紀男の調査
『ヒトガタ様』について、調査を始めた紀男は、すぐに行き詰まることとなった。その都市伝説自体を捜す事すら、困難を極めた。最初にその話を見た掲示板サイトで確認を取っても、元ネタの出所は分からずじまいだった。
ただ、『スクエア』、『雪山の怪談』という、似たような都市伝説は存在していた。雪山で遭難した4人が、暖も取れないような何もない山小屋を見つけ、『ヒトガタ様』と同じ様に4つの角にスタンバイし、順にタッチしていくという話だ。人形がない『ヒトガタ様』の儀式のようなもので、最初に1人目が移動した角は、無人になっているはずなのに、延々と繰り返してタッチできていた、という話だ。
元から4人で、いつの間にか1人増えていたとするバージョンと、5人目がいたが、山小屋に辿り着く前に事故で死亡していて、その5人目が参加していたとするバージョンがある。
そして、この話は1970年代後半頃には、すでに存在していた。都市伝説という言葉が普及し始めたのが、1988年だという事を考えると、怪談から都市伝説へと変わっていったと考えられる。で、あるならば、『ヒトガタ様』は、『スクエア』の派生バージョンだと言える。
では、どこで人形が追加されたのか?
そこで、紀男の調査は暗礁に乗り上げる。『スクエア』に関する情報は捜す事ができるが、肝心の『ヒトガタ様』の情報は、なかなかヒットできない。紀男は、ネットに頼る限界を感じ始めていた。
紀男は、試しに『ヒトガタ様』をやってくれる人間を探してみた。少ないながらも、紀男のサイトには、少数の信者がいた。その1人に持ちかけてみた。
やってみないか、と。
計画は、順調に進み、あるグループが、実際に紙人形で『ヒトガタ様』をやってくれるという事になった。デシケーターと呼ばれるガラスケースの中で、その紙人形の様子を観察するという話で盛り上がる。場所は、仲間の1人が借りたというレンタルコンテナで実施するという話にまとまった。
そして、儀式の後、紙人形の観察を続けた。
それを何回か繰り返し、ある結論に達した。
人形の動く期間は、およそ7日間。7日間で、紙人形は動かなくなったらしい。…そして、もう一つ、特徴的だったのは、動きの活発さだった。
つまり、角を最初に出発した1人目がいる時は、活発な動きを見せていたのだ。2人目が一緒にいる時は、ある程度活発ではあったが、1人目の時と比べると、雲泥の差だった。その結果を元に検証を進めていくと、1人目>2人目>3人目>4人目となることがわかった。
これは、人形の反応と儀式の際の順番が深く関係していることを示していた。それは、前回、真っ先に殺されたと思われるのが洋子だった事と一致していた。
その結果を踏まえて、紀男が考えたのは、人形が自由に動けるのは7日間であり、儀式の順番通りに襲ってくるだろう事だった。
その際、不可解になってくるのは、真依が襲われたタイミングだった。何回か行った検証結果から、先に由宇が襲われるのが、筋のような気がするが、実際は遭遇はしたものの、先に襲われたのは真依だった。結局、そこで人形を捕獲できたため、由宇が襲われる事はなかった。
そして、その理由は由宇とLINEを始めた事で明らかとなった。御守りと祝詞であった。だが、それらにそこまでの効果が、本当にあったのだろうか?
紀男は、その時期に由宇の祖母が自殺した事に着目した。
由宇の祖母は、由宇の身代りになったのでは、なかろうか?
そこは、流石に検証できないため、仮説止まりではあるが、紀男はなんとなく、それが答えのような気がしていた。その事は、憶測に過ぎないし、仮に正解だったとしても、祖母が由宇に伝えなかった事をわざわざ、伝える必要はないだろうと考え、その仮説について、由宇に確認する事はしていない。
3人目の由宇の身代りに祖母が襲われ、最後に真依が襲われた。と、なると、なぜ人形は儀式のメンバーを襲うのか?確かにコックリさんなどで、うまく帰せなかった場合に、やっていた人間が祟られる話は、よく聞く。それと同じ事なのだろうか?
そして、今回、この話を聞き、不可解なのは真依だ。由宇の話を聞く限りでは、『ヒトガタ様』をやる事に対して、非常に執着していたように思えた。
7年前に左脚を失わなければならない程の傷を負わされたにしては、その言動に不自然なものを感じる。まるで、『ヒトガタ様』をやらなければいけないと考えているように思えるのだ。普通なら、由宇のように二度とやりたくないと思うのではないだろうか?
『ヒトガタ様』について探るのは、真依から話を聞く必要がある。紀男は、そう考えていた。
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「と、言う訳で、7日間が死体が動く期間だと考えていいと思う」
結局、実験の結果から、人型が動く期間と襲われる順番の仮説を説明し、俺は、ドヤ顔で決めてみる。晃太に男女と呼ばれたボクっ娘が、怪訝そうな顔で見ている。
「その7日間ってのは、紙人形だからってことはないの?」
なんだ?何を言っているんだ?
「ほら?ネズミだって、寿命が短いよね?あれは心拍数で寿命が決まってて、小動物ほど脈が早いからって説があるんだろ?それと同じ様に、紙人形だと限界が早いとかないのかい?そこまで、検証したのかい?」
「…」
「もちろん、心拍数ってのは、ただの例えだけれども…。心霊に脈拍なんて、ある訳ないだろうし…。他にも動作数や重量とか、動かせる限界は、期間だけとは限らないと思うけど?」
「…」
「…そっかぁ。じゃあ、ほとんど確証のない情報って事でいいかな?」
男女が、まとめに入りかける。
「…おい!男女!ノリさんが、せっかく実験とかして、調べてくれたってのに、その言い方はねぇんじゃねぇのか!?確かに、若干、考察が足りなかったかもしんねぇけど、何もしてくれねぇより、全然、マシだろうがよぉ」
晃太が、フォローを入れてくれる。優しさが痛い。
結局、話し合いの結論は出る事はなく、今回も少なくとも7日間は、出来るだけ1人にならないように、という事しか決まらなかった。