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都市伝 〜近代伝承のススメ〜  作者: スネオメガネ
第5話 ヒトガタ様
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剣道三倍段

 私達は、ノリオ兄さんの家に着くまで、終始、無言だった。


 唯一、涼子の様子を見に行った晃太が、帰ってくるなり、私に首を振った。その意味が分からないほど、察しは悪くないつもりだ。


 おそらく、晃太は見てしまったのだろう。…涼子の死体を。


 納得がいかないのは、その事を警察に連絡するでもなく、すぐにその場を去ろうとした事だ。晃太にとっては、昨日、初めて会った女の子だろうが、私にとっては親友だ。どんな姿になっているかわからないが、早く安眠させてあげたい。この暑さの中で、放置なんてしたくないのだ。

 それでも、その言葉を飲み込んで、晃太のバイクに乗ったのは、あまりにも晃太が泣きそうな表情をしていたからだ。私の中で、強さの象徴の一つである晃太が、そんな表情をする事がショックだった。そして、もう1つの強さの象徴である涼子の死が受け入れられない、現実味の無さからだった。


 ノリオ兄さんの部屋に着いた私は、開口一番、晃太に詰め寄った。


「なんで?なんで涼子を放置しようとするの?」


 晃太は、黙って私を見ている。


「こんなに暑いんだよ?涼子が傷んじゃう前に、ちゃんと安眠させてあげないと…」


 晃太は、なおも黙っている。その表情は、コンビニの時と同じように、今にも泣き崩れそうな表情だった。


「今からでも遅くない!警察に連絡して!…晃太がしないなら、私がする」


 そう言って、携帯を取り出す。

 すると、今まで空気のようだったノリオ兄さんが、声を出す。


「俺が、警察に連絡するなって言ったんだ」


 私は、ノリオ兄さんを見る。おそらく、私も泣きそうな表情だっただろう。


「警察に連絡したら、お前らが何のために秋山家を訪れたのか、不審がるだろう。なにせ、チャイムを鳴らして応答がなくても、強引に侵入したんだろうからな」


 私は、晃太を見つめる。晃太は、無言のまま下を向く。


「普通、チャイムを鳴らして、応答がなければ諦める。諦めずに侵入するのは、不法侵入に当たるからな。それでも、侵入せざるを得ない理由をお前らが持っていたと判断するだろうな」


「要は、涼子の身に何か起こるかもしれないと予測していた事を示唆する行動って事だ」


「じゃあ、何故予測できたのか?『ヒトガタ様』の話をするか?したところで、信じてもらえるのか?…しかも、未だ解決していない7年前の事件の容疑者とも繋がりがありそうだ。さらに言うと、7年前の容疑者と初めて会った日にボクっ娘が殺された。警察はどう思うだろうな?」


「はっきり言うが、警察に言うって事は、俺を再び警察に売るってのと、変わらないって事だ」


 ノリオ兄さんの目が鋭く、私を見つめる。


「せっかく、落ち着いて来たっていうのに、()()お前は、俺を地獄に落とすのか?」


 私は、何も言い返せないで、ノリオ兄さんを見つめる。そうなのだ、ノリオ兄さんにとって、私は疫病神そのものなのだろう。


「…確かに、死体の発見が遅くなるだけで、俺と会った日に殺されたという事実は変わらない。それでも、『本当は俺を疑っているお前らが、涼子の心配をして様子を見に行った』っていうシナリオからは、外れることができる。…晃太は、俺を庇ってくれてんだよ」


 打って変わって、優しい声を出すノリオ兄さん。昨日、迷わず招集を掛けたノリオ兄さんの事だ。自分が嫌な役をやって、晃太を庇っているような気もする。


 私は、俯いたまま、謝罪する。


「…ごめんなさい」


「まぁ、いいさ。問題は、これからどうするかだな。

 とりあえず、由宇ちゃん、もう1人の娘に十分注意するように伝えておいた方がいいんじゃない?とは、言っても、難しいかもしんないけど…」


「なんでですか?」


「うん、晃太から聞いたんだけど、あのボクっ娘、剣道やってたんだろ?問題は、それでも殺された…ってことだよなぁ。晃太!どう思う?」


「…昔、読んだマンガに出てくる『剣道三倍段』という言葉が正しいとすると、あいつは初段だったらしいから、空手二段の俺よりも強かったって事になる…。でも、それは得物があって初めて成立する話だけど…」


 晃太は、何かを思い出すように、目を閉じて眉間に皺を寄せる。


「あいつの死体の側に竹刀があったか、どうか思い出せない」


 晃太が呟く。私は剣道三倍段という言葉の意味がわからずに晃太に聞いてみた。要は、剣道は武器を持っているから、無手の空手で互角に戦うには、剣道の段の三倍の段を持っていないとダメだと言う事らしい。

 晃太の尊敬する大山下 (おおやました) 倍達郎(ますたつろう)という空手家の半生を描いた漫画に書いてあるらしい。


「どのみち、簡単にかどうかはわからないが、剣道の段持ちが殺されたんだ。もう1人の娘は、何か武道やスポーツをやっているのか?」


 私は、無言で首を振る。


 だが、綾子も運動神経はよかったが、武道やスポーツをやっていたとは思えない。

 そこまで考えて、私は美奈子の電話の内容を思い出す。


「そうだ。美奈子から電話で変な事を聞いたんだった!」


「変な事?」


 私は、美奈子が綾子からの着信があったと言っていた話をした。話を聞いたノリオ兄さんは、鋭い目付きで顎に手をやって、考え事をしていた。


 晃太も神妙な顔をしていたが、こういう時の晃太は、きっと何も考えていないはずだ。


 ノリオ兄さんは、なおもブツブツ呟きながら、部屋の中を歩き出す。


「…か?…いや、どうだろう…」


 ノリオ兄さんの動きが止まる。私達は、ノリオ兄さんの言葉を待つ。


「いや、それは放っておこう。俺がいいって言うまで、電話が掛かってきても無視してくれ。こっちからも掛けないようにしてくれ」


 何かを思いついたのだろうか?


「それより、美奈子って娘の方だな。由宇ちゃん、ムダかもしんないけど、警告だけはしておいてくれ」


 私は、ノリオ兄さんに言われた通り、涼子の死と警告を美奈子に送った。

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