに脳内をかき混ぜられる夢だったと言う。夢の中で、1氏は吐き気を抑えられずに、嘔吐したと言う。その嘔吐の最中に、恋人が暴漢にレイプされる映像が見えたという事でスレを起こしたという。さらに夢の中で、それが未来だと言われ、変えたければ命を差し出せ、と言われた事を書き込んだ。
その後、野次馬が集まり、ただの夢だと言う意見や、本当に未来に起こる事なのか実況しろと言う意見。ただの夢なら夢でいいが、もし本当だったら恋人が可哀想だから未来を変えよう、という意見などが書き込まれたが、しばらくして、1氏による「予知は本物でした。彼女は自殺しました」という書き込みを最後に1氏からの書き込みが途絶えた。
数日後、同じような夢を見たという別人の書き込みにより、再びスレに火がつく。その予知の内容は、娘が事故に遭うといった内容だったらしい。同氏は、絶対に未来を変えるという書き込みをして、スレから去った。数日後、話を聞いたという奥さんを名乗る人物により、娘は事故に遭うことはなかったが、変な夢を見たという旦那は、心筋梗塞で亡くなったという事後報告が書き込まれた。スレは大変盛り上がり、その予知夢は『お告げ屋さん』と命名された。その後も、壮大な釣り説やアカシックレコードの管理人説など、各種考察などが書き込まれたが、関係者による書き込みは一切なく、真偽は定かでないまま、スレが終了。
あなたなら、大切な人の未来と自分の命、どちらを守りますか?
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俺は唖然としたまま、サイトを閉じた。まんまじゃねぇか、というツッコミが心の中で響いた。マジか...。偶然、同じような夢を見ただけという可能性はないか?それにしても、井上の話し方が下手すぎるだろ!全然、話の印象が違い過ぎるだろ!...いや、井上も『お告げ屋さん』に遭遇していたと、考えたらどうだ?誰かに相談したいが、この内容を、そのまま語るのは気が重い。なぜなら、今の俺がそうだからだ。きっと、冗談めかして話すだろう。そう考えると、井上がテーブルに置いていた物の説明もつく。
一度、そう考えると、それが正しいものだとしか考えられなくなる。そうだ。きっと、そうだったんだ。井上は、妹が連続通り魔に襲われる未来を見て、妹の帰宅時間を変えるために、仕事を休んで、待ち合わせをしたのだ。そして、自分が死んでしまった後、妹が困らないように、保険証書や預金通帳を用意したのだ。
...もし、それが本当なら、俺の見た夢も...。
加奈子と和也の命か、自分の命か...。俺は、今、選択を強いられているのか?
いや、加奈子が週末に高速で出掛けるという予定はない。きっと、俺が見たのは、たまたま状況が近い、ただの夢だ。
俺は、自分に言い聞かせるように考え、出勤の準備を始めた。