決着の時
ダーツ・バー ブルでは、ヤスと碓氷による女装を賭けた、おそろしく、どうでもいい白熱した闘いが繰り広げられていた。それを観戦する暇な人々。一投一投にヤジや、笑い声が響く。
ちなみにこの暇人達は、今はダーツで盛り上がっているが、ダーツだけではなく、ババ抜きや黒ヒゲ危機一髪でも、同じ様に盛り上がる事ができる。酒としょうもないアイディア一つあれば、人は時間を潰す事ができるのだ。
***********************
一勝一敗で最終戦にもつれ込んだ俺達は、最後の勝負を701で決めようとしていた。先攻は俺だ。当然狙うはブルだ。俺は、ブルを狙って構える。
テュ〜ン!
マシンから小気味良い音が響く。ブルに当たったのだ。幸先の良いスタートを切る事ができた。残り得点が651点となる。気を良くした俺は、続けてブルを狙うが、その後の2本とも外れて、低い点数に入ってしまった。
それがいけなかった…。
結果は、惜しくもヤスの勝ちとなる。
残り点数を50点に調整したヤスのダーツがブルに吸い込まれた。小気味良い音と、その後に祝福画面が続く。俺はガックリとうなだれる。
「…勝利の栄光を君に…」
お約束の言葉を発し、右手を差し出す。
「「ありがとうございました」」
互いにお礼を言い合い、握手をする。そのまま、席に戻ると、めぐっぺがウィッグを手に満面の笑みを見せる。
「マサ兄の女装タ〜イム」
いつのまにか、カウンターの中に戻ったヤスが、大きな声を出す。カウンター席の面々がヤンヤ、ヤンヤと騒ぎ出す。俺は、それらを無視して、ドリンクを注文する。
「カーボム」
それを聞いたヤスが、ギネスの入ったグラスとベイリーズを注いだショットグラスを俺の前に置く。
「はい、カーボム」
俺は、無言でギネスのグラスの中に、ショットグラスを沈める。チラリと周りを見て、それを一気に飲み干す。このカクテルは、時間が経つと固まるので、一気に飲む必要があるのだ。
当然、酔いは進むが、女装前の景気付けだ。こいつを一気に流し込んだ勢いで、そのまま女装をしようという魂胆だ。何事も勢いが大事である。
カーボムを一気に流し込んだ後、めぐっぺからウィッグを奪う。みんなの注目を浴びながら、ハットを取る。正直、取りたくなかった。
「マサ兄、だいぶキテるね」
「マサ兄、そりゃヤバイわ」
「マサ兄、苦労してるんだね」
「マサ兄は、悪くないよ。
…悪いのは全部遺伝だから…」
みんなの同情の声が響く。それらを全て無視して、ウィッグを被る。普段、感じないものが耳に当たる。髪が長いってのは、こんな感じなんだろう。…だいぶ邪魔くさい。
ウィッグを被った俺を見て、みんなの声が奪われる。
…どうゆうこと?
….ねぇ、誰かなんか言ってよ。
「…まぁ、化粧したら、変わるから…」
めぐっぺが神妙な表情で言う。
やめて。やっぱり何も言わないで!泣きたくなるから。
「マサ兄、こっちでやろ」
めぐっぺが、カウンターから離れた隅の席に俺の肩に手を掛けて、一緒に歩き出す。
まるで、男子に振られて泣いてる女の子を、友達が慰める感じで接してくるめぐっぺ。
なに?これ?
そんなにひどいの?
「化粧が終わるまで、男子は来ないでね!」
めぐっぺに顔を弄ばれる事、数分。
「できたよ」
どこかやり遂げた感のある表情で、めぐっぺが声を掛けてくる。鏡を見るためにトイレに行こうとするが、めぐっぺに止められる。
「まずは、生まれ変わった姿をみんなに見てもらお?」
俺は、生まれ変わったのか?
めぐっぺに肩を抱えられながら、カウンターに向かう。
「みんな、もういいよ」
めぐっぺの声に、みんなが振り返る。と、同時に沸き起こる笑い声。
「マジか!?」
「ヤベェ!」
「死ね」
どさくさに紛れて、悪意のある言葉が聞こえたが、敢えて無視する。
「さぁ、シンデレラ。自分を見てごらん」
ヤスが店の奥から出してきた手鏡を差し出す。なかなか、気が効いてるじゃないか。
俺は、手鏡を見る。
「これが…、あたい?」
そこには、想像以上に綺麗になった俺が、映って…いなかった。
鏡の中には、やたらと濃い化粧に包まれた長髪のオッさんが目を輝かせながら、こちらを見ていた。
いや、これ、明らかにめぐっぺの化粧のセンスがなさすぎだろ!?
俺は、めぐっぺを見る。
めぐっぺは、なにやら口笛を吹きながら目を逸らす。
次にヤスを見る。
「ごめん、マサ兄。ふざけ過ぎたわ」
謝らないで!涙が出そうだから!
「マサ兄、それでダーツのオンライン対戦やろうよ」
タロポンが、ふざけた事を提案する。
オンライン対戦とは、離れた場所の相手と対戦できるシステムで、カメラの画像により、相手の姿が見れるのだ。当然、マシンのカメラのため、投げる姿も赤裸々に映し出されてしまう。
この姿で、オンライン対戦しようものなら、相手はさぞかし反応に困る事だろう。
「なるほど、なるほど、いい記念になりそうだな」
「でしょ?きっと、相手も盛り上がってくれるよ」
「そうだな。相手も面白がって、何度も再戦してくれるかもしれないな」
「でしょ?対戦相手は、きっと、かわいい女の子だから」
「それがキッカケで、交際しちゃったりな」
「でしょ?やったね。嫁さん、ゲットだぜ!」
「嫁さんかぁ。もう結婚は諦めてたんだがなぁ」
「マサ兄、諦めたら、そこで試合終了だよ?」
「そうだな。諦めなければ、バラ色の未来が待ってるんだなぁ」
俺の言葉に、うんうんと頷くタロポン。
「だが、断る!」
男らしく、キッパリと断る俺。
「じゃあ、マサ兄、それで『バブリ〜』って踊ってよ」
と、ミッシェル。
「踊らないよ!?『じゃあ』ってなんなの!?」
「じゃあ、服もなんとかしたいよね」
めぐっぺが、またまた余計な事を言う。
「めぐっぺの脱ぎたてホヤホヤの服、下着付きなら、考えてもいいよ」
「この俗物がぁっ!」
こうして、人生初の女装をした俺は、みんなに弄られながら、女装したまま、明け方まで騒いでいた。