恐怖の女装マッチ
騒ぎながら、ダーツ、お酒、トークを楽しんでいると、カウンターの中にいたヤスがダーツを挑んできた。
「マサ兄、久しぶりにダーツやんない?」
「いいけど、どうする?」
俺の返事を聞いたヤスが、楽しそうに笑いながら、奥に引っ込む。
しばらくして、出てきたヤスが手に持っていたのは、ウィッグ(?)だった。女性用なのか、黒髪の長髪のものだった。
「女装マッチってのは、どうよ?」
楽しそうに笑うヤス。そんなものどこから手に入れたのか。
「昨日の客の忘れ物だよん」
「そんな得体の知れないもんつけたくねぇ〜し」
「だから、罰ゲームになるんじゃん」
そんな会話をしていると、めぐっぺが鞄からポーチを出して、カウンターの上に置く。
「じゃ、負けた方は、私が化粧してあげる」
満面の笑みを見せながら、余計な提案をする。
「めぐっぺの化粧道具?いつもめぐっぺが、そのプルンとした艶かしい唇に塗りたくっている口紅で、唇を撫でまわされるわけ?間接キスじゃん!」
とりあえず、ノリで答える。
「…ヤス!絶対負けてね!」
どうやら、めぐっぺは俺に負けて欲しくないらしい。
「やろうよ。マサ兄」
苦笑しながら、食い下がるヤス。
そもそも、ヤスは看板バーテンダーだ。当然イケメンである。女装したとしても、それなりに似合う可能性が高く。周りにチヤホヤされるだけだろう。一方、俺はいい年したオッさんだ。女装しようものなら、キモ〜いなどと晒し者になる事、うけあいだ。果たして、対等な勝負と言えるだろうか。しばし、悩む俺。
「しゃあない。今回はサービスだ!次から金取るからな?」
しゃあなしで、受ける事にした。
***********************
勝負は、701とクリケットのマッチ勝負で行う。一勝一敗となったら、どちらかのゲームをもう一回やって、決着をつける方式だ。
701は、701点ある数字から、ダーツで入った点数だけ引かれていき、0きっかりにする事が出来れば、クリアだ。2人で交互に3本ずつ投げて、先にクリアした方が勝ちとなる。プロだと、ダブルイン、ダブルアウトなどのルールがあるが、今回は採用されないルールで進める。
クリケットは、いわゆる陣地取りで、15〜20とブルを使って行われるゲームだ。ルールはシンプルで、同じ点のところに3本ダーツを入れる事が出来れば、オープンと言って、自分の陣地となる。オープンしたところにダーツが当たると、その分加点される。相手がそのエリアに3本入れるとクローズと言って、その後で何本入れても加点できなくなる。最後に点数が多い方の勝ちとなる。いかに陣地を先にとって加点し、取られた陣地を素早くクローズするかが勝負となってくる。
***********************
ヤスのダーツの腕前は、レイティング(ユーザーカードに記録されるダーツの実力のようなもの)で10くらい。俺は、レイティングで8から9をいったりきたりだ。ヤスの方が格上と言える。が、ダーツはメンタルスポーツなので、相性というものもある。実は、ヤスと勝負すると、何故か互角な感じになるのだ。それは、俺の調子が良くなることと、ヤスの調子が悪くなるためだ。なので、負けず嫌いのヤスは、結構、俺に勝負を挑んでくることが多い。
まずは、投球順を決めるため、コークを行う。要は、ダーツを1本ずつ投げて、ブルに近い方が先攻だ。
モルガンを飲みまくって、気持ちよくなってる俺は、当然のように後攻となる。
「「お願いします」」
お互いに声を出しながら、拳と拳を合わせる。ダーツで勝負する際の礼儀作法だ。
テュ〜ン!
ヤスは一投目は、ブルに入り、マシンから小気味の良い音が響く。ブルは、1発で50点だ。続いて、二投、三投と投げ、順番が切り替わる。
俺もブルを狙うが、外れて4点に入る。
「やらせはせん!やらせはせんぞぉ!」
俺は、減らず口を叩きながら、ダーツを投げ込む。
「マサ兄!頑張って!」
珍しく、めぐっぺが応援してくれる。よっぽど、俺に負けて欲しくないらしい。
「マサ兄、頑張らなくていいよぉ」
タロポンとミッシェルは、俺に負けて欲しいようだ。
その後も一進一退の攻防の末に俺は、なんとか701で勝利する事が出来た。
続いて2戦目のクリケットだ。こちらは、トリプルを狙っていく。外れてもシングルに入る可能性が高いし、トリプルに入れば1発で陣地をゲットできるからだ。
俺は701で勝利したため、後攻スタートとなる。ヤスは、初っ端から20のトリプルに入れて、20のエリアをオープンする。その後、シングル2本を入れて、早くも40点となる。
次に20をクローズしつつ、19をオープンしないと、かなりキツくなる。クローズには、トリプル1本か、ダブル1本とシングル1本か、シングル3本が必要。19のオープンを考えると2本以内でクローズしておきたい。当然、まずは20のトリプルを狙う事とする。
深く、息を吐き出す。吐き出し終わったところで、息を吸いながら、テイクバックを行う。そこで、息を止めて、リリースに入る。そのまま、フォロースルーで指先は、20のトリプルを指差す形となっている。
投げ出されたダーツは、20のトリプルのすぐ下のシングルに突き刺さる。外れたが、気持ちは伝わったはずだ。
クローズにあと2本必要という微妙な形となる。19のオープンち狙いを変えるか、このままクローズにこだわるか。迷うとこだ。
少し考えて、20のダブルを狙って投げることにする。当たれば儲けものだし、下に外れたら、クローズに向けてリーチがかかる。リーチがかかったら、19を狙う事としよう。
ダブルを狙って投げる。なんとか狙い通りにダブルに刺さる。クローズ成功だ。これでだいぶ楽になった。
次は、19のトリプルを狙う。ここで、取れる取らないで、今後の流れが確実に変わる。俺は、滅多に入れない心のスイッチを入れて、集中する。
…。
クリケットの結果は、ヤスの勝ちとなる。全ては、1ラウンドで19をオープンできなかったことが原因と言えただろう。
「くそ!なぜ俺が、負けなきゃいけないんだ!?」
俺が、床を叩きながら、大袈裟に悔しがってみせる。
「坊やだからさ」
10歳も年下の若造に坊や扱いされてしまう。
これが、若さ…か。
一勝一敗となったため、再びコークを行う。今回は、俺が勝ちとなったため、先攻をもらう。ゲームは、負けたヤスが701を選択した。
泣いても笑っても、その701で女装をする方が決まる。
まぁ、正直言うと、どちらでも構わないわけだが…。