種の繁栄と友情
(マサ兄!今、身体を動かしただろ!)
「言い掛かりは、やめて下さい〜。身体を捻ったりなんかしてません〜」
嘘である。ジョニーがダーツを投げる瞬間に、少し身体を捻じらせたのだ。
俺は、ジョニーとダーツを楽しむために、ダーツボードを雑貨店で購入し、部屋でダーツをしていたのだ。
だが、ジョニーは、俺と違って簡単にミスをしない。髪を伸ばし、俺の腕のリーチに合わせた長さでダーツを髪に巻き取り、ヒョイっと投げる。
巻かれた髪を解きながら、投げ出されるダーツは、まるで弾丸のように回転しながら、物凄い速さで飛んで行く。その精度は高く、ジョニーがその気になれば、百発百中でブルに入る。
ただし、勢いが強すぎるため、よくチップ(ダーツの先端部分で交換できるようになっている部分)をダメにすることになる。
このままでは、勝負にならないと、俺は身をよじったり、捻ったり、微妙に動いたりと、細かい動作で邪魔をする。それでようやく勝負として成立するのだ。
丹羽から繁殖の話を聞いてから1週間、ジョニーは、繁殖や身体の乗っ取りについての話は、一切して来ない。こちらからもするつもりはないので、2人でじゃれ合いながら、ダーツをしたり、マンガを読んだり、テレビを見たりと楽しく時間を過ごしていた。
だが、本当は、ジョニーがどう考えているかが気になるのが本音だ。
その夜、眠りに就こうとする時に、ジョニーが話し掛けてきた。
(マサ兄、ちょっといいかな?)
「…なに?」
今後の話だろうか?やはり、どこかのタイミングで身体を乗っ取らせてくれという事だろうか?それとも、繁殖の話は忘れて、今まで通りの関係でいよう、という事だろうか?流石に、本格的なダーツマシンを買ってくれ、という内容ではないだろう。
早く聞いて終わらせたいような、聞きたくないような、複雑な気持ちになる。
(マサ兄は、なんで結婚してないんだい?)
意外な質問に思わず沈黙してしまう。独身の理由。なかなか難しい質問だ。
「まぁ、相手がいないのが一番の理由かなぁ」
(そうかな?君の顔は、イケメンではないが、不細工ではないし、性格だって悪くない。しかも、ダーツバーとやらでの君を見ていると、社交的と言えるし、多少、髪が薄くても、その気になれば彼女の1人や2人作れるんじゃないのか?)
「何が言いたい?」
(君が、その気にならなかった理由が知りたいという事だよ)
簡単に言ってくれるぜ。
俺が、結婚していない一番の理由は、単純に人と接するのが苦手だからだ。
そう言うと、意外に思われるかもしれないが、本当のところ、他人に深く踏み込まれるのが苦痛なのだ。その代わり、自分も人に深く踏み込まない。そういう生活スタイルを貫いていた。
例えば、人に何かを相談するという行為も、『結局、最後に決めるのは自分。他人に結論を委ねる意味もわからないし、他人に相談をする奴は、ただの構ってちゃん』と考えているし、何か相談される場面があっても、『そっかぁ、大変だねぇ。今まで、よくがんばったね。でも、俺だけは君の味方だよ』という予定調和の回答を述べる程度で済ましている。正直、ただの相談ゴッコだ。
ダーツバーで、社交的に見えるのは、ノリと勢いで喋っているからだ。酔った勢いで、説教する事もないし、自分の不幸自慢をする訳でもないので、自然と人は寄ってくる。
人は、『面倒ではなく、自分を否定しない人』と過ごすのは居心地がいいと感じるから…。ただ、それだけの事だ。
人は、誰かに勝手に期待して、その期待通りでなかった場合、勝手に裏切られた、騙されたと感じる生き物だと思っている。だから、俺は誰にも期待しないし、誰かに勝手に期待されるのも、真っ平御免なのだ。
人と真剣に向き合うなんて、とても、できない性分なのだ。
もちろん、若い時は、それなりに女性とも付き合っていたし、なんとなく、いつかは結婚するのだろう、とも考えていた。
しかし、根本が根本なので、長く付き合うと見透かされて、別れを告げられる。『なんで!?どうして!?』などと、ショックを受ける振りはするが、正直、『ああ、そうか』と思うだけだった。
もちろん、そうした思いも、今まで誰にも言ったことはないし、これからも言うつもりはない。何故なら、人と関わるのは苦手だが、人生を謳歌するためには、良好な人間関係というのは必須だから。自分のドライな本音をぶちまけたら、人はみんな離れていくと感じているからだ。
俺は、いつの間にか、ジョニーに本音を語っていた。それは、常に、一緒に共同生活しているせいもあったかもしれないし、単純にジョニーが人間ではないという事が影響していたかもしれない。
俺は、初めて本音を語ったのだ。
(…マサ兄は、自分の遺伝子を残そうとか、考えないのか?)
ああ、そうか。
ジョニーの結婚に対する質問の意図が、ようやくわかった気がした。
「俺に遺伝子を残す意思がないなら、自分の遺伝子を残したいと考えているお前に身体を譲れってことか?」
棘のある言い方になってしまう。遺伝子を残したいとは思わないが、だったら死んでくれと言われても、納得はできない。
(…いや、僕は君と話していると楽しいし、一緒に過ごすのも好きだ。その時間を大切にするためなら、別に遺伝子を残す必要もないのではないか?と思っている。
ただ、生物として、その選択は正しいのかが、わからない…。君も自分の遺伝子を残そうとしているとは、思えないから、どうなのかと思っただけなんだ)
生物としての選択…。
確かに、生物は自分の遺伝子を後世に残すために、少しでも自分の遺伝子が生き残る可能性を高くするために、手を変え品を変え、進化してきたと言っても過言ではない。それが結果、種の繁栄に繋がる事だから。
だが、種の繁栄という大きな視点で見た時に、自分1人が子孫を残さなかったからと言って、種が滅ぶとは思えないし、進化が途絶えるとも思えない。ただ、自分が脈々と受け継いできた遺伝子は、そこで潰える事にはなってしまうが…。
「…そんな大きな事は、わかんねぇよ。ただ、楽しく生きられれば、それで俺は満足なんだ。そういう個体がいても種は滅びないよ。それで、いいんじゃね?」
(…そうだな。楽しければ、それでいいか。
ただ、一つ分かった事は、君が唯一、本音を語ることができた相手が僕だったって事くらいだな)
気恥ずかしくなる事を強調してくるジョニーを無視して、俺は眠りに就いた。