生きる資格
私は、嬉しそうに話す真依の話を聞いて、自分が取り返しのつかない事をしていた事を知った。
色々な感情が頭を巡り、整理できないまま、ただ自分が祖母を、本当の真依を、死なせてしまった事実だけが、他人事のように頭の中に響いていた。
「海に行って、自分の荷物の中から、私が出てきた時の洋子の顔。
カッターを持って追い詰めた時の歩美の命乞い。
あなただと思って、思いっきり締め上げた時の鶏みたいなババァの断末魔の声。
もし、共有できるなら、あなたもきっと…興奮して、…濡れると思うわぁ」
恍惚とした真依の表情。
私は、何を聞かされているのだろう。
「全部、あなたのせい」
「…」
「今回も、2人殺した」
「…」
「涼子は、綾子に注意を惹きつけて、スタンガンで気絶させてから、包丁で刺したわ。
美奈子は、…まぁ、あの娘はただの自滅ね。ちょっと脅したら、ビビって弟を殺して、我を失って、自殺…。ちょっと拍子抜けしたわね」
「…」
「それも、ぜ〜んぶ、あなたの行いの結果よ」
「…」
「エテ吉兄さんが警察に連行されて、豚みたいにブクブク太ったのも、あなたのせい」
「…」
「ふふ、そう。7年前も、今回も、ぜ〜んぶ、
あ、な、た、の、せ、い」
真依が、邪悪な笑顔を見せる。
となりで、綾子と思われる人物がユラユラ揺れている。
これは、夢なんだろうか?
現実だとしたら、この先どうすればいいのだろう…。
「…もう、生きていても、辛いだけなんじゃないの?」
真依が、小首を傾げながら、急に優しく語り掛けてくる。確かに、こんな愚かな小娘、死んだ方がマシなのかもしれない。私が浅慮だったせいで、死なせてしまった祖母、真依、洋子、歩美、涼子、美奈子。
「…あなたに、この先、生きていく資格なんてあるの?」
畳み掛けるように、語り掛けながら、私を縛るロープを解き始める真依。
「…本当は、7年前に死ぬべきだったんじゃないかしら?」
真依は、ロープを解きながら、私の耳元に囁きかける。
「…」
ロープを解かれた私は、真依…、いや、真依の姿をしたナニかに支えられ、屋上の縁に向かって、歩かされる。
…もう、抗う気力がない…。
きっと、このまま屋上から落とされるのだろう。
それも、いいのかもしれない…。
…
キキキキキキキ!
不意にけたたましい不快音が大音響で響き渡る。真依のパンツのポケットから、鳴っているように思えた。
真依が慌てて、ポケットを探る。不快音の元になっている携帯を取り出し、音を止めようとするが、止められないのか、そのまま床に投げつけた。
「あの…、ブタ野郎!」
相変わらず音を鳴らし続ける携帯を踏みつけて、破壊する。
そこで、ようやく音が止む。
そして、真依が私の事を思い出したように、顔を上げる。
「お前こそ、生きる資格を口にする資格があるのか?」
そこには、まるで不快音を合図にしていたかのように現れた、晃太が立っていた。
「悪いが、全部、聞かせてもらったぜ!」
晃太が、真依が持っていたものと同じ携帯を手にしていた。目を丸くする真依。
「俺も、もらってたのさ。この携帯」
晃太が、ニカッと笑う。
「…あの…、ブタ野郎!」
真依の表情が怒りで真っ赤になっている。
「おいおい!さっきから黙って聞いてたら、ブタ野郎は酷いじゃねぇか?」
校舎の扉から、太った男…、いや、ポッチャリ体型のノリオ兄さんが現れる。凄く嬉しそうな顔をしていた。
「どうだ?すべてが、うまく行っていると思った矢先に、次々と邪魔が入る気分は?」
満面の笑みを見せるノリオ兄さん。
「俺が7年間、心底、復讐したいと考えてたのは、お前そのものなんだよ。
どうして、見逃して貰えると思えるんだ?
お前の企みが潰えるのを見届けさせてもらうに決まってんぜ」
ノリオ兄さんは、晃太に向かって何かを投げた。おもちゃの手錠のように見える。
「晃太!その髪の長いのが綾子だ!拘束して、あと5日間、大人しくさせとけば、憑いてる奴も消える!」
投げ出された手錠をキャッチする晃太。ユラユラと身体を揺らしている綾子に向かうが、綾子は、四つん這いになって、素早い動きで、私の方へ這って来る。
「させるかよぉ」
晃太が、綾子に向かって、ローキックを繰り出す。四つん這いの綾子にとっては、頭に当たる位置だった。
ブンッ。
晃太の脚が空を切る。綾子が飛び跳ねたのだ。
晃太は、空振りした右足を素早く地面に付けた後、そのまま軸にして、勢いそのままに、左脚で後ろ回し蹴りを放つ。宙に飛んでいる綾子の足に当たり、バランスを崩した綾子が頭から地面に落ちる。
綾子は、そのまま地面に両手で着地し、逆立ちした状態で両足を広げ、晃太に蹴りを浴びせる。
晃太は、それを両腕でガードした後、綾子の足を捕まえる。そして、そのまま引っ張り、投げようとする。
「うおりゃあぁぁ!」
が、綾子は器用に身体を捻って、両手で地面に着地し、そのままバク転して、両足でしっかりと着地する。
アクション映画さながらの2人の攻防に目を奪われるが、綾子は着地した途端、再び、私の方へ向かって、両手を前に突き出しながら、前のめりに猛ダッシュしてきた。
「だから、させるかよぉ!」
晃太が再び、綾子に向かって走るが、途中で横から真依が体当たりする。
「私の事を忘れないでよね」
「げっ!」
不意を突かれた晃太の身体が流れる。
綾子の両手が、私の顔に迫る。思わず、目を閉じるが何も起きない。恐る恐る、目を開けると、ノリオ兄さんが目の前に立っていた。肩から体当りしたような体勢になっていた。綾子はというと、少し離れた斜め前方の位置で、四つん這いになって、唸りながらこちらを睨んでいた。
「そっちこそ、俺の存在を忘れてるんじゃないのか?」
ノリオ兄さんが決め声を出す。
「この、ブタ野郎がぁ!」
真依が、怒りで震える声を響かせた。