対峙
「よぉ」
俺は、出来るだけ爽やかに声をかける。
こうして、真依をマジマジと見るのは、7年以来だ。随分と綺麗に育ったもんだ。
「…」
真依は、そんな俺を無視して、目の前を通り過ぎようとする。
「待て、待て。俺だよ。『エテ吉兄さん』だよ」
真依は、慌てて引き止める俺を、ゴミでも見るような目で一瞥して、鼻で笑う。
「ロリコン野郎が、ロリコン豚野郎に進化したみたいね」
俺は、晃太と由宇と別れた後、おそらく、夜遅くに美奈子という娘の元に向かうであろう真依を待ち伏せしていた。
「悪いけど、ブタの相手をしている暇はないの。エサが欲しいなら、他を当たって」
真依が、そう言って、再び去ろうとする。
「待てって!少し、話をしないか?」
「人の言葉を理解できないのなら、話をする意味なんてないんじゃないかしら?私は、暇じゃないって言ったのよ」
「だから、待てって!…俺は、『ヒトガタ様』が、ただの降霊術じゃないって事を知ってんだぜ?」
「…だから、何?」
真依がようやく足を止める。
「要は、お前の秘密を知ってるって事だ」
そこまで言って、ようやく、真依が俺の方を向く。
「何が言いたいの?」
「別に…、お前の邪魔がしたいって訳じゃねぇよ。ただ、答え合わせを…しに来ただけだ」
真依が、鋭い目付きで俺を見る。
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美奈子に忠告をした次の日の昼前、弟を殺して、自殺した女子高生のニュースが流れた。
美奈子の事だった。
何が起きたのか理解できなかった私は、呆然とそのニュースを見ていた。
…自殺?
…弟を殺して?
意味がわからなかった。
綾子に襲われたのではないのか?
私は、ノリオ兄さんにLINEをする。ニュースで流れた女子高生が、『ヒトガタ様』をやったメンバーだという事を伝えるために。
『大丈夫か?
次は由宇ちゃんの番だと思うから、
充分気をつけて!』
ノリオ兄さんのメッセージが届く。途中でメンバーが自殺しても、この連鎖は続くのだろうか?
『念のために、集まった方がいい
今日、22:30に家においで!』
ノリオ兄さんには、何か手があるのだろうか?
『わかりました』
了承のメッセージを入れた私は、真依にメッセージを入れた。
『涼子も美奈子も死んじゃった
7年前と同じ
真依は何がしたかったの!?』
思えば、もっと早く真依に確認を取るべきだった。涼子が死んだ事がわかった時点で、祝詞が効かなかった事も含めて、確認するべきだったのだ。
どうせ、返事はないかもしれないが…。
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由宇に家に来るようにメッセージを送った後、晃太に別のメッセージを送る。
賽は投げられた。
後は、夜を待つだけだ。
紀男は、逸る気持ちを抑える。
…もうすぐだ。
思えば、7年間待ったのだ。最初は漠然とした気持ちでしかなかったが、今では進むべき道がわかっている。必ず、結果を出す!
そして、その後は…。
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私は、時間になったので、母には適当な理由を告げて、ノリオ兄さんの家に向かおうと玄関を出た。
門扉を閉じた所で、首筋に衝撃を受けて、気を失った。
気がつくと、私は何処かの屋上らしき所に転がっていた。
「お目覚めかしら?」
真依の声がした。辺りを見回そうとするが、手足が自由に動かない。足元を見ると両足が縛られていた。両腕も後ろに回されて、縛られているようで、まったく身動きが取れない。自由に動かせる首だけを動かして、声のした方を見ると、2人の人影が見えた。1人は真依のようだったが、もう1人は、前屈みの状態で、長い髪を前に垂らし、身体をユラユラ揺らしていた。…綾子?なぜ、真依と綾子が一緒に?
「…」
頭が上手く回らない。何が起きているのかも、わからない。ノリオ兄さんの家に行こうとしたはずなのだが…。
「状況が理解できないのかしら?まぁ、仕方ないわね」
真依が、口を開いた。
「あなたは、エテ吉って呼んでた豚野郎に売られたの。私があなたを攫いやすいように、おびき出してくれるって」
何を言っているのか、サッパリわからない。なぜノリオ兄さんが私を売る必要があるのか?
「これから、あなたは涼子を殺した自責の想いから、飛び降り自殺するの。あ、ちなみに、ここは私達の思い出の小学校の屋上なんだけどね」
真依が楽しそうに、訳の分からない事を続ける。
「飛び降り自殺ってのは、統計的に足から落ちる事が多いそうなんだけど、何故かしらねぇ?せっかく、全てから解放されようっていうんだから、もっと全身を投げ出すように飛び降りればいいのに。バンジージャンプみたいに」
「…」
「ここまで、反応がないと…、なんか張合いがないわね」
真依の声が冷たく響く。
「そうね。私はあなたが嫌いだから、全ての真実を教えてあげるわ。きっと、今より嫌な気持ちになると思うから…」
真依の表情が歪む。それが笑顔なんだと気付くのに、数秒を要した。
「まず、何から教えてあげればいいかしら?」
真依が腕を組んで、考え込む。
「そうね。『ヒトガタ様』っていう儀式の正体から教えてあげようかしら」
「…正体?」
「あら、ようやく喋れるようになった?」
真依の笑顔が、ますます邪悪な物になった。