お告げ屋さん③
「驚かずに聞いて欲しいんだが、井上君なぁ...、今日、亡くなったんだ...」
言い難そうに、社長が口を開いた。言葉は、はっきりと聞き取る事が出来たのに、なぜか頭に入ってこない。
無くなった?
泣く鳴った?
ナクナッタ?
呆然としている俺に、社長が続ける。
「まぁ、ショックを受けるのも無理はないか...。まだ若かったのになぁ。残された妹さんも大変だろうなぁ」
「...あいつ、そんなに体調が悪かったんですか?」
ようやく、状況を理解し始めた俺は、社長に尋ねる。朝、体調不良の電話をかけてきた時は、死ぬほどの問題が起きているとは、思ってもみなかった。しっかりと病状を聞いていれば...、いや、例え、しっかりと聞いていたとしても、何も変わらなかったかもしれない。ただ、それでも何か力になれる事があったかもしれない。俺は、混乱と後悔の入り混じった複雑な心境のまま、社長の返事を待った。じっとこちらを伺っていた社長の表情が、ふっと緩む。
「まぁ、竹内君ならいいか。他の人には言わないで欲しいんだが...、井上君の死因が、どうもはっきりしないそうなんだ。検視の結果では、心臓麻痺らしいんだが...、状況的に...自殺の線もあるようなんだ」
井上が自殺?
あんなに妹思いの井上が?
妹さんを一人残して?
ありえないだろ!
「どういうことですか?」
「竹内君は、井上君から今日突発で、体調不良で休むと聞いたんだよね?でも、妹さんには、昨日の夜に休みをもらったと言ったそうなんだ」
「...」
「妹さんは、今夏休み中らしいんだが、その妹さんをドライブに誘ったらしい。まぁ、妹さんは部活の練習があるからと断ったらしいんだが、その後、ちょっと遠出して夕食を食べに行こうと言ってきたらしい」
「...井上は、ズル休みだったって事ですか?自殺する前に、妹と思い出を作ろうとしたって事ですか?」
俺は、モヤモヤした気持ちで社長に尋ねた。口調がキツくなっているのが、自分でもわかった。ズル休みってこともショックだったが、妹にやたら絡んでいく井上の行動が理解できないことが理由だ。まるで、本当は心中をしようとしたのではないか、と勘繰ってしまう。そんな奴じゃないと思いながらも、完全に否定できない自分がいた。もし、仮に井上が死を選ぶしかない状況に追い込まれた時、一人残される妹を思って、一緒に死のうと考えないと誰が言えるだろうか?
「勘違いしないで欲しいんだが、井上君が自殺したと決まったわけじゃないんだ。むしろ、心臓麻痺という死因から、自殺じゃない方が確率が高いんだ」
訳がわからない。
「結局、井上君は、妹さんと一緒に食事に行くために、妹さんの通う高校の近くの駄菓子屋で待ち合わせをしたんだが...、結局、現れなかったそうだ」
「...」
「約束を破られた妹さんが、怒って家に帰ったら、リビングで倒れていたらしい」
?
ますます、訳がわからない。その話のどこに自殺を疑う理由があるのか?単純に、たまたまズル休みした日に心臓麻痺を起こしたんじゃないか、と思ってしまう。まぁ、責任感が強く、真面目な井上がズル休みした事自体が不審だとは思うが...。
「なんで、自殺が疑われているんですか?」
「リビングのテーブルの上に、普通じゃ考えられないものが、置いてあったんだ」
「何が置いてあったんですか?」
「生命保険の証書、預金通帳と印鑑、葬儀屋のパンフレットだそうだ」
ゾッとした。まるで井上は自分が死ぬ事を知っていたのではないか、と思わせるラインナップだ。だから、自殺が疑われているのだ。
「それに不思議な事が、もう一つあるんだ」
今の話だけでも不思議なのに、さらにまだあるのか?
「竹内君は、仕事中だったから、知らないだろうけど、最近、世間を賑わせていた連続通り魔事件の犯人が捕まったんだ」
その話のどこが不思議な話なのか、わからなかった。おそらく、キョトン顔をしているだろう俺に向かって、社長が続ける。
「井上君の妹さんが、通学に使っている駅で、無差別に人を襲っていたところを警察に取り押さえられたんだ。死傷者が7人出て、結構、大きなニュースになっているよ。妹さんが井上君と待ち合わせをしていなかったとしたら、その場に鉢合わせしていた可能性が大きかったんだ」
!
言葉を失った。
井上は、自分の死だけでなく、妹の危機をも予知していたのだろうか?
言葉を失っている俺に、社長が微笑みながら続けた。
「いやぁ、悲しい出来事だが、不思議な事が多くて、モヤモヤしていたんだ。こんな事を言うと、不謹慎だが、君に話せてよかったよ。彼の抜けた穴は大きいが、一緒に頑張って乗り越えよう」
社長が話をまとめて、スッキリした顔で立ち去ろうとする。
「すいません、井上の葬儀の日取りとかは、決まってるんですか?」
「ああ、一応、死因は心臓麻痺ってなっているが、テーブルの上にあったものが、あったものだけに、念のため、解剖を行うそうだ。それが終わったらになると思うが、まだいつになるかわからんそうだ」
そう言い残して、去っていく社長を見送り、俺は、しばらくその場を動けずにいた。