綾子の着信
綾子からの着信に、美奈子の動きが止まる。
…何?
…どうゆう事?
着信に出る事も出来ずに、呆然と画面を凝視する。着信音として、お気に入りの洋楽が鳴り続ける。しばらくすると、着信音が途切れ、着信アリの表示が現れる。
美奈子は、爪を噛みながら携帯を見続けた。
綾子は…、生きてるの…?
それとも…。
美奈子は、慌てて真依のトークルームを開く。昨日のメッセージには、まだ既読が付いていない。
そんなことは、どうでもいい。
美奈子は、通話ボタンを押す。
LINEの着信のメロディが、鳴り始める。
早く出て!
出ない。
一度、通話をキャンセルして、再び通話ボタンを押す。しつこく待ち続ける。
「…なに?」
繋がった。電話の向こうから、真依の不機嫌そうな声が響く。
「ごめんね。昨日のLINEが、まだ未読だったから、何かあったんじゃないかと思って…」
「未読スルーよ。そんなんも分かんないの?どうでもいいメッセージは、読みたくないの!」
再び、真依の不機嫌そうな声が響く。
「そっか、ごめんね」
「じゃ」
「あっ!待って、待って」
「…何?」
「さっきね。綾子から着信があったの。どうゆう事だと思う?」
「知らないわよ。で、綾子は何て?」
「あっ…、出る前に切れちゃったんだけど…」
「グズね」
「だって…」
「それだけ?じゃ、切るわよ」
「待って、待って!」
「…何?」
かなり、不機嫌そうな声が響く。
「…ねぇ、綾子って…、本当に…死んでたの?」
「…死んでたわ。着信だって、綾子に憑いてる奴が、興味本位で掛けてきたんじゃないの?」
「…ねぇ、あの祝詞って、効果あるんだよね?」
「知らないわよ、そんなの!由宇にでも聞けば?」
「そんな…!もしもし?…もしもし?」
切れていた。
美奈子は、泣きそうになる。
もう!なんなのよ!
ガチャ!
美奈子の部屋のドアがノックなしで開く。
慌てて、ドアの方を向くと崇が立っていた。
「…なに?姉ちゃん、泣いてんの?」
「泣いてないわよ!ノックぐらいしろって、いつも言ってるでしょ!バカ!」
ベッドに置いてあったクッションを投げつける。八つ当たりという奴だ。
「お〜、こわ!」
戯けて去って行く崇。悪態を吐く形となったが、崇のお陰で落ち着きを取り戻す事が出来たのも事実だった。内心、感謝しながら携帯を見る。少し、癪だが、由宇と連絡を取ってみるか。
美奈子は、由宇のトーク画面で通話ボタンを押す。
「もしもし?」
由宇が出た。
「あっ、由宇?美奈子だけど…、涼子から連絡はあったの?」
由宇が、涼子の事だけを心配していた事から、会話のキッカケに、涼子の名前をだしてみる。
「…それが…、電話しても出てくれないの…」
まぁ、涼子なら、どうせ、まだ寝てるとかのオチだろう。…彼女は、いろんな意味で強いから…。
「まだ寝てるとかじゃないの?」
「…そうかもしれないんだけど…、心配で…」
「気にし過ぎよ。それよりも、さっき、綾子から着信があって…、たまたま携帯持ってなかったから、出れなかったんだけど…、どう思う?」
真依にグズ扱いされたので、ビビって出なかった事は内緒にしてみた。
「え…?綾子…から?」
「そ、綾子から。で、真依に電話で綾子が本当に死んでたかどうか確認したんだけど、女王様、『私を疑うの!?』ってキレちゃって…。ね、由宇はどう思う?」
「…わからない…。なにしろ、死体で『ヒトガタ様』をやったのは初めてだから…、前は声帯もない人形だったから、喋らなかったけど…、今回は声帯もあるし、細かい関節もあるから…、かなり自由に動いたり、喋る可能性もあるから…」
「…由宇には、掛かってきてないんだ?」
「…うん。もし、涼子が襲われてたら、次は美奈子の番だと思うから、しばらくは気をつけておいて!私は、涼子の安否をなんとかして、確認してみるから!」
由宇の声が急に力強くなる。この娘の時々出てくる『私、芯は強いんです』という態度が気に食わない。由宇には、美奈子以上に人の顔色を伺うように生きててほしいのに…。
「わかったわ」
特に有用な情報も入らずに、通話を切った。
そういえば、涼子の次がなんで美奈子なのか、聞くのを忘れたが、どうせ由宇の思い込みだろう。
***********************
美奈子との通話の後、由宇は考える。
どういう事なんだろう?
綾子の着信?
一度、綾子に電話してみるか…。
ただ、それより優先したい事があった。涼子の安否だ。どうやって確かめればいいのだろう?電話が通じない以上、家まで行った方がいいだろうか?
だが、何もなかった場合、ただの迷惑になってしまう。いや、そんな事言っている場合ではないかもしれない。迷惑で済むならその方がいい。
私は、LINEの画面を開く。ノリオ兄さんと晃太のグループトーク画面だ。
『涼子と連絡が取れない
家まで行って、安否確認したい
手伝って!』
すぐに既読がつく。
『手伝うって、何を?』
ノリオ兄さんだ。
『涼子の家の場所がわからない』
『り
涼子のフルネームと携帯番号、携帯会社、携帯アドレス、わかれば出身中学も教えて』
頼もしい。私は、涼子の情報を送る。
『住所わかったら、連絡する』
『俺は、何すればいい?』
次は晃太だ。
『バイク持ってたよね?
涼子の家が分かったら、連れて行って』
『わかった
迎えに行く』
私だけ、何もしないのは心苦しいが、実際に何も出来ないのだから、仕方ない。後でみんなにコーヒーでも差し入れしないと…。
涼子…大丈夫だろうか?
何もなければいいんだけど…。
私は、何もできないまま、晃太を待った。