答え合わせ
「別に…、お前の邪魔がしたいって訳じゃねぇよ。ただ、答え合わせを…しに来ただけだ」
真依が、鋭い目付きで俺を見る。
「答え合わせ?」
「そ、答え合わせさ。俺の中で仮説は成立しているんだが、それで合っているかどうかの確証がない。お前なら、その確証をくれるだろうと思ってな」
「茶番ね。それで正解ってなったら、あなたに何か得があるの?」
「ないさ。ただ、無実の罪でレッテルを貼られて7年だ。ここらで、『ヒトガタ様』による確執とも卒業させてもらえないかな?もちろん、ただとは言わない。由宇を拉致しやすいようにおびき出してやるってのはどうだ?」
「…何が言いたいのかしら?」
「まどろっこしいな。要は、今、お前が企んでいる『身体の交換』の手助けをしてやるって言ってるのさ」
一瞬、目を大きく見開いた後、妖しく笑いながら真依が続けた。
「…なるほど…ね。わかったわ。答え合わせってのに付き合ってあげるわ」
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紀男は、由宇に持たせた小型のボールペン型の盗聴器から聞こえる会話を聴きながら、真依との会話を思い出していた。
近代伝承のススメというHPに書いてあった『ヒトガタ様』についての記述。そして、綾子が生きているかもしれないという可能性。それらが紀男にある仮説を立たせた。
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『ヒトガタ様』
降霊術の1つと思われる事が多いが、元は反魂術の一種。
3人の生贄と器となる身体の持ち主と計4人の魂と引き換えに1人の魂をこの世に復活させる術。
儀式の際の順番で1〜3人目が死ぬ事で、最後の4人目の身体の魂と降ろした霊を交換する事で行う反魂術である。なので、復活する際は、4人目の身体で復活することとなる。
ちなみに生贄の死に関しては、自殺、他殺を問わず、死ぬ順番さえ合っていれば、成立するとされている。
復活しても身体は別人のものになってしまう事と、他に3人の犠牲者が必要という事で、効率も悪く、メリットも少ないため、廃れていったと考えられる。
今では、部屋の中心に結界に見立てた円を描いて避難する方法や、依代となる人型を使わずに行う『スクエア』のように、より安全な降霊術として行われる事が多い。
試すのは自由ですが、自己責任で。
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近代伝承のススメに書いてあった、その内容から7年前の事を考えると、ある仮説が立てられる。それは、真依は市松人形に取り憑いていた霊なのではないか?ということだ。
7年前、市松人形は、洋子、歩美と生贄を殺害し、由宇には手を出さずに真依のところに行った。これは、由宇の祖母が身代りとなったためと考えると、強引かもしれないかま、3人の生贄の殺害に成功していると考えられる。
そうなると、由宇は、自分の祖母を身代りとした後に、入れ替わった自分の親友である真依を自分の手で焼いた事になり、救われない話になる。
そうなると、逆に腑に落ちないのは、今回の件だ。
せっかく、反魂に成功した筈の、現・真依は何故『ヒトガタ様』を強行したのか?という点だ。
しかし、綾子が生きているかもしれない、という情報で出て来る可能性が1つあった。
それが『身体の交換』だ。真依は、綾子と入れ替わるために『ヒトガタ様』を利用しようとしているのでは?という事だった。自ら、最後の4人目をやると言い出したのは、他の3人が死んだ後、綾子の中の霊と入れ替わる事で、霊は真依の身体に入り、現・真依の中身は綾子の身体に入るのではないか?という事だ。あとは、元々の綾子の魂がどうなるかが気になるところだが、そう考えると全て納得できる気がしたのだ。
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「そうよ。私は7年前の『ヒトガタ様』であの子達に呼び出された霊よ」
俺は、最も聞きたかった内容を聞きたい相手から、聞けた事で、思わず身震いする。この感情は、歓喜だ。
何に対して、復讐をするべきなのか解らず、ひたすら『ヒトガタ様』について調べた。全ては、この一言を、この女から聞くためだったに違いない。
「これで、答え合わせは終わりでいいかしら?」
「まだだ。今回の『ヒトガタ様』の目的はなんだ?」
「それも、あなたの想像通りよ。綾子の身体を手に入れるためよ」
「なんでリスクを犯してまで、そんな事を?」
「…聞いていると思うけど、私は7年前、左脚を切断してるの。だから、完全で美しい綾子の身体が欲しい、そう思っただけよ」
「左脚の切断は、自分が真依と入れ替わるために襲った結果だろうが?自業自得だろ?」
そこで、真依の表情が激しく歪む。
「由宇のせいよ!」
憎悪に満ちた激しい声に、思わずたじろいでしまう。
「あいつがババァと共謀して、身代りなんて使うから!儀式が不完全な物になってしまったのよ!」
「不完全?」
「そう。不完全な儀式のせいで、せっかく、真依の身体を手に入れたのに、左脚の先から、腐り始めたのよ。…だから、切断するしか…なかったの」
「神社での祝詞と御守りの効果か?」
「…『ヒトガタ様』の儀式は、参加者にとっては呪いなの。儀式を行った人間は、見る人が見れば、禍々しい気に包まれているのがわかるわ。
それが、降りてきた霊にとっての道標になるの。…あの小娘は、そのマーキングをババァに移したのよ」
「…マーキング…」
「最初は、なんで左脚が腐っていくのかわからなかった。でも、あの小娘が見舞いに来た時に、全て理解したわ。
私があの小娘だと思って、嬉々として、首を締めて殺したのは、あの小娘じゃなかった」
「だから、今度こそ完璧な身体を手に入れるの」
「…綾子はどうなる?」
「…これは、私にとっても賭けなの。
…意識を失った状態の人間が『ヒトガタ様』の依代として成立するかも賭けだった。
結果は、綾子が寝たり、意識を失った時にだけ、霊が主導権を握れるみたいね。
でも、綾子が主導権を握っていられる時間も段々と短くなっているみたいだから、うまく身体を交換出来れば、そのうち消えるんじゃないかしら?」
…『身体の交換』、そんな事…可能なのだろうか?
「腑に落ちない顔をしてるわね。まぁ、邪魔しないで見てなさい。全てが終われば、わかることよ」
「…」
「…これで、答え合わせは、終わりね」
「…ああ、お前の企みが成功するかどうか、見届けさせてもらうとするよ。これを持ってきな」
俺は、真依に携帯を投げる。
「…なに?」
「由宇には、GPSと盗聴器付きのボールペンを持たせてある。それで、由宇の動向がわかるだろう。
あとは、約束通り、上手くおびき出してやるから、他の奴の殺人の罪を着せて、自殺させるといい」
「随分、気前がいいのね」
「なぁに、色々聞かせてくれたお礼さ。せいぜい頑張りな」
そうして、俺は真依と別れ、真依は、もう1人を殺すために去って行った。




