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蠢く髪の毛

 家に帰った俺は、玄関からベッドのある部屋に向かいながら、服を脱ぎ散らかしていく。


 俺の部屋はワンルームなので、玄関からキッチンを一直線に進むと、我が城が顔を出す。なので、服は途中のキッチンに脱ぎ散らされている形となる。部屋の灯を点け、ベッドに辿り着いたところで、バタンと倒れる。


 ヒンヤリとした布団が心地良い。


 ヤスに送ってもらう最中、と言っても5分もかからない距離だが…、車の中では終始無言だった。ヤスも俺も何を言っていいかわからなかったのだ。

 車を降りる際、ヤスが謝ってきたが、誰が悪い訳でもない。まさか、ウィッグが取れなくなるとは、誰も予想していなかったのだから。


 しばし、ベッドでゴロゴロしていたが、ある選択を迫られる。シャワーを浴びるかどうかだ。

 仕事明け、一度戻り着替えて、ブルに向かった訳だが、当然、シャワーまでは浴びていない。1日の疲れをシャワーと共に流したい気持ちはある。だが、問題は髪だ。洗ってもいいものなのだろうか?

 この状態で洗ったとして、頭はちゃんと洗えた事になるのだろうか?毛穴の油脂をとるスカルプケア用のシャンプーで、しっかり洗わないと、ますます毛が抜けていく気がする。


 逡巡する事、数分。結局、俺はシャワーを浴びる事にした。脱ぎ散らかした服を回収しながら、浴室に向かう。洗濯機に服を放って、パンツを脱ぐ。いざ、ゆかん!


 浴室に入った俺は、シャワーの湯が温まるまで、腕を組みながら待つ。鏡をチラリと見る。


 うむ、見事なロンゲだ。


 いつものように、洗って大丈夫なのだろうか?いつもは、頭皮を洗うように、ワシャワシャと洗うわけだが、これでそれを見てやると、髪が絡まりそうだ。なんかシャンプーのCMみたいに、髪の束を両手で擦り合わせるような特殊な洗い方が必要なのではないだろうか?どのみち、真の頭皮には届かないのかもしれないのだから、CMみたいに洗ってみよう。


 湯気が出てきたシャワーを思い切って、頭をから被る。思った以上に、頭が暖かい。本当に頭皮と一体化しているのではないだろうか?

 熱とかで、縮れたり、変形とかしないだろうか?

 不意にそんな事を思い、シャワーを頭から外す。

 毛先を確認した後、鏡を見る。一瞬、見慣れない女性が鏡に映っているように見えて驚くが、どうやら、自分のようだ。やはり、ロンゲ姿はまだ見慣れない。


 どうにか、こうにか、慣れないロンゲを洗い、身体を洗った後、浴室から出る。


 パンツ姿で、テレビをつけるが、通販の番組しかやっていない。時計を見ると、4:30を回ったところだった。明日は予定がないので、昼まで寝るつもりだ。

 俺は、テレビを消し、パンツ姿でベッドに潜り込む。リモコンで部屋の電気を消して、目を瞑る。


(…マ…サ…)


 誰かが、俺の名を呼んだような気がしたが、酒のせいもあって、そのまま眠りに就いた。


 ***********************


 昼過ぎにテレビの音で目を覚ます。


 あれ?テレビつけっぱなしで寝たっけ?


 部屋を見て、愕然とする。あらゆる本が、本棚から床に撒き散らされていた。


 泥棒!?


 俺は、急いでクローゼットに向かう。クローゼットの中に置かれているタンスの中に、通帳などの貴重品が入っているためだ。しばらく、色々と漁ってみるが、貴重品など盗られて困る物は、なくなってはいなかった。


 戸締りを確認しようとして、頭に違和感を感じる。


 ん?


 何かに引っかかってる?


 俺は振り返って、散らばった本の方を見る。何か髪の毛のような物が、動いて本のページをめくっている。


 状況が理解できない。


 その動いている髪を追っていくと、どうやら俺の頭に繋がっているようだった。


(やぁ、マサ兄。おはよう)


 頭に声が響く。なんだ?この状況。


(今、君の頭蓋骨を直接振動させて、喋らせてもらってる訳だけども、どう?ちゃんと、聞こえてるかな?)


「なんだ?誰だ?訳わかんないこと言って隠れてないで、出てこいよ」


(僕なら、目の前にいるよ。目の前の髪の毛がそうだ)


 俺は、本のページをめくっている髪の毛を見る。

 その髪の毛は、フワリと浮くと、私の目の前に移動してくる。


(やぁ、初めまして、でいいのかな?)


 髪の毛の先端がフワフワ浮いている。そんな光景を見ている俺の頭に声が響く。


(本とテレビで言葉を覚えたつもりだけれど、どうかな?ちゃんとコミュニケーションとれてるかな?自分じゃ、ちょっとわからなくてね)


「…おまえ…、なんなんだよ?」


(僕も自分が何なのかが、わからないんだよ。本やテレビでも、私のような生物は、出てこないようだしね)


「….おまえ、昨日のウィッグか?」


(そう、とも言えるし。そうじゃないとも言える。今は、しっかりと君の頭皮に根付かせてもらっているからね。君の髪の毛というのも正解になるよ)


「何が狙いだよ?」


(…本来なら、このまま根を伸ばして、君の脳に侵食して、身体を乗っ取るのが正しいみたいなんだけどね)


 その内容にゾッとする。つまり、俺はこいつに乗っ取られてしまうという事か?何とかしなければ!


「みたいって、何だよ?」


 時間稼ぎのために、質問する。


(うん。まぁ、本能というか、なんというか、そうする事が正しいというのを直感的に感じるだけなんだがね)


「乗っ取られたら、俺はどうなるんだ?」


(君の身体は、僕と共に生きていく事になるだろうな。ただ、君の今の意識に関しては、消えるだろうね。要は、君は精神的に死亡するという事だ)


 ダーツの罰ゲームが、『精神的な死』なんて、酷すぎるだろう!


「悪いけど、勘弁してくれないかな」


 出来るだけ、冷静に言葉を選ぶ。何しろ、相手は頭に乗っているのだ。刺激して、変な事をされたら、それだけで御陀仏だ。


(いいよ)


「そこをなんとか…、て、いいの!?」


(いいよ。何?不服かい?)


「いや、不服って事はないけど…、そんなにアッサリ了承してもらえるとは、思わなかったから…」


(ん、別にこのままでも生きていけるし、君と話すのは、なんだか楽しそうだから、いいよ)


 思ったより、軽い反応が返ってきた。が、何とか乗っ取られる事は回避できたようだ。


 ん?


 このまま?


「ちなみに、どこか別の人に移ってもらうってのは、お願いできませんかね?」


 俺は、卑屈な感じで、お願いしてみた。


(それは、正直ムリだな。もう、君の頭皮とすっかりと同化してしまっているから、ここからの引越しは、僕にとって、リスクが高すぎる。

 どうしても嫌だと言うなら、嫌と言えないように、身体を乗っ取らせてもらうけど、どうする?)


「そのままで、結構でございます」


 俺は、目の前に浮遊する髪の毛に、土下座をして答える。


(ん。これからよろしくな。マサ兄)


 こうして、俺と髪の毛の奇妙な共同生活が始まる事となった。

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