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都市伝 〜近代伝承のススメ〜  作者: スネオメガネ
第5話 ヒトガタ様
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恋心

 結局、有用な情報はほとんど得られないまま、ブタ小屋での会合が終わった。ボクは、由宇と晃太と3人で、駅へと歩いていた。


「本当に泊まって行かなくていいの?」


 由宇が、不安そうな顔で聞いてくる。由宇は、ボクが一人暮らしをしている事を知っているため、そう聞いてきたのだろう。本来ならば、その誘いは、喜んで乗りたい内容なのだが…、襲われる順番が、キモデブの言う通りだとしたら、由宇を巻き込む事になる。

 それに…。


 ボクは、晃太をチラリと見る。


 1人になりたい夜もある。今夜は、そんな気分だ。


「いいんだ。綾子が襲ってきても、中学時代、剣道をやっていたからね。竹刀握りながら寝てれば、何の不安もないよ。それより、由宇の家に泊まって、由宇を巻き込む事の方が怖いから」


 ボクは、素直にそう言って、帰る事にしたのだ。


「へぇ、剣道か。段持ってるのか?」


「中学でやめたから、初段までしか持ってないけどね。君は、空手なんだって?」


「ああ、まだ二段だけどな」


「じゃ、安心だな。由宇の事は任せたよ」


「…ああ、お前も死ぬなよ。お前が死んだら、由宇が襲われる時期が早まる。まずは7日間だ」


「…」


 7日間という期限に関しては、まだ全然納得できていないが、まぁ、一つの目安くらいにはなるだろう。


「何かあったら、絶対に連絡してね!」


 由宇が心配そうに、そう言ってくる。大丈夫だから、とぶっきらぼうに答え、ボクは、2人と別れて、電車に乗った。


 ***********************


 由宇の家から、電車で二駅のところで降りて、一人で住んでいる一戸建ての家へと向かった。

 家族は、父親の仕事の都合で、ドイツで暮らしている。会社との約束で、3年で戻ってくる話になっているのと、ボクがまだ高校1年だった事もあり、ボクだけ残って、高校に通うことになった。

 盆になれば、家族は帰ってくる事になっており、父親の連休終了時に、ボクも一緒にドイツに行く事になっている。もちろん、観光だ。盆以降は、ドイツで夏休みを過ごす予定なのだ。


 こんな事になるのなら、盆まで待たずに、夏休み開始直後から、ドイツに行けばよかった。


 2階の自分の部屋に辿り着くと、ベッドに倒れこむ。


 携帯を取り出し、由宇の写真を見て、ため息を吐く。


 今までは、その写真を見るだけで幸せな気分になれていたのに、晃太の存在を知ってしまったせいで、複雑な気持ちになってくる。

 最初から、この恋が実るとは、思っていない。いつか、こんな気持ちになる事も覚悟はしていたはずだった。だが、実際に、友達以上恋人未満の2人を見てしまったら、胸が張り裂けそうになった。


 1人になりたかったのは、それが理由だ。


 いつからだろう?自分が、周りの女の子と違うと自覚したのは…。ショックを受けたのは、小学6年生の頃だったと思う。

 それまで、友達だと思っていた仲のいい娘の好きな男の子の名前を聞いた時だった。その時に、自分は本当は、その娘に恋をしていたのだと自覚すると同時に味わう失恋の痛み。後に、『性同一性障害』という言葉を聞き、自分がそれに該当すると理解した。

 親にも誰にも言えずに、女子が好きだという事を隠し続けた。


 由宇への想いも、誰にも悟られないように過ごしてきた。最初、『道永さん』と呼んでいたが、初めて、名前で『由宇』と呼び捨てにした日は、興奮して眠れなかったのを今でも覚えている。

 今のグループに入ったのも、由宇を真依から、守るためだった。由宇の魅力的な猫のようにクルクル変わる目も、真依といる時は、いつも沈んでいるように見えた。今日、その理由がわかった気がする。由宇は、真依に負い目を感じていたのだ。由宇を守ってやりたい。そう思えていた。


 もともと、由宇を幸せにするのは自分ではないと、由宇の幸せを近くで見守りたいと、謙虚な気持ちで接してきたはずだったのに…。

 晃太の出現で、自分が『由宇を欲しがっていた』という事が浮き彫りにされた。守ってやりたい、なんて綺麗事だ。要は、由宇を自分の庇護下に置きたいだけなのだ。

 晃太の事が気に入らないのは、由宇と仲が良いからだ。晃太と仲良くするくらいなら、由宇なんて不幸になってしまえと、そんな風にも思ってしまう。もちろん、それは晃太よりも、自分を選んで欲しいという気持ちの裏返しだという事もわかってはいたが、それでも、そんな自分が、酷く醜く思えた。


「あぁ、なんて女々しくて、器の小さい奴なんだ!」


 ベッドで、悶々としているうちに、だいぶ時間が経っていたようだ。ボクは、浴槽に湯を張りに1階へと向かった。


 階段を降りたボクは、湯張りのボタンを押した後、小腹を黙らせようと、パスタを茹でる。買い置きしてある大根をすりおろし、茹でたパスタに乗せて、ツナを乗せる。ポン酢をかけて、海苔を振り掛ければ、和風パスタの出来上がりだ。本当は、カイワレ大根が欲しいとこだが、あいにく、切らせているので、我慢する。海苔を振りかけながら、紀男と名乗るキモデブを思い出す。どこか胡散臭い。この騒動が済んだら、由宇には縁を切らせなければ!


 そう考えて、綾子がやってくる可能性がある事に気付いた。念の為、玄関の鍵を確認する。問題なく締まっている。ホッとしたボクは、余計にお腹が減ったような気がして、パスタをリビングに運ぶ。TVを付けて、しょうもないバラエティ番組を見ながら、パスタを食べる。

 時々、脳裏に浮かぶ綾子の這いずる姿。基本的には、心霊などの類は信じていなかったが、あんなモノを見てしまっては、そうは言ってられない。世の中の大半は、インチキか見間違いだと、今でも思ってはいるが、本物もあるのだと納得しかけていた。


 本当に?


 ふと頭を過る。ボクは、綾子の脈を実際に調べた訳ではない。確認したのは真依だ。地下で綾子を発見したのも真依だ。そもそも、熱中症が死に繋がるのは理解出来るが、時間的に早過ぎないだろうか?そこまで、考えて、一つの仮説が浮かぶ。


 綾子は死んではいなかったのではないだろうか?

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