タンデム
由宇のLINEを見て、2つ目のメットを用意する。
正直、気が重い。最悪、あの男女の死体を見るハメになる。その時に由宇に、どんな言葉を掛ければいいのか…。
そんな事を考えていると、ノリさんからLINEが届く。由宇とのグループではなく、普通のトークの方だった。
『なにかあっても、現場の物を絶対に触るな』
『7年前の俺みたいになるぞ』
なるほど、ノリさんも最悪の事態を想定しているようだ。由宇も読めるグループトークじゃないという事は、ノリさんも由宇がこれを読んだら、嫌な気分になる事を予想したという事だ。
俺は溜息を吐く。
さて、どうしたものか。もし、由宇とバイクで出掛けるとしたら、男女の住居にもよるが、非常に目立つ可能性がある。何かあった場合は、そのままトンズラと言う訳には行くまい。もし、放置してしまっては、死体が見つかる直前に、バイクで来た怪しい2人組がいた!となって、完全にノリさんの二の舞だ。
何かあった場合は、素直に警察を呼ぶしかない。そうなった時、わざわざ安否を確認に行った理由の説明を求められるだろう。『ヒトガタ様』の話を出しても信じてもらえるだろうか?
いや、逆にすべてをぶちまけて、綾子の確保を求めるのも手かもしれない。
どちらが、俺達にプラスになるか?
正直、俺は頭が悪いから、こういうのを考えるのは、向いていない。そういう場合は、さっさと諦めて、ノリさんに助けを請うのが一番だろう。
俺は、ノリさん宛にLINEを送る。
『もし、死体を見つけた場合、警察に連絡するべき?』
俺は、携帯をしまい、愛車の黒いドラッグスター250に跨る。購入時、兄弟車種のドラッグスター400とかなり悩んだ。結局、予算の関係で妥協して購入した代物だったが、車検がいらない点や加速のフィーリングが気に入っており、今では胸を張って愛車と呼んでいる。
エンジンを掛けたところで、由宇とタンデムできると考えて、ニヤニヤしてしまう。状況的に不謹慎なのはわかっているが、こんな事でもなければ、実現は遠かっただろう。
由宇の家の前で、待っているとノリさんからのLINEが鳴る。グループの方で、涼子の住所が入ってきた。どうやって、割り出しているのかわからないが、流石だ。素直に聞いてみる。
『どうやって調べるの?』
『企業秘密』
間髪入れずに返事がくる。きっと、よろしくない手口なのだろう。
しばらくすると、2人のトークの方にLINEが入る。
『警察は、信用できない』
『痕跡を残さないように
誰にも見られないように
逃げろ!』
また、難しい事を言う。
由宇が、それを聞いて納得するだろうか?
とりあえず、近くのコンビニにバイクを置いて、自分だけで、様子を見に行った方が良さそうだ。
…嫌な役だ。
玄関から出てきた由宇を見て、あまりの可憐さに俺は言葉を失う。パンツ姿に7部丈のシャツは、バイクでのタンデムを意識しての事だろう。俺は、両足の膝で、しっかり俺の腰を挟み込んで、胴に両手を巻き込むように説明する。決して、密着したい為ではない。安全にタンデムするための説明だ。あとは、バイクを傾けた時に逆らわずに、俺の身体と同じ様に傾けるように説明した。
まるで、恋人同士のようだ。
…ステキな役だ。
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由宇と男女の家の近くのコンビニに到着した俺は、嫌がる由宇を無理矢理、説得して1人で様子を見に行く事になった。あまり、目立ちたくはないのに、激しい言い合いになってしまった。そのコンビニに出入りする人が少なかったのが、救いだった。
男女の家は、幸運な事に、大通りに面するような事はなく、一本入った、狭い路地に面していた。角地に建つ2軒並びの内の1軒だった。隣の家の玄関は同じ路地側にはなく、目立たずに訪問が可能だった。悪く言うと、泥棒も入りやすいだろうという印象だ。唯一、気を付けなければならないのは、向かいの家で、思いっきり門扉が向かい合っていた。
敷地の境界は、柵と植木に囲まれており、覗いても敷地の中は、伺う事ができない。植木は、夏なのに葉っぱが全体的に赤かった。確か、赤芽樫と言ったか?
秋山の表札を確認し、向かいの家を気にしながら、チャイムを鳴らす。
しばらく待っても、応答がない。
俺は、溜息を吐きながら、門扉に手を掛ける。
…やっぱり、嫌な役だ。
門扉は簡単に開き、周りを気にしながら、敷地に侵入する。念のため、バイク用の手袋を嵌めたままにしていた。そのまま、足音を殺しながら、玄関に向かう。扉に手を掛ける。
そこも開いていた。
そっと、玄関を開けて中を覗く。
!
人が倒れていた。
玄関から、続く廊下の何かの部屋へと続く入口付近に、バスタオルを巻いたショートカットの女性が倒れていた。
逸る鼓動をなんとか落ち着かせ、素早く、玄関に入り扉を閉める。そのまま、家には上がらずに、倒れている人を観察する。
顔は、横を向いていて、よくわからないが、おそらく男女だろう。背中には深々と包丁が刺さっており、血溜まりの中に転がっている。バスタオルが血を吸って、真っ赤になっていた。元は何色だったのか、想像もつかないほど、赤かった。
覚悟していたとは言え、非常に衝撃的だった。他殺体を見るのは、これが初めてだったし、これからも御免被りたい。
『痕跡を残すな』
ノリさんの言葉を思い出し、急いでその場を後にする。
由宇に何と伝えればいいのか。
俺は、重い足取りをコンビニに向けて歩き始めた。コンビニでは、由宇がファッション雑誌を立ち読みしながら、待っていた。俺が店の駐車場に現れたのを見て、慌てて雑誌をしまい、店から出てくる。
俺は、そんな由宇の顔を見て、首を振る。
「どう言う事?」
由宇が、顔を見て歪ませながら、聞いてくる。
「とにかく、ここから離れよう」
俺は、そう言うとバイクに跨り、エンジンを掛ける。
「ノリさんの家で、作戦会議だ」
「どう言う事なの!?」
「いいから!乗れよ!」
思い通りに、動いてくれない由宇に対して、イラつきを感じる。由宇の立場からしたら、当然の事だと思うが、この場で話をしたくない。誰が聞いてるかわからないから…。
「…悪い、…全部、ノリさんの家で話すから…。言いたい事も、聞きたい事も…、全部、わかるから…。それでも…とにかく…ここを離れよう」
納得したのかしてないのかはわからないが、由宇が渋々、後ろに乗る。気不味い空気だけが漂う。
ずっと、楽しみにしていた由宇との初タンデムは、…苦い思い出になった。




