取れないウィッグ
俺達は、酒を飲みながらダーツをし、ムダに適当な会話を楽しみながら、時間を忘れて騒いだ。
その時間が、俺はたまらなく好きだった。会社の人間には見せられぬ姿(女装姿)で、真面目な話は、一切しないで、ノリと勢いだけの会話を回す。
人生には、こういうムダな時間が必要なのだ。
「そろそろ、私帰るわぁ」
めぐっぺが、帰宅をほのめかす。時間を見ると3時を回っていた。本来なら、そんな時間まで、年頃の女性が1人で飲んでる事自体が物騒なのだが、一緒に飲んでると楽しいし、すぐ近所に住んでいるという事もあって、その思いを口にした事はない。
「俺も帰るわ。めぐっぺ、近くまで送ってくよ」
タロポンが、慌てて帰宅の準備をする。と言っても、飲んでいるため、車で送る訳ではなく、徒歩で一緒に歩いて帰るという事だ。まぁ、用心棒のようなものだ。
実は、タロポンがめぐっぺの事を好きであろう事は、周りには有名だった。が、当のめぐっぺはと言うと、その事に気付いているようには見えず、しかも、ヤス目当てで店に通っているように見えた。
そういう色恋沙汰が入ると、楽しかった関係も一気に崩れるので、俺は一切関わらないようにしていた。
俺は、残っていたモルガンを空ける。
「ヤス、チェックで」
チェック、それは勘定を意味する言葉で、ヤスが合計金額を計算し始める。お金を払って、おつりをもらう際に、ヤスが話し掛けてくる。
「マサ兄、もうちょっと待っててくれたら、送ってくよ」
ヤスは、家が近所のため、閉店まで飲んでいると、車で送ってくれる。もちろん、ワンドリマッチを客とやって、飲んだ場合や、テキーラマッチで被弾した時は、車を置いて帰っているので、その時は、一緒に歩いて帰る。車を使って帰る際、場合によっては、ヤスの夜ご飯に付き合わされる時もある。
「じゃ、俺も帰るかな。ヤス、チェックお願い」
ミッシェルも勘定を始める。
「マサ兄、いい加減、その女装やめたら?」
ミッシェルに言われて、女装していた事に気付く。いつのまにか、ウィッグに違和感を感じなくなっていたようだ。
俺は、ウィッグを外そうとする。
?
ウィッグを外そうと、毛を掴んで、引っ張ると何故か頭皮が引っ張られる感覚を感じる。地毛が絡まったか?俺は、ウィッグの境目から、めくって引っ剥がそうと境目を探す。
?
ない?
よくわからないが、境目が見つからない。貴重な髪の毛が抜けるのは惜しいが、ウィッグを引っ張って、強引に外すか?そう思い、思いっきり引っ張る。
痛い!
しかも、引っ張った毛のあたりの頭皮が引っ張られる。ウィッグで、どこかに絡まっているなら、絡まったあたりが引っ張られて痛いのではないか?
恐る恐る、掴む髪を変え、サイドの髪を掴んで引っ張っる。
痛い!
今度は、サイドの頭皮が引っ張られる。
なんか、ウィッグと頭皮が同化してないか?
「マサ兄、なに遊んでんの?」
ミッシェルが、声を掛けてくる。
「なんか、毛が絡まったのか、ウィッグが取れないんだよ」
「どれどれ」
ミッシェルが、ウィッグを外すのを手伝おうと、頭を覗き込む。ウィッグ越しとは言え、頭頂部を覗かれているようで、精神的にかなり嫌な感じだ。
「なにこれ?普通に頭皮じゃね?」
「んな訳ねぇだろ?認めたくないが、俺は、こんなにフサフサじゃねぇし」
「そんなん、知ってるし」
困ってしまう俺とミッシェル。
「なに?どしたん?」
イスをテーブルに上げて、片付けをしていたヤスが、俺達の異変に気付き、様子を見に来る。
「なんか取れない」
まだ、なんとかなると思っていた俺は、ミッシェルの沈んだ声を聞いて、不安になる。
「そんな訳ねぇじゃん」
そう言って、俺の頭を確認するヤス。
その次の言葉が出てこない。どうゆうこと?そんなにひどいの?
「マサ兄、…まずは、トイレで化粧落とそう。ついでに、おでこんとこ、見てみてよ」
ヤスの声も沈んでいる。
俺は、ダッシュでトイレに向かう。途中で、ヤスに呼び止められ、どこから出したのか、化粧落としを投げてよこす。
トイレに入った俺は、鏡を見る。
やたらと化粧の濃いおっさんが、焦った顔でこちらを見ている。おでこの生え際を確認する。
…生え際?
そう、ウィッグのはずなのに、生え際があるのだ。境目ではなく、生え際が…。
恐る恐る、生え際を触ってみる。頭に指が当たる感覚を感じる。ウィッグは、どこいった?このロンゲは、地毛になったの…か?薄毛のあまり、フッサフサになる夢を見ているのか?
とりあえず、気持ちを切り替えて、化粧を落とす事にする。
化粧落としを使って、化粧を落とした後、顔を洗う。顔に冷たい水を感じる。これでも夢だろうか?夢だとしたら、この顔に水を感じるパターンは、おねしょしているパターンではないか?そう思いながら、フロアに戻る。
片付けを終えたヤスが、ミッシェルと待っていた。
「マサ兄、どうだった?」
「うん。なんか取れないや。って言うか、頭と同化しちゃってる感じ?かな…」
「…きっと、俺達酔ってるんだよ」
ミッシェルが、しおらしく声を出すが、俺は気付いている。シラフのはずのヤスですら、お手上げ状態になった事を。
「きっと、一晩寝たら、何か変わるから…」
俺は、心にもない事を言う。寝て起きたら、どうにかなるとは、とても思えないのが本音だ。
「…とりあえず、送るわ」
ヤスが、申し出る。
「…おなしゃ〜す」
俺は、努めて明るい声を出す。自分の問題で、ヤスにもミッシェルにも沈んで欲しくないのだ。
「…どうしても取れなかったら、美容院で切ってもらうとかした方がいいよ?マサ兄、ロン毛似合わないから…」
こいつ、本気か!?
「似合う似合わないの、80%が見慣れてる感じがするかどうかで決まる…気がする…から、見慣れれば、違和感はなくなるよ」
俺は、できるだけ、いつものように適当な言葉を発する。
本当に一生取れなかったら、どうしよう…。
ウィッグのてっぺんにハットを乗せた俺は、戸締りを終えたヤスの車の助手席に乗り込んだ。




