『1』
ヴ〜、ヴ〜
デスクの上に置いていた携帯が振動する。鳴子 誠司は、携帯を手に取り、溜息を吐く。もう、3:12だ。
周りを見回すと、オフィスに残っているのは、いつのまにか自分1人になっていた。
4時には帰りたいものだ。
そう思いながら、深夜に送られてきたメールを確認する。沈んでいた気持ちが、ますます沈む。
古い友人から送りつけられたチェーンメールだった。
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1
このメールは、呪いのメールです。
まず、冒頭の数字を
確認してください。
1、0以外の数字が書いてある人。
その人は、このメールを24時間以内に
別の人に転送してください。
転送するのは、1人でいいので、
簡単ですよね?
先頭の数字が、1の人。
おめでとうございます。
あなたが死んで欲しいと思う人に
このメールを転送してください。
願いが叶いますよ。
もちろん、転送は24時間以内でお願いします。
先頭の数字が、0の人。
お気の毒様です。
あなたは、24時間後に死にます。
残された時間を有意義に過ごしてください。
なんで、自分が?って、
思うかもしれませんね。
でも、ごめんなさい。
悪意って、理不尽なものだから。
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くだらない。
鳴子は、携帯を再びデスクに置き、やりかけの作業に手を出す。
産業用工作機械メーカーに設計として、勤める鳴子は、自分が設計した開発機が製品を固定する際に、製品にキズを付けてしまうという不具合に対面していた。
そこで、検証のための評価計画書を作成していたのだ。他にもやる事が多くあったため、1時を過ぎたところで、ようやく計画書の作成に手をつける事が出来た。
今日中に計画書を作っておかないと、明日、先輩の浅井から、何を言われるのかわからない。浅井は、何かと細かい事で因縁をつけて、いちいち仕事を増やしてくる面倒臭い人間だ。タチが悪いのは、自分が部下に寄り添ってあげていると思い込んでいるところだ。
4:10を回ったところで、一通りの作業が終わった。明日も9:00から仕事だ。今から帰っても、2時間寝られればいい方だろう。鳴子は、オフィスの戸締りをして、帰路に着いた。
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「おはよう!鳴子!昨日は何時までやってたんだ?」
先輩の浅井が、朝から大きな声を出す。寝不足の時に、無神経な大きな声は、勘弁願いたい。
「4時くらいですね」
「そっか。まぁ、自分の設計ミスの尻拭いだから、しょうがないな」
いちいち、聞かされたくない内容を、わざわざ口にしてくる。そんな事は、こっちが一番わかっているというのに…。
今日は、早めに帰ろう。
そう考えながら、眠気を吹き飛ばすように気合を入れて、仕事に向かった。
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今日は、早く帰ろうという決意の通り、俺は21時には帰路に着いていた。
寮に着くと、共同の大浴場に向かう。
昨日は、シャワーのみだったので、湯船でリラックスできるのが嬉しかった。
風呂を出た俺は、売店でビールを2本と適当なツマミを買って、部屋に戻る。ささやかな楽しみだった。
部屋で、テレビを見ながら、ビールを飲んでいると、ふと、昨夜のチェーンメールを思い出す。
最近は、あんなチェーンメールが流行っているのだろうか?一昔前のチェーンメールならば、もっとエグいエピソードや世界に4つある本物のチェーンメールの1つです、など恐怖を煽る内容が書いてあったが、今回のチェーンメールは、内容がアッサリしすぎていた。
時計を見ると、23時を過ぎていた。
俺は、ビールを飲みながらPCを立ち上げる。
ネットで今回のチェーンメールについて、検索しようと思ったのだ。特に他意はない。単純に、まだ寝なくていい時間だと思ったための暇つぶしのつもりだった。
検索結果から、それっぽい内容のものをクリックする。近代伝承のススメというHPだった。
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『カウントダウン・チェーンメール』
カウントダウンの入ったチェーンメール。
カウントが0になったメールを受け取ると、24時間後に死ぬと言われている。
このメールは止める事は出来ずに、放置したとしても、24時間後にアドレスから、ランダムで選ばれた相手に自動で送信されると言われている。
その際、『落ち武者女子高生』が現れると言われているが、真相は定かではない。
このメールが、送られてきた場合は、すみやかに次の人に回す事をオススメします。
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なんだ?
『落ち武者女子高生』?
そのネーミングは、ギャグとしか思えない。
放置しても、自動で送信?
タチの悪いウィルスか?
そんな事、ある訳がない。
なんともバカげた内容だと、笑い飛ばしたくなるが、何故か寒気を感じる。
…もう寝よう。
変なものを見てしまった。そんな思いを払拭するように、残っていたビールを一気に煽って、ベッドに入った。
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夜中に目が覚める。
寝不足にビールのおかげで、寝つきがよかったのか、いつのまにか、寝ていたようだった。
今何時だろう?
携帯を見ようと枕元を見るが、置いていたはずの場所に携帯がない。
!
携帯を探そうと顔を起こすと、部屋の隅に人が立っている事に気付いた。声こそ出なかったが、心臓がバクバクと大きく、脈打っていた。
その人物は、暗闇の中、携帯を持ち、その画面にボンヤリと照らされていた。その人物の頭部は、真ん中が禿げあがり、両脇から長い髪が垂れていて、落ち武者のような髪型としか言えなかった。そんな髪型で、セーラー服を着ているため、確かにネットで見た『落ち武者女子高生』のネーミングがピッタリくる姿だった。
『落ち武者女子高生』…。
俺は、身動きも出来ず、声も出せずに、その人物から目を離す事ができなかった。伏し目がちに携帯を見るその顔立ちは、綺麗に整っており、髪型が落ち武者でなければ、美人の類になるのではないだろうか?
そんな事を考えながら、その人物を見ていた。
不意に、その人物が携帯から目を離して、顔を上げる。
瞬間、目と目が合う。
心臓が早鐘のように鳴り続ける。
目が合った落ち武者女子高生は、グニャリと顔を歪ませる。
笑っているのだ。
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気がつくと、朝になっていた。
いつのまにか、気を失っていたようだ。
それとも、夢だったのだろうか?
俺は、枕元を見る。
携帯は、何事もなかったように、そこに置かれていた。
やはり、夢だったのだろう。
俺は、携帯を見る。
ふと、気になって、メールの送信を確認する。
そこには、送った覚えのないチェーンメールが、3:12に先輩の浅井宛に送られた事を示す画面が表示されていた。
完